第四十五幕:罪作りな姫君
今度から文字などを読み易くする為、縦線を入れます。
自分で読み直して思ったんですが、その頃の袁術は・・・・・とかで、直ぐに別人物の視点が始まるので、非常に読み難くかったです。
ですから、ちょっと縦線を入れます。
「・・・・雨、か」
突然、降り出した雨に馬に乗った男---魚の鰓みたいな顔が特徴の男は空を見上げる。
空は黒く光は見えない。
しかし・・・・・・・・
「ちょうど良いぜ」
男は雨に打たれながら笑った。
「どういう事ですか?」
みすぼらしい鎧姿の男が訊くと、男は笑いながら答える。
「この雨だ。向こうも慌てているし、浮き足だっている。運が良ければ動きを止めているだろう」
そうでなくても足取りは今以上に遅くなっている筈だ。
「何より足音が消えるし、姿も見え難いだろ?」
皆はその言葉に、やっと意味が理解できた。
「奇襲、ですか」
「そうだ。何時まで続くかは分からないが、これは俺達にとって助けだ」
天の助け、と言えるだろう。
「もしかして、夜姫様が?」
「さぁな・・・・・・・・」
男は兵士が口にした娘の名前に神妙な顔をする。
夜姫---織星夜姫。
その娘こそ、自分達が助ける人物の名前だ。
相手は董卓。
呂布は義兄である関羽が相手をしているから大丈夫だろう。
強いが、関羽も強い。
決して簡単にやられはしない。
そして、自分は夜姫を救出するのが役目だ。
だが・・・・・・・
男---張飛は負い眼があった。
彼女を邪魔者、と言った。
罰こそ与えられたが、この男は引き摺るタイプだった。
しかも義兄であり主でもある劉備が、娘と見ている娘を、だ。
邪魔者扱いした。
これは彼にとって一生かけても償わなければならない罪と言える。
そして汚名返上を義兄に与えられた。
ここで汚名を晴らす。
だが、それで汚名が永遠に払拭された訳ではない。
『俺が死んでも汚名は残るだろうな』
功績も罪状も紙一重だが、同じ事はある。
永遠に歴史に残る事だ。
史書でなくても語り継がれる歴史に・・・・・・・・
そう考えると、自分は何て事をしたんだ・・・・・・
張飛は自分の犯した罪に改めて重い気を感じる。
しかし、やってしまった事は仕方が無い。
となれば・・・・・・・・・・・・・・
償い続けるしかない。
自分の代、子の代、孫の代、と償い続けるしかないのだ。
今は自分の代だ。
この身が存在する限り償いは続ける。
今が、その第一歩と言えるだろう。
「お前等、死ぬ気はあるか?」
張飛は蛇矛を握り締めて、彼等---義勇軍に問い掛ける。
「誰の為、ですか?」
兵士が雨に打たれながら訊く。
「決まってるだろ?我らが主---劉備玄徳様と娘の織星夜姫様だ」
『なら、死ねます』
彼等は直ぐに即答してみせた。
夜姫は言った。
『貴方達が死んだら、私が全ての戦死者をグラズヘイムのヴァルハラにも劣らぬ私の都へ・・・・・誘いましょう。そして魂は私が抱き締めて差し上げます』
そう誓ってくれた。
凛とした声で・・・・しかし、何処か自分達が確実に死ぬ事を知りながら、それでも送り出さなければならない事に・・・・・哀しんでいた。
「姫様が抱き締めて、都へ連れて行ってくれるんです。それで死ねるなら本望ですよ」
行った事も聞いた事も無い都だが、夜姫が治める都だ。
良い所だろう。
仮に良い所でないなら、自分達が手助けして豊かにすれば良い。
そう一人の兵士は言った。
「そうだな。国に残した家族には悪いが・・・・あいつ等が死んだら、俺が迎えに行く」
偉くなって・・・・・・・・・
兵士たちは思い思いに言う。
恐らく、この内の大半は死んでしまうだろう。
張飛も例外ではないが、死ぬ確率は彼等に比べれば遥かに低い。
それでも覚悟の為に、彼は訊いたのだ。
見事に決まった。
全員一致で、だ。
「よぉし。それじゃ、行こうぜ。夜姫様を助け出す。生き残った者は何があろうと劉備の兄貴へ届けろ」
死んだ者達は・・・・・・・・・
「必ず夜姫様が迎えに来てくれる。例え長い年月を経ようと、な」
