第四十幕:迎えに・・・・・・・
董卓が持っていた剣・・・これは彼の有名な武将(作者が大好き)の剣と言われていました。
本当か、どうかは判りませんが、少なくとも私は彼の方が呂布より強い、と思っております。
だから、出します。
ついで、と言っては語弊がありますけど、新しいキャラも出番が少ないですけど、登場させます。
長安へと向かう董卓達だが、ずっと走り続けられる訳も無く、途中で休憩をする事になった。
「胡軫、そなたは先に行って敵が先回りしていないか調べて来い。そなたは背後に行け。華雄は近隣の警戒をしろ」
董卓は馬車から降りて、直ぐに武将たちを集めると手早く命令を出した。
その背中を虚ろな瞳で織星夜姫は見ていた。
『・・・凄く決断が早いわね。おまけに手際が良いわ』
史書や演技ではボロクソに詰られているが、声で聞く限り決して無能ではない。
いや、果たして無能な者に一時とは言え天下を手中に収める事が出来るだろうか?
「・・・・出来ない、わね」
無能な者は無能であり、天下を手中に収める事など出来ない。
夜姫自身、調べた結果そう結論付けた。
そして、今の様子でも自分の結論は間違いない、と改めて思う。
「何が出来ないのだ?」
「え?」
夜姫は頭上から声が聞こえて反射的に顔を上げる。
虚ろな瞳で見えないが、声で董卓だと判った。
「何が出来ない・・・・・・・?」
「え、あ、あの・・・・・・・・」
突然の問い掛けに夜姫は戸惑う。
「・・・天の姫よ。そなたの名は織星夜姫、と言うのだろ?」
「え、は、はい・・・・・・・・」
夜姫は董卓の問いに頷く。
『さっきの問いと違うけど、何だったんだろう?』
心の中で疑問を覚えるも下手に刺激したくない。
その為、言葉を選ぶ。
「あ、あの、今は休憩、ですよね?」
「そうだ。そなたも休め」
「・・・・・・・・」
「何か不満でもあるのか?」
無言の夜姫に董卓は問い掛ける。
「い、いえ、別に・・・・・・・」
「では、何で、わしから眼をそむける」
董卓は顔を伏せている夜姫に問い掛けた。
「・・・・・・」
「殿、天の姫は目覚めたばかりで、混乱しているのでしょう」
無言にまたなった夜姫を見下す董卓に、華雄が近付いて話し掛けた。
「・・・華雄か。周辺はどうだ?」
「敵の影はおりません。ただ、動物が些か煩いですね」
「狼か?」
「それも居ます。虎は今の所、居ないと思われますが火は絶やさぬべきかと」
「分かった。そなたは引き続き・・・・・ん?」
董卓は馬車にニュルニュル、と這って登って来た蛇を見る。
蛇は間違いなく夜姫に近付いており、董卓は我慢できない衝動に襲われた。
即座に素手で握り潰そうとした時である。
「・・・蛇?」
夜姫が音で感じ取ったのか蛇の頭に触れる。
普通なら悲鳴でも上げる所だが、夜姫は悲鳴を上げずに蛇の頭を撫でた。
蛇もまた咬もうとせず、舌で夜姫の手を舐める。
傍から見れば、余り良い光景ではない。
だが、二人はその光景に眼を奪われた。
蛇という生き物は実に評価が別れる生き物だ。
とある神話では水の神とも化身とも言われてるが、別の神話においては悪の化身などと言われる。
どちらが正しいかは不明だが、目の前に居る蛇は少なくとも夜姫に害を与えるような生き物ではない。
それ所か愛おしそうに、頬擦りをして身体を丸めている。
野生の生き物が、こうも大人しく人の傍で寛ぐなど有り得ない。
それが董卓と華雄には不思議でならなかった。
「昔から、動物には好かれるんです」
夜姫は董卓達の視線が先ほどから、自分に向かれているのが判ったのか戸惑いながら答える。
「左様ですか。天の姫、私は華雄と言います。貴方様が寝ている間に近辺を警護しておりました」
「そう、ですか。あの、華雄様、呂布様は・・・・・・・・・」
「あの方は殿を務めておりますが、何か?」
「いえ、ただ董卓様が居るのなら、養子である呂布様も当然、傍に居るのかと思いまして・・・・・・・」
最後の方は怯えており、二人は直ぐに察した。
呂布に襲われた事を無意識に覚えている。
洛陽で夜姫は呂布に襲われた。
この事を夜姫自身は知らないが、呂布の事は知っている。
そして、彼の男がどれだけ強く狡猾なのかも。
だから、怯えているのだ。
「・・・呂布が怖いか?」
董卓は分かっていながら、夜姫に訊ねた。
「・・・・あの男を怖がらない者が居ますか?」
飛将と謳われて、悪名高き董卓の養子である呂布を・・・・・・・・・
「・・・では、訊くが、わしも怖いか?」
「・・・・・・・分からないです」
暫し考えてから夜姫は答えた。
「分からない?」
この言葉には董卓と華雄は首を傾げる。
先ほど彼女は悪名高き、と言った。
それなのに怖いか、と訊かれたら・・・・・・・・
「分からないんです。確かに、貴方は悪名高いです。でも、何だかそれだけ言い切れる人物ではない気がするんです」
『敢えて言うなら悲しそうな男だけど、それは言わない方が良いわね』
内心で自問自答して夜姫は思う。
何で悲しそうな男なのか?
