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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
30/155

第十七幕:この身は姫君に

陽人の戦いが終わってから早十日が経過した。


連合軍は呂布たちを一度は退けたから今回は討ち取ってみせると意気込んでいるのだが彼等は致命的な事を忘れている。


呂布達もとい呂布を退けたのはたった一人だ。


たった一人の娘---織星夜姫と言う娘が呂布を退けたのであって彼等は何もしていないと言える。


現在、連合軍は再び攻撃を仕掛けてきた董卓軍と戦いを繰り広げていた。


今回も呂布、華雄、胡軫の三人は来ているがどうも様子が可笑しく将たちは疑問を覚えざるえない。


何せ呂布と胡軫はどういう訳か大人しいと思えるほど攻撃が弱いのだ。


以前なら疾風のように戦場を駆けこちらを蹂躙したというのに今回は華雄が主役と言わんばかりに炎のように苛烈な攻撃を仕掛けて来る。


しかも、袁術・孫堅・劉備の軍隊に、だ。


呂布と胡軫はそれを援助する形だが逆にそれが怖い。


「・・・・・・・・」


袁術は敵の軍団と自分達の軍団が戦っている様子を見ながら部下の閻象が言った言葉を思い出していた。


『敵は我々を孤立させる積りです。また孫堅殿を亡き者にしようとしています』


これは頷けると袁術は閻象の話を聞いた時に思った。


自分と劉備は連合軍内で妬まれているから自分達を中心に攻撃して頃合いを見計らって引き揚げればこちらの仲を引き裂く事ができる。


ならば自分達を執拗に狙うのも頷けるというものだ。


「皆の者、何としても護り切るぞ。そうしなければ・・・“我等が姫君”は欲の塊に蹂躙されてしまうのだ!!」


袁術は他の者たち---袁紹たちにも聞こえるように叫び兵達を鼓舞した。


これで彼は他の将たちから恨まれるだろう。


何せ夜姫を我等が姫君と称したのだから自分達の姫だと公にしているようなものだ。


それを聞いたら嫌でも妬みの視線を袁術に向けるが、それこそ袁術が望んでいた事なのだから良しである。


『これで良い。これで奴等は私を恨む。しかし、劉備達には向かないだろう・・・・・・・』


彼はずっと考えていた。


それは夜姫の身の振りだった。


董卓を倒したら連合軍は解散となるが、その時に誰が夜姫を連れて行くかという問題が浮上するのは眼に見えているから焦ったが冷静に考えると一つの答えが見つかった。


自分だけが悪者になれば良い。


その答えが見つかってからは行動が速かった。


自分が悪者となるような行動は実に簡単でこんな何気ない一言でも将たちから反感を買うのだから。


現に腹違いの兄弟である袁紹などこちらを睨み斬り殺す気が見え見えだったから他の将達も同じだろう。


それに満足しながら袁術はどうも呂布と胡しんの動きが怪し過ぎるので隣に居る閻象へこう言った。


「背後の兵達に警戒を強めろと言っておけ」


「御意に。しかし・・・本当に宜しかったのですか?袁紹殿を始め殿を殺そうと皆が睨んでおりますよ」


「それで良いのだ。それより急げ」


「・・・はっ」


閻象は間をおいてから頷くと急いで馬の腹を蹴り陣の背後へ向かった。


『本当に良かったのだろうか?』


馬を走らせながら閻象は自分の主が行った行動に疑問の余地を持たざるえなかった・・・というのも袁術はこれまで---改心する前など致命的な手を何度も打って来た過去がある。


今度の手もまた致命的な手であると閻象は思うのだ。


何故か?


それは袁術の急速とも焦りとも言える行動にあるのだが、これは袁術だけに責任を問うているのではない。


袁術は夜姫の為なら自己犠牲を厭わないという以前からは信じられないほどの性格になった・・・これは良い事であるが彼はただの男ではないから困るのだ。


彼は袁家の嫡男であり総大将の一人でもあるからここで下手に他の者と矛を構えた感じになるとこれからの事に支障を来たす。


それを彼自身が知らない訳ないのだが、やはり夜姫の事を考えてああも前が見えない行動を取ったのかもしれない。


この戦い---董卓を倒せば連合軍は解散となるが漢王朝の復権が叶うのか?と問われたら否である。


恐らく本当の意味で乱世は董卓が倒れた後であると閻象は考えており、そんな中で夜姫が狙われるのは当たり前と言えば当たり前だ。


そうなると彼女を護るのは今の所だが袁術本人と劉備になるが、二人揃って恨みを買えば余計に危なくなると彼は考えた結果・・・敢えて自分を犠牲にしたというのが妥当な答えか。


