第五十五幕:面影なき都
「くそっ・・・・思った以上に親父殿と離れたな」
雷雨がやっと収まり、辺りは泥沼と化した。
お陰で馬の足取りも遅く、思うように先へ進めない。
そんな状況に馬上の男---呂布は舌打ちをした。
殿を務め、更に義勇軍と戦った彼と配下の五原騎兵団は思わぬ“邪魔”で行く道から逸れた道を進んでいる。
だが、突然の雷雨と逸れた道の為に・・・・予定より董卓と合流するのに手間取っていた。
「呂布様、先ほどの“アレ”は何だったのでしょうか?」
部下が呂布に話し掛ける。
「分からん・・・・しかし、どうも嫌な感じだ」
呂布は前を見ながら答える。
関羽と戦っていた最中に感じた気配・・・・・・・
あれは何だったのか?
声もした。
『あの声は何者だ?奴が雷を落としたのか・・・・・?』
声がした途端に雷雨が来た。
しかも、立て続けに雷が近くに落ちたのだ。
有り得るのか?
否・・・・・・
『あれは紛れもなく誰かの手で、俺の近くに落とされたんだ』
そんな事が常人に出来る訳ない。
かと言って、仙人など居ない・・・・・と呂布は考えている。
だが、仙人でないなら誰だ?
問われたら分からない。
それでも馬の怯えようは尋常ではなかった。
つまり・・・・・有り得なくはないのだ。
しかし、仙人は元来・・・・山奥に生きて人々と交流は殆どしない筈だ。
だから、あれは・・・・・・
『魔物、か?それなら赤兎達の怯え様も頷ける』
一定の納得はするも、納得できない部分もある。
『関羽の力・・・・あれは奴の力ではない。別の何かが働いた力だ』
武将として、関雲長の実力はある程度は判ったが、あの力は違う。
別の何か・・・・・・
そう・・・・例えるなら・・・・・・・・
『夜姫の力、だな。あれは・・・・関羽は夜姫に借りがある、という風に言っていた』
これなら合点がいく。
関羽は天の姫こと織星夜姫の加護を受けている。
『ふんっ。胸糞悪い。女の加護を受けて、俺と渡り合えたか・・・・・見かけ倒しも良い所だな』
自分なら加護など要らない。
己が力で全てを手に入れて、全てを粉砕するのだから・・・・・・・・
“自信もここまで来れば傲慢だな”
誰かの声がした。
この声は呂布が聞いた声である。
そして、彼には聞こえた・・・・・・・
「貴様は誰だ?!」
呂布は声に向かって吠えた。
部下達が驚き、呂布は直ぐに何でもない、と言葉を濁す。
“おお、部下達に奇人の眼で見られて恥ずかしいのかい?”
『貴様ッ・・・・・名を名乗れ!!』
馬鹿にされて呂布は怒りに燃えながらも、怒鳴らずに小声で尋ねる。
“男に名乗る名は無い。しかし、敢えて言うなら道化、だ”
『道化?ふんっ。声だけで姿を見せず、他人を馬鹿にする貴様には似合いだな』
“ご勝手にどうぞ。まぁ、俺から言わせれば・・・・あんたは木偶の坊だ”
『俺を木偶の坊、と言うか?』
“言うさ。飛将、と言われているが・・・・お前の力を越える奴なんて沢山いるぜ。それこそ姫さんの周りには腐るほど居る”
『夜姫の周り?馬鹿なっ・・・・夜姫の周りは全員、俺の敵ではない』
確かに・・・・・夜姫の周りに居た者たちが一対一で戦えば、勝ち目は万に一つも無いだろう。
“馬鹿だねぇ・・・・・頭を使えば勝てる。もっとも姫さんの周りは頭だけでなく、腕も強いがな”
お前など足元にも及ばない。
そう道化は断言した。
『この俺が足元にも及ばない奴など居ない。もし、居るなら出してみろ』
“出してやるさ。姫さんが直々に・・・・・近衛兵団の長が直々に出るさ”
近衛兵団・・・・・・・
『それは夜姫を護る兵達か?』
“それ位は答えてやるが、お前さんでは無理だ”
道化は答えつつ即座に呂布を罵倒する。
“高が飛将、と言わているだけの奴では・・・・・勝てない。俺にすら勝てねぇよ”
寝ている夜姫に手を出した挙句・・・・アッサリと負けるようでは・・・・・・・・
『そこまで知っている、か。なるほど・・・・貴様は魔物か』
“さぁて、どうだろうな?”
『ふざけおって。まぁ良い。どうせ近い内に夜姫は俺の女になる。そして俺は天を掴む。天の将になる』
“天の将?やっぱり、あんたはそこまでの人間だな”
『なにぃ・・・・・・?』
“お前も曹操も所詮は天までだ。姫さんが居る・・・・遥か彼方の上には手が届かない。つまり、姫さんを物になんて逆立ちしても出来ないんだよ”
道化の声は何処までも高く・・・・・そして呂布の腸を煮え繰り返させる。
『貴様ッ・・・・言いたい事を言って姿を見せんとは無礼だぞ!!』
“無礼?お前さんに礼儀なんてあるのか?寝ている女を襲うような奴に”
『出て来いっ。この場で貴様の首を跳ね飛ばして、夜姫の眼前に見せ付けてやる!!」
“だったら、探してみろよ。もっとも・・・・俺を探すとなれば、長安から遠ざかるが、な”
今も遠いのだ。
しかし、董卓達は後もう少しの距離に居る。
“どうする?”
