第一幕:長安に到着
ここからは長安編に入ります。
雷雨が止み、やっと晴れになろうとしていた。
しかし、そんな事を気にする者は誰も居ない。
誰もが疲れ切っており、天気の事など気にする余裕さえ無いのだ。
何故なら彼等は洛陽から歩いて来た。
途中途中で休んだりしたが、それでも距離は相当である。
男なら耐えられなくはないだろう。
だが、男だけでなく女子供、果ては老人も居り家財道具を持って徒歩となれば・・・・幾ら男でも耐えられない。
そして彼等は嫌々、洛陽を出て来たから尚更である。
彼等を無理やり連れ出したのは・・・・董卓だ。
字は仲穎と言い、元々は辺境の軍司令官だったが、類い稀なる戦上手で乱世を生きて、ついには皇帝を影で操る身になった。
しかし、彼の非道振りは眼に余る。
そして既に漢王朝の権威は地に堕ちたも同然であり、群雄達は各々の兵を上げて天下に名を轟かせんと動き始めたが、先ずは眼前の敵---即ち董卓を倒す事に一同は結論を見い出す。
そこで“反董卓連合軍”が組織された訳だが、ある娘の登場で連合軍は空中分解した。
と言っても最初から亀裂が入っており、仲も良くなかった連合軍だから娘が居なくても、何れは解散したであろう。
そんな連合軍を分裂させたのは天の姫、と言われている。
類い稀なる容姿---いや、類い稀なるではない。
この世の者とは思えない髪の色と艶、そして衣服と気・・・・・・これ等が合わさって連合軍では天の姫と言われている。
天の姫の名は織星夜姫。
都内の公立大学に通う二十歳の娘だが、ひょんな事から三国志の時代に迷い込んだ。
しかし、それを信じる者は居ないし、眼も見えない。
それでも生来の性格で連合軍に所属していた義勇軍の長---劉備玄徳の加護を受けつつ、総大将の袁術、孫堅の心も掴んだ。
一見・・・・何とかなる、と思われたが董卓に攫われた事で事態は大きく変化した。
話を変えると、董卓は夜姫を攫った後で洛陽に火を放ち民達を連れて、長安へと逃げる事にした。
民達から言わせれば酷い話だが、もっと酷い話は夜姫に対してだろう。
彼等は勝手に夜姫を「自分達を助けに来た」と思い込み、他力本願したのだ。
しかし、彼等の望みとは裏腹に夜姫は何もしない。
それを逆恨みし途中で反乱を起こすが、いとも容易く鎮圧され長安へ来た。
と言っても生きて来れたのは半数にも満たない、のではないだろうか?
大半は途中で野たれ死に、残りは反乱を起こすも夜姫の力で骨すら残さず死んだ。
だから、長安へ着いた民達は先ず自分達の身が無事な事に・・・・深く安堵する。
そして彼等は徐に立ち上がり、形が残っている家々を見て回り自分達の家にした。
もともと長安は遷都されたので人は少ない。
長い戦乱で荒れ果てた事が遷都の理由であるが、今も傷痕は残っている。
無論、長安にある城も同じ事だ。
そんな城内を数名の男達が歩いている。
先頭を歩いているのは壮年の男で見るからに武将だ。
彼の名は華雄。
董卓の部下にして、大督護胡軫の配下である。
もっとも上司に当たる胡軫だが、人望などの点では華雄に劣っていた。
胡軫は傲慢な性格で、自分の武を鼻にかける癖があり兵達の信望は低い。
そして董卓の養子である呂布とも険悪な関係だった。
これ等もあり、董卓は華雄の方をどちらかと言えば重宝している。
華雄の後ろを兵が続き、更に兵の後ろには壮年で体格がガッシリした男が居た。
立派な髭を生やしており、眼は鋭く体格は牛みたいだ。
彼こそ皇帝を影で操る男---董卓その人である。
その董卓の両手は一人の娘が横抱きにされていた。
紫と銀の髪は惜し気もなく彼の腕から下へ落ちている。
綺麗な衣服に陶器のように美しい肌・・・・・・・・
全てが、この世では無いものだった。
彼女こそ・・・・・天の姫こと織星夜姫である。
長安へ着いた頃に彼女は寝ており、城へ着いて華雄が起こそうとしても起きない。
