第十九幕:姫君の力を
新年明けましておめでとうございます。
ただ今、彼女と蕎麦を啜りながらぐるナイを見ていますが面白いですね。www
昨年は色々とあって皆様も大変とは思いますが、今年は良い年である事を願います。
袁術の腹心である閻象は戦いを終えた後すぐに主人である袁術の下へ行き夜姫の事で訊きたい事があった。
しかし、どういう訳か・・・曹猛徳の所へ来ていた。
というのも彼が呼び出しを受けたのだ・・・曹猛徳直々に。
『どういう事だ?曹操殿は我が殿を取るに足らない人物と言っていたのに・・・・・・・・・・』
閻象は曹猛徳の考える事が理解できずに疑問を何度も頭の中で浮かべては消して行ったが明確な答えを得ずにいられなかった。
答えを出す前に曹操の陣へ到着し中へ入れられて更に焦りは募るがもう手遅れだった。
「おぉ、来たか。閻象殿」
天幕から出て来た一人の男---曹猛徳。
乱世の奸雄と渾名され北の大国である魏を僅か一代で築き上げたばかりか帝を擁しようと考えている彼の性格を見事に射ている名と言える。
「これは曹操様。わざわざ貴方様が直々に迎えてくれるとは感謝の極みです」
閻象は油断ない眼付きを隠し臣下の礼を取り頭を下げた。
この男に臣下の礼を取るのは癪と言えるが下手に騒動を起こすのも御免被りたい故に取る。
「頭を上げられよ。今日は貴殿に訊ねたい事があって呼んだのです」
「私に、ですか?」
頭を上げた閻象は分からない顔をしたが本当は何となく察していた。
「左様。まぁ、立ち話もなんですからどうぞ中へ」
曹操は温和な笑みを浮かべて彼を天幕の中へ入れるが閻象はその笑みが狡猾な笑みに見えており警戒心を更に強くさせる。
天幕の中に入ると彼の腹心であり片腕である夏候惇元譲と弟分である夏候淵が寛いでいた。
「さぁ座られよ」
「失礼します」
閻象が腰を下ろすと曹操も腰を下ろした。
「それで私に訊きたい事とは?」
「そなたの主人である袁術だが、連合軍内で浮いているのは知っているだろ?」
「えぇ。天の姫であらせられる織星夜姫様の寵愛を一人占めしている、からですね」
「その通り。しかし・・・最近は劉備も一緒で一人占めならぬ二人占めと言われておる」
皮肉気に曹操は笑うが閻象は笑わずに神妙な顔だった。
「確かに・・・連合軍内で言えば我が殿と劉備玄徳殿が夜姫様の寵愛を受けていると見える事でしょうがそれは違います」
「違う?」
曹操はどういう意味なのかと閻象に訊ねた。
「恐れながら夜姫様は一人の男に寵愛を授けるような方ではありません。寧ろ我々全員に寵愛を与える方です。しかし、軍内が自分のせいで乱れる事を悲しんでおられます」
「というと?」
「はっ・・・関雲長殿と張益翼殿を御存じと思われますが、何か変わった様子を見ませんでしたか?」
「あの豪傑二人に・・・そうだな・・・両頬に見事なまでに花が咲いていたな」
曹操は左右を固める夏候惇と夏候淵に確認でもするように見ると二人は頷いた。
「確かに・・・誰に殴られたのだ?と疑問に思ったが・・・そうか、夜姫様に叩かれたのか」
夏候惇が訊ねると閻象は頷いて続きを話した。
「その通りです。お二方の名誉を考えて言うのを憚りましたがこの際ですから言っておきましょう」
閻象は意を決して話した・・・振りをする。
「お二方はご自身の武術に自信を持っておりますが行き過ぎたのです」
故に夜姫が居る為に満足な戦いを出来ないと嘆いた挙句に邪魔と口走った。
「何と・・・・・・」
曹操は驚いた顔をするが夏候惇に到っては冷静であったが良く見れば「やはり」という顔を微妙に浮かべていた。
彼は曹操の肩腕だが名将と呼べる器ではないが、武術に覚えはあるし暇さえあれば講師を呼んで勉強するなど熱心である。
何より曹操の忠誠心は極めて高く人を見る眼もあるのは確かだ。
だからこそ関羽の傲慢な所も知っていたのだろう。
そうであれば「やはり」という微妙な顔も頷ける。
「それを夜姫様に聞かれてしまい我が殿を始め劉備殿の怒りも買ったのです」
一時は二人を殺そうとしたとも閻象は打ち明けて曹操を驚かせた。
「しかし、夜姫様はそれを許しました。お分かりですか?」
「・・・身内争いは控えよ、という事だな」
曹操の言葉に閻象は重く頷いた。
