第三十五幕:洛陽、開門
・・・・・・洛陽の閉じられていた門が開いた。
それを馬上に乗り見つめる者が五人ほど居たが、内三人は二人とは離れて見ている。
三人は右から袁術、孫堅、劉備で離れた二人は曹操、袁紹である。
何故、離れているのか?
その理由は暫く前に遡るが、大雑把に説明すると三人は反董卓連合軍から離脱した。
しかし、行く場所は同じであり、董卓をどちらも己が力だけで倒せる自信が無い。
という訳で、不承不承ながら手に手を取り合い共同で攻めているのだ。
「殿、門が開けられました。しかし、不要に動かすのは止めた方が宜しいですね?」
孫堅が門を見ながら主人である袁術に言うと、彼は無言で頷いた。
「董卓の事だ。何か策があると見た。だが、かと言って兵を動かさない訳にもいかんだろ?」
本当は董卓が、どんな策を使用するのか袁術は知っている。
洛陽を焼き払い、自分達が使用できないようにするのだ。
そして殿を呂布に任せる。
これは全て腹心であるが、些か口が辛い閻象から聞かされた情報である。
もちろん劉備も孫堅も知っているが、袁紹と曹操には伝えていない。
袂を別ち合ったのだから・・・敢えて教える必要性は無い。
まぁ、袁術が単純に袁紹を毛嫌いしている事も影響はあるが・・・・・・・
「殿、曹操軍が先陣を切りました」
孫堅が指差す方向に袁術と劉備は視線を送る。
曹操が部下達を引き攣れて洛陽に入る所が眼に入り、続いて袁紹も遅れる形で向かっていた。
だが、その二人が入った途端に洛陽は火に包まれたのだ。
「・・・行かなくて良かったな」
今、行ったら面倒だ。
「ですが、このまま居る訳にもいきますまい」
孫堅が言えば、袁術は頷いた。
「そうだな。しかし・・・このまま洛陽を放っておく訳にもいかんだろ?」
「まぁ・・・・・・」
歯切れの悪い口調で孫堅は頷く。
彼としては直ぐにでも夜姫を助けに行きたい。
しかし、同時に洛陽を復興させたい、という気持ちもある。
どちらも大事で犠牲には出来ない。
「・・・袁術殿、ここは二手に別れませんか?」
それまで黙っていた劉備が初めて口を開いた。
「洛陽を復興させる方と夜姫様を助ける方、か」
「はい。しかし、私が洛陽を復興させる事も、夜姫様を助ける事も出来ません。ですから、お二方のどちらかが・・・選ぶべきです」
『・・・・・・・』
二人は考えたが、直ぐに答えは出た。
「では、私が洛陽を復興させます。殿はこのまま進んで夜姫様を助けて下さい」
「・・・すまんな」
「いいえ。ですが、まだ行かない方が良いでしょう。曹操軍と袁術軍で入れ乱れて、下手に行けば殺されます」
洛陽は味方の兵で入り乱れた市街戦となった。
出会い頭の戦いであるから、反射的に武器を持った相手となれば同士討ちだってある。
今も何人かが同士討ちしているのが良い証拠である。
「・・・・・閻象」
「はっ」
袁術が呼ぶと、懐刀である閻象が現れた。
「殿は呂布で良いのだな?」
「はい。ですから、今は動かない方が宜しいです」
閻象の言葉は他人が犠牲になった後で行く事を・・・・・推している感じだった。
実際そうなのだが・・・・・・・・
「閻象、私と劉備は夜姫様を助けに行く。孫堅は洛陽を復興させ次第、追い付く。そう部下に伝えておけ」
「はっ。それから、これは私の推測ですが・・・・恐らく呂布と戦う曹操は、その時点で連合軍から降りるでしょう」
「呂布に大半をやられて、か」
「左様です。そうなれば後は袁紹様のみ。事実上・・・連合軍は解散となります。そこからは我らだけです。努々忘れないにお願いします」
「・・・・あぁ」
閻象が言いたい事は、こうだ。
連合軍が解散となれば、群雄達も自分の気持ちで動くだろう。
その中で何人、董卓とまともに戦うだろうか?
