第十八幕:姫からの報酬
おお、もう何時の間にか二週間も更新をほったらかしにしていました!!
申し訳ありません・・・一応一週間に一話の更新を目指しますが、3,000字がよくて関の山な感じです。(汗)
背後からの奇襲が失敗に終わるや否や敵は退却して行った。
どうやら背後の奇襲が失敗するか成功するかで攻撃を続行するかどうかを決めていたらしいがどうも解せない。
何で袁術、孫堅、義勇軍しか攻撃せず自分達には攻撃して来ない・・・・・・?
と他の将たちは思ったが退却する時に敵が彼等を褒め称えた事でそんな疑問は打ち消され代わりにドス黒い嫉妬という気持ちが沸き起こった。
敵から称賛されるという事はそれだけの実力を誇っていると取れる。
実際の所だが孫堅と義勇軍は自分達より勇敢に戦っているし最近では袁術もまた何が遭ったのか目覚ましい活躍をしているではないか・・・一つの答えが出て来るのは短い時間だった。
やはりこれは天の姫が寵愛しているから。
何度目の答えだと思うかもしれないが彼等から言わせればそういう一つの安直ながらも有り得る答えを導くのだ。
性質が悪いと言えば性質が悪いのだが、この場合は間違いではないしかと言って当たりとも言えない複雑な状況である。
戦場と言う女とは縁が無い場所もまた複雑であるからそうなのだろうが・・・・・・・・・
「・・・胸糞悪いな」
反董卓連合軍の総大将の一人であり総大将の中の頂点に立つ男---袁本初は天幕の中でギリッと唇を噛み爪を噛んだ。
唇を噛んだ後で爪を噛むのが癖だが、これをやるという事はそれだけ頭に来ている証拠で誰もこの状態で居る彼には近寄らないようにするのが暗黙の了解である。
「くそ・・・何故だ?何故・・・夜姫様はあんな出来そこないの袁術に寄り添う・・・・・・・」
また唇を噛んだ後に爪を噛み袁紹は理解できないとばかりに端正な顔を粘土みたいに歪ませた。
彼の腹違いであるが弟である袁術は妾の子である自分とは違うが、自分に皆は当主としての器があると押して袁家の当主になった。
妾の子と蔑まされ若い頃は荒れたものだが、今はこうして反董卓連合軍の総大将である彼だが・・・やはり未だに袁術との仲は悪い。
それは袁術が色々と突っ掛かって来るのも原因であるが逆に彼もまた意趣返しとばかりに応じるのも原因でありどっちもどっちなのだ。
そんな袁術だが自分に比べれば遥かに劣る存在で取るに足らない道端に転がる石の一つと彼は捉えていたが今は違う。
今は・・・八つ裂きにしたいほど彼に嫉妬を抱いている。
『何故だ・・・なぜ夜姫様は袁術などに寄り添う・・・私の方があ奴より優れている。孫堅もそうだ。なぜ袁術に従う?私に従えばもっと活躍できる場を与えてやると言うのに・・・・・・・・』
極めつけは彼の人物だ。
自分と同じく遊侠の道を歩んだ男---劉備玄徳。
彼は自分と同じ遊侠の道を歩み弱者を助ける男であり漢王朝復興を目指している。
袁紹を始めとした者から見れば出来る訳が無い夢と見えるが、それでも彼はそれを成し遂げようとしており袁紹も評価していた。
それなのにどうだ?
今は袁術に従っている。
何故だ?
