第五十幕:誰にも渡さない
後半から戦闘シーンもとい張飛の視点に入ります。
次回から戦闘シーンを出来るだけ増やしたい、と思います!!
猛烈に降り続ける雨の為、土の道は水を吸い泥と変わった。
その道を黙々と進む大勢の者たち・・・・・・・・・・
男、女、老人、子供・・・・眼が疲れており、足取りも悪い。
これでは何時、倒れてもおかしくない。
現に誰かが倒れた。
痩せ衰えた老人で杖を持ち、必死に歩いていたが雨に体力を奪われて行き倒れたのだ。
しかし、誰も助けようとしない。
それ所か邪魔、とばかりに足で蹴り隅へ追い遣る者も居た。
極限状態において人間は精神的に脆い。
逆に言えば、そこで人間の本性が現れるとも言えるだろう。
彼等が良い例だ。
日頃は老人を労わるなどしたが、極限状態に陥った結果・・・・・自分だけ考える。
いや、これは正しいのかもしれない。
他人に眼を向ける暇など無い。
あるなら余裕か偽善だ。
今の状態は誰もが自分だけを見ている。
人としてどうか・・・・などは経験していない者が言う偽善の言葉だ。
もし、そんな説教臭い事を言うのなら自分も経験しろ。
それで極限状態を味わえば良い。
味わっても説教できる力があるのなら・・・・・・・・・・・・・・・
殆どの者は出来ないだろう。
これが人間なのだ。
最終的には我が身が一番。
今の現状を見れば・・・・・嫌、というほど実感できる物だ。
そんな極限状態の中でも冷静さを保つ者たちが居る。
兵達だ。
彼等は董卓に仕える者たちで、今まで数多くの戦場を渡り歩いて来た。
時には残酷な事もしたが、敵もまたしてきた。
戦場も生きるか死ぬかの極限状態である。
地獄と言っても構わない。
その地獄を何度も行って来た者達から言わせれば、慣れた環境と言えるだろう。
現に兵達は民達を蔑んだ眼差しで見ている。
彼等から言わせれば、日ごろ自分達を蔑むくせに・・・・・結果は自分達と然して変わらない。
それを知り軽蔑しているのだ。
もっとも、それ以上に軽蔑しているのは・・・・・・・・・・
馬車で眠る娘であろう。
四方を四人の騎馬した武将が護り、更に前方を一人の武将が警護している。
娘は明らかに人間ではない容姿だった。
顔立ちは実に端正で人形のようで、髪などは絹のように艶があり滑らかである。
どんな者でも触った所で逃げられる。
そんな髪であったが、色もまた可憐と妖艶が混ざり合っていた。
紫と銀という対照的な色が絶妙に混ざり合い、綺麗な艶色をしている。
白く雪のような肌、そして綺麗な衣服もそれを余計に栄えさせていた。
娘の名は織星夜姫。
連合軍から攫って来た天の姫である。
その傍らには一匹の蛇が居り、周りを見回しては警護していた。
この織星夜姫だが先ほどは起きており、泥沼に嵌った車輪を蛇---ヨルムンガルドに命令して元通りにさせたのだ。
その時、彼女は民を見て言った。
『こんな他力本願する奴等は・・・・・軽蔑に値する』
些か付け足しなどはされているだろうが、そんな言葉を言ったのは確かである。
民達から言わせれば何もせず、ただ馬車に乗っている夜姫こそ軽蔑に値するだろう。
だが、兵達から言わせれば夜姫の言葉は正しく、軽蔑に値するのは民達であった。
彼女がどんな生活を送って来たのかは知らない。
それでも・・・・彼女の言葉が実に的を射ており、納得してしまうのは確かである。
四方を護る一人の武将---文秀は三人以上に強く思っていた。
彼は夜姫に名を尋ねられた者、として三人に知られている。
『お前だけ良いよな。天の姫に名を尋ねられるなんて』
『俺等なんて声さえ掛けられなかったのに』
『お前だけ羨ましいぜ』
文秀を除いた三人は小声で文秀を詰る。
からかい半分で羨望が半分、と言った所だろう。
『俺は何もしてないぞ。ただ、民を殴ろうとしたら止められただけだ』
文秀は小声で言い返す。
彼の言い分は確かだ。
車輪を押していた民の一人が眠る夜姫に罵声を浴びせた。
それにヨルムンガルドが怒り、威嚇をして勝手に泥沼に倒れ込み仕事をやらなくなった。
これを叱ろうと思い槍を上げただけで、それを夜姫が止めただけに過ぎない。
名を尋ねられたのも夜姫から声を掛けてきたのだ。
自分は答えただけ。
つまり彼の言い分は的を射ている。
だが、仲間達から言わせれば名前を尋ねられて、少しでも会話が出来たのだから羨ましがるのも無理ない。
「四人とも見張れ。どうも・・・・臭い」
前方を進んでいた華雄が四人に言うと、四人は頷いて周囲を警戒した。
この華雄の言葉は直ぐに正しい、と判明する。
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「・・・・良い眺めだぜ」
華雄が怪しい、と睨んだ丘の上では男が一人いた。
丘から董卓軍を見ており、明らかに獲物を見つけた肉食獣の眼をしている。
手には蛇矛、と呼ばれる滑らかな形をした槍を持ち、背後に控える兵達も武器を所持していた。
明らかに董卓軍を奇襲する積りであろう。
「ここから攻めれば一気に夜姫様の馬車を取れる。良いか?目的は夜姫様だけだ。民達は・・・・この際、捨てるしかない」
それは目的を明確にした事を意味している。
戦において先ず何をするのか?
