幕間:軍師の不覚
少し長すぎた部分を幕間に移動させて書き足しました。
義勇軍の長である劉備玄徳と、その軍師である諸葛亮孔明は総大将の陣に呼び出されていた。
総大将の陣は全部で4つで、その内の1つ・・・・袁紹の天幕に居た。
袁紹の天幕は流石は名家と謳われるだけの出だけあって贅が凝らされていた。
自分の天幕とは豪い違いだと劉備は思いながら何故呼び出されたのか?
そこを考えたが答えは直ぐに見つかった。
理由は一つしか無い。
夜姫の事についてだ。
「夜姫様を・・・・移動させる?」
劉備は袁紹から放たれた言葉を問い返した。
「うむ。そなたの陣では何かと不便であろう。それに前のように敵軍が気紛れで来ないとも限らない」
袁紹は至極---当たり前のように言っていた。
的を射ている言葉でもあったため劉備は何も言えなかった。
「そこで考えた結果・・・・総大将の陣に移動させようと考えたのだ」
ここまでは良いか?
袁紹は劉備に確認を取った。
「・・・・はい」
劉備は間をおいてから袁紹の言葉に頷いた。
『・・・・突然の事で動顚しているのだろうな。私も彼の立場だったらそうだからな』
袁紹は劉備の態度を分析しながら了承するかどうか考えてみた。
夜姫を総大将の陣に移動させる。
これは自分の異母兄弟である袁術が提案した事だった。
『天の姫をあんな馬小屋のような場所に何時まで置いておく気だ?直ぐにでも我が陣へ移動させるべきだ!!』
珍しく現実的な提案だと・・・・その時、袁紹は思ったが改めて考えてみると胡散臭い。
この隣に居る異母兄弟は己が為なら何でもする。
それこそ仇敵とさえ手を結ぶ可能性だってある位に。
更には自分より目立つ---戦功を上げた者に対しては凄まじい嫉妬を抱く。
そんな異母兄弟がこんな提案をするのだから何かしらの思惑があると疑ってしまうのは自明の理と言える。
同じ総大将の曹操、孫堅に関してもそれは同じ事だ。
だが少なくとも2人に関しては袁術よりはまだ遥かに理性的な行動を取ると袁紹は思っている。
曹操とは知り合いであるが、明らかに自分と同じく天下を狙っているのは分かっている。
ただし、まだその時期では無いのか?
力が足りないと自覚している為か余り表立った行動はしていないが油断は禁物だ。
孫堅は袁術の配下にあるが何時までも・・・・異母兄弟の下に居る訳がない。
近い内に何かしらの行動を起こす事だろうと袁紹は見ていた。
他の群雄達にしたって何かしらの考えはある。
『天の姫も厄介な時に・・・・厄介な場所に降り立ったものだ』
今の状況は非常に危うい状態だった。
相手は勇名と悪名を同時に馳せた董卓だ。
しかも配下には天下に名を轟かせている呂布まで居る。
こちらは誰もが腹に一物抱えており少しでも亀裂が入ればあっという間に全壊する恐れがある連合軍。
そんな所へ夜姫は降り立った。
それも義勇軍の陣へ。
どうせなら自分を含めた4人の何処かに降りてくれたら良かったと袁紹は思ったが・・・・そんな事を思った所で何も始まらない。
「して劉備よ。どうだ?」
袁紹はもう一度、劉備に尋ねた。
「私の一存では決められません。如何に私の陣へ降りたと言っても・・・・あの方の意思を無視して移動させるのはどうかと思います」
「ふん。そんな事を言ってはいるが本音では自分が夜姫様を物にしようと考えているのではないか?」
袁術が人の悪そうな笑みを浮かべながら劉備を見た。
「お言葉ですが袁術殿。そのような考えはこの劉備玄徳。一度も考えた事はありません」
毅然とした態度で劉備は答えた。
この身は全て漢王朝の為に・・・・夜姫様の為にある。
この戦いに参加したのも全ては漢王朝の為。
しかし、そこに夜姫が加わっただけである。
断じて私利私欲の為に戦うつもりは・・・・ない。
「その私を侮辱しますか?貴方様は」
「侮辱だと?たかが義勇軍風情がこの私に偉そうに」
「止めんか」
袁紹は熱くなり始めた二人を早々に止めた。
「袁術。劉備の気持ちは本心だ。その本心を侮辱するのは私が許さん。もし、またこんな真似をしたら容赦せんぞ」
「ほぉう。貴様に出来るのか?」
「出来るとも。使者を装い夜姫様を強引に自陣へ引き込もうとした男なら、な」
「っ!!」
なぜ知っている?
