第四十六幕:飛将の宿命
「はぁっ!!」
「むぅん!!」
雷雨が鳴り響く中で・・・・金属のぶつかり合う音が森林に響き渡る。
同時に馬の蹄の音、鳴き声などもするが金属の音で掻き消されてしまう。
雷雨は一段と酷くなるが、彼等の動きはさらに激しくなった。
「中々やるな。あの時は全力を出していなかったのか?!」
赤い色の毛並みをした馬--―赤兎馬に跨り、方天画戟を両手で操る男--―呂布は尋ねた。
「全力を出していましたよ。しかし、今は全力以上で貴方様と戦っているのです!!」
呂布が繰り出した方天画戟を青龍刀で防いだ男--―関羽は答えた。
彼らが戦いを始めて既に一刻は過ぎている。
『そろそろ頃合い、か?』
関羽は青龍刀を振り下ろしながら、引く時期を考えていた。
義兄である劉備玄徳は時間を稼いで、頃合いを見計らい戻って来い。
そう言った。
一刻以上の時間は稼いだ。
となれば、そろそろ戻っても良い時期であろう。
何時までも居れば、こちらが不利だ。
それは後ろに控えている呂布の兵隊--―五原騎兵団を見れば判る。
彼等は騎馬に乗っている。
森林地帯で騎馬戦は出来ない。
何より彼等の場合は野戦などの広い場所で、初めて実力を出せる。
その点で言うなら歩兵だけの義勇軍に分があるかもしれない。
だが、呂布の兵となれば騎馬に乗らずとも強い。
彼等の弓術は下手な射者の放つ矢より、遥かに強力なのだ。
そこを考えて関羽は引く時期を考えた。
下手に逃げれば、追われてやられるのは明白。
かと言って、このままやれば持久戦に持ち込まれてやられてしまう。
何より離れ過ぎると劉備達に追い付けない。
『どうする・・・・・・・・?』
何か妙案は無いか、と戦いながら思案していると・・・・・・・・・・
“おお、随分と困りのようだな?美髭公”
誰かの声がした。
その声は雷雨の中でもハッキリと関羽の耳に入った。
『道化殿か!!』
“あぁ、そうだ。困っているようだな?”
声の主--―道化は何処までも面白そうな口調で、関羽に話し掛けてくる。
『出来るなら手を貸してもらえまいか?このままでは義兄者に・・・・・・・・・・』
“そのまま死ねよ”
最後まで言う前に、道化の冷たい声で遮断された。
“手を貸してくれ?ふざけた事を言うなよ。俺はお前の護衛じゃない”
『だ、だが、夜姫様の・・・・・・・・・・』
“あぁ、臣下さ。だから、姫さんを愚弄した奴は赦さない。あんたも例外じゃない”
『・・・・・・・・・』
関羽は冷たく喋り続ける道化に耳を傾けながら、呂布の攻撃を巧みに捌き続けた。
“あんたが悔いているなら死ねよ。死して罪を償え、と言葉もあるだろ?”
『・・・・御免被る。私は死して罪を償わない』
“ほぉう。じゃあ、どうするんだ?”
「・・・・生き続ける!!」
「むっ!?」
関羽の怒声とも言える声に、呂布は少しばかり怯んだ。
その僅かな隙を突いて、関羽は青龍刀を斜めに切り上げる。
「ちっ・・・・・・・」
呂布は方天画戟で捌き、僅かに後ろへ下がった。
「私は生き続ける。生きて夜姫様の為に戦い続け、その罪を償い続ける!!」
死して罪を償えば、確かに終わりだ。
しかし、そこで終わりなのだ。
生き続ければ、罪は罪として残り続ける。
だが、逆に生ある限り償う事が出来る。
「私は死んで罪を償いたくない。それでは一度だけだ。私の罪は生ある限り償い続けなくてはならないのだ!!」
“ふ、ふふふふ・・・・・ふはははははははははははっ!!”
