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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
35/155

第二十二幕:伏兵現れ援軍来ず

夜もそろそろ深くなった時間帯。


この時間帯は人間がもっとも眠りの世界に滞在する時間帯である。


だから、そう簡単には起きないし起きたとしても直ぐには行動が起こせない。


この時間帯ほど敵から言わせれば攻め易い時間は無いだろう。


そこを狙った敵---董卓軍は出陣の音を鳴らした。


先ずこれで敵達は何事かと驚き外へ出るだろう。


そこへ騎馬軍を先頭に反董卓連合軍の陣へ風のように突撃し走り去って行く。


だが、騎馬隊の後を追い掛けて来た歩兵たちが・・・・唖然とする者達を打ち倒して行く。


奇襲とは敵の虚を突くのが鉄則であるから、要は敵側の出鼻を挫くのだ。


ただし、騎馬隊を用いた奇襲は歩兵だけの奇襲より遥かに厄介な戦法である。


というのも騎馬隊は馬という人間の足ではどんなに頑張っても追い付けない足が強みで機動戦を得意としているのだ。


騎馬隊で敵陣深くまで侵入し、歩兵達で退路を確保する。


これが董卓軍が立てた戦法であるが・・・・今陣内を駆け巡っているのは呂布の軍隊---五原騎兵団だけであった。


歩兵は華雄の軍。


残りの者---胡軫の軍団は見当たらない。


これを疑問に思う者は連合軍内に居なかった。


というのも彼等は奇襲されるなど思ってもみなかった・・・・と言うよりも、董卓という共通の敵の前に連合軍内に居る敵を倒そうと躍起になっていた事から忘れていたのだ。


この事も奇襲が成功した理由と上げられるだろう。


「殿、我々はまだ出陣しないのですか?」


馬に乗った男が同じく馬上で遠くから様子を見ている男---胡軫に訊ねた。


「まだだ。呂布如きに先陣を切られたのは胸糞悪いが・・・・我々が天の姫を奪うのだ。そして殿に献上する役割を担っている。報酬は我々が一人占めだ」


それにまだ敵は居るのだ。


今回の戦いはあくまで洛陽を捨てる前に天の姫を自軍へ連れて行く戦い。


つまり退却戦の前にやる前座みたいなものだ。


まだ戦いは続く。


これからが本番だ。


この洛陽を捨て長安でこそ本当の戦いである。


だから、敵はまだまだ多い。


ここで功を焦り主人である董卓の怒りを買うよりはマシだ。


「・・・精々子飼いの部下どもと共に暴れ回れ。その後で我々が天の姫を連れ去り報酬は頂く」


人の悪い笑みを浮かべて胡軫は笑った。


その笑みを部下達が侮蔑の眼差しで見ているのを彼は知らないだろう。


胡軫は華雄の上司に当たる。


階級は司隷校尉である。


当初は“蠱毒”---虫などを使用した呪術を取り締まる役職だったが一度は廃止された。


しかし、霊帝が復活させて帝都周辺の警備などが仕事とされて力も増して来たのだ。


胡軫はその司隷校尉の階級を自慢しているし、武の腕前もまた自慢している。


これが同僚からは嫌われている理由で部下達への態度も極めて傲慢である事から部下達は部下である華雄の方に信頼を寄せていた。


彼等から言わせればこんな風に高笑いする男に仕えるより華雄のように実直で淡々と自らの責務をこなす男の方が信頼できると思っているようだ。


とは言え、報酬は一人占めという甘い言葉にも惹かれるが。


「・・・む、敵が動き出したか・・・・・な、何だと!?」


胡軫は敵が反撃に出たかと思い眼を細めたが直ぐに驚愕した。


夜でも目立つ紫と銀色の髪を振り乱し、奇襲に慌てる兵を統率しているのは紛れもなく女だ。


「あれが天の姫、か・・・・・・・」


一目で胡軫は娘が天の姫だと見抜いた。


同僚・部下から毛嫌いされていようと実力はそれでもある彼だ。


直ぐに見極めた。


“それ位の眼は無いと歴史には載らないぜ”


誰かの声がしたが、この騒ぎで聞こえないのか果ては・・・・元から聞こえないのか誰もその声は届かなかった。


“さぁて・・・ここからが劉備達にとっては勝負だな。いや・・・誰が先に姫さんを助けるのか”


それによってこの世界の歴史は大きく変わる。


しかし・・・・・・・


“結果は眼に見えているが、な”