「そうです。ですが何の罰も与えないのは信賞必罰を信条とする劉備殿も許しませんし我が殿も許しません。ですから、ああいう罰を与えたのです」
「確かに男から言わせればあのような罰は手厳しい・・・天の姫も中々ですね」
夏候惇は面白いとばかりに頷くが曹操はそうではなかった。
「夏候惇よ。あの二人は豪傑だ。その豪傑が女子に平手打ちをされたとあっては余計に不味いのではないか?」
「恐れながら殿。私はあの二人を見くびってはおりません。殿の様に高く買っている訳でもありませんが・・・それでも劉備玄徳に従う者達。天の姫の罰であり劉備玄徳もそれで許したならもうこの話は無しと思えます」
「うーむ・・・夏候淵よ。そなたとしてはどうだ?」
「はっ。私も夏候惇殿と同じ意見です」
「そうか。して閻象よ。夜姫様はそれからどうさなったのだ?」
「今回の件で夜姫様は今回の件で深く御心が傷ついたのか・・・このように連合軍内で身内争いを続けるようならば・・・・・・」
「何だ。続きを申せ」
曹操は閻象のもったいぶった態度とも言える様子に些か苛立ちを見せながら続きを促した。
「・・・天の国へ帰られると申し上げました」
それに対して閻象は少しドスの効いた声で言ってみせる。
「天の国へ帰られる、だと・・・・・・・?」
曹操が信じられない様子で言い夏候惇と夏候淵もまた信じられないという顔つきだった。
夜姫はここへ来たのは落ちたというのが劉備達の説明だったのにこれはどういう事だ?
「後で判った事ですが、このような乱世に来るのは本来ならば無いと夜姫様は言われました」
天は地上で起こる全てを見ながらも力を貸す事は禁じられていると閻象は説明した。
「それはどちらかに力を貸せば確実にその方を勝たせるだけの力があるからです」
それでは駄目という事で力を貸さない・・・ただ見ているだけと傍観主義になったらしい。
「しかし、このような乱世では泣くのは民。それを夜姫様は我慢できなかった様子でして地上へ下りたらしいです。ですが、供も連れない所か何も準備しないで来たので眼が見えなくなってしまったのです」
「なるほど。で、どうして天の国へ帰られると言ったのだ?」
「はい。董卓という人物を倒す為に皆が一致団結して戦っていたのに自分が現れてからは身内で争うような事態になりました。更には邪魔者扱いされた事が原因です。ですが、どちらかと言えば我々が夜姫様を巡り露骨な身内争いをするのが原因ですね」
口から出まかせを言い続ける閻象だが、彼等にとっては真実と映ったのだろう。
神妙な顔つきで押し黙っていた。
実際の所だが夜姫を巡り連合軍内で身内争いとも言える事が起こっているのは事実だから否定できない。
「・・・分かった」
曹操は重々しく頷いた。
「これより我が軍は袁術殿と劉備の味方となろう。先ほど他の将たちからあの二人を追い出そうと誘われた」
「やはり、そういう動きがありましたか」
「うむ。二人を追い出し夜姫様をそれぞれの陣に住まわせて誰が良いか決めさせようとしていた」
だが、と曹操は区切った。
「これを知ってはそんな真似は返って自分の首を絞める羽目になるから止めよう」
「英断でございます」
「うむ。話はもう終わったが、今宵は酒でも飲まんか?」
「せっかくのお誘いですがこれより殿とお話があります故に・・・ですが、今度来る時はまた夜姫様について何かお話を持って参りましょう」
「それは嬉しい申し出だ。こちらも夜姫様の味方になるのだから色々と話を聞きたいのだ。色々と、な」
何か含みのある言葉に閻象は表情を変えないで心の中で言った。
『・・・・本性を見せたな』
曹操が夜姫に執着しているのは閻象には判っていた。
否・・・誰もが夜姫に執着しているのは判っていたがその中でも強大な力を誇る曹操も欲しがるだろうと閻象は勘付いていた。
しかし、この言葉を聞いて勘は真実となった。
「ではこれで失礼します」
閻象は曹操達に礼を言ってから天幕を後にした。
「・・・どう思う?元譲」
袁術の“飼い犬”が居なくなってから曹操は夏候惇の字を言い訊ねた。
「そうだな・・・何処までが嘘かは判らないが、天の国へ帰る可能性はあるという事は分かったな」
夏候惇は顎鬚を撫でながら答えた。
「で、どうするのだ?閻象にはああ言ったがあちらの誘いは断るのか?」
