第三幕:英雄達と対面
天幕を出た夜姫は典医に連れられて劉備の陣を歩いていた。
眼が見える訳ではないので何がどんな形をしているのかは分からない。
だが典医は簡単に説明してくれるので想像は出来た。
これも典医なりの心遣いと夜姫は取っており・・・・とても有り難かった。
典医に手を引かれ、片手に杖を持って夜姫が歩いていると義勇軍の兵たちが眼の具合などを尋ねた。
その度に夜姫は変わらないと答えたが・・・・兵たちの気持ちは有り難いと礼を律儀にも一人ずつしていく。
それを関羽と張飛は感心しながらも・・・・これからどうなるのか一抹の不安を覚えた。
以前までは董卓軍と戦っているのは自分達義勇軍と曹操軍、孫堅軍の3軍だけだった。
誰もが董卓と戦うのを怖がっていたのである。
董卓自身若い頃は武勇を馳せたし配下の将達も実力者揃いだった。
そんな董卓軍の中でも一際目立つのは養子である「呂布」の存在だ。
字は奉先で元々は遊牧民の出だと言われているが明確な出自は不明である。
ただし、常人とは思えない腕力を誇り弓術・馬術共に優れている事。
また主人を平気で裏切る事は分かっている。
元の主人を董卓に唆されて首を切り持って行ったのが良い例だ。
前の主人は彼を親愛していたというのに・・・・・・・・
そんな敵軍と進んで戦おうとする者達は殆ど居ない。
しかし、夜姫が来てからは大きく変わった。
皆が夜姫に良い所を見せようと・・・・自軍を頼るように仕向けている。
彼等は金銀などを差し出しながら自分の勇敢さなどを夜姫に言って聞かせてくれと売り込んでくる。
勿論そんな事は全て退けているが・・・・これからどうなるかは誰にも分からない。
「なぁ、関兄。義兄者はどうしているんだ?」
張飛は小声で関羽に尋ねた。
「分からん。だが、嫌な予感はするな」
関羽は自慢の髭を撫でながらも義兄である劉備が総大将の陣へ呼び出された事に不安を感じていた。
「まったく・・・・どうしてこうも俺らには運が無いんだか」
「そう言うな。必ず我々にも運は向いて来る。天の姫である夜姫様が来たのが証拠だ」
「そうだけどよ・・・・ん?」
張飛は関羽の言葉に納得したが、何かを見たのか眼を細めた。
「どうした?」
「諸葛亮が来るぜ・・・・しかも、総大将の部下4人と一緒に」
「・・・・夜姫様、私の背に隠れて下さい」
関羽は典医と夜姫を自分の背中に隠すと張飛と共に仁王立ちして近づいて来る5人を見た。
他の兵達も現れた諸葛亮を除く4人に不審な視線を送った。
「関羽様。張飛様。夜姫様は?」
諸葛亮は扇で顔半分を隠しながら関羽に尋ねた。
だが、その仕草で2人は何か遭ったのだと理解した。
諸葛亮が扇で顔半分を隠すという事は何かが起こったという事を意味していたのである。
「私は、ここです」
大きな関羽の背中から夜姫が僅かに顔を出した。
「夜姫様。実は、殿がお呼びしているのですが大丈夫ですか?」
「劉備様が?」
「はい。詳しい事は行きながら説明しますので宜しいですか?」
「分かりました」
夜姫も諸葛亮の声に何かを感じたのか僅かに身体を堅くしながら頷いた。
「では行きましょう」
諸葛亮と4人は夜姫たちを先導して歩き出した。
「典医様。劉備様に何か遭ったのでしょうか?」
夜姫は典医に不安そうな声で尋ねた。
「恐らくは。ですが殿なら大丈夫ですよ」
典医は夜姫を安心させるように言ったが・・・・その心は不安だった。
恐らく夜姫の事でまた問題が発生したのだろう。
しかし、それを夜姫に言えば彼女の心は痛むだけ。
それは眼の治療にも負担が掛るから敢えて言わなかった。
そんな典医の気持ちを裏切るように天幕に行くまで諸葛亮は夜姫に大まかな説明をした。
もっとも裏切る形になったが、それでも諸葛亮なりに夜姫を気にして言葉を選んだのは幸いと言えるだろう。
とはいえ・・・・当の本人である夜姫は自分を置いて話に進んでいる事に驚いていた。
同時に自分の意思は・・・・・・・・?
