第二十一幕:動き出した敵
更新が遅れて申し訳ないです。(汗)
些か急な展開とも言えます。
そしてやはり実在した人物などを登場させると・・・面倒くさいと思わずにはいられません。
それでも頑張りますのでよろしくお願いします!!
敵を打ち破ってから早くも数日が経過した。
あれから敵の動きはなく悪戯に時が過ぎ去って行くような思える。
だが、それは過ちである。
悪戯に時が過ぎて行くのは連合軍内だけで董卓軍では次の手が打たれていた。
「華雄。準備は順調か?」
巨大な椅子に腰を下ろした男は腰に剣を差したまま片膝を着く男---華雄に訊ねた。
「はっ。ですが・・・良いのですか?本当に」
華雄は出来るなら止めて欲しいと色を込めて男に言うが男は首を横に振る。
「出来るならしたくはない。しかし、このままでは・・・ここを敵に明け渡す。そうなれば分かるだろ?」
「・・・敵に建て物から全てを利用される、という事ですね」
分かりたくなかったが、華雄は言ってしまった。
この地---洛陽は現在の政を行う場所であるが戦をするに当たって尚且つここに立て籠るとなれば厳しい。
もっとハッキリな事を言うならここで戦うのは不利だ。
そこへこうも立て籠り続けたのもまだ勝てる、という望みが僅かにあったからに他ならない。
それが無ければ急拵えとも言える形で、早々に民達を引き攣れてここから逃げ出していた。
しかし、その望みも絶えてしまった以上・・・・もうここに留まり戦う理由は無い。
寧ろここに居れば更なる被害が起こる可能性が極めて高いからここは引くべきだ。
だからこそ、こうして準備をしているのだが、敵も着々と準備をしているに違いない。
そう男は考えているし華雄も考えていたが、呂布と胡軫は敵に何かしらの打撃を与えないと気が済まないでいる。
せめて敵に一矢報いたい・・・これは武将である華雄にも解らなくはないが、彼等が仕える男はもう決めたのなら従うしか道は無い。
「ここを見す見す敵に使われる訳にはいかん。ここを焼き払う事で奴等に利用されない」
そうなれば奴等は厳しい眼に遭うだろう。
「仰る通りです。して行き先は?」
「長安だ。あそこなら敵も容易に手は出せん。しかし・・・天の姫だけでも手中に抑えて置きたいな」
「ですが、天の姫の護りは堅いです。そう簡単には・・・・・・・・・」
華雄はそう言うが男は笑っていた。
「既に手は打ってある。今頃は洛陽を出て奴等の所へ向かっている事だろう」
「何と・・・・・・・・」
自分に言わないで行った事に対する怒りはなく、寧ろ既に手を打っている事に驚いた。
「ふふふふ。時には味方も騙すのが戦だ」
男---董卓は鋭い顔を丸くさせて子供が笑ったような顔を浮かべて華雄に言う。
「では、もう今頃は敵陣を襲っているというのですか?」
「かもしれん。恐らく敵は奇襲など考えてもみないだろう。いや、既に何度も勝利して慢心している」
そこがこちらの狙いだ、と董卓は言い付け加える。
「それにわしが直々に奴等に命令した」
“天の姫だけを連れて来い。他の者は次の戦いで倒せ。天の姫だけは必ず連れて来い”
そう命令し実行した者には褒美は望みのまま、と言ったというから効果は抜群であろう。
華雄は無言で頭を垂れて完敗だ、と言わんばかりに項垂れた。
『この方には・・・敵わんな』
これほど兵達の士気を上げつつ、自身の目的を達成する為には・・・・手段を選ばない者はそう居ない。
自分では到底真似が出来ない事だと思い知らされた華雄は思った。
そして場所は変わり連合軍の陣。
反董卓連合軍の総大将は四人居る。
魏を治める乱世の奸雄と言われる曹猛徳。
呉を治める江東の虎と言われる孫文台。
名家の出身である袁本初。
同じく名家の出身であり袁紹とは腹違いの兄弟である袁公路。
この四人が連合軍を纏め上げているのだが、最近はどうも袁術が天の姫である織星夜姫の寵愛を受けている、と在らぬ噂が広がり波紋を呼んでいる。
否・・・以前からその噂はありそのような場面も見たから、噂は確信と変わり嫉妬の炎が燃え上がった。
そして皆で袁術とそれに従う劉備を追い出そうと動き出した。
眼の前に敵が居るのに仲間割れなど言語道断と言えるが、連合軍自体が元々結束の弱い集団だから仕方のない事かもしれない。
しかし、それを袁術達も知っているから対策は練られていた。
今がその対策であった・・・・・・・・
「さぁ、飲んで下さいな」
一流の職人が丹精込めて作り上げ、一流の演奏家が奏でる琴のような声がする。
そして白陶器のように白くて滑らかな手に酒の入った壺---瓶子があった。
「あ、ありがとう、ご、ございます・・・・」
顔面を紅潮させて手が震えるのを抑えながら、杯に持ち注がれる酒を飲むのは袁紹に組する群雄の一人である。
傍らには銀と紫の色が上手く混ざり合い、月の瞳をした20代の娘が髪を垂れ下げて男に酒を注いでいた。
「どうなさったのですか?そのように御顔を赤くさせて・・・まさか、風邪でも引いたのですか?」
娘は男の様子を訝しんで心配そうに訊ねた。
「い、いえっ。そういう訳では・・・・・・・・・」
「そうなのですか?それにしても暑いですわね・・・・・」
娘は息を吐いて着ていた衣服を僅かに緩めた。
だが、男の視線に入るようにとばかりに胸元を大胆に緩めてみせる。
“おぉ、相変わらず見事な色仕掛け”
誰かの声がするも聞こえなかった。
“姫君っ。そのように御肌をこんな獣に見せるなど!!”
