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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
29/155

第十六幕:堅牢と奇抜

江東の虎という異名を持つ孫文台の陣。


彼の陣は主人である袁術の陣からさほど離れていないが馬の足では、だ。


人の足で行くとかなり離れている距離で何かあれば支障が来す恐れがある故に袁術の腹心と言える閻象は袁術の陣に居た。


本来なら袁術の共として行こうと思ったが、もし不測の事態に陥った事を考えて居残りとして陣に留まったのだ。


それは正解だった。


「そうですか・・・殿は孫堅殿の陣で泊りますか」


その閻象は孫堅から派遣された兵の話を聞いて相槌を打った。


「はい。明日には天の姫と共に帰るとの事です」


「分かりました。もし、何か殿が失礼な事をしたら遠慮なく罰して下さい。鞭で叩くなり素っ裸にして縄で縛るなりそちらに好きなように罰して結構です」


それは部下としてどうなのだ?と問いたくなるような言葉に兵は適当な相槌を打つ事で誤魔化し閻象に一礼し陣を出た。


「・・・はぁ」


閻象は一人になると嘆息した。


「殿にも困ったものだ」


袁術に仕えてから早数十年。


どれだけ袁術の我儘とも言える言動を戒め頭を悩ませた事か・・・・・・・


しかし、今は頗る良い方向へ進んでいる。


「夜姫様の存在が殿にあれだけ影響を与えるとは、な」


織星夜姫・・・義勇軍の陣へ降りたもとい落ちた彼女の存在はこの陣を始め多大な影響を及ぼしているのは明白だ。


特に袁術が受けた影響は計り知れない。


最初こそ美しいから、天の姫だから、とあからさまな言動を繰り返しその度に自分が戒めたものだが今はそんな感情がまったく無い。


「やはり平手打ちされて改心したんだな」


女性の胸を布越しとは言え鷲掴みにしたのだから平手打ち所かもっと酷い事をされても当然と考えていた。


しかし、そのお陰でああいう性格になったのだから御の字と言えるが失礼極まりない事をしたのだからキッチリとそこ等辺は埋め合わせいう罪滅ぼしをしてもらうが。


それはそうと・・・・・・・・・


「董卓軍は果たしてどう出るか・・・だな」


董卓軍は未だに健在だ。


こちらの方が兵の数は多いが質で言えば向こうの方が上だ。


呂布とその配下は優れた騎馬戦術を誇っている。


騎馬を討ち取るのは容易ではないが幾つか方法はあるにはある。


とは言っても落馬させたから容易に討ち取れるか?と問われると何とも言えない。


どうするべきか・・・・・・


思案している閻象だったが、背後から気配を感じて気を背後へ向けた。


「誰だ?」


『・・・・私です』


閻象は天幕の外から聞こえた声で潜り込ませた兵---間者だと判り声を顰めた。


「・・・董卓軍の様子は?」


『呂布が負った傷は深くないのかまた出陣します』


天の姫にやられたのがよほど頭に来たのか必ず首を討ち取ると意気込んでいるらしい。


「華雄の動きはどうだ?」


華雄は胡軫の配下に居る副将だが軍を纏めているのは華雄の方だ。


胡軫は武勇の腕がある・・・しかし、人望に欠けるから兵達を掌握するには無理なため華雄がそれを補っている。


彼から見れば華雄の方が兵達に与える影響は大きいと踏んでいるから間者には華雄を重点に調べろと申しつけていたのだ。


『ハッ。董卓と何やら頻繁に話し合っております』


「董卓と?二人だけで、か」


『はい。ただ・・・都を捨てる云々を話しているとは噂程度ですが広まっております』


