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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
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第五十四幕:秘密の代償

雷雨は何時の間にか止み、辺りは静けさを取り戻す。


しかし、雨で濡れた道は容赦なく馬を、人を・・・・・泥沼へと引き摺り込む。


人々は泥沼に嵌り、時には身体を沈める。


それでも立ち上がり、虚しく歩く事を続けた。


立ち止まれば、そこで終わりなのだ。


終われば誰も助けてくれない。


いや、今の状況では我が身だけが可愛い。


他人に眼をやる隙など無い。


やれば直ぐに泥沼に沈み込む。


それは兵達も同じだった。


先ほどの攻撃と雷雨で兵達の疲労も酷い。


武具を身に付けているから尚更、と言えるだろう。


だが、彼等もまた民同様に立ち止まらない。


ただ、やはり疲労はする。


そんな彼等だが、歩きを止めないでいた。


民達に負けたくない、という考えではない。


・・・・傍に居たいのだ。


馬車で眠り続ける一人の娘の傍に・・・・・・・・・・・・


その娘は小さな寝息を立てながら、膝の上に無骨な剣を置いている。


『よく寝るな』


小声で馬車を警護する兵士が一緒の兵士に語り掛けた。


『だな。しかし、良い寝顔だ。まるで生まれ立ての赤子だぜ』


『そう言えば、お前には生まれたばかりの子が・・・・・・』


『上さんと一緒に死んじまった・・・・流行り病でな』


『そうか・・・・・・』


最初に語り掛けた兵士は同僚の言葉に相槌を打ち、無言になった。


この時代・・・・人は簡単に死ぬ。


それこそちょっとした傷で死ぬ、なんて事もある。


だから、別に珍しい事ではない。


ただ・・・・やはり同情してしまう。


もっとも同情するのは・・・・・・


『寝るのは・・・・逃げる為、か?』


『だろうな。こんな血生臭い世界に足を踏み入れたんだ』


寝る事で現実から逃げたい、と思うのが普通だ。


馬車で眠るのは年齢で言えば二十になった位である。


紫と銀が巧妙に混ざり合った髪色をしていたが、決して醜い訳ではない。


寧ろ両方の良さが出ており、見る者を釘付けにした。


肌も艶があり、光沢を出しているように見えたのは気のせいではないだろう。


しかし、瞳は瞑られており、どんな瞳なのか判らない。


瞳の色を知りたい、という願望に駆られる。


「・・・・ん、んんん・・・・・・・」


娘が僅かに身体を動かす。


僅かに身体を動かして、剣と蛇が揺れる。


『・・・・・・・・・』


馬車を警護していた者達全員が息を飲む。


起きるのか?


もし、起きるなら是非とも自分を見てくれ、と願う。


だが、娘は起きない。


身体を動かしただけだ。


駄目だったか・・・・・・・


皆は少なからず落胆するが、娘の寝息に安堵を覚える。


それは悪い夢をみていない、という事を彼等の中では意味しているからだ。


悪い夢だったら決して良い寝息ではない。


だから、良い夢を見ているのだ。


せめて・・・・・夢の中では・・・・・・・・・・


この厳しく絶望さえしたくなる現実から逃げてくれ・・・・・・・・・


会話を交えた事も無い。


しかし、この娘は恐らく見ず知らずの自分達にも優しく接する事だろう。


文秀の為に泣いてくれた娘だ。


見ず知らずの男なのに・・・・・・・・


そんな事を勝手に思うが、同時に疑問も頭に浮かぶ。


『泣くだけ泣けば良いのよ・・・・こんな“汚らわしくて愚かな女”の為に死んだ男の為に』


汚らわしくて愚かな女・・・・・・・・・


どういう意味だろうか?


少なくとも外だけで判断するなら・・・・汚れていない。


まさか・・・・・・・


「ん?」


左側に居た男が僅かに動いた事で、左手が見えて眼に止まる。


『白い布?何で巻いているんだ・・・・・・・?』


右手には巻いていない。


何だろうか・・・・・・・・・?


「失礼・・・・・おわ!!」


シャー!!