直ぐに自分の言葉を否定し言い直した。


どうやら彼には既に結果が見えたようだ。


「殿、まだですか?」


部下が様子を見て不味い、と思ったのか胡軫に意見を言った。


「・・・まだ早い」


「ですが、このままだと我が軍は・・・・・・」


「・・・まだ早い。天の姫が動き出すまで待て」


胡軫は天の姫の動きをずっと見ながら言った。


部下もそれに倣うように見る。


『・・・軍を迅速に統率し振り分けているな。あんな芸当が出来るとは戦に出た経験があるのか?』


どう見てもあの動きは戦慣れしている様子だと男は思い疑問に思う。


『天の姫は戦に出た事がある』


疑問は答えとなり彼に衝撃を与えた。


『敵は少数で居る。騎馬隊には槍と弓矢で対抗せよ。伏兵が居る可能性もある警戒せよ!!』


伏兵が居る・・・自分達の存在を半ば知っている。


「殿、このままでは我々の存在も見つかってしまいます」


男は焦りを隠しつつも急かした。


「・・・全軍、天の姫だけに狙いを定めろ。我々があの娘---天の姫を奪えば我等の名は天下に轟く。全軍・・・突撃せよ!!」


胡軫は槍を掲げて馬の腹を蹴った。


それに部下達も続く。


今、連合軍は態勢を整えようとしているが・・・横腹はまだ出来ていない。


そこを胡軫は狙った。


狙いは天の姫一人だけ。


そして連合軍の方では・・・・・・・・・・・


「殿っ。横から胡軫の軍が!!」


兵の一人が袁術に悲鳴に近い声で告げる。


「何っ!!」


「伏兵ね。袁術、残りの兵を横につけさせ敵を受け止めさせなさい。それから他の陣に行き兵達を送れと言いなさい。ここは私が受け持つわ」


「何を言われます。夜姫様が他の陣へ行って下さい。ここは私と劉備でやりますから」


「これは命令よ。それに劉備達は呂布軍で孫堅軍は華雄軍で手一杯でしょ?速く行きなさい!!」


暗闇でも判る紫と銀の髪を振り乱しながら織星夜姫は袁術に命令した。


「・・・分かりました。フェンリル。夜姫様を頼むぞ」


袁術は夜姫の気迫に押される形となりながらフェンリルに頼み馬に乗り他の陣へ向かった。


「フェンリル。何としても敵を殲滅するのよ・・・・ここで勝たないと先へ行けないわ」


夜姫は何処からともなく弓矢を取り出した。


兵達が使う弓矢よりも大きい弓と長い矢である。


素早く弦に矢を番えると耳の所まで引き絞った。


番えている矢は右側で、握り方は右手親指根で弦を引っ掛けるようにしている。


この握り方は馬と共に草原を駆け巡る遊牧民などが行う方法だ。


狙いを定めたのか矢は放たれ、突撃してきた馬上の武将を射抜いて落馬させた。


額に見事命中しており、その者は死んだ事を分かっていない顔である。


そのまま矢を引き絞っては放つ。


敵は矢の雨に怯む様子も見せずに突撃して来た。


急いで配置された兵達を蹴散らして夜姫に迫る。


「天の姫、我等と共に来てもらいますぞ!!」


馬上の者が槍を夜姫に向けて突撃して来るが、それを避けた夜姫は弓で男を馬から叩き落として自らが馬に跨ってみせた。


「怯むな!!援軍が来るまで持ち堪えよ!!」


馬を操り夜姫は包囲しようとする敵兵を擦り抜ける。


それでも追い掛けようとする敵兵をフェンリルが牙と爪で葬り去るが敵は勢いを増している。


何よりフェンリルは狼だ。


狼は群れで行動してこそ・・・・初めてその真価を発揮する。


しかし、たった一匹では力など高が知れていた。


“ええい忌々しい!!”


誰かの激しい憤りの声がした。


“力させあればこんな雑兵など瞬殺だというのに・・・・・・・!!”


“仕方ないだろ?姫さんの力だって制限時間があるんだ。お前さんでは無理だ”


また誰かの声がして片方の声を宥めた。


“これでは敵に負けてしまう。敵は姫君の事を狙っておるのだぞ!!”


“だろうな。まぁ、このまま行けば・・・・連れ去られるな”


“貴様ッ。姫君が獣共の手に渡っても良いのか?!”


片方の声があまりに冷静であるためか、もう片方の声は荒々しく怒鳴る勢いで捲し立てた。


“そん時はそん時だ。姫さんなら敵軍に捕えられようと決して挫けない。それを俺は身を持って知っている”


“そうか・・・そうだったな。貴様は姫君と敵対していた将で姫君を捕えたのだったな”


“正確に言えば馬鹿共が俺の作戦に嵌り深追いしたのが原因だ。あれのせいで姫さんは殿を任されたんだ”


殿・・・味方が退却し追撃する敵を倒す役割で名誉ある事だが死ぬ確率もまた高い。


“本来ならば名誉な役割だが・・・姫君は『捨て駒』として使われたのだろ?”


