幕間:義勇軍と連合軍
長らくお待たせしました・・・・・・
どうも、実在した人物を描く事が難しいと言う事を嫌なほど痛感します。
本当に完結できるのか不安です。
とは言え、頑張りたいと思います!!
私は典医殿に後の事を任せて諸葛亮達を伴い天幕から静かに出た。
もう既に空は暗くなり兵たちは炊き出しをしている所だ。
「・・・・殿。これからどうなさいますか?」
諸葛亮が何も言わずに前を進む私の背に控え目な声で話し掛けてきたが、何を知りたいのかは最初から解っていた。
「夜姫様の事か」
「はい。夜姫様には言いませんでしたが・・・・先ほど袁紹様達から催促が来ました」
天の姫は目を覚ましたのか?
覚ましたのなら会わせろ・・・・・・・・
「あいつ等の腹は同じだぜっ。天の姫を自陣に入れて他の奴等に対して牽制する腹だ!そうに決まっている!!」
益徳は夜だというのに大声で断言し、それを聞いた兵たちが驚きこちらを見てきた。
「益徳。大声を出すな。我々は何処から見られているか分からない」
私はそれを見てから益徳を戒めた。
我々---義勇軍は他の将達から見れば「お荷物」と見られている。
義勇軍とは聞こえが良いだろうが、それは名前だけで中身を開ければ所詮は寄せ集めでしかない。
だから装備もバラバラで、中には敵から奪った物をそのまま着ている者だって大勢いる。
士気だって高いとは言えないし連携も取れていない。
追い返す事も出来たが、それでは何かと面倒だと思い・・・・こんな何の価値も無い場所を任されたのだろうと個人的には見ている。
そして何かしら問題・・・・そうでなくても誰かの内通者が居る可能性も捨て切れない。
こんな事を聞かれてはどんな言い掛かりを付けられるか分からないからこそ・・・・益徳を素早く戒めたのだ。
ただし、それは今までの話である。
何の価値も無い陣を任されたが・・・・夜姫様が来てから事態は一変した。
3日前まで誰も来なかったこの陣だが今では大勢の将達が来る。
手には色取り取りの絹や酒、黄金などを持って・・・・・・・・
理由は簡単だった。
天の姫に会い・・・・自陣に引き込む為。
天の姫を自軍に引き込めば連合軍の中でも顔が効く。
つまり夜姫様を利用する腹だが、これは致し方ない面もある。
連合軍とは名ばかりの存在で誰もが何かしらの欲を持っており、誰かしらを敵視しているのが現状だ。
そんな中に夜姫様は降り立ったのだから・・・・不幸としか言えない。
だからこそ・・・・私が・・・・私たちが護らなければならないのだと強く思う。
そう改めて自分に言い聞かせると・・・・遠くからでも分かる程の人数が近づいて来ているのが暗闇でも見えた。
「・・・・総大将、勢ぞろいか」
まさか全員が来るとは思いもしなかったから私は少なからず驚いた。
なぜ全員が総大将と分かるのだ?