「都を捨てるだと?・・・なるほど、そういう事か」


閻象は都を捨てると言う事に疑問を覚えたが、直ぐに納得したように頷く。


今の都---董卓たちが居る所は洛陽だ。


“周”の時代に生きた王である“平王”が戦乱で荒廃した鎬京---長安から都が移され政治経済の中心地となり都城が出来たのが始まりである。


だが、長安に比べて防衛に関しては良くない。


本来ならば直ぐにでも引き払い長安へ逃げるべきなのだが生まれ育った土地を捨て長安へ移動するとなれば並大抵の事ではないし民達もそれを嫌がるだろう。


しかし董卓なら強引にやりかねない。


それは予想できるが他は予想できない。


彼は堅牢な策より奇抜な策を好む。


理由は相手の予想を外させ度肝を抜くのだ。


『何を考えている・・・・・・・・・?』


この時に閻象は何か嫌な前触れが胸を走る気がした。


それは現実と化すのはまだ先であるが。


場所は変わり孫文台の陣に移る。


「困った子ね・・・・・」


夜姫は自分から離れようとしない黒い毛の狼---フェンリルの毛を撫でながら嘆息した。


この陣に来てからフェンリルは片時も離れようとしない。


何処かに行こうものなら付いて来て留守番を言い渡しても言う事を聞かないのだ。


今もそうだ。


孫堅に皆へ夜姫を紹介したいという事で宴を開くと誘ってきたのだ。


それに夜姫は頷いたが、フェンリルはそれを拒否するように首を横に振って袁術がそれを伝えた。


それを知った夜姫は「じゃあ、お留守番して」と言うがフェンリルは嫌だと首を横に振る。


押し問答がかれこれ小一時間ほど続き宴の準備が出来てもいけない状態なのだ。


「フェンリル。ここは私達の住んでいる陣じゃないのよ。宴に行きたくないなら大人しく留守番していて。ね?」


夜姫は撫でるのを止めてフェンリルに頼むが、フェンリルは首を横に振り夜姫の膝に深く顔を埋めて夜姫を嘆息させる。


夜姫自身も行かせない気であるのが丸分かりだ。


「どうして貴方は我儘なの?」


フェンリルに問うが彼が答える訳も無く、ただ夜姫を見上げるだけだったがその瞳は逆に夜姫に問いを投げているように見えた。


『なぜ貴方はそこまで自分を押し殺すのですか?』


と問い掛けているように見えるのが不思議だ。


「夜姫様。この状態では仕方ありませんから、また後日で良いですよ」


見かねた孫堅が夜姫に言うが、夜姫はそれを拒否した。


「ですがもう宴の準備は出来ているのですよね?」


「えぇ・・・まぁ・・・」


それ以前にもう始まっているのだ。


関羽と張飛は夜姫に叩かれた痕を残す顔で宴に行っている。


それは孫堅がまだ行けないので部下達の相手をさせる為に劉備がした事だが、二人から言わせれば周囲に恥を公表させるようなものだった。


何せ女の手で叩かれた痕が鮮明に残っているのだから誰に叩かれたかは自ずと知られてしまう。


しかも他人の陣だから酷いものだが、それだけの事を二人はやったのだと本人も自覚しているからこの場は良しとしよう。


「もう宴の準備が出来ているなら行かなければなりません。私を紹介すると皆に言ったのですよね?」


「えぇ、ですが、貴方様はまだ起きて間もない。やはり今日は止めておきましょう」


「私は・・・・・」


夜姫が何か言おうとする前にフェンリルが顔を上げて唸り出した。


袁術達もそれに釣られて天幕の垂れ幕を上げて外を見て様子を見るが何も無く、ただ松明が立てられているだけだ。


しかし、フェンリルには何かが見えるのか唸り声を続けて夜姫を護るように立った。


「どうしたの?フェンリル」


フェンリルを大人しくさせようとするが、彼は言う事を聞かずに吠え出した。


