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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
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第三十八幕:姫君の願い

『・・・そろそろ頃合い、か』


曹操軍を追い回していた呂布は遠くまで逃げたであろう・・・・・養父である董卓の言葉を思い出した。


『わしが逃げるまで殿を務めよ』


後退行動を取る際、背後を敵に曝す形になる。


戦術的に見て明らかに危険であり、何かしらの手を打たなくてはならない。


それが殿だ。


殿は本隊が無事に逃げ切れるまで戦い続けて、敵を倒しつつ本隊を護る。


しかし、本隊からの援軍も補給も無い。


限られた人数で敵軍を受け止めなければならない事から殿は危険な任務だ。


その為、殿をするのは実力などが高い者が自然と選ばれる。


見事にやり遂げて帰還すれば報酬は莫大でもあるし、称賛も絶えない。


その任を呂布は養父直々に任された。


呂布と隊の実力を考えれば当然の成り行きであった。


この事に呂布は異論などない。


寧ろ自分以外の者が任されたら異論を唱える。


そして案の定と言うべきか・・・・・洛陽を捨てた董卓を追う形で裏門から曹操軍が現れた。


自分の顔を見た曹操は驚愕に満ちており、それを見た呂布は気分が最高に良かったのを覚えている。


まさか呂布を殿に・・・・・・・・・・


曹操の気持ちは、そんな所だろう。


しかし、分からないでもない。


『俺以外を除けば殿を任せられるのは華雄くらいだろうからな』


胡軫では些か力不足だし、部下の士気も上がらない。


華雄なら胡軫の部下だが部下からの信頼は厚いから持ち堪えられる。


自分は董卓の護衛、という形で行く筈・・・・・・・


洛陽に入城したら誰だって思う。


それを董卓は見越して、自分を殿に任せたのだ。


『親父殿、あんたの決断は正しいぜ』


敵を見事に欺いてみせたのだ。


だが、と呂布は思う。


『是非とも・・・あの小娘と手合わせしたいな』


董卓が傍に居るから今は無理だろう。


しかし、必ず手合わせして打ち負かしてみせる。


呂布は既に心の中で誓っていた。


二度、だ。


二度も自分は天の姫である小娘に虚仮にされた。


一度眼は大勢の前でやられた。


二度目はまだ救いがあるも、自尊心の高い彼にとっては屈辱以外の何でも無い。


お陰で董卓に牢へぶち込まれた事も上乗せされる。


『覚悟しておけ。長安に着いたら真っ先に貴様の細い腕を折ってやる』


その後はこれでもか、と言う程に痛め付ける。


そして・・・・・・・・


『お願いですから、もう殺して下さい。そう言わせてやる』


今から考えるだけでも嬉しいのか呂布は笑みを崩さない。


“馬鹿な男だ。姫さんはそこまで安っぽい女じゃない”


誰かの声がしたが、馬の蹄、火の燃え盛る音などにより聞こえなかった。


否・・・最初から彼の声は誰にも聞こえないのだ。


ここに居る者たちには・・・・・・・・・・・・


“姫さんが命乞いをする訳ない。いや、したとしても必ず仕返しをする”


それを自分は身を持って味わっている。


呂布が思い描いた光景など夢物語も良い所だし、仮にやったとしたら後で手痛いしっぺ返しを受けるのは間違いない。


彼が天の姫---織星夜姫にどうされるかは分からない。


しかし、彼の末路は正史でも縁起でも“身から出た錆”と言える。


裏切り癖が原因で最終的には仲間の裏切りに遭い、首を刎ねられる。


かつて自分が行って来た所業が、そのまま自分に返って来ると言う因果応報の最後だ。


“さてはて、こちらではどんな最後を遂げるのかな?”