そう言われたら贅が掛った鎧と駿馬に乗っているからだ。
「殿。どうなさいますか?」
「まだ夜姫様は起きたばかり。あんなに大勢で来られては迷惑だ。追い返す」
「しかし、それでは・・・・・・・・」
諸葛亮は何かを言おうとした。
この男もまたあの場で決意した筈だが、あくまで立て前として言おうとしているのかもしれないし確認の為かもしれない。
「構わん。もし、これで出て行けと言うのなら出て行く。ただし、夜姫様を護るのは変わらない」
「へっ。昔の兄者みたいだ」
益徳が愉快そうに笑った。
「それでこそ兄者です」
雲長もまた私の態度を称賛した。
「どうやら今までの私は腑抜けだったのかもしれんな」
昔なら・・・・相手が誰だろうと一歩も引かず寧ろ気に入らなければ首を切り落としていた。
だが、今は相手の顔色を窺うようになっていた。
しかし、今は違う。
私は目の前まで来た人物達を見上げた。
「劉備よ。天の姫は目を覚ましたか?」
4人の中で一番歳若い袁術様が馬上越しに訊いてきた。
袁術様---字は公路だ。
名家である「汝南袁氏」の当主であった袁逢様の息子。
同じ父を持ちながら母親は違う袁紹様とは異母兄弟になるが兄弟仲は決して良いとは言えない。
そして性格も・・・・侠人である私から言わせれば最悪だ。
それでも私は目の前に立つ袁術様の質問に答えた。
「目は覚ましました」
それを聞いて4人は馬を進めようとしたが雲長と益徳によって止められた。
「何の真似だ?」
袁術様が今にも剣を抜く勢いで私に訊ねてきた。
私の話を最後まで聞かないで行こうとしたからそうなるのだと内心で思いながら私は別な事を言った。
「まだ起きたばかりです。ですから通す訳には参りませんし天の姫は突然の事で気が動顚しております。そんな所へ大勢で行っては身体に障ります」
「確かにそうだな」
袁術殿の異母兄弟であり、袁家の現当主である袁紹様が頷いた。
袁紹様の父は袁術様と同じだが、母親は違うし身分も袁紹様の方が低かった。
しかし、彼の育ての親である叔父の袁隗様に才能を見込まれ袁家の当主となられた。
この方は私と同じく遊侠の道を歩んだ事がある為か私に何かと目を掛けてくれる。
実際この陣もこの方の力で与えられたものだ。
もし、この方が居なければそのまま追い返されていた事だろう。
「時に劉備。天の姫は先ほど目を覚ましたと言うが、何か言っていたのかな?」
「名前を名乗りました」
私は袁紹様の質問に答えた。
織星夜姫。
「それが名か」
「はい。字は言っておりません」
「それは仕方のない事だ。字を教えるのは極親しい者だけ。まして天の姫ともなれば尚更の事だろう」
おいそれと他人に字を教えては一大事だと袁紹様は言い私もそれに納得した。
「確かに」
「その通りだ」
曹操殿、孫堅殿も袁紹殿の言葉に同意した。
曹操殿とは面識が以前からあったが・・・・どうも腹が読み切れないので警戒している。
袁紹殿と曹操殿は知り合いらしく仲も良さそうに見えるが腹の中はどうなのか分からない。
今もお互いに剣を抜かせないように牽制しているように私には見えた。
孫堅殿とはここで初めて会うが流石は孫呉の当主だけあって威厳があると思う。
「名が分かっただけでも良い。今日は帰るとしよう」
「それが良いな」
「また日を改めて」
袁紹様が帰ると言うと残り2人も帰ろうとしたが、袁術様だけは違っていた。
「天の姫は目を覚ましたのだ。ならば会っても問題ない」
「袁術様。失礼ですが、貴方様は耳が聞こえないのですか?」
「貴様・・・・たかが義勇軍の分際で私を愚弄するか」
「いいえ。しかし、私は先ほど目が覚めたばかりで身体に障ると言いました。それなのに貴方様は行こうとする」
耳が聞こえないと訊いてもおかしくはないと私は言ってやった。
以前なら・・・・苦言を漏らした事だろうが無理に止めたりはしなかった。