そう袁術は驚いた表情をしたが見れば皆は知っている顔だった。
夜中ならまだしも昼間に行くのだから・・・・どうぞ見て下さいと言っているようなものだ。
こんな単純な事を・・・・この男は気付いていないらしい。
異母兄弟ではあるが情けないと袁紹は落胆を隠せなかった。
「・・・・・・・・」
袁術は暫く袁紹と劉備を睨んでいたが、孫堅に宥められて怒りを必死に抑えた。
「劉備よ。そなたは夜姫様の意思を尊重すると申したな?」
ここで何も言葉を放たなかった曹操が初めて口を開いた。
「はい」
劉備は曹操に視線を移して頷いた。
しかし・・・・先日の件もあってか、表情は些か硬い。
いや、最初に会った時から劉備は曹孟徳という男を・・・・警戒し、そして畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
目の前の男は何時か自分と矛を交えると無意識に感じ取ったが、如何せん今のままでは惨敗も良い所である。
それでも夜姫の単語が目の前の男から発せられると・・・・不思議と負けられないという気概が強く出た。
「ふふふふ・・・・良い眼だ。まるで夜姫様の為ならば漢王朝すら敵に回す勢いだな」
「・・・・御冗談を。それで先程の言葉は?」
「夜姫様をここに連れて来て意見を言わせてはどうだ?皆の前で言えば納得もすると思うが」
これに劉備は頷いた。
「確かにそうですね。私を含め夜姫様の意思は・・・・絶対です」
それは夜姫が天の姫であるからに他ならない。
「その通りだ。まぁ・・・・彼の娘を一人占めして、傍で愛でたいと誰もが内心では思っているだろう。しかし、それは天に弓を引く行為。生憎と私は愚かではない」
かと言って・・・・このままの状況では誰も良い事なんてない。
「・・・・分かりました。直ぐに呼んで参ります」
「それが良い。もし、夜姫様がそなたの陣に居たいと言うなら別の案を考えれば済む」
「では早速・・・・・・・・」
「殿。私が夜姫様を呼んで参ります」
諸葛亮が自分で行こうとする劉備を留めた。
「では頼む」
「分かりました。失礼します」
諸葛亮は一礼してから天幕を出て行った。
天幕を出た諸葛亮は夜姫を探しに向かったが、その心中は穏やかではなかった。
『不味いですね。こうも早く動いて来るとは・・・・・・・・』
諸葛亮の考えではまだ自陣へ引き込もうという行動は取らずに気を引こうとすると予想していた。
遠目から先ずは観察し、その後に行動に移すと「第三者」の視点で諸葛亮は見て、そして考えたのである。
だが、実際はもう動いていた。
『・・・・不覚ですが、まだ挽回できます』
曹操は夜姫の意思を皆に言わせようとしている。
つまり実力行使はせず夜姫の気持ちを尊重するという事。
これなら天幕に戻るまでに夜姫に予め言えば問題ない。
しかし、それは出来なかった。
「諸葛亮殿。我々も行きます」
後ろから声がして振り返れば総大将の部下達が4人いた。
別々の主人だが。
「どういう事です?私が夜姫様に何か言おうと考えているのですか?」
諸葛亮は足を止めて4人に訊ねた。
「そうは言っておりません。ですが・・・・念には念を入れろと言いますからね」
明らかに自分を疑っていると直ぐに察する事は出来た。
『敵も馬鹿ではないという事ですか。まぁ、ある程度の予想はしておりましたが手際が良いですね』
4人揃って抜け目が無いと諸葛亮は感心を覚えながらも5人で夜姫を探し始めた。
もっとも自分も夜姫を如何にして・・・・劉備の陣営に留めておくか思案する辺りは抜け目ない点は彼も同じであろう。