『良い事ではあるのだが、もう少し私に相談をしてから行動して欲しいものだ』


自分は袁術を一番に考えている部下と自負を持っているし周りもまたそう思っているのだから、もう少し自分に相談してくれても良いと思ってしまうのは当たり前だ。


しかも、こういう大事な相談なら尚更で良い歳した大人なら判るだろうに・・・・・・・


『身体だけは大きくて中身は子供、か・・・袁紹殿の言葉はある意味当たっているが袁紹殿もまた似ている所があるからな』


腹違いでも血は争えない、というのが現状だなと閻象は思いながら背後に構えさせた兵達の所へ向かった。


背後にも兵達は居るが前方に比べれば数的には少ないし陣形なども甘い部分があるから、ここを突かれたら・・・それこそ戦場を風のように疾走する騎馬隊ならあっという間に後方から挟み打ちに出来る。


袁術が背後を警戒させるのも判るがもう一つの理由もある。


袁術の陣には一人の娘が黒い毛の狼と共に居る・・・天の姫こと織星夜姫だ。


戦が始まれば皆が出てしまい手薄になる。


現に夜姫は数人の護衛だけで護られているのが現状で・・・もし、背後を突かれてしまえば夜姫もまた危険に曝されてしまうから彼が背後を気にする理由も頷けるのだ。


閻象が来ると兵達は顔を向けて一礼してきた。


本来なら身体ごと向けるが、顔だけを向けていざとなれば直ぐに対応できるようにしている積りなのだろう。


「こちらに問題は?」


閻象は背後を護る兵達の


「ありません。夜姫様の陣も今の所は問題ありませんが、どうかなさいましたか?」


「ここを突かれたら後方と前方から挟み打ちにされる。どうも敵の様子が可笑しいのだ。だから、それを殿は怪しいと思ったのだ」


それを聞いた兵達はなるほどと納得し夜姫の居る天幕へ視線を向けた。


「殿は変わられましたね。これも夜姫様の仁徳ですね」


「そうだな・・・ん?敵襲!!」


閻象は頷いて前を向いたが、遠目からだが馬に乗った兵達がこちらへ突っ込んで来るのが見えたので迎撃態勢を取らせた。


「皆の者なんとしても護り切るぞっ。そうしなければ我々は終わりだ!何より夜姫様を護らなければ我等は男として失格だ!!」


腰から剣を抜いた閻象は兵達に怒鳴り士気を鼓舞し敵を見てみる。


人数は砂埃で判らないが大人数と見て良いだろう。


下手に見積もって痛い眼遭うのは御免だが、大人数と見積もって討てる敵を討たなかったのも御免であるが。


『砂埃で眼を撹乱する、か・・・董卓がやりそうな事だな』


董卓はこれまで自分が知る限り奇策を用いており例を上げるなら“西羌せいきょう”との戦いだ。


この西羌は中国西北部に住んでおり度々だが漢王朝に逆らい戦いを挑む事があった。


董卓はその者達と若い頃は知り合いで宴などを共にしていたとも聞いている。


しかし、王朝に仕え始めると彼等とも戦うようになったのだが、ある戦で彼と彼の軍団は数万もの敵軍に囲まれてしまった。


数万相手に戦い切り抜けるのは厳しいし援軍が来るまで籠城するにも食料が少なくなって来て、このままでは飢えと戦いで全滅してしまうという事態に陥ったのだが董卓は魚を取る振りをして川を堰き止め水を溜めた。


そしてその止めた堰の下を全軍で潜り抜け包囲から脱出すると堰を戻し敵が追撃できないようにし無事に帰国したのだ。


この時の戦で六師団の内五師団は敗北したのだが董卓の軍だけは大した損害も無かった・・・・・・・


この例で判ると思うが彼は人が思い付かないような策を弄して戦うのだが、独創的な部分だけでなく兵法書の戦い方も知っている。


ある戦では上官に兵法書通りの戦いを促したが上官はそれを退けて臨機応変に戦い大勝し彼の戦い方を的を射ていないと言った事もあるのだ。


話を戻すと彼---董卓は兵法書も読み武勇にも優れ異民族からも恐れられると同時に尊敬されるという異例の男なのだ。


その男ならこんな策を考えるのも頷ける。


『・・・難しいな』


閻象は砂埃で前がまったく見えない事に焦りを覚えた。


これでは敵がどれだけの数で、どれだけの装備なのか、どんな陣形なのか判らないし援軍を呼ぼうにも向こうは向こうでこちらに合わせたように激しい攻撃をしてきたから無理に近い。