「・・・夜姫様。少々お待ち下さい」


孫堅は袁術と劉備に眼で合図し天幕を出て周りを確かめるが、やはり誰も居ない。


それでもフェンリルが警戒しているのだから何かが来る---来ている可能性が高いと思う。


「・・・孫堅。宴に出ている将以外の兵達は?」


袁術は孫堅に低い声で訊ね孫堅もまた低い声で答えた。


「それぞれの場所に配置しており酒などは飲んでいません。それに何か起これば直ぐに誰かが私へ連絡して来る筈です」


それが来ないという事は・・・・・・・・・


「既に何者かが侵入してきた、と考えるべきですね」


劉備が腰から剣を抜いて辺りを警戒しながら二人に告げた。


「天幕へ戻り夜姫様を警護する。孫堅、そなたは兵達を集めろ」


「御意に」


孫堅は頷いて兵達を集めに向かった。


袁術と劉備は周りを警戒しながら夜姫の居る天幕へと戻ったが、先ほどまで唸っていたフェンリルが大人しく夜姫の膝に顔を埋めているのを見て驚いた。


「さっきまでこの子ったら唸っていたのに大人しくなったんです」


夜姫はフェンリルの頭を撫でながら虚ろな瞳を二人に向けて説明した。


「何だったんでしょうね・・・・・・?」


袁術がフェンリルを見ながら訊ねるが劉備は何となく察しがついた・・・いや、袁術も劉備を見たから互いに察しがついたらしい。


『謀ったな』


夜姫が断固として宴に出ると言って聞かないからそれを阻止する為に唸ったのだ。


そうする事で兵達は集まり夜姫はここから動かない・・・となれば宴には出れない事になるから阻止できる。


フェンリルを見ているとそんな考えが浮かぶ。


それから少し経ってから孫堅が屈強な部下を引き連れて戻ってきた。


「遅くなりました。何かありましたか?」


孫堅は袁術に詫びながら訊ねるも袁術は首を横に振って何も無かった事を伝える。


「そうですか。部下達にも様子を確認させましたが、特に異常はありませんでした」


「となればもう消えたのかもしれんな」


フェンリルの一芝居と考えながらもこの場は取り敢えず誤魔化そうと袁術と劉備は決めて適当な相槌を打った。


「ですが、油断は禁物ですね。ここはやはり・・・・・・・・・」


「そうだな。孫堅、すまんが今宵の宴に夜姫様は出れん」


「何者かが侵入したのかもしれないというのに夜姫様を宴になど出せませんよ。どうぞ、お気遣いなく」


二人の思惑など知る由もない孫堅は頷きながら連れてきた部下達に天幕の周囲を見張れと命令を下した。


部下達の肌は荒波の中で育ったためか浅黒く体格的にも並みの雑兵より屈強だったが、それが頼もしい印象を受けるし実力も申し分ない。


この兵達と孫堅自身の実力が董卓を恐れさせるのも無理は無いと袁術は思いながら何れは自分から独立すると思っていた。


証拠などは無いが、この乱世だから自分の領土は自分で護りつつ増やす事を考えると独立するのも一つの選択肢と言える。


誰かに仕えるのも良いがそれでは日の目を見れずに終わる可能性も高い。


孫堅は自分に仕えている身だが、長男達も居る事を考えると何時まで仕え続けるか袁術自身判らなかった。


『・・・この戦いが終わったらどうなる?』


ふと彼はこれからの事---董卓を倒した後を考えてみた。


董卓を倒せば再び漢王朝の力が戻るという簡単な事は起こらないのは平民でさえ判っている事だ。


漢王朝は既に民達から見れば悪なのだ。


宦官に血筋関係で役職に就く者たちが繰り広げる派閥争いから始まったが、董卓の登場でそれは末期だと物語る事になった。


その董卓を倒したら連合軍は自然と解散になるが、夜姫はどうなる?