止められなかった。
だが、今は違う。
今、下手に合わせては余計に夜姫様の気は乱れ混乱してしまう。
ただでさえ眼が見えないというのにこんな男を会わせたら・・・・・・・・
「貴様の意見など知った事かっ。私は行くぞ」
「でしたら私も・・・・力づくでも止めます」
私は腰に差していた剣に手を掛けた。
「この私に刃を向けるのか?」
「如何に総大将の一人と言えども・・・・ここは私が任された陣。その陣で身勝手な行動は許しません」
「ほぉう。では・・・・貴様を殺してでも行かせてもらうぞ」
袁術様は剣を鞘から抜いた。
そしてその剣先を私に向けた。
「これが最後だ。そこを退け。そうすれば・・・・今回の事は見逃してやる」
「お断りします」
他の3人は止めようとしたが私たちの方も引くに引けない。
一触触発の・・・・もはや何かが起これば戦う気が場を支配していた。
「・・・・劉備様。どうかなさいましたか?」
私は声がして振り返った。
そこには典医殿に伴われて居る夜姫様が居た。
暗い中でも分かる程・・・・綺麗に輝く「清流」のような・・・・
しかし「妖し気」な印象も与える紫が薄く掛った銀の髪と透き通るような・
・・・
雪のように汚れ一つない白い肌・・・・青天のような蒼い瞳は空虚ながらも透き通っている。
そして・・・・その身を包む濃紫の服と装飾品もまた美しい。
だが、そんな物は夜姫様の美しさをただ飾るだけの物であって無くても良い代物に見えてしまう。
「夜姫様。お身体は・・・・・・・・」
諸葛亮が夜姫様に身体の具合を尋ねた。
「少し気持ち悪いので夜風に当たろうと思ったんですが・・・・お客様、ですか?」
夜姫様の声は透き通った・・¥・瑠璃のように壊れ易い印象を受ける声だった。
その声と容姿に4人は何も言わなかった・・・・言えなかったのだ。
この世の者とは思えぬ容姿と声。
その身体から放たれる気に・・・・・・・・
ただ一人だけは違った。
「おぉ、貴方様が天の姫ですか!!」
袁術殿は馬から降りて近づこうとした。
しかし、剣は抜いてあるし掴んだまま。
その声に夜姫様は身を堅くして足を後ろに引いた。
雲長と益徳は直ぐ様・・・・夜姫様に近付いて護るようにして立った。
「貴様等そこを退け。私は天の姫と話がしたいのだ」
「てめぇ・・・・どの面でそんな事が言えるんだ?」
益徳が仁王立ちで袁術様を見下しながら尋ねた。
しかし、尋ねるような口調ではなく馬鹿にしている声だった。
「貴様!この私の顔を愚弄するか!!」
「・・・・・・・・ッ」
夜姫様の小さな悲鳴が聞こえた。
恐らく袁術様の殺気に気付いたのだろう。
「あ、いや。これは驚かせて申し訳ありません。天の姫」
袁術様は夜姫様が怖がった事に今更気付いたのか取り繕う様に温和な声で喋り出した。
その様子を見て3人は吐き気がする顔をした。
袁家の嫡男である袁術様だが・・・・当主としての器は袁紹様には及ばない証拠だと私は思った。
袁紹様の母君は身分が低い故に本来ならば日の当らない生活を余儀なくされた。
しかし、袁紹様の器に気付いた叔父であり育ての親でもある袁隗様の眼に付き嫡男である袁術様を押し退けて袁家の当主になられた。
それが袁術様には気に入らないのだろう。
連合軍として同じ総大将でありながら互いに協力はしないし隙あらば寝首を掻こうとしている。
その為ならどんな手も使うから・・・・他の将達からは好かれていない。
見た目こそ立派だが・・・・中身はどす黒い。
夜姫様は眼が見えない・・・・しかし、心の眼でこの方の本性が分かったのだろう。
先ほど以上に身を堅くしている。
「その様に怖がらないで下さい。私は袁術。反董卓連合軍の総大将を務めております」
「袁術・・・・では、袁紹様の御兄弟ですか」
夜姫様が何故それを知っているのか?