男は左手を取ろうとしたが、直ぐに手を遠ざける。


蛇---ヨルムンガルドが首を動かして威嚇したのだ。


まるで触れるな、と言わんばかりに威嚇している。


娘---織星夜姫を護らん、とする行動なのは見て判る。


しかしながら、逆に彼等には何かある、と疑問を確定させた。


「・・・・過去に何か遭ったのだな」


馬車の前を行く馬に乗った武将---華雄は小さく呟いた。


ヨルムンガルドの行動と、左手に巻かれた白い布を見て推測した。


「・・・・・・・・」


華雄は夜姫が言った言葉から答えを見い出そうとするが、直ぐに中断する。


『考えてはならん。誰にだって触れて欲しくない過去がある』


自分の師はかつて自分にそう言った。


他人の過去を興味本位で知ろうとしてはならない。


自分だって他人に言えない過去はある。


夜姫にだってある筈だ。


それこそ白い布を巻いているのなら・・・・・尚更、と言えるだろう。


しかし、それでも答えを見つけ出そうとする。


要は知りたいのだ。


『これも人の性、と言えるな』


人というのは他人の秘密を何故か知りたがる。


場合によっては、その秘密を悪事に使おうとするから救いようが無い。


しかし、そんな理由ではなく単純に好奇心から来る事もある。


これほど性質が悪い事は無い。


秘密は誰にも知られたくないから秘密なのだ。


それを知っていても知りたがるし、知ろうとするのが人間である。


「・・・・・・・・・・・・」


華雄は必死に考えるのを止めようとするが、出来ないで終わってしまう。


「・・・・華雄」


とつぜん背後から声がして振り返る。


「私の左手に巻いた白い布が気になるの?」


眼を閉じたまま娘---織星夜姫は問い掛ける。


「い、いえ。別に・・・・・・・・・」


「じゃあ、何で先ほどから思考しているの?他の者達もそうだけど、思考が煩くて眠れないわ」


これでは力が補充できない、と愚痴まで零される。


『すいません・・・・・・』


大の男が数人も纏まって一人の娘に謝るから滑稽であった。


「別に良いわ。でも、そんなに気になるの?」


「いえ、ただ・・・・先ほどの事もあるので、その・・・・・・・・・」


「ああ、あれの事ね」


夜姫は思い出したように眼を閉じたまま頷く。


「あれは・・・・私の懺悔、とも言えるわね」


懺悔?


「人は必ず大小なりの罪を犯すわ。もちろん私も例外じゃないわ」


色々した、夜姫は語る。


「今にして思えば幼い小娘が・・・・両親の気を少しでも引きたいが為に起こした物ばかり」


しかし、世間体などもある。


「幼い子に世間体なんて理解できないけど、お陰で叩かれたわ。私はただ両親の気を引きたかっただけ。でも、周りから見れば・・・・それだけでも大罪だった」


『・・・・・・・・』


確かに夜姫の立場から言えば、そうだろう。


だが、だ。


「失礼ながら、それが子供というものです。誰だって自分の親に構って欲しい、と思う物です」


華雄の言葉に武将たちは頷く。


「そうね。でも、それでも罪は罪よ。まぁ、その罪の罰ではないけど・・・・両親は私を気に掛けてくれなかったわ」


褒められるような事をしても駄目。


叱られるような事をしても駄目。


悲しむような事をしても駄目。


全て試したが、全て駄目だった・・・・・・・・・・


「・・・・では、その布も・・・・・・」


「そうよ。もっとも両親ではない“別の誰か”の気を引きたかった事も含まれるわ」


『別の誰か・・・・・・・・・?』


何だか年頃の娘---それこそ嫁入り前の娘が言うような台詞に、華雄たちは眉を顰めた。


「そんなに訝しがらないで。昔の事よ」


眼を閉じながらも彼等の事が判るのか・・・・・夜姫は微苦笑する。


『・・・・・・・』


それに合わせて華雄達も表情を戻す。


「話を戻すと、色々とやったせいで周りは“厄介な人物”という眼で見始めたわ。唯一の理解者は爺を含めた五人だけ」


しかし、その五人も臣下という立場であり、仕事などもある訳だ。


「誰も傍に居てくれない時なんて、よくあったわね。それこそ幼い頃なんて恐かったわ」


暗闇に包まれる時など恐くて恐くて堪らなかった。


「でも、逆に思ったわ・・・・暗闇でなら、何をやっても知られない」


つまり・・・・・・・・


泣いても知られない、という事か。


いや、違う。


『もっと痛々しい事をしたに違いない』


華雄たちは答えを見い出す。


「話はここまでよ。どうやら答えを見い出したようだから・・・・・・・」


それだけ言って夜姫は眠り始めた。


残された華雄たちは・・・・どうしようもない答えを見つけた事に・・・・深く後悔した。


秘密は誰にでもあるが、人はそれを知りたがる。


その代償に知りたくもない事実まで知る羽目になるのだ。


華雄たちの後悔は・・・・正にそれであった・・・・・・・・・


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