今は自分が保護しているが、本来なら劉備が彼女を保護しているのが正確である。


しかし、夜姫を自軍へ引き入れたいという気持ちは連合軍の将たち全員が持っているし董卓もまた同じ事だが恐らく漢王朝にもこの情報は伝わっているかもしれない。


『・・・“耳だけ”は良いからな』


現漢王朝を支配しているのは董卓であるが反乱勢力は自分達を含めて幾つもあるが、その中には宦官も居る。


その宦官達は権力に対して飽くなき欲望を持っていると同時にどうやってか知らないが隠している情報も知っているのだ。


恐らく金などを掴ませて間者を放っているのだろうが夜姫の存在を知れば自分達の手駒とするのは明白だった。


奴等から夜姫を護るには今の劉備では不可能であると断言するしかない。


かと言って自分が表だって劉備を擁護するとまた将たちから悪態を突かれる・・・・・・・


しかし、と彼は思った。


『夜姫様を護る為なら構わない』


道化とかいう謎の人物にも言われた。


夜姫を護る為に自分と劉備は悪役になってもらう、と・・・・・・・・・・


恐らく夜姫が都へ帰るまで自分達は悪役を演じなければならないが、それで夜姫が無事なら構わないと袁術は思った。


そして思考を中断し夜姫の天幕へと戻ってみると彼女はフェンリルの頭に手を置きながらスヤスヤと寝ていた。


「やはりまだ疲れていたのですね」


劉備が夜姫を見ながら小声で言った。


「そうだな。しかし、綺麗な寝息だ」


劉備の言葉に袁術は頷きながら夜姫の寝息に心が安らぐ気持ちだった。


「本当ですね・・・それに比べて何で私の娘は・・・・・・」


孫堅が二人の言葉に頷いたが、途中からは自分の娘を言い始め二人を驚かせた。


「そう言えば、そなたには長男と次男の他に娘が一人いたのだったな?」


「はい。ですが、兄の影響が強いのか男勝りな性格でして・・・何であんな性格に育ったのかと思わずにはいられません・・・・・・」


嘆息しながら語る孫堅は娘の性格に難ありと告げている。


「私は子を持った経験が未だに無いが、子を持ってどうだ?」


「愛おしい存在です。そして自分の血を受け継ぐ次世代という感じですね」


孫堅は袁術の言葉に産まれたばかりの我が子を抱いた感覚を思い出すように語り夜姫を見た。


「夜姫様のご両親もきっと夜姫様を愛おしく育てた事でしょう」


そうでなければこんなにも優しい性格でない訳がないと断言する孫堅に二人は頷くが・・・・・・・


“それがまったく違うから世の中不思議だぜ”


誰かの声がするも誰にもその声は聞こえなかった。


“姫さんの両親は姫さんを愛していなかった。それ所か憎んで殺そうとしたから酷い話だ”


“それは誠か?”


また誰かの声がするも誰にも聞こえなかった。


“あぁ。だから、爺が姫さんの両親役なんだよ”


かつて酒の席でこう語ったらしい。


『私の両親は私を心から憎悪し隙あらば殺そうとしていたわ。それこそ湖で溺れた時なんて助けようともせずに・・・どうかこのまま溺れ死んでくださいと願っていたからね』


酒を飲みながら昔話をする彼女の瞳はとても暗く先が見えない程に暗かったらしい・・・・・・


“・・・なぜ姫君を憎みあまつさえ殺そうとしたのだ?仮にも我が子だろ”


信じられないと片方の声は言う。


“我が子だろうと平気で殺す親だって居る。それは見ただろ?この腐った世界でな”


声の主は酷くこの世界に失望している感じだったが否定できない面がある。


“確かに・・・神でさえ我が子を殺そうとした事もあるのだからな”


“その通りだ。だが、姫さんほど酷い目に遭った女もそう居ない”


実の親からは殺され掛けて、身も心も捧げて忠誠を誓った相手には利用されるだけ利用されて殺され掛けた、更に好きな相手にも同様の眼に遭わされたのだから・・・・・・・


“なぜ姫君だけが、と思う。姫君ほど優しい方は居ないだろうに・・・・・・”


“それが姫さんの運命、と言えばそこで終わりだ。まぁ、そんな道を歩んで来たからこそ好かれるんだけどな”


“それもそうだな”


“で、さっきのあれは芝居か?”


“そうだ。まだ起きたばかりだというのに宴になど出ては身体に毒だ”


まったく悪びれた様子を見せない口調に片方は嘆息した。


“それを聞いたら姫さんは怒るぞ”


“知られなければ問題ない。違うか?”


“いいや・・・世の中知らない方が幸せってやつもあるからな。とは言え劉備と袁術は何となく気付いているようだな”


“劉備の方は学が無いと聞いていたが、生き残る為の術は心得ているようだな”


“それが無ければ蜀を建国もとい奪う事なんて出来ないさ”


その通りである。


劉備玄徳は蜀の王であるが元々は益州の地方官にして蜀の礎を築いた劉焉りゅうえんの息子である劉璋りゅうしょうから奪い取ったものだ。


国を奪うには学などが必要であるが、それは人心を掴むなど様々な分野で求められるが劉備にはその学というものが無い。


それなのに蜀を奪い29年間も維持できたのは生き残る術と言うものを心得ていた証だ。


“その言い方だと学が無くても人は生きていけると言っているように聞こえるが?”


“実際その通りだぜ。学が無くても人間は生きていける。姫さんだって学はあるがそれ以前に経験や本能で生きて来たんだ”


“老龍から教育されたのだろ?”


“されたが、やはり生まれ持っての才能が強い”


“そうか。流石は我等が姫君だ。ああ早くまた貴方様と戦場を駆け巡りたいです”


昔のように・・・馬に乗る貴方様を追い掛け襲い掛かる敵を爪牙で切り裂き噛み砕いて血の雨を降らしたい・・・・・・・


“そう焦るな。まだ先はあるんだ”


“待ち遠しいな”


“俺もだ。なぁに先はあるが・・・また直ぐにでも血の雨を降らせるさ”


何か近く起こるような言葉を投げながら声は互いに笑い出した。


それが酷く幼くて純粋に聞こえるが、何処か恐ろしい笑い声にも聞こえたのは気のせいだろうか?


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