『・・・不味い。不味いぞ。これならもう少し兵を増やすべきだったか』


背後を疎かにし過ぎたとは語弊があるかもしれないが、せめてもう少し兵を増やしておけば良かったと後悔する。


だんだん砂埃と共に馬の蹄音が近くなってくるが正確な数は把握し切れない。


それが兵達の恐怖を駆り立てるのか閻象に言われた言葉を忘れ逃げ出したい衝動になっている・・・・・・・・


「・・・何をうろたえているの?貴方達」


ふと声がして振り返ると夜姫が黒い狼---フェンリルを従えて立っていた。


「夜姫様。ここは危ないですから、どうぞ中へ・・・・・・・・」


閻象は夜姫を天幕へ戻そうとしたが瞳の色が月の色になっているのを見て続きを言えなかった。


『この眼は・・・・・・・・・』


何度か聞いた事がある・・・夜姫は時々だが月の瞳をする、と。


纏う空気もまた違い何処か張り詰めている気がするのは気のせいだろうか?


「・・・砂埃で正確な数を誤魔化す・・・小手先の策ね。とは言え中々の頭でもあるけど甘いわ」


フェンリルと夜姫が言うとフェンリルは兵達の間を走り抜けて息を大きく吸い出すと・・・吐いた。


まるで突風のように砂埃は消えて行き馬の尾に縄で縛った木を引っ張る敵兵が見えたのだ。


数は多くなく今の兵力でも十分に対処できる。


敵兵は突然の突風に唖然としながらも、もうこの手は使えないと把握するやそのまま突撃を開始した。


恐らく砂埃を上げて敵陣に突っ込み縦横無尽に駆けて混乱させる積りだったのだろうが、もう駄目だと判るやそのまま突撃する・・・・・・・


「・・・勇敢ね。でも、同時に愚かでもあるわ」


そう言って夜姫は両手を掲げた。


光が包まれると同時に細長い棒が夜姫の手に握られたではないか。


何だ、あれは?


