第二十四幕:洛陽に帰還
色々とやってはおりますが、どうも5000文字だと辛いです。(汗)
今度から3000字にするかもしれません・・・やっぱり何処かで区切りを入れないといけませんね。
胡軫は華雄の兵達に護られる形で洛陽へ入城した。
だが、出迎えの民達は居らず兵達もまた少数でとてもじゃないが現在政を行う場所とは思えない。
というのも近い内にここを焼き払うからだ。
洛陽は籠城するには分が悪く長安の方が戦略的に有利に立てる。
そこを考えて彼の主人である董卓はここを焼き払う事にした・・・敵に利用されない為であるが仮にも歴史ある都を灰にするのだ。
しかし、奪える物は根こそぎ奪う事も忘れない。
歴代皇帝の墓を暴き財宝などを取る。
墓暴きは中国最大の罪であるが辺境育ちの彼にとっては歯牙にもかけないのだろうか?
『・・・我が主ながら大胆な事をするな』
胡軫は自身が仕える主である董卓に言い知れぬ恐怖感を抱く。
同時に道徳的に賛同できない気持ちになった。
幾ら戦略的に不利な立場とは言え、歴史ある都を焼き払うなど人として許せない部分があるようだが、逆らえば殺される。
目的達成の為なら手段を選ばない。
それが董卓という男の性格だと、胡軫は身を持って知っていたから・・・・口から外へは出さなかった。
そして自分の腕の中で眠る娘を見た。
歳は二十を越えた位で銀と紫の混ざった髪は艶があり、馬を走らせた時など風に乗り靡いていたのは記憶に新しく、指で掬おうとしても直ぐに逃げられた事もまた記憶に新しい。
天の姫・・・・・・・・
この娘は先ほど自分達に手痛い事をしたが、どういう訳か気絶してしまい・・・・未だに眠り続けている。
『・・・この娘は何者だろうか?』
天の姫というのは判るが、それ以外の事は何も分からない。
名前も歳も出身も・・・全てだ。
この娘を董卓は欲している・・・献帝も手中に収めながら欲するのは彼が貪欲である証拠と言える。
いや、違う。
『・・・・誰もがこの娘を欲しがっているのだな』
自分の心にも・・・・この娘が欲しいという願望がある。
董卓だけではない・・・皆が欲しているのだ。
しかし、それを手中に収めたのは董卓であるから勝利者は董卓と言える。
それが酷く興醒めとも言える感情に襲われ、胡軫は首を横に振り、その気持ちを振り払い董卓の居る場所へと向かった。
そこへ少し遅れて華雄が現れて胡軫と合流した。
「この方が天の姫ですか・・・改めて見るとまだ幼い、ですね」
20を越えた位であるが、彼等から見れば幼い印象さえ受ける寝顔だったようだ。
「確かに。しかも、筆くらいしか握った事が無いのか、と思えるほどに細い腕だ。こんな細腕であのような弓と太刀を握って呂布を打ち破ったのかと疑問に思う」
部下である華雄の言葉に頷きながら、呂布を倒したという事実を信じられないと胡軫は言い、華雄もまた頷いた。
「私もです。ですが、事実です。しかし・・・一向に覚めませんね」
「うむ。多少荒く馬の手綱を握ったのだがそれでも起きん」
「まるで・・・力を使い果たしたという感じ、ですか?」
「そう・・・だな。それに近い」
華雄の言葉に胡軫は暫し考えてから頷いた。
自分が近付いた時、この娘は馬から転落する所であったが、先ほどまでは見事な手綱使いで馬を操っていたのに・・・・どういう訳か突然落馬したのだ。
それでも彼女は手近にあった槍を掴むと杖代わりに歩き出した。
だが、途中で力尽きたかのように倒れてしまった。
その様子は華雄の言う通り、力を使い果たした、という言葉が似合う。
「・・・殿は一体、天の姫をどうするのか」
「それは貴様の方が知っている筈だ。違うか?」
「私にも分かりません」
胡軫の皮肉に華雄は物ともせずに答えた。
華雄は呂布、胡軫より董卓と親しいと彼は思っている。
実際の所だが、董卓は華雄に何かを言うから正解と言えるだろう。
なぜ自分ではなく華雄に?
