第四幕:袁紹の陣で
以前に書いた内容を訂正および付け足しました。
まだ続きが書けない状態なので暫く・・・・この作業が続く形になると思いますが宜しければ御付き合い下さい。
天幕の中に夜姫が入ると直ぐに諸葛亮が前に出て、それ以上は先へ進ませないようにした。
そして・・・・・・・・
「殿。夜姫様をお連れしました」
直立不動で立っていた劉備に報告し、総大将の眼に夜姫が入らないように立つ。
「うむ、ご苦労であった。夜姫様・・・・貴女様の足を煩わせて申し訳ありません」
劉備は諸葛亮を労いながら夜姫に詫びた。
「いいえ。私のような者を劉備様は面倒を見ているのですから・・・・・・・・」
後から入って来た典医に再び右手を預けた夜姫は僅かに曇った顔をした。
先ほど自分は・・・・どうした?
あんな台詞・・・・何処から出て来た?
『確か・・・・前の劇で言ったわね』
自分ではない先輩の役者だったが・・・・そう夜姫は思ったが、確信は持てず自分ではない誰かが言ったような気がしてならなかった。
それが顔を曇らせた原因であるが、生憎と劉備は分からないので尋ねる事にした。
「どう・・・・・・・・」
「いやー流石は天の姫だ。こんな義勇軍の長に対しても御優しいですね」
尋ねようとした劉備を押し退けるように袁術が割って入った。
そして劉備を先日同様に侮辱するから・・・・馬鹿に付ける薬はない。
「んだとこら!!」
案の定と言うべきか張飛が袁術の言葉に怒りを露わにしながら袁術に掴み掛ろうとした。
それを関羽は思い留まらせたが厳しい視線を袁術に送り牽制したのは言うまでもない。
瞬く間に剣呑な雰囲気になったが、そんな天幕に足音も立てず・・・・兵が茶を用意して入って来る。
これに天幕の主である袁紹は声を掛けようとしたが直ぐに兵が「何も言わないで下さい」と頭を下げたので・・・・無言を貫く。
兵は袁紹の行動に感謝しつつ夜姫の手前に茶を置き、椅子を用意したが音を立てないから大したものである。
全てを終えた所で「姫様、少し喉が渇いたのではありませんか?」と何食わぬ顔で話しかけるから総大将は微苦笑した。
「え、えぇ・・・・喉は多少ですが渇きました」
「では、茶でもどうでしょうか?椅子にも座って下さい」
「ありがとうございます。では劉備様達の分も・・・・御願い出来ますか?」
きっと総大将の分はあるでしょうからと夜姫は言うが、兵は申し訳なさそうに声を出す。
「そこなのですが生憎と一人分・・・・足りなくて」
「では私の分を劉備様に出して下さい。私は立ったままで結構です。いえ、柱があれば柱を背にするので」
「で、ですが・・・・・・・・」
兵は先ほどとは打って変わり厳しい視線を向けて来る袁紹の視線に怯えて狼狽する。
「良いのですよ・・・・貴方の心遣いは感謝します。悪いのは・・・・女を呼びながら何の用意もしない殿方にあるのですからね」
流れる動作で夜姫は杖を袁紹の方に少しだけ向ける。
これに袁紹は胸を刺されたような痛みを覚えた。
それは夜姫が・・・・暗に自分を批判しているのだから無理もない。
しかも露骨にではなく巧妙に言う辺りが痛い。
「や、夜姫様、この度は、あの・・・・・・・・」
「袁紹様、先ずは椅子に座られては如何ですか?」
ここは貴方様の陣内。
「その大将が椅子に座らなければ誰も座れませんもの」
「あ、まぁ、そうですね・・・・ですが、その・・・・・・・・」
「嗚呼、私を気遣って下さるのですか?いいえ、お気になさらないで下さい」
私・・・・殿方に待たされるのは慣れているんですの。
極め付けと言える言葉に袁紹はガクリと椅子に雪崩れるように腰を下ろした。
いや、落としたと言って良いかもしれない。
そんな袁紹の態度に袁術は嘲笑を、孫堅は微苦笑を・・・・そして最後の一人は袁紹ではなく劉備を見た。