「まさか。あちらとも渡りをつけつつ向こうとも渡りをつける。どちらに転んでも大丈夫なようにな」
「流石は殿。やる事がすげぇや」
夏候淵が兄を慕うように素直な感情を出すと曹操は心地良さそうに椅子に背を預けた。
「わしはこれから天下を取る。その為にも夜姫の力は必要だ」
天の力が必ず勝利を齎すならば余計に欲しいと思うのは一武将として当然の考えと言える。
「帝はどうする積りだ?」
夏候惇が訊ねると曹操は意地の悪い笑みを浮かべた。
「帝は帝だ。蔑ろにはせん。ただ、邪魔をするなら・・・病死してもらう」
「恐ろしい男だ。そして天の姫もそなたのような男に見染められて憐れだ」
「何を言うか。天下を取る男の妻になるのだ。光栄と思うが?」
「その割には怯えていたではないか。おまけにフェンリルもそなたを警戒していた。動物は正直だからな・・・そなたの邪な気持ちを知ったのだろう」
「高が狼ではないか。群れで行動し弱い物しか殺さない下種な獣だ。その点だが虎は孤高にして誇り高いがな」
「狼が群れで行動するのはそれだけ家族的な意味合いが強い事だ。そして群れで行動し弱い物を選ぶのも確実に仕留められるからだ。実に効率的な集団と思うが?」
「相変わらずわしのいう事とは真逆の事を言うな」
「性分だ。で、これからどうする?」
「閻象が来るのを待つ。それまではあの二人を追い出す方に顔を売る」
「と言っても劉備は諦めないのだろ?」
「無論だ。あの男を始めとした者達は全員を我が配下にしたい。関羽と張飛はその筆頭だ」
『・・・・・・・・・・・』
これを言われた二人は面白くない顔をする。
関羽と張飛・・・劉備に仕える豪傑二人だが、こちらだって曹猛徳に仕える者だ。
それなのに向こうを高く評価しているような事を言われては面白い訳が無い。
「そなた等も高く買っておる。しかし、劉備は・・・龍だ。今は沼などに棲んでおるが何れは天に昇り我が覇道に盾つく男となろう」
そうなる前に自分の部下にすると曹操は言った。
「龍、か。ではそなたは何だ?鳥か?」
「いいや。虎に翼を生やす。虎は虎らしく地べたを這い蹲るが・・・わしは天下を制する。だからこそ夜姫と言う“翼”が必要なのだ」
「なるほど。まぁ、俺は貴様の部下だから全力を尽くして天の姫をこちらへ引き入れるようにする。しかし、天の姫を悲しませたりするなよ?」
もし、そうなれば天に弓を引くも同然と夏候惇は釘を刺すように言ったが曹操は高笑いで答えた。
「天に弓を引くならば引いてみせよう。我が覇道は天も貫き何れは全てを物にしてみせようぞ」
“誇大妄想も程々にしろ。この馬鹿餓鬼が”
誰かの声がするも誰にも聞こえなかった。
“天に弓を引いて貫く?馬鹿だな・・・唾を吐いた所で地上に戻って来るんだ。矢だって落ちるぜ。そして最後には自分に突き刺さるんだよ。あんたはそういう「運命」なんだよ”
運命・・・この言葉ほど人一人の人生を狂わせておいて冷たく絶望させる言葉は無いだろう。
“まぁ、俺も人の事は言えない身だ。しかし・・・姫さんは天も貫き月を手に入れた”
天よりも至高にして絶対的な地位を持つ月を手に入れたのだ・・・夜姫は。
“あんたが仮に天を手に入れても姫さんを手に入れる事は出来ないしさせない”
彼女は彼女の物であり自分達の物でもある。
だが・・・誰か一人が彼の女性を物に出来ると言うのならば・・・・・・・・・・
“あの平凡を画に描いて従兄弟の影に隠れた地味な坊やだ”
従兄弟が余りに素晴らしい功績を立てた事からまるで表とは縁が無い男が夜姫を独占できる。
“まったく人の好みほど分からない物は無いぜ”
それでも夜姫があの男を好いたと言うのならば自分は全力で応援する積りだ。
“とは言え・・・爺達が大人しくする訳ないよな・・・・・・・・”
何せ赤子の頃から読み書きを教えたりしたのだから夜姫とは一番付き合いが長いと言って良いだろう。
そして我が子---孫と思えるほど溺愛している。
“幾ら可愛いとは言え恋を邪魔するのは大人気ないぜ”
これまで何度も夜姫の恋を尽く握り潰して邪魔してきた男だから・・・もし、会えば即効で・・・・・・
“八つ裂きにするだろうな・・・・「姫様を誑かしおって!!」とか言って”
とてもじゃないが付き合い切れない。
だが、夜姫の為とあれば仕方ないなと声は自分を納得させるように言うと途切れた。