そう疑問に思うも、敢えて聞かなかった。
しかし、ここは皮肉の一つでも言おうと思い言ったのだが、言われた当の本人は物ともしないのだから面白くない。
「つまらん男だな。とは言え、そなたにも分からんとなれば殿自身に訊くしかあるまい」
「そうですが果たして答えるでしょうか?」
董卓は身内には意外と優しい。
董卓の為なら命も惜しまない気迫を感じさせるのだが、身内以外となれば苛烈な性格の上に本心を余り明かさない。
そんな彼に聞いた所で素直に言うのか疑問である。
華雄は思うのも無理はなく、言い出しっぺの胡軫も渋面であった。
「とにかく殿の前に・・・・・・・」
「待て」
二人は振り返った。
そこには呂布が血だらけの鎧を着て立っており、手には方天戟画が握られている・・・・・・
「呂布殿。ここは宮廷内。そんな格好でその武器を持って何事です」
華雄は眼を細めながら呂布を戒めたが、本人は何でもない様子で華雄の言葉に返事をした。
「決まっている。あの時の屈辱を晴らしに来た」
「屈辱を?それは殿の許しを得ているのですか?」
「そんな物は無い」
「ならばいけません。何より天の姫は寝ています。寝込みの婦女子を襲うなど武将として恥も良い所です」
「黙れっ。俺はその女に用がある。邪魔立てすれば容赦せんぞ!!」
「・・・・・・」
華雄は呂布が本気だと判ったのか胡軫に目配りをする。
胡軫も呂布が本気と判り、後ずさりしながら腰の剣に手を伸ばした。
「・・・何をしている」
何時でも戦いが出来る雰囲気だったが、一人の男が放った言葉で崩れ去る
・・・・まるでボロボロの壁に手を置いたら、あっという間に崩れ落ちた、という感じだ。
現れたのは三人の中で一番年上で着ている服もまた上等である。
年齢は髭などが生えており、正確に判別するのは難しいが壮年---三十代後半から四十代半ば、といった感じであろうか?
腰には立派な剣が差してあり、左手は・・・・柄に掛けられており、何時でも抜ける形となっている。
「・・・親父殿」
呂布は男を親父殿、と言った・・・・この男こそ連合軍が狙う相手---董卓その人であった。
董卓---字を仲穎と言い、辺境の将軍であったが、現在は洛陽を牛耳る者であり、呂布の養父でもある。
「呂布、ここでそのような格好をするな。ここは宮廷だぞ」
董卓は呂布に厳しい声で戒めた。
「ですが・・・・・」
「天の姫は寝ている。そんな女子の寝込みを襲うのか?飛将と謳われいるのに」
「・・・・・・・・」
飛将---前漢時代に“匈奴”を相手に数十回以上も戦いながら、その武功を評価されずに最後は自決した悲劇の将である“李広”から来ている。
呂布もまた騎馬を使った素早い攻撃が得意と言う事もあり、飛将と言われていて本人誇りとしているからこそ董卓はそれを逆手に取ったのだ。
これを言われた呂布は董卓の読み通り無言となり背を向けた。
「・・・殿、ご足労をお掛けしました」
華雄が董卓に謝るが、董卓は首を横に振った。
「良い。それで・・・その娘が天の姫、か」
「はっ。今は寝ております」
胡軫が抱いている娘---夜姫を董卓に差し出そうとするが、董卓は受け取ろうとしない。
「どうかなされましたか?」
「そのまま寝室へ連れて行ってくれ。わしの寝室ではなく王妃が使用する寝室に、だ」
この言葉は彼女を抱かない、という意味だと二人は察した。
「分かりました。ですが、私ではなく殿自身が連れて行けば良いのでは?」
私も華雄も泥などで汚れているんですよ、と胡軫は言うが董卓は自嘲して答えなかった。
それに違和感を覚えながら、二人は夜姫を王妃---何皇后が使用していた寝室に連れて行く。
何皇后は霊帝の皇后にして少帝の生母であるが、董卓の策略により二人そろって殺害された。
寝室へ連れて行った胡軫は静かに夜姫を下ろしたが、未だに彼女は眠り続けている・・・・・・
「・・・・ご苦労。暫く一人にしてくれ」
董卓は二人に言うと二人は何も言わず、その場を去った。
夜姫と二人切りとなった董卓はゴツゴツした掌を見てから、手を伸ばしたが直ぐに引っ込めて自嘲する。
「・・・・触れる事など出来んな」
自分の手は数え切れない血を吸い汚れている・・・・そんな手で彼女は触れない。
そう董卓は思っていた・・・・そして改めて彼女を見て、その神々しい雰囲気に改めて思い知らされた。
それでも見るぐらいは良いだろう、と自分に言い眠る彼女を見る。
何を夢見ているのか・・・・・・・
分からないが余り良い夢ではない気がするも、自分では何も出来ない事に歯痒さを覚えてしまうのは・・・・男の悲しい性だろうか?