道化は突然、笑い出した。
心の底から歓喜しているような笑い声である。
“あー、面白い。面白れぇ・・・・やはり人間は良いな。醜いが、諦め悪い。そこが面白いぜ”
『諦めが悪い、か。前なら武人として潔く死す。それが私の願いだった』
“死んだら、そこで終わりだ。人生は最後まで生き抜いた者が勝つんだよ”
「そうだな・・・・・・・・」
「何を一人で喋っている!!」
呂布が関羽の様子に苛立ち、声を張り上げる。
“煩いぜ。坊や”
「だ・・・・・ぐわっ!!」
呂布にも聞こえたのか、声を放とうとしたが・・・・その前に近くで雷が落ちて落馬した。
“姫さんに執着するストーカー野郎が。暫く、そこで部下に尻でも掘られてろ”
道化の声は他の者にも聞こえたのか・・・・・動揺している。
「皆の者、引くぞ!!」
関羽はこの機会を逃さず、撤退を皆に告げた。
一斉に義勇軍は背を向けて走り出す。
「ま、待てっ!!」
呂布が立とうとするも、またしても雷が落ち風も強まった。
「り、呂布様、馬が怯えて言う事を聞きません!!」
部下達は雷と風に怯えて、乗り手を振り下ろさん勢いで暴れている。
馬という生き物は臆病な生き物だが、訓練さえ積めば乗り手の意を組み動く利口な生き物だ。
しかし、こればかりは無理に近い。
更に言うなら・・・・馬には解かったのだ。
ここに居てはいけない。
居れば喰われる。
誰に喰われるのかは馬本人も判らないが、それでも本能が逃げろと告げているのだ。
無論、名馬と謳われる赤兎馬も例外ではない。
「赤兎・・・・・・・・」
赤兎馬もまた乗り手を心配しながら、本能が危険の鐘を鳴り響かせている。
その為、逃げたい衝動に駆られていた。
「・・・・別の道を探すぞ。ここは・・・・通れん!!」
呂布は馬と共に生きて来た、と言っても良い。
遊牧民出身と謳われる彼だけあって、このままでは馬が駄目になると判断できたのだ。
急いで馬に乗り呂布は来た道を戻る。
しかし、背後を見ていた。
『・・・・何者かは知らないが、必ず首を斬り落としてやる。そして関雲長・・・・・貴様との決着も必ずつけるぞ』
あのまま戦っていれば、どちらが勝っていたのか・・・・・・・・・
それは判らない。
最初こそ自分が勝つ、と踏んでいたが関羽の尋常ではない力を見た時・・・・分からなくなった。
それが飛将と謳われる呂布奉先にとっては・・・・我慢できる物ではなかった。
飛将という異名は彼が最初に持った訳ではない。
前漢時代に匈奴---現在のモンゴル高原から中央ユーラシア東部に一大勢力を築き上げた遊牧民を、何度も撃退したが悲運の将と言われる“李広”から来ている。
この李広は生涯に渡り匈奴と戦い続けて、何度も勝利を重ねて来た。
匈奴は彼を“飛将軍”と呼び、彼の治める領土は敢えて避けるようになったとも言われている。
行動が迅速で武勇に優れた将軍の事を飛将軍と呼ぶが、ここから飛将とは来ている訳だ。
しかし、この武勇に優れ三代の皇帝にも仕えた彼だが、最後は道に迷い匈奴との戦いに遅れたらしい。
それを苦に自らの首を刎ねた、言われる。
呂布はこの名を頂戴した時、正直言って不快極まりなかった。
自分が、どうしてこんな名を頂戴しなければならない。
それこそ新しい異名を彼は欲した。
他人の御下がりとも言える名を頂戴したくない。
だが、人は彼を飛将と呼ぶ。
これを今まで我慢してきた彼だが、更に今回の件もあり我慢の限界に達していた。
『必ず討ち取る。そして、あの小娘---織星夜姫を物にする』
そうすれば、自分は天下に名が広まる。
名は何だろうか?
天の姫を物にしたのだ。
そう・・・・名前は・・・・・・・・・
『天将だ。俺は天の将になってやる』
天の姫を物にした武将。
なれば、彼の名もそれに相応しく天の将となるべきであろう。
そう考えたのは間違いではない。
しかし・・・・・・・・・・・
“生憎だが、お前では餓鬼と同様に手が届くのは天まで、だ”
その上の存在には手が届かない宿命でしかない。
誰かの声が呂布の宿命を案じるように言った。
それが彼に聞こえなかったのは・・・・彼の宿命であろう。
何にせよ・・・・まだ三国志の歴史は変わり始めたばかりだった。