以前なら水と油の関係で決して交わる事は無かったのに・・・今は交わっており共に歩んでいる。
彼の予想では時期に袁術の下を離れてまた旅に出る。
そこに夜姫も従うかどうかは不明だが、もし一緒ならば自分が面倒を見ようと買って出る予定だ。
劉備自身の他にも関羽、張飛、諸葛亮という豪傑と知者が居る上に天の姫まで加わるのだから嬉しい悲鳴を上げたい。
それが・・・どうも可笑しい。
可笑しいというのも袁術が見るも変わり始めているのだ。
その上劉備もまた自分から離れて袁術に従い夜姫もまた袁術を支えている・・・ように彼には見える。
それが我慢できないのだ。
かと言って無理に自軍へ引き込めば諸々の将から責められるのは眼に見えているから強硬手段など言語道断である。
それでも・・・・・・・・・
「胸糞悪いな」
そう言わずにはいられないし嫉妬を抱かずにもいられない。
「殿。またそのような事を・・・・・・・・・」
天幕が開き入って来るのは男が一人だった。
年齢は袁紹より年上で如何にも他人に媚び諂う容姿をしているし声もまたそういう印象を受ける。
「何しに来た。“郭図”よ」
袁紹は天幕に入って来た男---郭図を見て歪んでいた顔を更に歪ませるが郭図は笑みを浮かべたままだった。
この男---郭図は字を公則と言い霊帝の時代に鐘繇・荀彧・荀攸の三人と共に潁川の俊才として高く評価され地方の計吏---会計の官使となった後に中央へ推薦された人物である。
「殿。そのようにお怒りになられても事態は変わりませんよ」
郭図は如何にも媚びるような笑みを浮かべて袁紹に話しかけるが逆にそれが他人の神経を刺激するという事を彼は知らないでいる。
「何の用だ?」
袁紹は眉を更に顰めながら訊ねる。
「天の姫様ですが、袁術殿に何か惹かれる物があるのではないでしょうか?そうでなければあのような方に寄り添う事はない筈です」
「あいつに惹かれる物?あるのか。そんな物が」
袁紹にとって袁術に惹かれる物は無い。
寧ろ欠点だらけの人間と言う考えを持っており郭図の言葉は理解できなかった。
「あるからこそあの方に寄り添っているのではないかと。もしくは余りに見過ごせない方だからこそ寄り添っているのかもしれませんね」
「どういう事だ?」
「そのままの意味です。女性というのはああいう情けない男にはついつい世話を焼きたがるものと聞いた事があります」
「それなら頷けるな」
画に描いたような欠点だらけの駄目人間である袁術に世話を焼きたがる。
これには袁紹も納得できるのか頷いた。
「それで・・・それを言う為に来た、という訳じゃないんだろ?」
「はい。周りもそうですが・・・義勇軍を疎ましく思い始めました」
「・・・・・・・」
袁紹は無言で椅子に座り込んだ。
義勇軍はその名前通り義によって集まった者達だ。
普通なら感動する所だが今の世は乱世だ。
義の為に集まるとは考え難い・・・何か企んでいるのでは?と考えてしまう。
何より彼らの中には乱世の先駆けとも言える黄巾の残党が居るのも怪しまれる原因であるが、何も彼等だけが黄巾の残党を自軍に取り込んでいる訳ではない。
曹操などは自身の親衛隊---“青州兵”なる精鋭は黄巾軍約三十万人と非戦闘員約百万人から精鋭を選び作り上げた。
袁紹自身も黄巾の乱に参加した兵を取り込んでいたりするからこれだけで劉備達を責めるのはお門違いと言える。
しかし、彼等は身分が高いのに対して劉備は身分が低い事が原因でこうも煙たがられているのだ。
「殿。どうさないますか?ここは将たちの話を聞いて義勇軍を追い出しては如何でしょうか」
「それで夜姫様も義勇軍に付いて行ったらどうする?」
言い出しっぺの自分が袋叩きにされるのは眼に見えているから袁紹は鼻で嗤ったが郭図は笑わなかった。
「それは無いでしょう。何せ天の姫ですから時流を見る事には長けている筈です」
「というと劉備には付いて行かない、と?」
「はい。劉備に付いて行っても何の利点もありません。寧ろ危険で一杯です。そんな人物に果たして付いて行くでしょうか?私なら付いて行きません」
自信満々に郭図は言うも袁紹はそうではなかった。
確かに彼の言う事には一理あるも夜姫は自分達が想像する以上に行動力がある上に突拍子もない行動を取る事があるから確信が得られない。
何よりこの男が言った事を実行したとしよう。
仮に成功しても劉備達が自分の下へ来る保証は無い。
誰かに取られてしまう恐れがあるし夜姫が天の国へ帰る可能性だってあるからどちらかと言えば危険な確率が成功する確率より高い気がする。