“あぁ。橋を焼かれて退路を断たれたんだ。それでも姫さんは部下達を逃がし自身はまた殿をした”


“・・・・・それで力尽き貴様に捕えられた、か”


“あぁ。しかし驚いたぜ。たった一人で五百万人の敵兵を相手に三日三晩も戦ったんだ”


“大したお方だ。それで・・・何故、殺さなかったか?”


敵兵である夜姫を捕えたのだ。


普通なら殺すべきだが、政治取引の材料にでもしようと考えていたのだろうか?


“武士の情けとでも言っておこうか。それに政治取引には使えないさ。姫さんが死んだ所であいつ等は自分の地位と命さえ無事なら構わないんだからな”


“何処までも腐り果てた輩だな・・・それで姫君の制限時間は?”


“もって五分から十分ってとこだな。それまでに間に合うかどうかは・・・袁術に賭かっている”


“袁術か・・・間に合うかどうか・・・・・・・”


二人の関心は馬に乗り援軍を呼びに行った袁術に行っていた。


しかし、その袁術は・・・・・・・・・・・・


「何故だ?!何故、我等の陣へ援軍を寄こさん!!」


「我が陣も攻撃されかねない。それに敵の正確な数が判らないのでは援軍を出せん」


袁術の怒鳴るような問い掛けに対して彼の腹違いの兄弟である袁紹は冷静に答えた。


袁紹の陣へ到着した袁術は直ぐに我陣へ援軍を送ってくれと頼み込んだが答えは素っ気なかった。


「貴様ッ。夜姫様が敵の手に渡っても良いのか?!」


「では何故その夜姫様をここへ無理矢理にでも連れて来なかった?夜姫様の命令だろうと連れて来るのが貴様の役目だろ?」


「くっ・・・・・・・」


袁紹の言葉に袁術は拳を握り締めた。


『こうしている間にも夜姫様の身が危ない。だが、この男に言った所で無理だ。どうする・・・・・?』


「殿、袁術様の言葉に従う訳ではありませんが宜しいでしょうか?」


袁紹の隣に彼の軍師である郭図は袁術を一瞥しながら袁紹に話し掛ける。


「何だ?」


「はっ。夜姫様を敵に奪われてはこの先の戦いにも大きく影響します。何よりこちらの士気が低下してしまいます」


それでは勝てる戦にも勝てないと郭図は説明した。


「それに・・・ここで姫様を助ければ殿の株も上がると思いますが?」


明らかにこの言葉は袁術に対しての当て付けであったが袁術は何も言わずに腹違いの兄弟を睨んでいる。


「・・・ふむ。そうだな。皆の者、姫様を助けに行くぞ」


袁紹は重い腰を上げて鷹揚に命令する。


「・・・・・私は先に行っているぞ」


これ以上ここに居ると袁紹を斬り殺しかねない気持ちの袁術は早口で言い捨てると天幕を出て行った。


「ふんっ。まったく何と情けない」


袁術が去ってから袁紹は鼻を鳴らしながら出陣の準備をした。


「しかし、これで殿が颯爽と現れ夜姫様を助ければ株は間違いなく上がります。そして袁術達の株は落ちる事でしょう」


郭図は自分の読みがさも当たっているかのように断言する。


まだ結果が出てもいないし状況も見ていないのに何と余裕な事であろうか・・・・・・・・・


“こんな姿を見れば姫さんなら即効で追放するな”


先ほどの声がしたが誰にもその声は届かず・・・何時も通りの独白となった。


“戦いは常に動く。臨機応変に緊急展開せよ。これが姫さんの持論だ。それなのにこんな鈍間な動きじゃ間に合わないぜ”


“そうであろうな。袁術も憐れだな。急いで来たのにこんな体たらくの輩が援軍では・・・・・・”


また誰かの声がした。


先ほど荒々しい声を放っていた者の声である。


“豪く落ち着いているな?”


“姫君の奮戦で何とか持ち堪えている。それに胸糞悪い事だが・・・・あの小僧も駆け付けようとしているから間に合うであろう”


“なるほど。しかし・・・どうかな?今向かっている方向は呂布が居る場所だ”


“劉備達が奮戦している所へ来ては敵・味方が入れ乱れるな・・・不味いな”


“姫さんの制限時間も不味い。こいつは・・・覚悟していた方が良いかもな”


“・・・・・・・・”


片方の言葉にもう片方は無言になった。


出来るならそんな事態は起きて欲しくないと言う気持ちであろうが・・・そんな願望ほど無残にも現実は打ち砕くものである。


それを声の主は改めて実感するのである・・・・・・・直ぐに。


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