例え、骨になっても・・・・・魂だけの存在になろうと、必ず迎えに来てくれる。
これは確信で言った。
あの時の夜姫は嘘を言わない。
いや、それ以前に彼女が嘘を言った時など無いだろう。
少なくとも、ここに来て自分が見る限りは。
それが彼にとっては確信だった。
「さぁ、行くぞ!!」
『おぉ!!』
張飛は蛇矛を雨に濡れた手で掲げた。
雷鳴が突然、鳴り響く。
しかし、それもまた彼等にとっては好都合である。
雷鳴が出て来たのだから、動く事もままならないだろう。
そこを突いて夜姫を奪還する。
これは成功する。
誰もがそう思いつつ、必ず成功させなければならない。
・・・・例え我が身を犠牲にしようと成功させなければ駄目だ。
皆はそう誓いあった。
その一方で、袁紹達は・・・・・・・・・・・・・
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「今度は雷雨か。忌々しい」
馬に乗って先を進んでいた袁紹だが、突然の雨に続いて雷雨に見舞われて苛立った。
かと言って、このまま無理に進めば不味い。
とは言え、焦りをは隠せないのも事実である。
『このまま行けば、袁術達に先を越されてしまう』
呂布は曹操軍を蹴散らすのに夢中で、その間に進む事は出来た。
しかし、袁術達は先に居る。
彼からしてみれば、ここで汚名を返上したい考えだった。
夜姫を助ける筈が、攫われる事に協力した・・・・・そう袁術に言われたのは記憶に新しい。
確かに、それは一理ある。
もう少し早く動いていれば、夜姫は攫われなかったかもしれない。
それを自分の利だけで動いた為に、ああなったのだから。
袁紹もそこ等辺は理解していた。
ただ、袁術に指摘されると、どうしても反論してしまう。
彼からしてみれば、袁術は腹違いの兄弟だが、憎らしい宿敵でもある。
特に夜姫が来てからは、その気持ちが増長するばかりだった。
『織星夜姫・・・・・私をここまで狂わせる娘、か』
最初に見た時、袁紹は綺麗な娘と率直に思った。
そして、眼が見えない事に少なからず同情したが、それでも前を向く彼女を強いと思った。
母親の身分が低い故に蔑まされた彼は若い頃、荒れていた。
引き取り手の叔父を困らせてしまった過去もある。
本当なら夜姫も自暴自棄になりたい筈だが、それを押し殺している姿は・・・・・まるで若い頃の自分を見た感じであった。
その為、自分も何か力を・・・・・・・・・協力したい、と思わずにはいられない。
同時に彼女を手元において、これからの事に備えたい面もあった。
だが、袁術を始めとした者達が彼女を半ば独占する形で居た為に、連合軍内に亀裂が入ったのも事実である。
『罪作りな娘だ。しかし、本人は自覚など無いだろうな』
宴の席でも無理して酒を飲んだ彼女の事だ。
少しでも亀裂が入らないようにしたかったのだろうが、袁術達には理解できず余計に亀裂を入れる羽目になった。
これを袁紹は罪作り、と称したのだ。
『とは言え、あの方を責めるのは間違いだな。それはそうと・・・・・どうするべきか』
このまま行けば長安に董卓軍は入るだろう。
そうなると、彼だけで攻め落とす力は無い。
それは袁術達も同じ事だが、自分が協力を申し込んで受け入れるかが問題だ。
逆に袁術から協力を申し込まれても、果たして自分が素直に受け入れられるか・・・・問題だった。
どちらも今まで、いがみ合い続けてきた。
何事も正反対の事を言い、行動を取り合ってきたのは事実である。
故に・・・・手を結んで共に戦えるのか?
疑問を覚えずにはいられない。
しかし、単独では無理だ。
何より・・・・・・・・・
『夜姫様を・・・・渡したくない』
この気持ちが袁紹の心を占めていた。
天の姫、だからではない。
何か別の理由がある。
その理由は彼自身も答えられないが、それでも袁術に渡したくない。
『・・・・どうすれば良いのだろうな?』
自分の気持ちに折り合いをつける・・・・それが、どれだけ難しい事か・・・・・・・
今の袁紹には痛いほど実感できた。