そんな危険を犯してやる意味があるのか・・・無いと袁紹は思う。
焦りは禁物だと自分に言い聞かせたが、やはり郭図の言葉も捨て難いと思ってしまう。
失敗する確率の方が高い・・・だが成功すれば自分にとって計り知れない益を齎すのは言うまでもない事が彼の決断を鈍らせた。
“優柔不断とは聞いていたが・・・本当に優柔不断だな。姫さんが嫌うタイプ1だな”
誰かの声がするも誰にも聞こえなかった。
しかし、この場合は良かったのだろう・・・袁紹本人が聞こえなかったのだから。
「殿、どうなされますか?」
郭図はこの目の前の男が優柔不断である事を嫌というほど身に染みて体験しているから強い口調で訊ねた。
この策---策と果たして呼んで良いのか分からないが、これは彼にとっては自信作と言える物だから却下されたくない一心で強く訊ねたのだ。
「そう、だな・・・・・・・・・」
袁紹が決めようとした時である。
「失礼します。殿、お話があります」
中に入って来たのは如何にも武勇に秀でたという顔つきで見る者が見れば「何処ぞの将軍か?」と直ぐに察するであろう体格と風格である。
そして一緒に入ってきた男もまた同じである。
「何の用だ?“顔良”、“文醜”」
この二人---顔良と文醜は共に袁紹の軍内でも勇猛であると評されている。
どちらも武に関しては右に出る者は居ないと言われているだけあって兵達の信望は偏狭のきらいがある為か余り無い。
特に顔良に到ってはそれが顕著に出ているし文醜に到っては用兵がとてもではないが上手いとは言えないのが原因で兵達からは敬遠されている。
それでも武に関しては引けを取らないから袁紹はこの二人を高く評価しているのだ。
「はっ。恐れながら義勇軍など引き込まなくとも天の姫だけをこちらへ入れれば良いと思われます」
顔良が膝を着いて袁紹に言う。
「しかし、夜姫様は劉備を敬愛している模様だ。その男を引き離せば悲しむ」
「何と弱気な事を。そこを殿が慰めれば良いのですよ」
今度は文醜が援護するように言う。
「お二方の言う事は的を射ております。ここは殿の男を見せる時です」
郭図が止めの一撃とばかりに言うと袁紹は腰を上げた。
「馬を引け。顔良ならびに文醜よ。供をしろ」
『御意に』
二人は片膝を着いたまま頷き袁紹が出て行ってから付いて行き愛馬に跨り袁術の天幕へと向かう。
「殿、天の姫は夜姫様と言うのですか?」
顔良が馬に乗り右側を護るように進みながら袁紹に訊ねる。
「ああ、そうか。そなた等は宴に出ていないのだったな」
袁紹は二人が夜警で出ていない事を思い出し謝罪してから説明する。
「織星夜姫という。年齢は20代だ。それから眼が見えない事を忘れるな」
「眼が、見えないのですか?」
「あぁ。しかし、弱気を見せない・・・強い方でもある」
袁紹はこれを言う時にもし、自分が彼女の傍に居れば・・・・・という願望が少しだけ込められていた。
“そういう所をチラッとさり気なく見せれば姫さんも好くんだがな”
また誰かの声がするも聞こえなかった。
「そうですか。是非とも会ってみたいです」
「夜姫様は誰に対しても会うし挨拶もする。それこそ雑兵だろうと、な」
それを聞いた二人は是非とも会いたいという気持ちを更に強くさせ一刻も早く行きたいと言う衝動に襲われるも袁紹の進みに合わせた。
それが普通なのだが二人にとっては我慢比べに近い状態だったらしい。
袁術の天幕に到着した三人は近くの雑兵に袁術に会わせろと言うが雑兵は何かを隠すような素振りを見せる。
「何を隠している」
文醜が腰から剣を抜いて雑兵の喉仏に当てた。
「言え。何を隠している」
「そ、そそそそそ、それは・・・・・・・・・・」
「言わんと・・・その首が胴と泣き別れになるぞ」
「ひ、ひぃ!!」
雑兵は悲鳴を上げて履いていた服の部分が湿り出した。
「文醜。もう良い。言わぬなら行けば良いだけだ」
袁紹が本当に斬りそうな文醜を止めて馬を進めて後もう少しという所まで行った時だ。
『や、夜姫様、ど、どうか、止めて下さいっ』
『どうして逃げるのよ。私は貴方に報酬を与えようとしているのよ』
『で、でしたら・・・え、遠慮しておきます・・・・・・・・』
『夜姫様、ここは抑えて下さい』
『そうですよ。夜姫様。袁術様が勿体ないと言うのですから・・・・・・』
『貴方達は黙ってなさい。私はこの胸を鷲掴みにした男に言っているのよ』
胸を鷲掴みにした・・・・・・・・?