何処までも声の主は楽しそうだった。


それは彼の声が夜姫だけを見て、後の者たちを“道端にある小石”程度としか認識していないからかもしれない。


実際、彼に問えば「そうだ」と即答する事だろう。


場所は変わって洛陽から離れた場所。


現在のように整備された道など皆無に等しい道であり、道でない場所を大人数の人馬が通っている。


「急げ!急げ!!敵が追って来るぞ!!」


先頭を進む武将が兵達に怒鳴りながら馬を後方へと走らせる。


『思っていた以上に進みが悪いな。このままでは何時まで呂布が敵を食い止められるかが勝負になる』


馬を走らせながら武将---胡軫は殿を任せられた呂布を思う。


彼の男なら間違いなく追って来る者たちを全員、相手にしても負けはしない。


だが、それだって時間の問題と言える。


如何に彼と軍団が強かろうと、数で押されてはどうしようもないのだ。


それを考えると急がせるのは得策だ。


とは言え民達も連れて逃げる為、どうしても予想以上に足取りは遅い。


『何とかしなければならんな。いっその事・・・・老人などは殺すか』


足が遅い奴等を徹底的に殺して、体力のある者たちだけ連れて行けば何とかなるだろう。


しかし、それは独断で行う訳にはいかない。


何せ彼は一武将に過ぎないからだ。


軍を動かして作戦を練る事などの力は与えられているが、そこまで大きい力は無い。


特に民達を殺して足を急がせるなど、は主人である董卓に訊かなくては駄目だ。


そう思い彼は後方に居る董卓の所へ向かった。


「ん?」


董卓の乗る馬車を見つけた胡軫は違和感を感じて眉を顰めた。


『女人が居る?天の姫、だろうな。だが、あの様子は・・・・・・』


胡軫は馬の腹を蹴り董卓の馬車に近付く。


「何か用か?胡軫」


董卓が話し掛けてきた。


そして、天の姫も虚ろな眼差しを彼に向ける。


『・・・眼が見えないのか。しかし、あの時は眼が見えていた筈だが』


天の姫とは初対面、という訳ではない。


だが、どういう訳か雰囲気が違う。


以前は研ぎ澄まされた剣のように鋭い雰囲気だったが、今は何処か怯えた子犬に近い雰囲気だった。


「胡軫よ。何か用か?」


董卓は沈黙する胡軫に再度、声を掛ける。


「あ、し、失礼しました。あの、殿、こちらは・・・・・・・・・」


「織星夜姫、と言う。先ほど名を教えてもらった」


「織星夜姫・・・・・・・・」


恐らく織星が姓で、夜姫が名前だろう。


胡軫は改めて夜姫を見る。


銀と紫の色が混ざった髪は艶があり、風に揺れている。


虚ろな瞳は不安な色が込められており、自分の置かれた状況を正確に把握しているのか疑わしい。


その様子が酷く胡軫の心を乱した。


しかし、気を取り直し彼は・・・・血生臭い事を董卓に言った。


「・・・・・・」


夜姫は無言で腰に差してあった扇を握る。


「・・・・・・」


董卓も無言で夜姫を見るが、直ぐに胡軫を見た。


何も言わないが、眼は言っていた。


『殺すな。しかし、急がせろ』


そう眼で命令した。


恐らく夜姫が寝ていれば、直ぐにでも殺せと命令した筈だ。


しかし、夜姫は起きており、命令すれば悪感情を更に悪化させる。


それを恐れているんだな、と胡軫は推測した。


「分かりました。では、私は・・・・・・・・」


胡軫は頷くと馬の手綱を握り、戻ろうとした。


「あの・・・・・・」


後ろから声を掛けられて胡軫は振り返る。


夜姫が空虚な眼差しを胡軫を見る。


「貴方の名前は、胡軫様ですよね?」


「え、えぇ。そうです」


声を掛けられて胡軫は戸惑いながら頷く。


「お願いですから、民達に乱暴はしないで下さい・・・・・・・・・・」


震える身体を必死に隠しながら、夜姫は胡軫に言った。


董卓と胡軫は暫く夜姫を見ていたが、直ぐに董卓が目配りをする。


「・・・分かりました」


胡軫は納得すると同時に感動さえ覚えた。


自分が董卓に来た事から、既に予感したのだろう。


彼女から見れば関係ない民達だ。


それでも誰かが傷つく所を見たくない。


それだけで怖がっているのに意を決して言った。


『流石は天の姫だな』


時には、その優しさが仇となるだろう。


今のような時代では尚更と言えるが、それでも自分に欠け始めた“温かさ”が胡軫には酷く懐かしさと羨ましさを覚えた。


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