もう一人の声がする。
こちらも聞こえないのだがかなり慌てていた。
“良いじゃねぇか。眼の保養だ”
“馬鹿を申すな!!このような獣に見せるほど姫君の艶肌は安くない!!”
“そりゃそうだがよ・・・別に本気じゃないんだから良いじゃねぇか”
“そういう問題ではない。幾らこの男が劉備達を追い出す者の一派だろうとこんな事をしなくとも”
“これが一番なんだよ。下手に力で訊くと厄介だ。これなら証拠も残らないし、相手は楽しんだから簡単には言えない”
寧ろ言えば自分も追い出される恐れがあるから口を割らない。
そこを考えれば色仕掛けというのはある意味では有効手段と言える。
もっともかなりの技術が必要であるが。
所が、娘の仕草などは実に自然で、如何にも酒を飲んで身体が火照ったと見てもおかしくない。
「や、夜姫様っ」
男は自分にもたれ掛った娘の名を呼んだ。
「どうかなさいました?」
娘---夜姫はおどけた顔をして男を見る。
「あ、い、いえ・・・何でもないです」
男は何と答えたら良いか分からない・・・・・・・
敢えて何も言わずに、チラチラと夜姫の胸元を見ながら酒を飲んだ。
「はぁ、暑いですわ・・・・・・・・」
「そ、そうですね・・・あ、あの、夜姫様、少し宜しいですか?」
「何でしょうか?」
夜姫は男にもたれ掛りながら訊ねた。
「あ、あの、どうして、私を、いえ・・・・私だけをここへ呼んだの、ですか?」
チラチラと夜姫の胸元を見ながら、男は問い掛けた。
つい数刻前に自分は袁紹の命を受けて、劉備ならびに孫堅を追い出す為に他の将達と会う所だった。
袁紹を始め、袁術達を快く思わぬ輩は連合軍内では多い。
だからこそ、こうして皆で話し合いをして彼等を追い出そうとしてるのだ。
しかし、その追い出す本人である劉備が現れてこう言った。
『夜姫様がお呼びです』
天の姫が自分を、という事に男は驚くと同時に知っていてもらったという喜びを覚えた。
喜び勇んで向かってみると夜姫は天幕に居た。
黒い毛の狼---フェンリルにもたれ掛りながら夜姫は自分を見たが、直ぐに立ち上がり近付いた。
微かに酒の香りがするも気にせずに挨拶をする。
『ようこそいらっしゃいました。フェンリル、貴方は出て行って。私はこの方と二人切りでお話があるの』
フェンリルは渋々という感じで身体を起こすと、自分を一瞥してから天幕から出て行った。
そして自分の手を取り、夜姫は座らせると用意した酒を自分に差し出して来たのだ。
それが今から数刻前だが、未だに要件は聞いていない。
もう既に向こうは揃っている筈だから、急いで行かないといけないし・・・・こんな所を見られた不味い。
だが、このまま居たいという気持ちもまたある。
「貴方を呼んだ理由?どうして貴方は知りたいのですか?」
「え、い、いえ、ただ、これから大事な会議があるので・・・・・・」
「大事な会議?私にも教えて下さらない」
スルっと滑らかな手つきで夜姫は右手を男の胸を滑らせた。
「そ、それは、戦に関する事なので・・・・・・・・」
「私にも教えて。お・ね・が・い」
胸を右手で滑らせながら耳元で夜姫は囁いた。
“落ちたな”
先ほどの声がした。
それは的中しており男はまるで操り人形のように喋り出した。
劉備ならびに袁術を追い出す事を。
それに参加する者たちを・・・・・・・・
「ありがとう・・・・そのまま眠りなさい。そして今は忘れなさい。“今”は、ね」
耳元で囁くと男は頷き眼を閉じて・・・眠った。
「・・・フェンリル」
夜姫は男から離れると衣服の裾を直しフェンリルの名を呼んだ。
フェンリルが天幕の中へ入って来て夜姫に一礼し命令を待つ。
「この男を連れて行って。場所は・・・そうね。そこ等辺にでも捨てて来なさい」
コクンとフェンリルは頷くと男の衣服を噛むとズルズルと引き摺って消えた。
