第四十八幕:蛇の名は・・・・・・
次は戦闘シーンが入ります。
それが終われば、一区切りで長安編に入ると思われます。
それから今は北欧神話のキャラが主流ですが、少しずつ出して行きますのでご了承ください。
雷雨は未だに続いており、激しく全ての物に対して容赦なく攻撃を加えている。
長安をひたすら目指し、進み続ける者達は雨で濡れた泥の道を進む。
しかし、泥になった道は足を深く底へと引き摺りこみ、車輪も飲み込んでしまった。
「そら、押せ!!」
泥水を浴びながら、泥に嵌った車輪を必死に押し上げる民達。
その馬車には綺麗な女性が乗っていた。
紫と銀の色が混ざり合い、妖艶さと可憐さを合わせた艶やかな髪・・・・・・・・・・
そして赤を主体にした綺麗な服・・・・・・・・
見る者は全て跪くであろう。
ただ、瞳は閉じられており、開く気配はまったく無かった。
『くそっ。俺等が泥だらけになっているのに、てめぇは平気な顔で寝ているのか?』
『まったくだ。どうして、俺達がこんな事を・・・・・・・・・・』
『そうだよな?何で俺達が・・・・とは言え、やらないと死んじまうしな』
『別に死んでも良いぜ。こんな“何も出来ない小娘”の為なら、喜んで死んでやるよ』
明らかに馬車で寝ている娘に対して、言っている罵詈雑言であった。
最後の方は皮肉がふんだんに盛り込まれている。
それだけ車輪を押し上げようとする民達から言わせれば・・・・・・・・眼前で眠る娘---天の姫は怨めしい存在だった。
天の姫ゆえに美しい。
だが、それだけだ。
天から来たのなら、自分達を助けろと言いたい所だ。
それが、どうだ?
連合軍から董卓軍に攫われて、ただ寝ているだけではないか。
これでは役に立たない娘、と罵られても良いではないか。
・・・・・何とも呆れ返り、返す言葉も無い自分勝手な言葉である。
しかし、当の本人は寝ている故に幸せかもしれない。
「・・・・・・・・」
馬車で眠る天の姫だが、その腕に巻き付いている蛇は起きている。
ただ、黙って罵詈雑言を内心で、ぶちまけている民達を睨み据えていた。
「んだよっ。この蛇野郎が。天の姫を護っている積りか?」
民の一人が蛇に気付いて、唾を吐きながら喋った。
これを聞いた騎馬の武将たちは、眉を顰めたが男は気付かないのか・・・・喋り続ける。
「てめぇの主人は最低だ。何が天の姫だよ。ただ、寝ているだけの小娘じゃないか?!」
シャー!!
それまで黙っていた蛇が口を大きく開けて男を威嚇した。
自分より小さく弱い存在、と言える蛇なのに・・・・・喋っていた男は悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
後ろに倒れた為、泥が飛び散り仲間達を汚し自分も汚れた。
「おい、何をしている。ちゃんと車輪を押せ!!」
武将は悲鳴を上げた男を槍の下部分---石突きで、民を突こうとしたが・・・・・・・・
「・・・止めなさい」
白い手が設置された屋根から出て、武将の槍を掴んだ。
凛とした声で、何処ぞの将軍と言われても納得してしまうが、何処か綺麗な声である。
「あ、あの・・・・・・」
武将を始めとした民達は馬車から槍を握る娘---天の姫を見た。
眼は開かれており、月の色を宿している。
左手に剣は握られているが、抜こうと思えば抜けそうな感じだった。
「貴方、名は?」
「わ、私ですか?」
武将は自分を指差す。
「そうよ。名は何と言うのかしら?」
天の姫は月の瞳を向けて、武将に問い掛ける。
「は、はっ。文秀、と申します」
「文秀、貴方の槍は敵を突く為の槍でしょ?」
「は、はい・・・・・・」
「こんな“下種”を突く為の槍ではない。そうでしょ?」
天の姫は顔を伏せて泥だらけの民を冷たい眼で見下した。
それから確認するように尋ねた。
それに対して彼は・・・・・・・・
「はい、その通りです」
武将---文秀は静かに頷いた。
何故か知らないが、この娘に言われる事が当たり前のようで自然と従ってしまった。
恐らく自分だけでなく他の者も同じ立場だったら言う事を聞くだろう。
「それで良いわ。“ヨルムンガルド”・・・・・そこの下種の代わりに車輪を上げて」
天の姫は何時の間にか右手に移動した蛇---ヨルムンガルドに命令した。
ヨルムンガルドは頷くと、馬車から下りて雷雨に身を打たせる。
民達は自然と車輪から離れるが、どうせ出来る訳ない・・・・高を括って見ている。
すると・・・・・・・・
『!?』
小さな蛇が、車輪を咥えて・・・・泥から持ち上げたのだ。
軽い物のように車輪を泥から持ち上げると、そのまま地面へと移す。
これで馬車は正常にまた走れるようになった。
大人が数人掛りでも出来なかった事を・・・・・・・・・・
ヨルムンガルドは雨に打たれながら馬車へと戻る。
「良い子ね」
天の姫が右手に持った布で泥などを拭い取り、ヨルムンガルドを褒め称えた。
主に褒められたヨルムンガルドは縦眼を細めて、スルスルと天の姫の左手に巻き付いた。
そんな下僕を優しそうに見ながら天の姫は言葉を紡ぐ。
「働き者は好きよ。何処かの誰かみたいに・・・・自分の事を“棚上げ”するしか能が無い奴等より、ね」
この言葉は誰に対して言っているのだろうか?