と誰もが思う中で夜姫はその棒の尻を肩に当てると半円が描かれた金属部の中に手を入れ、その中にある小さな突起を引いた。


轟音が鳴り馬に乗っていた敵兵の一人が頭から血を流し後ろに倒れ馬もまた轟音に驚き暴れ出し統制が執れなくなる。


「全員、敵を馬から引き摺り降ろして仕留めなさい」


まるで将軍のように夜姫は厳しい声で兵達に命令し兵達はそれを聞いて本当の将軍に命令されたように急ぎ足で敵軍に突っ込み馬から引き摺り降ろして敵兵を討ち取った。


「や、夜姫様、貴方様は・・・・・・・」


「これで背後は問題ないわ。袁術に言いなさい。背後は問題ないから前方に力を注ぎ敵兵を討ち取れ、と」


「え、あ、あの・・・・・・・・・・・」


「何をしているの。速く行きなさい。敵は待ってくれないわ」


行かないなら自分が行くと言いそうな勢いに閻象は急ぎ馬の腹を蹴って袁術の所へ向かった。


『あれが夜姫様か?』


閻象は夜姫の変わり様に驚きを隠せないまま袁術の所まで行き、袁術に事の次第を伝える。


「・・・そうか。全員、前の敵だけに集中しろ。後ろは“我等が姫君”が撃退して下さった。我等も負けてられないぞ!!」


『おぉ!!』


と袁術は兵達の鼓舞をしてから閻象に顔を向けた。


「そなたは引き続き夜姫様の護衛をしろ。戦いが終わったら私も行く」


「御意に。その時にお話をしましょう」


夜姫様の事を・・・・・・


「無論だ。そなたも何れは知ると何処かで思っていたからな・・・・・」


「・・・・では」


閻象は一礼し再び背後へと戻った。


背後では夜姫が先ほどの棒を持たずに大太刀を鞘に収め地面に突き刺して仁王立ちしており傍らにはフェンリルが控えている。


まるで将軍だ。


何万という軍を率いて戦況を見守り指揮する将軍に見える。


「夜姫様、ただいま殿に伝えて参りました」


「それで袁術は何と?」


「我等も負けていられない、と仰っておりました」


「そう・・・閻象」


「はっ、何でしょうか?」


閻象は馬から降りて夜姫に近付いた。


「私を、貴方は・・・軽蔑する?」


「軽蔑、ですか・・・・・?」


とつぜん言われた言葉に閻象は眼を丸くしながら訊ね返す。


「えぇ。こんな女だてらに剣を握り戦場に立つ私を貴方は、袁術達は軽蔑する?」


「いえ。ただ、いきなりの行動でしたので驚きました」


「・・・そう。軽蔑、しないの・・・・・・・」


「いけませんか?」


夜姫の言葉に閻象は何か疑問を感じて訊ねると彼女は顔を向けて閻象を見た。


月の瞳は真っ直ぐに自分を見ており汚れ一つ無い澄んだ瞳だ。


「・・・何で私を軽蔑しないの?私は・・・・・いえ、何でも無いわ」


さっきの言葉は忘れて、と夜姫は言いまた顔をそむけた。


「所で夜姫様、少し話を訊いても宜しいですか?」


閻象は夜姫の様子を不審に思いながらも話題を変えた。


「・・・話しなさい」


「では殿を・・・我が主である袁術様をどう思われますか?」


「袁術を?そうね・・・私の胸を鷲掴みする位の強引さは良い所ね」


そこが良い所なのか、と突っ込みたい閻象はそれを留めて訊ねる。


またこの話を聞いた兵達はギョッとしたが、閻象の睨みで聞いていない振りをするが後で口止めされるのは眼に見えていた。


閻象は気を取り直し話を続ける。


「殿は董卓を倒した後で起こるであろう事を想定し自分を悪者にしようとしております」


「自分を悪者?」


「はっ・・・貴方様を護る為にご自身を悪者に仕立て上げようとしているのです。私は何の相談もされませんでしたが、その事に関してどう思われますか?」


「それはいけないわね。貴方に相談しないなんて・・・何より私を護る為、というのが気に入らないわ」


「・・・・・・・・・」


「私は、私は・・・・自分がかつて戦ってきた事を正しいと思っていたわ」


夜姫は空を見上げて独白を始めた。


「でも、それは間違っていたわ・・・私は間違っていた。ううん・・・ただ“利用”れただけだったの」


利用されただけ?


「どういう意味ですか?」


「そのままの意味よ。皆・・・私を利用したの。そして用が無くなったから捨てられたの・・・身も心も捧げたのに、ね」


「それは・・・・・・・」


閻象は言おうとした。


それは誰かに利用された揚句に裏切られたのか、と・・・・・・・・・・?


「私は死なず部下達が死んだわ。私は、大切な部下達を護れなかった・・・そして部下達の汚名返上に長い時間を掛けてしまった」


フェンリルが悲しそうな瞳で夜姫を見上げ夜姫はフェンリルの顔を撫でながら独白を続けた。


「・・・この子達の力も借りて汚名を返上したけど時間を掛け過ぎたわ。そして蔑まされ続けたわ。それこそ・・・・・・・」


何か言おうとしたが、またしても夜姫は言うのを止めた。


まるで言いたくない様子であるが、言わなくてはならないと言う気持ちも含まれている複雑な様子だった。


「夜姫様、貴方様がどんな人生を送ったのか私ごとき人間には理解できません。ですが、これだけは言っておきます」


殿が命がけで貴方を護ると誓ったのなら私もまた貴方様を命がけで護ると誓いましょう。


「部下であるから、という理由もあります。ですが・・・貴方様を見てそう誓いたかったのです」


宜しいですか?と閻象は訊ねる。


「・・・私を護って貴方に何か得があるの?」


「単なる自己満足ですね。ですが、自己を満足させられない者に他人を満足させられないと考えているので良いのです」


「・・・・変わった男ね。でも・・・嫌いじゃないわ。そういう男は」


眼を見ずに夜姫は言い続け閻象もまた敢えて何も言わずに片膝を着いて頭を垂れた。


『この身は貴方様の為に捧げましょう・・・・・・・・・』


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