「さて我々も座るか。劉備よ、そなたも椅子に座るが良い」
最後の一人が劉備に告げると・・・・やっと劉備も腰を下ろした。
「それでは皆も座った事ですし・・・・夜姫様、今日は話があって御呼びしました」
袁紹は気分を落ち着かせるように呼吸すると意を決して声を発する。
「御話とは何でしょうか?」
夜姫は柱に背を預けつつ問いを投げるが、右手に持った杖は些か強く握られていた。
「・・・・実は、貴女様を劉備の陣から我々の陣へ来て下さらないか尋ねたいと思いまして」
「・・・・・・・・劉備様の陣から私を連れ出す・・・・御話でしたか」
袁紹の言葉に夜姫の声がグッと固くなり・・・・そして冷たい気も含まれたのを袁紹は敏感に感じ取った。
「あ、は・・・・はい。で、ですが、先ずは最後まで聞いて下さらないでしょうか?」
「えぇ、聞きますわ・・・・私は呼ばれた身にして、劉備様の陣に住まわせてもらっている身」
その劉備様が席を立たないのなら私も立ちませんと夜姫は言ったが、それが劉備の顔を立てたのは言うまでもないだろう。
「・・・・では、続けます」
袁紹は夜姫を刺激しないように言葉を選んで説明を続け、それを夜姫は黙って聞き続けた。
しかし心中は・・・・怒っていた。
『つまり劉備様は余所者で、しかも得体が知れないから信用できない?私が天の姫だから・・・・自分達の方に居て欲しい?』
頭の中で夜姫は袁紹の説明を解釈したが受け入れるには・・・・余りにも無礼すぎる内容だ。
確かに劉備を始めとした者達の出生や家柄は世辞にも良いとは言えない。
言えないが・・・・見ず知らずの自分を受け入れる度量や勇敢さは称賛されて然るべき事であろう。
それなのに袁紹の説明を聞くと・・・・そう解釈は、出来ない。
何より袁紹の異母弟である袁術は説明を終えた袁紹に代わり・・・・再び劉備を詰り始めたから堪らない。
『・・・・許せない』
ギリッ・・・・・・・・
夜姫は杖を強く握ったが、それによって杖が僅かに悲鳴を上げた。
それにより袁術は劉備を詰る事を止めたのは幸い・・・・とは言えなかった。
「袁紹様、御話は解りました」
「そ、そうですか・・・・御理解して下さり助かりました」
「ですが、何分・・・・余りにも私の知らない間に話が進んでいるので困惑しております。ですから答えは・・・・待ってもらえませんか?」
「えぇ、勿論です。ただ事態が事態だけに・・・・・・・・」
「それも承知しておりますが・・・・いえ、止めておきましょう」
夜姫は袁紹の言葉に返事をしようとしたが途中で止めた。
「あの何が、でしょうか?」
当然のことだが袁紹は食い下がった。
考えると夜姫は言ったからそれで良いと袁紹は考えていたが、そこから先の言葉が・・・・気になって仕方ない。
「何でもありませんわ。もともと口数が少ない方ですが・・・・ここに来てからは、口数が多くなったので」
クスッ・・・・・・・・
夜姫は薄らと笑みを浮かべて柱に背を預けたが、それが酷く退廃的に見えたのは気のせいだろうか?
そう・・・・まるで今の自分と昔の自分が違う事に・・・・変化した事に微苦笑しているようだ。
「でも、人は常に変化する生き物ですからね・・・・悪くは、ありませんとだけ言っておきましょう」
そう言って夜姫は一度も吸った事がない煙草を吸いたい衝動を覚えた。
煙草なんて今の御時世---少なくとも夜姫が居た世界では喫煙ブームで肩身は狭いのに・・・・どういう心境か?
自分の事なのに上手く理解という名の解釈ができず戸惑いすら感じたが、その戸惑いすら今は楽しめる気分だった。
しかし・・・・「落とし前」はつけないといけない。
袁紹の隣に居る男に対して・・・・・・・・
『劉備様を侮辱した罪・・・・私は赦しませんよ』
夜姫は心中で宣言すると静かに口を開いた。
そして袁術と名を呼んだのである。