第五十三幕:長安は遠く
後もう少し---55話くらいで長安編に入りたい、と思います。
まぁ、幕間や義勇軍、曹操軍、などを載せたい、とは思うんですけど。
『くそっ・・・・このままだとジリ貧だ!!』
張飛は蛇矛を操りながら、方天戟を巧みに操る壮年の男---董卓を見る。
董卓からは凄まじい気が出されており、雑兵なら気だけで逃げ出すだろう。
「夜姫は渡さん!!」
ひたすら董卓は言い続ける。
『背後は何だかすげぇ事になってるようだし・・・・・・まだ助けてないな』
背後がどんな様子か知らないが、音だけで何となく推測は出来る。
恐らく民達と戦っているのだろう。
こちらも同じ状況なのだから・・・・・・・・・
『民達の為に戦って来たのに、その民達から刃を向けられる、か・・・・皮肉だぜ』
義兄である劉備玄徳は民の為に戦いを始めた。
漢王朝を復興させれば、民達も幸せになれる。
そう思った訳だが、今ではそれが実現できるのか・・・・・張飛には疑問を覚えずにはいられなかった。
今の状況を考えれば尚更である。
だが、今は現状を打破する事だ。
董卓は衰えないし怯まない。
このままでは数で押し潰されてしまう。
『引くのは好きじゃないが・・・・・・・・・』
張飛は結論を出す。
ガギンッ!!
蛇矛で方天戟を弾き、董卓も下がらせる。
「てめぇら、引くぞ!!」
背後にも聞こえるように叫ぶ。
『ここは引いて態勢を立て直す!!』
悔しいが、今の董卓では勝つ見込みが無い。
そう張飛は結論付けた。
董卓に背を向けて雑兵と民達の群れを突破し、生き残った部下達を連れて素早く離脱する。
それを董卓は追わない。
その代わり・・・・・・・
『夜姫!!』
後方に居る天の姫こと織星夜姫の所へ馬を走らせる。
「殿!!」
後方で護衛をしていた華雄が董卓を見た。
「娘は・・・・夜姫はどうした?!」
声を荒げて董卓は尋ねるが・・・・・・・
「・・・・何が遭った?」
馬車より後方には・・・・何も無い。
文字通り・・・・何も無かった。
「それが・・・・・・・」
華雄は馬車を見る。
改めて馬車を見ると、眠る夜姫と・・・・・手を組んで寝かされた男---文秀が居た。
「・・・・・文秀は死んだ、か」
「はい。姫様を護り・・・・槍で突かれました」
「その者は?」
「夜姫様が殺しました。そして雷が落ちて燃えて灰も残っておりません」
「夜姫が?いや、それより・・・・何が遭った?後方には民達が居た筈だ」
「それが、夜姫様の蛇---ヨルムンガルドが・・・・・全員を平らげたのです」
馬車で眠る夜姫の膝元には・・・・・とぐろを巻いた蛇が居た。
董卓を見ると斜めに割れた赤い舌を出す。
「この小さな蛇が、か?」
信じる事など到底できない。
しかし、華雄は真顔で頷く。
「突然・・・・巨大化したんです。恐らく夜姫様が何かしたのかもしれません」
「それで民達を残らず平らげた訳、か」
「はい・・・・かなり怒っておりました。文秀を刺された事に・・・・・自分が名を問うた男を殺したから、かもしれません」
「・・・・・・・・」
文秀は手を胸の位置で組んでおり、静かに寝ているようだった。
「遺体をどうする?」
「夜姫様が預かるそうです・・・・・今は肉体だけで、魂は浮遊していると言いました」
魂は浮遊している・・・・・・・・
「どういう意味だ?」
「それは教えられませんでした。ただ、私が文秀を気に掛けている事を知ると・・・・自分と同じ、と言いました」
自分と同じ・・・・・・・
「夜姫様は臣下を家族、と言いました。そして自分を愚かで汚れた女、とも言ったのです。意味は分かりませんが・・・・文秀の為に泣いてくれました」
それが嬉しい、と華雄は顔で言っている。
「そうか・・・・では、死体は夜姫が預かる、という事で良いのか?」
「はい。月が出るまで・・・・長安に着いてから何かするそうです」