誰が・・・袁術が・・・誰の・・・夜姫の・・・胸を・・・・
“鷲掴みにした?!”
袁紹は居ても立ってもいられずに馬を走らせて天幕まで行くと勢いよく入った。
「袁術!!」
「なっ!袁紹!!貴様無礼だぞ!!」
袁術はとつぜん現れた腹違いの兄弟に驚きながらも直ぐに怒鳴ったが袁紹も負けていなかった。
「黙れっ。この無礼者が!!」
袁紹は周りに劉備と孫堅が居るにも関わらず唾を吐く勢いで袁術を責め立てた。
「貴様という男は・・・よりにもよって夜姫様の胸を鷲掴みにするとは・・・・・・・!!」
「何で貴様が知っている!!」
「煩い!貴様みたいな男と腹違いとは・・・もう我慢ならん。この場で斬り捨ててや・・・・・・」
「馬鹿な事を言わないで」
今にも腰から剣を抜きそうになった袁紹だが袁術を護るように夜姫が立った事で阻止された。
「袁紹。ここは入るな、と兵に言われなかった?」
夜姫は空虚な眼差しではなく月の瞳で袁紹を射抜いた。
「あ、その・・・・・・・・」
「何を言いに来たのか知らないけど出て行きなさい。私はこの男に報酬を与えるの」
そう言って夜姫は振り返り袁術の顔を両手で固定した。
頭一つ分もある袁術を下から手を伸ばし固定する夜姫は楽器のような清らかな声で袁術に言う。
「袁術・・・私の報酬を受けなさい」
「い、いえ・・・そ、それは・・・・・・」
真正面から顔を固定されて命令された袁術は頷きそうになった気持ちを叱咤し断ろうとした。
「私からの報酬を断るの・・・益々あなたに報酬を与えたくなったわ」
クスッと何処か大人びいた笑みと声を漏らす夜姫に袁紹は別人を見るかのような気持ちだった。
それとは正反対に袁術は夜姫に顔を固定されているため身動きが取れないでいる。
そして夜姫の顔が近付いていく所で・・・・・・・・・・・・
「うわっ」
袁術が地面に尻もちを着いて夜姫は忌々しそうに眉を顰めた。
「フェンリル。貴方は私の邪魔をする気?」
二人の間に入ったのは黒い毛を持つ狼---フェンリルであった。
フェンリルは無言で夜姫を見上げて首を横に振る。
『駄目です』
そう言わんばかりに首を横に振るフェンリルに夜姫は眉を更に顰める。
「私は貴方の主人よ。そして貴方は下僕。下僕は下僕らしく主人の言う事を聞きなさい」
それでもフェンリルは首を横に振る。
「・・・私に逆らうの。なら・・・覚悟しな・・・・・・・・・・」
最後まで言う前に夜姫はクラッと身体を揺らすと倒れた。
それを劉備が支えた事で終わった。
「た、助かった・・・・・・・・・」
袁術は顔を赤くさせながら息を整える。
「殿、大丈夫でしたか?」
孫堅が袁術に問い掛けるが若干・・・棘が含まれているのは気のせいか?
「あ、あぁ。それより袁紹。何の用だ。兵にはここへ近付けさせるなと命令した筈だ。それなのに何故ここに来た」
袁術は袁紹に弱みを見付けられないようにとばかりに強気な態度を取って見せるが先ほどの姿を見られては台無しであろうに・・・・・・・
「・・・何でも無い」
しかし袁紹は思いもよらずに何も言わなかった。
そしてこの場は罰が悪いのか背を向けて天幕から出て行った。
『何が何だか分からん。しかし後で問い詰めるとしよう』
そう袁紹は馬に跨りながら決意し部下二人が居る所まで戻った。