第三十七幕:初めての会話
初めて夜姫と董卓が会話をします。
私の中で董卓は野蛮な将軍、と言い切れません。
少なくとも彼の行動には筋がある程度は通っているし、行動もまた英断と言える所があるからです。
とまぁ、そういう訳でどうぞ!!
燃え盛る洛陽。
歴史ある都が燃えている。
見なくても分かる。
夜中だと言うのに・・・・昼間のように燃えているのだ。
それで都が盛大に燃えている、と判断できる。
誰が火を点けたのか?
自分達ではない。
かと言って連合軍でも無いだろう。
董卓だ・・・・・・・
董卓が火を点けたんだ。
民達は荷物などを背に背負い、走りながら遥か彼方で馬車に乗っているであろう男---董卓に怨みの視線を送った。
彼さえ居なければ、こんな事にはならなかった。
宦官の不正や腐敗などは民達の間でも問題視されていたが、自分達で出来る事ではない。
だから、諦めていたし、それでも最低限の生活は出来た方だ。
まだマシだった。
それが董卓になってからは若い娘は陵辱されるし、男は兵隊にされる事さえあった。
逆らえば殺される。
宦官が支配していた時より酷い。
全ては董卓のせいだ。
『あいつさえ居なくなれば・・・・・・・・・!!』
誰もが声を揃えて言いたい。
それでも従うのは彼が強くて怖いからだ。
だから、心の中で彼を何度も殺す。
それが彼等自身の慰め方であり、復讐のやり方だった・・・・・・・・・
“ふんっ。情けない餓鬼共だ”
誰かの声がした。
しかし、誰にも聞こえない。
それは彼等が必死に逃げる事と、復讐心で染められているからだろう。
そして声はそんな彼等を何処までも侮辱していた。
“自分達で行動しないで他力本願か。だから、民ってのは好い加減な生き物なんだ”
かつて・・・自分が仕えた姫は民達に善政を敷いた。
それに民達は喜んで敬愛したが、彼女が裏切られるや掌を返したように糾弾した。
何故なら我が身可愛さ故に、だ・・・・・・・
誰だってそうだろうが、少数ではあるが姫を保護しようとする者も居た。
しかし、彼等は直ぐに仲間内で殺されて晒し物にされた。
火の粉が降り掛かる・・・それを恐れたからだった。
“まぁ、それが民と割り切れば良い。だが、自分達で何も出来ないくせに力ある者を批判するのは頂けないな”
力があるか、無いか・・・・・・
それだけで世の中と言うのは良くも悪くもなる。
単純な事だが、力があれば何でも出来る。
無ければ力のある者に虐げられるだけだ。
それでも抗う者は居る。
烏合の衆も集まり、指揮官さえ居れば精強となり強くなれる。
“黄巾の乱”で実証されたし、以前の歴史でも証明されている・・・・それなのに彼等は何時までも弱者の立場に甘んじては、強者を望んでいる。
自分達に優しい強者を・・・・・・・・
声の主---男から言わせれば自分勝手にも程があり胸糞悪くなるだけだ。
恐らく寝ているであろう姫君も同じ気持ちの筈だ・・・・・・・・・
“どれ、様子を見るか”
声は空でも飛ぶかのように前方へと移動する。
否・・・飛んでいる。
ただ、姿を見せていない。
もし・・・姿を見れば誰もがその姿に驚く事だろう。
幸い姿が見えないから混乱は起きないが。
“どれどれ・・・・おやおや、赤ん坊みたいに寝ているな”
声の主は馬車の上で寝息を立てている娘---織星夜姫を見て眼を細める。
これまた姿が見えないから、分からないが音で判断できた。
夜姫は同じく馬車に乗る男---董卓の膝に顔を乗せる形で寝ている。
それを董卓は黙って見つめているが、時節・・・空を見る。
“気付いた、か・・・いやはや恐れ入るぜ。存在に気付かれるとは、な”
これまで自分の存在に気付かれた事はない。
こちらから声を掛けて初めて知られたのだが、董卓は感じた。
そして居場所まで見つけたのだから脱帽するしかない。
そんな声が聞こえたのか・・・・董卓は夜姫を見る。
寝息を立て眼を閉じる夜姫は見た目より幼く見えた。
『・・・赤子、だな』
董卓は安らかな寝顔の夜姫を見て思う。
『それにしても・・・・誰かに見られていた、な』
先ほど誰かに見られていた気がしたのは、気のせいではない。
明らかに見られていた。
しかも、上からだ。
だが、上は空で誰も居ない。
それでも見られていた、と董卓は断言できた。
これは彼だけでなく少しでも勘が良く・・・辺境と言われる場所で暮らした者なら判る。
辺境と呼ばれる場所は都から見れば、余りに自然が勝ち人間は負けている、と見えるだろう。
事実、辺境と言う場所では自然との戦いが毎日だ。
都ではどうか?