「ふぅ・・・好きでも無い男と酒を飲むのは味気ないわね」
「・・・でしたら、こんな事をしなければ良かったではないですか」
天幕に男が現れた。
歳は夜姫より上で立派な鎧姿だから何処ぞの名家出身と思われる。
「そうはいかないわ。あの男の主が貴方と劉備を追い出そうとしているんですもの。先ずは外壕を埋めて行くものでしょ?」
「そうですが、何も夜姫様がこのような真似をしなくとも・・・・・・・・・」
「・・・・袁術」
夜姫が男---袁術の名を呼んだ。
「・・・来なさい」
クイッと指で袁術を呼び袁術は逆らいもせずに向かい片膝を着いた。
「貴方は誰の臣下?」
「・・・夜姫様の臣下です」
「そうよね。この私に身も心も捧げると貴方は誓った。ならば私はそれに応えないといけないわ」
「・・・・・・」
「だから、私は貴方達を追い出そうと言う輩は許さない。全力でそれを叩き潰す。それで私が汚れても構わないわ」
「お気持ちは嬉しいです。しかし、このような事は・・・・・・・」
「じゃあ訊くけど、これ以外で有効な手段はあったの?無いわね」
女が自分しか居ないのだ。
しかも、女に飢えているとなればこれしかない。
それを夜姫は知っていたから、聞いておいて直ぐに否定したのだ。
「ですが・・・・・・」
「そんなに私が他の男と戯れているのが嫌?」
おどけた顔で夜姫は訊いてきたが袁術は険しい顔で答えた。
「・・・正直に言えば嫌です。胸糞悪いです」
「そう。でも、聡明な貴方なら解るわよね?誰かがしないと。そしてこの場には私しか居ない。それなら仕方ないでしょ?」
「・・・はい。ですが、もう止めて下さい。このような真似は」
「心に留めておくわ」
「お願いします」
袁術は深く頭を下げた。
「時に袁術」
「何でしょうか?」
下げていた頭を袁術はあげて夜姫を見た。
「董卓をどう思っている?」
「董卓を、ですか・・・・」
「えぇ。幼い帝を操り、権威を欲しいままにしていると言うけど・・・・果たしてそうかしら?」
「どういう事ですか?夜姫様は董卓が何かを考えているとでも仰るので?」
「少なくとも自分が政をするなら幼い帝を操るよりも・・・・殺してしまう方が良いわ。そして後は自分と取り巻きを高い地位にすれば良いんだもの」
確かに言われてみればそうだ。
しかし、董卓を始め部下達は低い地位に居る。
それはどういう意味だ?
「私はこう考えているわ」
董卓には董卓なりの考えがあり、ただ権威を欲しているだけではない。
野心もあるだろうが、それ以前に何かある筈だ。
「それは何でしょうか?」
「知らないわ。でも・・・興味があるわね」
それを言う時の夜姫は至極楽しそうな顔だった。
それが袁術には何故か我慢できなかった。
「恐れながら夜姫様。董卓は民衆を苦しめ帝を操り、天下を滅茶苦茶にしている悪人です。そのような言葉はどうかと思います」
「そうかしら?それに貴方の言葉振り・・・妬いてるの?」
クスッと夜姫は笑った。
「え、あ、その・・・・・・・・・」
「可愛いわね」
また夜姫は笑い袁術を困惑させた。
その一方で・・・・・・・・・・
「どうだ?敵の様子は」
暗闇の中から男の声がした。
ブルルン
馬の鳴き声も聞こえる・・・しかも相当な数で鎧などの音もする。
武装して馬に乗った男達が居る。
「はっ。厳重ではありますが・・・奇襲すれば何とか突破できるかと」
「そうか。奴等に騎馬の戦いと言う物を教えてやる」
男の声が酷く残酷に暗闇の中から聞こえる。
そして・・・・・・・・・・・・・・・
「目的は天の姫だ。天の姫を奪取したら一目散に逃げるぞ。他は捨ておけ。天の姫だけを目的にしろ」
全軍、突撃!!
獣の雄叫びのような声がすると同時に馬の蹄音が大地に深く響き渡り震えた。
ここで董卓軍は大きく動き出した。
その瞬間である。