思ってしまうのだから・・・・・やはり男の性だと思ってしまう。
その一方で・・・・・・・・・・
「殿は一体なにを考えているのだ?」
胡軫は華雄と共に少し離れた場所に居た。
寝室は通常後宮にあり、基本的に男子は皇帝以外は入れない。
もし、皇帝以外の男と交わったら・・・・・・・という考えがある為に去勢された男---“宦官”と呼ばれる者たちが後宮を管理する仕組みだ。
この宦官こそ後漢を腐敗に至らしめた存在と言える。
宦官は異民族の捕虜や献上奴隷が去勢されて、皇帝たちに仕えたのが始まりとされている。
だが、皇帝や寵姫などに重用され権勢を誇る者も現れた。
その者たちを見て自主的に宦官になる者も居り、実際・・・・ある程度の出世は約束される。
所が去勢された部分から細菌が入り、死ぬ事が実に三割近かったそうだから命がけである。
その宦官達が腐敗の原因であるが、後漢は地方豪族の力が強いため対抗手段として宦官を重用した。
だから、ある意味では地方豪族がこのような事態を起こしたとも言えるだろう。
だが、その宦官も洛陽には居ない。
というのも連合軍の総大将である袁招が老若問わず皆殺しにしたからだ。
これには董卓も係わっており、彼が洛陽へ入れたのも袁紹のお陰と言えた。
宦官は殺されたため後宮には女官しか居ない。
それでも基本的に男子禁制であるが。
「殿は何を考えていると思う?」
胡軫は華雄に訊ねるが華雄は分からないと告げた。
「あれを見る限り何とも・・・・・ただ、少なくとも殿以外にも天の姫を欲する者は居る事は確かですね」
「・・・・・・・」
何か心当たりがあるのか胡軫は険しい顔を浮かべた。
「しかし、それは私たちのやる仕事ではありません。今は連合軍をどうするかが先決です」
「そうだな。とは言え・・・奴等をここで迎え撃つのは辛いな」
「はい。もう少しで準備は出来る予定ですが速めましょう」
「そうしてくれ。私は呂布を見て来る」
あの様子では諦める様子が無い、と胡軫は言い去って行った。
「・・・呂布、か」
華雄は一人になると独白した。
「殿は養子としてあの方を迎えたが・・・果たして殿に刃を向けないだろうか?」
呂布は裏切り癖がある・・・というか人に操られる事が多いも自覚が無い。
常に目先の事を考えている節があり先見性がある、とは言い難いのだが戦闘に関しては文句ないから性質が悪いのだ。
ここは華雄から見れば欲望と策謀が渦巻く地獄の坩堝と言える。
彼の主人である董卓は現在の政---漢王朝を事実上支配している身であるが、元を正せば辺境の将軍でしかない上に性格も苛烈にして粗暴だ。
女官たちを毎日のように陵辱する時もあれば、墓を荒らして財宝を奪うし、村一つを焼き討ちにする事だってある。
しかし、彼自身は決して高い役職に就いていない。
部下もまた同じであり、政は彼が抜擢した者たちで行われているのが正しい。
彼等は巷などで持て囃される人物たちで政をする事に支障は無い・・・・・・
無いのだが、辺境の将軍に抜擢されたという事は彼等にとって許し難い屈辱だ。
その上彼の性格は敵を作り易い故にここでも彼に敵意を抱く者は大勢いるが、中でも目立つのはただ一人の男である。
「・・・・王允」
その男の名は王允。
彼だけが董卓に対して真正面から敵意を見せた上で反論するのだ。
董卓の性格上で言えば、自分に逆らう者は容赦しないが王允の実直とも言える性格を高く買っており罰も与えない。
基本的に気骨がある人物を彼は買っているのだが・・・・・・・・・・・
「・・・・それが仇とならなければ良いのだが」
王允を買う理由は解るが彼は危険だ。
彼の実力は高いが、その性格は如何にも高潔と言えるが、逆に言えば融通が利かない性格である。
董卓の場合は柔軟性もあるが、彼にはそれが無い。
水と油・・・これは言い過ぎかもしれないが、二人は決して相容れない関係と言えるから何れは決裂するだろう。
そこへ天の姫が現れたのだから・・・・事態はもう見えたと言える。
天の姫を彼が利用しない手は無い。
利用とは語弊があるかもしれないが、天下太平の為とか言っても結局やる事は・・・・彼女の力を使うのだから利用すると言える。
「・・・私の不安が的中しなければ良いのだが」
華雄は悪い予感を覚えるが外れる事を祈る・・・・しかし、その祈りは脆くも崩れ去る事になる。