答えは同じであり、同じでない。
この時代の都と言えど、自然の力にはやはり負けてしまう。
しかし、辺境に比べれば人も多い事から生活は良い。
その為に第六感とも言える感覚が欠けてしまうのだ。
何故なら生活が良いからに他ならない。
自然と戦えば、嫌でも第六感---勘とでも言える物が発達する。
そういう物が発達しなければ、容易に生命を落とすし、危険に身を曝すのだ。
戦場もある意味では、その辺境と言えるかもしれない。
何故なら人と人が入り乱れて戦う。
そんな場所はある意味では自然の猛威を直接、受ける辺境と似ている。
第六感などがあれば、自然と危険には敏感となり危機を乗り越えられるのだ。
董卓は辺境で育ち、戦場も体験した。
彼だからこそ・・・・声の主に気付いたのかもしれない。
『何者かは知らんが・・・・いや、もしかしたら』
自分の考えが正しければ・・・・・・・・・・・
「う、ううん・・・・・」
自分の膝で寝ていた娘---織星夜姫が眼を開けた。
「!?」
初めて眼を開けた夜姫に董卓は驚く。
いや、眼を開けた所は見た。
色は月の色だったが、今はどうだ?
『・・・・何だ、この空虚な眼差しは?』
夜姫の眼差しは空虚だった。
その空虚な眼差しで関係ない方角などを見ている。
「・・・車輪の音・・・馬車に、乗っているの?」
「・・・起きたか。天の姫」
意を決して董卓は声を掛ける。
「・・・・貴方は、誰?」
夜姫は自分が男の膝に顔を置いていた事に気付いて起き上った。
勿論、馬車の上だと音で判ったから、慎重に身体を起こした。
「わしは董卓。字は仲穎と申す」
「董卓・・・・じゃあ、ここは洛陽・・・・・・」
「ではない。いや、洛陽を出た」
「・・・火を点けて墓を荒らし長安へ逃げるんですね」
董卓は怯えた声色だが、ハッキリと喋る夜姫に・・・・胸を抉られる気持ちに襲われた。
そんな彼を知らない夜姫は怯えつつも頭の中で整理した。
『董卓が傍に居る。つまり、私は攫われたんだ。そして洛陽を焼き払って長安へ向かっている』
史書によれば董卓は長安に行くと、前以上に専横を極めた末に養子である呂布に殺されたと言われている。
それだけの事をしたのだから、当然の末路と言えるが、彼だけでなく年老いた母親も含めて一族全員が殺されるのだ。
董卓自身の死体は野晒しにされ一族諸とも火を点けられる、と言われている。
恐ろしい男なのだが、夜姫は何処かで・・・憐れみを覚えていた。
『何か悲しそう・・・・・・・』
何処がどうなのかは分からない。
ただ、史書に関して言えば、実際以上に膨張されたイメージがある。
何より彼の行った事なども詳しく調べれば、英断と言える所もあり無造作に切り捨てられない。
そういう事もあり、彼女が董卓に憐みを抱いているのかもしれない。
「そなたには悪いが、わしと共に長安へ来てもらうぞ」
「・・・何故、と訊いても良いですか?」
董卓の言葉に夜姫は空虚な眼差しを向けて董卓に言う。
「そなたが天の姫だからだ」
簡潔に董卓は理由を言った。
天の姫を自陣へ入れたら逆らう者も居ない。
連合軍も易々とは手を出さない。
それが理由だ。
「・・・・私を連れて行っても、連合軍は来ますよ」
「何故だ?」
「貴方がやった事を考えれば、連合軍は何としても討ち取ります。何より・・・・私が居るんです。迎えに来ます」
一瞬だが、空虚な瞳が月の瞳に変わった。
『・・・この娘、本当に天の姫なのか?』
董卓は月の瞳を見て疑問に思った。
天の姫、と言うよりは・・・天よりも至高の存在と言える月の姫だ。
月は夜という短い時間しか空に昇らない。
しかし、その短い時間に太陽以上に自分の存在を示して、見る者を跪かせる。
もし、この場が宮廷の中であったなら・・・間違いなく自分は跪いていただろう。
そう董卓は思った。
“さぁ・・・これからどうなることやら”
また誰かの声がしたが、その声は燃え盛る洛陽と人と馬の足音によって掻き消され、誰にも聞こえなかった・・・・・・・・