その為、彼女の左腕に巻き付いていた蛇---ヨルムンガルドに助けを求めるが、蛇である彼はただ董卓を見ただけだ。
所が、董卓には理解できたのか・・・・・馬車から夜姫を抱き上げて自ら城内へ入った・・・・・・・
それが現在の状況である。
「殿、これから・・・・どうなさいますか?」
華雄は前を見ながら主人である董卓に尋ねた。
「・・・・先ずは呂布が戻ってから、だな。とは言え連合軍も間近に迫っているだろう」
時間は限られている。
「こちらから和睦を申し込んでも、敵は受け入れないでしょうね・・・・・・・・・?」
「受け入れたとしても・・・・・夜姫を返せ、と言うに決まっておる」
華雄の質問に董卓は一度だけ、腕に抱いた夜姫を見てから答えた。
「・・・・・・・・」
董卓の答えに華雄は何も言わず、ただ前を歩き続ける。
『織星夜姫、か・・・・どのような人生を歩んできたのか?』
見た目から判断して、まだ二十を迎えたばかりであろう。
そんな年齢では、まだ人生なんたら・・・・・と言えないが、断続的な会話の中で華雄は答えを導き出していた。
余り良い過去を持っていない。
この答えは彼女を長安に連れて来るまで護り続けて来た武将も思っていた事である。
華雄を含めた彼等は夜姫と会話をした。
もっとも質疑応答は殆ど無い。
ただ、夜姫が独白して自分達は聞いただけに過ぎない。
それでも答えは導き出せた・・・・決して良い答えではないし、他人の傷口を両手で開いて見たような気分だ。
その為、華雄の部下達は夜姫を部屋に連れて行く事は断り、代わりに死んだ仲間---文秀の亡き骸を運んでいる・・・・・・
文秀は長安へ着くまで夜姫の馬車を護衛していたが、民達の反乱により戦死した。
本来なら直ぐにでも葬儀をしたい所だが、夜姫が彼の亡き骸は預かっている。
彼女の言葉を借りるならこうだ。
『月が出た時に・・・・彼を私の家族にして臣下にするわ』
どういう意味なのか?
それは分からない。
だが、そう言われた以上・・・・華雄は従う積りだった。
夜姫の嫌な過去を故意ではないが、知ったのだから罪滅ぼしと言える。
それだけでなく・・・・従わなくてはならない、という見えない力に動かされたのだ。
夜姫を寝かせる部屋に到着したが、侍女などは誰も居ない。
洛陽に遷都した事で、侍女なども付いて行ったが長安へ移動した事で問題はない、と思われる。
だが、取り敢えず董卓は夜姫を寝台に寝かせた。
夜姫は眼を閉じて、スヤスヤと心地良い寝息を立てているままだ。
決して起きる気配は無い。
このまま目覚めないのでは?
そんな不安が一瞬だけ頭を過るが、敢えて考えず董卓は指示を出した。
「華雄と数名はここに居ろ。残りは侍女を・・・・数名--―いや、二名ほど連れて来い」
「二名でよろしいのですか?」
一人の兵が聞いた。
「二名程度なら、大それた真似はしない筈だ。大勢では・・・・前のような事も考えられる」
前の事とは・・・・恐らく、ここに来るまでに起こった反乱の事だ。
あれのせいで、少なからず董卓の部下も戦死した。
逆に民達の方は倍以上死んだ事から、色々と支障が出たのは痛い所だった。
しかし、また反乱を起こす可能性は否定できない。
それは侍女たちも同じ事であるが、あくまで少人数となれば・・・・反乱を起こしたくても起こせない。
だから、二名程度なら大丈夫だろう、と踏んだのだろう。
「分かりました。どんな侍女が宜しいでしょうか?」
「そう、だな・・・・・・・」
董卓は夜姫を一瞬だけ見てから、兵達を見て喋った。
「出来るだけ夜姫の年齢に近い者だな。歳が近ければ、夜姫も何かと良いだろう」
「分かりました」
兵達は董卓に一礼して、部屋を出て行く。
そして董卓も華雄達に後を任せる。
「わしは皆を集めて、長安の現状などを調べさせる。それから華雄・・・・呂布が来ても、決して中に入れるな」
「御意に」
華雄は静かに頷き、董卓は部屋を後にした。