それが何なのかは分からない。
「長安、か・・・・何人の民が行けるのか疑問だ」
半分以上をヨルムンガルドが平らげた。
つまり・・・・それだけ働く者が減った、という意味になる。
長安まで道は遠い。
それまでに民達が生き残れる確率は低い・・・・・・・・・
「しかし、ここで止まる訳にはいきませんね」
華雄が言えば董卓は頷いた。
「そうだな。では、文秀の死体---肉体は夜姫に預ける。丁重に扱え」
「御意に」
華雄は頷き、他の者も頷いた。
「わしは前に戻るが、くれぐれも油断するな。また・・・・来るかもしれん」
一度でも起こると二度目も起こる、と思うのは必然である。
それに対しても華雄達は頷き、董卓は馬を前に進めた。
前に戻る間に民達を見るが・・・・・誰もが疲れている顔だった。
中には手傷を負い、置いて行かれる者も居る。
しかし、誰も助けない。
いや、敢えて無視していた。
自分達は関係ない。
反乱に加わっていない。
そう・・・・・思っているのだろう。
『愚かな。そして醜い』
吐き気を董卓は覚える。
あの反乱は予想外だが、同時に民達も爆発して強大、と改めて思い知らされた。
黄巾の乱では太平道の教祖である張角が先導して、農民反乱を起こしたが今回は誰でも無い。
つまり・・・・・指導者は居ない訳だ。
これは些か予想外だったが、直ぐに納得できる。
指導者とは誰でもなれる。
語弊があるかもしれないが・・・・指導者とは唐突に生まれてくるものだ。
特に極限状態だと誰でもなれる可能性がある。
だから、恐い。
『何とかせねばな』
董卓は長安に着くまで何人の民達が生き残れるのか・・・・・考えつつ、その対策に頭を悩ませる。
いや、その他にも・・・・・・・・
『呂布も何とかせねば。それに我が軍の損害と対策も急務だ』
現在、呂布は殿を終えて向かっている事だろう。
殿は実力のある者が望ましく、実力だけで言えば呂布と配下の五原騎兵団は申し分ない。
ただ、彼の独断と傲慢な性格は眼に余る。
特に洛陽では夜姫の首を絞めた経歴があるのも十分な理由だ。
恐らく初めて負けた、という認識なのだろう。
誇り高い呂布にとっては・・・・女に負けるなど我慢できない。
長安へ行っても夜姫に執着するのは眼に見えている。
それこそ殿の褒美として寄こせ、と言うのだって考えられるのだ。
しかし、それを自分は許さない。
いや、それ以前に長安へ着いたら敵とどう向き合う?
孫堅は死んでいないが、夜姫を手中に収めている。
これだけで敵---連合軍に対しては一歩先を言っている、と言えるだろうか?
『言えるかもしれないが、講和に望むか・・・・・無理だろうな』
自分の悪行を考えれば無理、と容易に判断できる。
彼等は自分を倒して夜姫を奪還するだろう。
何より講和を結んだ所で、条件を守るとは限らない。
そして何時、講和を一方的に破棄するか判らないのだ。
だからこそ・・・・自分を討つだろう。
『わし自身も宣言したからのう・・・・・・・・・』
夜姫を取り戻したくば、この天下に悪名を馳せている董卓の首を取ってからにせい!!
堂々と言い切った。
しかし、後悔はしていない。
夜姫を取り戻したければ、自分を殺せ。
自分は何があろうと夜姫を手放さない。
手放す時は死ぬ時くらいだ。
『・・・・さてはて、どうするべきか』
もう打つ手は限られている。
手札も残り少ない。
それ所か悪い手札が多く、有効に使おうとしても上手い考えが浮かばない。
不味い。
だが・・・・・・・・・
『なるようになる。戦とは予想外の出来事が常に起こり得る場所だからな』
そう自分が経験した考えを述べて、董卓は馬を進め続ける。
長安まで・・・・・まだ遠い。
しかし、長安に着けば先ずはこちらが一歩先に行ける。
今できる事は無事に長安へ辿り着く事だ。
そう董卓は自分に言い聞かせて、馬の腹を蹴り速度を上げさせた。