『・・・・必ず見つけ出す。それまでは貴様の生命は奪わないでやる』
「全員、先を急ぐぞ!!」
呂布は赤兎馬の腹を蹴り、泥沼を疾走する。
“へへへへ・・・・その言葉そっくり返すぜ”
既に呂布の耳には声が聞こえない。
だから・・・・彼の声が言った言葉も聞こえない。
“楽しみだね・・・・お前がアイツにボロ負けする姿が”
何処までも楽しそうな声であり、人が聞けば底意地の悪さに眉を顰めるだろう。
もっとも声の主は開き直る。
“底意地が悪い?当たり前だろ。しかし、人間の方が底意地は悪いぜ”
そう見事に切り返し、相手の反論を一切封じる事であろう。
“それはそうと・・・・・なるほど、元婚約者も暗躍している、か”
洛陽で彼の女性---声の元婚約者は夜姫と戦ったが、手痛い反撃を受けて傷を負った。
だが、それで諦めるほど彼の女性は潔くない。
やられたら倍返し。
それこそエゲツナイ手を使って、更に汚く夜姫に倍返しする筈だ。
所が、あれから姿を見せていない。
どうしたのか?
それを調べた末に・・・・暗躍している、と声は答えを導いたのだ。
“ふふふふふ・・・・せいぜい足掻きな。お前さんも所詮は姫さんの「かませ犬」でしかないんだ”
かませ犬とは元々は闘犬から引退した老犬を使い、訓練をさせる意味で使われる。
転じて・・・・・主役の引き立て役として・・・・使われる弱い相手の事を意味する。
つまり彼の声は元婚約者を夜姫の為に使うのだ。
“相変わらず底意地が悪く、やり方も汚いな”
また誰かの声がした。
この声は聞き覚えがある。
“どうした?駄犬---いや、フェンリル”
そう・・・・この声は夜姫に従う狼---フェンリルだ。
“そなたが居ないから、探していたのだ。で、こちらはどうなのだ?”
“姫さんを自分の女にして、天の将になると言ったぜ”
“愚かだな。姫君は我々の姫君であり、断じて傲慢で裏切り癖のある男の女にはならん。それに天の将と言うが・・・・天では月に届かん”
天は至高だが、月は更に上の存在である。
だから、呂布では天までしか手が届かない。
仮説の話で、だが。
“その通り。それに、あの男ではアイツに勝てない。逆立ちしても、な”
“確かに、あ奴は人間でありながら、人間を超越しておる。何より姫君は最後まで貫こうとした矜持に惚れていたのだろ?”
彼の男は最後まで己が矜持を貫く事で、筋を通して最後まで自分を貫こうとした。
そこに夜姫は惚れたのだ。
“あぁ。しかし、こいつに矜持は無い。直ぐに人を裏切る。そこが矜持の無さを示している。姫さんが嫌うタイプ2だ”
“そうだな。それはそうと・・・・長安へ着いたのか?”
董卓達は・・・・・・・・
フェンリルの問いに道化は答えた。
“後数日---明日か明後日、だな。まぁ、あいつ等はそれより後だ。お前等の方は?”
“まだ先だ。髭の餓鬼と魚の赤子が帰って来ているが、役に立たんな”
“いいや。両人そろって働いたぜ。特に姫さんは・・・・記憶が段々と戻り始めている”
寝る時間は変わらないが、寝る事で力を蓄える・・・・そう言ったから、彼女自身の記憶が戻り始めている証拠だ。
“なるほど・・・・まだ先は長いが、順調のようだな”
“あぁ。それに長安へ行けば、また新しい奴も居る。姫さんの弟子二人が、な”
“何故だ?長安は遷都した事で、首都としての機能は無い。ひいては貿易なども・・・・・洛陽に行っただろ?”
“それでも売れ残りとかはある。その中に居るんだよ”
“それなら納得だ。なるほど・・・・・先は長いが、姫君を護るには十分な者が居るか。これで当面は安全だな”
“あぁ。油断は出来ないが、姫さんも・・・・変わり始めているんだ”
このままなら順調に計画は進む。
だが、計画は必ず何処かで邪魔などが入る。
そこを踏まえながらも二人は笑いが止まらない。
それは夜姫と、また一緒に暮らせる・・・・・ひいては皆と再会し今度こそ幸せになる夢が、近くなっているからだろう。
しかし・・・・道化の予想に反して、董卓達は思いの他・・・・その日の内に長安へ到着した。
遷都した事で長安は昔の面影が無い。
面影は無いが・・・・逆に面影が無いからこそ良かったのかもしれない。
何故なら洛陽と同様に・・・・・・・・・・・・・
反董卓連合軍編 完
これで反董卓連合軍編は終わり、次回からは長安編に入ります。
かなり中途半端な終わり方ですが。(汗)