そう民達は思った。
しかし、こう思わずにはいられない。
『こ、この力があれば董卓を倒せる!!』
自分達の力ではなく、彼の女性の力で倒せる。
明らかに他力本願以外の何でも無い。
それを彼等は知ってか知らずか・・・・嬉しそうにする。
しかし、それを天の姫は何処までも冷めた眼付きで見ていた事に・・・・・彼等は知らない。
「さぁ、車輪は戻ったわ。早く進みなさい」
『御意に』
四人の武将は頷くと、また馬車を走らせた。
その姿を見る民達は何処までも・・・・・“他力本願な希望”に満ちた眼を向けている・・・・・・・・
“自分だと気付かんとは・・・・実に救い様が無い”
誰かの声がした。
酷くしゃがれた声で、まるで身体を絞め付けるような気を感じる。
“おまけに無力に等しい。姫様は多になり団結すれば強い、と仰られたが・・・・・本当だろうか?”
こんな車輪さえ上げる事も出来ない奴等が・・・・・・・・・
いや、それ位ならまだ良い。
問題なのは自分の主に対して暴言を吐いた事だ。
そればかりか主に董卓を倒してもらおう、と他力本願にしている。
民達の腐った性根が声の主は気に入らない様子だった。
本当なら今すぐにでも皆殺しにしたかったが、威嚇程度で済ませたのは・・・・殺す気になれば何時でも殺せる、という現実的な理由だ。
しかも、ここに居る奴等は長安に着いたら着いたで“生き地獄”が舞っている。
考えてみれば今殺さなくても良い。
どうせ、地獄を見るなら長い方が良いだろう。
“精々・・・今の内に希望を抱け。希望を抱けば抱くほど・・・・絶望は大きい”
しゃがれた声は笑い声を出していたが、不意に止んだ。
“改めて、我が名を与えられた。これで兄上と同じく、我もまた力をある程度は使える”
名前を与えられた・・・・・・・・・・?
それはヨルムンガルド、と言う名だろうか?
このヨルムンガルドとは、北欧神話に出て来る伝説の大蛇だ。
意味は「途方も無い長さの杖」と言い、その巨体と長さを表している。
父は悪神ロキで、母は霧の巨人であるアングルボザ。
兄弟に悪狼フェンリル、死の女神ヘルが居り、彼の場合は次男に当たる。
彼を含めた兄弟は神々の仇となる為、それぞれ別々の場所に捨てられて、幽閉された。
しかし、神々の思惑とは裏腹に彼等は成長して行く。
特にヨルムンガルドは、自分の尾をくわえる程度にまで成長した、と言われている。
更に彼は毒を吐き、神々でさえ生命を奪ってしまうのだ。
だが、兄であるフェンリルがオーディーンの息子---ヴィザースに殺されるように、彼もまた雷の神---トールに殺される。
それでも結果は“相討ち”、と言えるだろう。
トールの武器---“ミョルニル”と呼ばれる鎚で、攻撃したがヨルムンガルドも毒を吐いた。
雷神は数歩、後ろに下がった後に息絶えた、と言われている。
これを持ってトールが勝ち、と言う者も居るが・・・・・・・・・・
話を戻すと、この声の主は名をヨルムンガルド、と言うのか?
もし、そうなら・・・・・・・・・・・・・