恐らく大半は自領へ戻り力を蓄えるだろう。
若しくは董卓に味方するかもしれない。
いや、董卓に味方するのは愚かな事だ。
その程度の認識は群雄達にもあるだろうが、敢えて味方となり寝首を掻くとも考えられる。
『・・・どちらにせよ、ここからが本当の意味で厳しい戦いとなるな』
下手をすれば、味方だった者と戦うかもしれないのだから。
董卓を倒せば名声も得られる。
同時に天の姫を得れば・・・・もう恐れる物は何も無い。
そう言えるだろう。
天の姫ともなれば帝より上なのだ。
民達から言わせれば、そうだろうし帝もそうだと考えている。
まぁ、今の帝は幼いから何とも言えないが、だ。
ある意味では本当にここからが厳しい戦いとなる。
「・・・シッカリとしなければならんな」
袁術の言葉に孫堅と劉備は頷いた。
「殿、どうやら曹操軍が袁紹軍より先に裏門に出たようです」
孫堅が指差す方向には、洛陽の裏門から曹操軍が出た姿が見えた。
その遥か先には董卓軍が居る。
「・・・呂布だ」
劉備の声が静かに、しかしハッキリと聞こえた。
『りょ、呂布だ!?』
洛陽は広い。
それなのにその絶叫は、遥か遠くに居る袁術達にも聞こえた。
「そろそろ行く、か」
下手に行くのは問題だが、今なら何とかなるだろう。
そう袁術は判断し、兵を進軍させた。
その一方で袁紹の方は・・・・・・・・・・
「何っ?董卓は既に逃げただと?!」
「は、はいっ。その挙句に先帝達の墓を暴いた跡もあります」
「何と・・・・・・・・」
部下の言葉に袁紹は言葉を失う。
彼にとって董卓は倒さなければならない人物の筆頭に上げられる。
他にも居るが、今の所は董卓が筆頭だ。
何故なら彼とは浅からぬ因縁がある。
宦官皆殺しが起きた時、霊帝の息子である少帝と献帝を保護しようとしたが、それを奪われたのだ。
しかも、自分の目の前で、だ。
これは妾腹の子とは言え・・・袁紹にとっては最大の屈辱と言える。
また彼は天の姫である夜姫を攫った。
これも彼にとっては屈辱だ。
何せ颯爽と登場する筈が、あろうことか攫われた後に現れたのだから屈辱でしかない。
『おのれ、董卓・・・・帝だけでなく夜姫様まで私の目の前で攫うとは』
袁紹は歯ぎしりをしながら、どうするか考えた。
今は曹操が裏門を出て董卓を追っている筈だ。
門を抉じ開けて中に入ったが、袁紹はまだ董卓が居る、と考えていたのに対して曹操は既に逃げたと判断した。
明らかに曹操の方が正しかった訳だが、董卓が果たして何もせずに逃げるだろうか?
『・・・この声は』
袁紹の耳に悲鳴が入った。
虎に会って逃げ惑う人の声に近く、こんな悲鳴を上げるのは・・・・・・・・・・・
「呂布が、殿か」
董卓には飛将の名を持つ呂布が居る事を、袁紹は今頃になって思い出した。
殿が呂布となれば、真っ先に裏門に出た曹操は会った事だろう。
曹操の実力は高いが、兵は少ない。
質も戦には必要であるが、呂布相手では質と量の両方が必要である。
『今から助けに行くべきか、それともこの場は見過ごすべきか』
助けに行けば曹操に恩が売れる。
しかし、同時に自分の兵達も死ぬ。
呂布が相手だとなれば、半分は死ぬと考えて良いだろう。
かと言って、見過ごせば何を言われるか・・・・・・・
何時かは雌雄を決するが、今はどうするべきか?
「・・・全軍に伝達せよ。直ぐに裏門へ行くぞ」
袁紹は先ほど考えた二つの選択を破棄した。
曹操を助けない。
これは後者の選択だが、今から裏門に行けば呂布は曹操軍に眼を向けている筈だ。
それなら今、行くべきである。
運が良ければ・・・董卓に追い付けるかもしれない。
そうなれば一気に押して夜姫を助ければ良いのだ。
『曹操、すまないが・・・・私の為に死んでくれ』
袁紹は暗い笑みを浮かべて、兵達を率いて裏門へ向かった。