それすら夜姫には解からないのだ。
それを答えろ、と言われても無理に近い。
だから、この場は口を噤んだ。
「・・・そうか。しかし、わしは悪名高い男だ。何時、そなたに悪さをするか分からん」
「・・・・・・・」
夜姫は董卓の声が頭上から聞こえて顔をまた伏せる。
確かに、彼の言う通りだ。
かと言って身を護れる術など無い。
「わしが悪さをするかもしれんから・・・・これを持て」
董卓は腰に差してあった剣を鞘ごと外して、夜姫に渡した。
「殿、それは・・・・・・・・」
華雄が何かを言おうとしたが、董卓はそれを言わせない。
「・・・・・・・・」
董卓から渡された物を勘で剣と判断した夜姫は、その重さに身震いする。
実際の剣など持った事がない。
しかし、この重さは異常と言える。
それなのに異常な程に“懐かしい”感じを覚える。
重さと同時に懐かしい。
これはどういう事なのか?
『私は、これを知っている・・・・・・・・・・?』
剣を握り締めると、背景が見えた。
何処かの宮廷だろうか?
端正な顔立ちをした男と共に舞をしている。
その男は“殺す気”で自分に剣を向けているが、夜姫はそれを軽やかな舞で避けては剣を交える。
どれ位の時間が経過したのだろうか?
どちらともなく動きを止めた。
男は汗一つ掻かず、自分を見ると片膝をついた。
『流石は姫君だ。私ごときでは相手になりませんな』
『そう?貴方の舞も上手かったわよ』
『姫様は世辞が上手い。しかし、これで悔いは残りません』
『・・・・・行くのね?』
男の顔を見て、問い掛ける。
『はい。元を正せば私が蒔いた種です。ならば、刈り取るのも私自身がやる事。それで死のうと悔いはありません』
『・・・そう。なら、問うわ』
夜姫は剣を男の肩に乗せた。
まるで騎士の忠誠を問うかのように・・・・・・・・・
『汝は肉体が滅び、魂になった身であろうと我が戦士として永遠に戦う事を誓うか?』
『この身も心も姫様の為だけに捧げましょう。貴方様が戦うと言うのなら、この身は剣となり盾となり全ての害から護ります』
『ならば、誓え。この剣に己が血を吸わせ魂を宿わせよ。何時の日か・・・・必ず我が汝を迎えに行く』
『御意に・・・・・・・』
そこで背景は消えた。
「・・・・・・・・」
夜姫はギュッ、と剣を握り締めた。
「どうかしたか?」
董卓が問うも夜姫は首を横に振る。
「・・・何でもないです」
しかし、身体が小刻みに震えている。
何もない訳ではない。
だが、董卓は何も問おうとはしなかった。
ただ・・・・剣を握り締めて・・・・・泣いている夜姫を見下した。
華雄もまた董卓と同じように夜姫を見る。
蛇もまた、泣く夜姫に寄り添うようにして・・・見続けた。
そこの場だけが、時が停まったかのように・・・・静かであり寂しかった。
『・・・・やっと、迎えに来たわよ・・・・・・・・・・・・・』
小さな声で夜姫は剣に語り掛ける。
かつて、自分に忠誠を誓い、数万の敵を僅かな兵のみで血路を見い出し、誓い通り己が剣に血を吸わせた男の名を・・・・・・・・・・・・・