この疑問を皆・・・・思わなかった。
天の姫ともなれば下界の事など全て知っていると私たちは考えていたからだ。
妾の子である袁紹様と腹違いではあるが兄弟という事実。
袁術様は事の他この事実を嫌っているが夜姫様の言葉には嫌な顔せずに答えた。
「左様です。それにしても・・・・お美しいですね。いやはや、眼も奪われるとはこの事だ」
袁術様は2人を押し退けて更に近づこうとしたが典医殿がそれを阻止した。
「恐れながら姫様は些か気分が悪いのです。ですから・・・・これで失礼します」
「すいません・・・・・・・・」
夜姫様は典医殿の後ろから僅かに頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「いえ。こんな夜遅くに来る我々もまたどうかしておりました。天の姫・・・・いえ、夜姫様。大変失礼しました」
袁紹様が馬上から降りて夜姫様に近付いて謝罪した。
曹操殿に孫堅殿も同じく馬から降りた。
「あの、失礼ですが貴方は?」
「これは失礼した。私は袁紹です。字は本初と言います」
「では袁家の当主様ですか。初めまして、私は織星夜姫と言います」
「私ごときに名を名乗って頂き光栄に思います」
袁紹様は心から嬉しそうな顔をしてみせたが夜姫様は見えない。
「それはそうと・・・・この度は我が異母兄弟が夜姫様を怖がらせてしまい大変申し訳ありません」
「いえ、私も些か気が動顚していましたので・・・・・・・・」
「貴方様が気にする必要はありません。突然こんな所へ来ては気が動顚するのも無理はありません。今夜はゆっくりお休みください。また日を改めて会いに参ります」
「・・・・はい」
それだけ言うと夜姫様は典医殿に連れられて戻って行った。
曹操殿と孫堅殿は自己紹介をしなかったが・・・・何か意図があるのか?
私は疑問に思った。
その一方で夜姫様が消えてから袁紹様は袁術様を責め立てた。
「袁術。貴様は私に恥を掻かせる気か?」
もうその顔は笑顔ではなく激しい怒りが宿っていた。
「ふん。妾腹の子である貴様など恥で一杯であろうに・・・・何を言うか」
「貴様っ」
「お二人共・・・・ここは双方共に抑えて」
孫堅殿が二人の間に割って入って喧嘩腰の二人を抑えた。
その間、曹操殿はじっと夜姫様の消えた方角を見つめていたが不意に私に視線を移した。
「劉備。失礼な事を尋ねるが天の姫は・・・・眼が見えないのか?」
「・・・・はい」
私は曹操殿の言葉に頷いた。
この御仁には・・・・どういう訳か素直に従わざる得ない力がある。
そして合理的な考えと敵であろうと実力があればそれに似合う報酬などを与える為に人が集まる。
だからこそ魏という巨大な国を作り上げる事が出来た上に袁紹様と肩を並べられるのだ。
「そうか。何かおかしいと思っていたが、眼が見えんとは・・・・戻るのか?」
「・・・・戻りません」
私はこれも正直に答えた。
「以前は見えていたと言うのですが・・・・ここに来てからは見えなくなったと」
「何と・・・・・・・・」
私の言葉に曹操殿達は愕然とした。
「しかし、夜姫様はこう仰いました」
世の中には不思議な事がある・・・・奇跡という不思議な事が。
「その時、私は誓ったのです。どんな状況であろうとあの方を御守りすると」
「だから何時もなら引き下がる所でも引かなかったのか・・・・・・・・?」
「はい」
「惚れたか?」
曹操殿は何処か面白がる顔で尋ねてきたが私は毅然とした態度で答えた。
「惚れたとは違います。ただ、純粋に弱い娘を護りたいという気持ちからです」
「そうか」
意外にも曹操殿はそれから何も言わなかった。
だが、その何も言わなかった事に対して・・・・嫌な予感がした。
それが何なのかは分からないが。
「では、今日は失礼する。後日また窺うとしよう」
そう言って4人は帰って行った。
「殿。厄介な事になりましたね?」
諸葛亮が扇で顔を覆いながら私に言ってきた。
「あぁ。しかし、我々の決意は変わらん。そうであろう?」
「えぇ。ですが・・・・何か策を打たなければなりませんね」
あの様子では4人揃って何か一物抱えていると諸葛亮は言った。
「ふんっ。あんな奴等、俺が全員皆殺しにしてやるよ」
益徳が息も荒々しい感じで断言したが、私を咎めたりはしなかった。
もし、夜姫様に害を与えるなら・・・・皆殺しも辞さない。
それが私の気持ちだった。