これを決めなくては話にならない。
男は馬車に乗る天の姫--―織星夜姫を助ける、という目的を掲げた。
後は捨てる。
一人だけなら良いが、大人数を連れては必ず追い付かれる。
その為・・・・非情だが民達は捨てるのだ。
男の義兄が聞けば憤慨物であろう。
義兄は民を助ける為に兵を起こした、と大雑把に言えばそうなる。
もっと正確に言うなら民達を救う為に漢王朝を復活させる為、と言えた。
男がやる事は目的達成の為とは言え、義兄が褒める事ではない。
寧ろ激怒されて殺される可能性もある。
それでもやらなければならない・・・・・・・・・・・
『義兄者。これも俺の犯した罪の償い、だろうか?』
雨に打たれながら男--―張飛は義兄である劉備玄徳に尋ねた。
彼は夜姫を傷つけた。
これは消せない罪であり、だからこそ今こうして居る。
董卓軍は民も一緒で本当なら・・・・・あそこで董卓を倒すべきだ。
だが、兵力差があり過ぎる。
その上、あんな所で戦えば嫌でも民達に被害が及ぶ。
その為にも・・・・・耐えてもらうしかない。
何れ董卓を倒す為にも・・・・・・・・・・
「張飛様、敵軍の前方に董卓が居ます」
「何っ・・・・居た。居たな。董卓に間違いない」
張飛は前方で槍を持ち馬に乗った壮年の男に見覚えがある。
あれこそ董卓だった。
『黄巾の乱で見たが・・・・相変わらず良い面構えだ』
劉備を義兄にした張飛、関羽は義勇軍を結成し黄巾の乱で初陣を飾った。
その時に現連合軍の総大将たちとも顔を合わせているが、同時に董卓とも会っている。
初めて見た時、張飛は本能的に直感した。
『こいつを敵に回せば厄介だ』
現実通り董卓は厄介な敵であった。
辺境で異民族との戦いを経験した彼は間違いなく強い。
個人武勇も両手で弓を引き、敵兵を一本の矢で2人も倒したのを見ている。
あの男が今回の敵であるが、疑問に思う事がある。
『野心はあるが、何で自分で権力を握らない』
漢王朝を牛耳っているのは董卓だが、帝は生きており彼はあくまでも臣下の立場だ。
普通なら殺して自分が帝になる筈だ、と言うのに・・・・・・・・
何より彼が槍を持ち前方に居るのも妙だ。
何故、彼が前方に居る?
安全な後ろに居る筈だ。
『何かの罠か?しかし・・・・今さら引けないな』
仮に罠だとしても自分は突っ込む。
兵達も同じ考えだろう。
「・・・・へっ・・・・・・罠があるなら力づくで押し通るまでだ。全員、俺に続け!!」
張飛は雷雨が続く中で蛇矛を掲げて、一気に丘の上から董卓軍へ突っ込んだ。
兵達もそれに続く。
『敵襲!敵が丘から奇襲!!』
直ぐに敵は気付き、前後に伝わる大声で叫んだ。
しかし、上から来る者を下で受け止めるのは難しい。
速度が上がり、受け止め切れないのだ。
案の定・・・・・兵達は止め切れず倒れて行く。
「夜姫様を助けろ!雑兵は無視しろ!董卓も無視しろ!夜姫様を先ず助け出せ!!」
張飛は蛇矛を一閃して、雑兵を一気に5人ほど横に斬った。
雑兵は上半身と下半身を分かれさせて、虚しく泥沼に沈んで行く。
民達は悲鳴を上げて逃げ惑うだけだ。
それで良い、と張飛は何処かで思う。
ここに居れば戦に巻き込まれるが、逃げれば助かる見込みはある。
自分も探そうとした時である・・・・・・・・・
「ぬぉぉぉぉぉ!!」
「むぅ!!」
後ろから鋭い槍が繰り出される。
何とか避けたかに見えたが・・・・・・髪を数本ほど切られた。
「あの娘は・・・・あの娘は・・・・夜姫は誰にも渡さん!!」
「うぉ!!」
槍は一度、引かれたが直ぐに鋭い突きが襲い掛かる。
張飛は防戦一方となり、馬が泥沼で身動きが取れない事もあり・・・・・思うように反撃できない。
「董卓か・・・・やるじゃねぇか」
「夜姫は渡さんっ。誰にも!誰にも!誰にもだ!!」
董卓は張飛の言葉を無視して攻撃を続ける。
一見した所まるで悪鬼のような形相だが、瞳は儚く何か大切な物を必死に護ろうとしている。
そんな瞳であった。
『敵でさえ魅了したのか?』
張飛は隙を見ながらも何処かに居る夜姫に問い掛けた。
雷雨が先ほど以上に激しくなった。
まるで・・・・・この世界が更に動乱に包まれる、という事を示している感じであった・・・・・・・・