「私の意思は・・・無いんですか?」
「それはありますので御安心ください」
諸葛亮は夜姫の疑問を打ち消すように断言した。
「夜姫様は天の姫。貴方の意思を蔑ろにするという事は天に弓を引くも同然。誰もそこまで愚かな真似はしません」
これには総大将の部下4人も頷き、そして自分達の主人の意向も伝えたが諸葛亮を見てか・・・・言葉は慎重であった。
「・・・・・・・・」
夜姫はこれに何も言えなかった。
自分は天の姫などではない。
ただの大学生だ。
それなのにこんな状況になるとは・・・・・・・・
『どうなるのかしら・・・・・・・・?』
夜姫は自分の人生はどうなるのかと自問自答したが・・・・明確な答えは見つけられずに黙るしかなかった。
それから歩き続けて暫く経つと袁紹の天幕に着いた。
眼で確認する事は出来ない夜姫だが、劉備の陣に比べてかなり規模は大きいという事だけは人の声や馬の蹄音で確認できた。
そんな中を歩くが・・・・やはり視線は感じる。
『おい、あれが天の姫だ』
『すげぇ・・・・美人だな』
『はぁ・・・・溜息しか出ねぇ』
『しかし、何で義勇軍なんかの陣に降り立ったんだ?』
『どうせなら俺等の陣に・・・・・・・・』
「夜姫様、大丈夫ですか?」
典医は大勢の声が聞こえているだろう夜姫を気遣い声を掛けた。
そして関羽と張飛は夜姫を護るように左右を固め兵達を睨み据える。
「・・・・大丈夫、です」
夜姫は3人の気遣いに感謝しつつ劉備の安否が気掛かりでならなかった。
何せ劉備の立場は義勇軍の長であり、総大将とは天と地の差もある。
つまり・・・・彼等の気持ち次第で劉備の命なんてどうにでもなる。
これは些か偏見に満ちている考え方であるが、最初に会った件もあり夜姫はそう思ったのだろう。
もっとも・・・・その答えは後少し進めば分かる。
「夜姫様、間もなく天幕に到着します」
諸葛亮に言われて夜姫は左手に持った杖を力強く握り締めた。
そうする事で劉備に自分の気を送ったのだろう。
「諸葛亮殿、そちらが天の姫ですか?」
目の前から男の声が聞こえてきて夜姫は顔を上げた。
姿は見えないが、左右に槍を持った屈強な兵2人が立っていると・・・・感じ取る。
「織星夜姫です。こちらに義勇軍の長である劉備玄徳様が居るのですね?」
典医の手を解き前に出ると夜姫は兵に尋ねた。
「は、ハッ!!」
「居ります!!」
「では、通して下さい。いえ、その前に・・・・私と言う女を呼び出しておいたのなら茶の用意くらいは出来ているのでしょうね?」
「え、は、その・・・・・・・・」
「あの、それは・・・・・・・・」
「・・・・女を呼び出したのなら茶の一杯くらいは用意してもらえると助かります。私あまり体力がないので」
喉が渇いてしまうんですの・・・・・・・・
夜姫は自然な口調で言いつつ・・・・2人を見るが、その眼が薄らとだが光が宿ったのは気のせいか?
それを見たのは前の2人だけだが、生憎と2人そろって夜姫の言葉に戸惑っていた。
『おい、茶は?』
『知らん。しかし、姫様は喉が渇いていると仰せだ。おい、急いで茶の用意をして天幕の中に気付かれないように置け』
右の兵士が通り掛かった仲間に目線で命じると・・・・それを見透かしたように夜姫は声を新たに発した。
「茶はともかく・・・・通っても宜しいですか?」
『仰せのままに!!』
屈強な兵は左右に別れると夜姫の道を開け片膝をつく。
それを諸葛亮たちは少しばかり驚いて見ていた。
何せ天幕を守護する兵は即ち将の近衛兵と言える。
つまり実力だけでなく忠誠心も高く求められるのだ。
如何に相手が上位階級の者だろうと警戒は抱き、そして多少の「脅し」は掛けてくる。
そうでなくても「悪戯」はしたりする。
特に戦場ともなれば尚の事だ。
ところが夜姫は怯みもせず名乗り、そして要件を伝えるから大したものである。
『やはり天の姫だ・・・・・・・・』
そう見ている者は思わずにはいられなかった・・・・・・・・
皆が思っているのを尻目に夜姫は静かに天幕の中へ入り、諸葛亮達も遅れながら天幕の中に入った。
それを確認してから左右を護っていた兵達は立ち上がり元の姿勢を取るが・・・・先程の事もあってか最初に比べると更に威圧感が出ていた。
何だか思い付く限り書いた気がしましたので、少々手直しをしました。