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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
23/155

第十一幕:姫君を護る為に

董卓軍を陽人の闘いで見事に打ち破った連合軍は勢いに乗っていた。


何せ華雄、胡軫の二人でさえ厄介だったのだ。


それに加えて呂布まで来たのだから堪らない。


しかし撃退した。


たった一人の娘が彼等を撃退したのだ。


もっと正確に言うなら呂布を一人で撃退し残り二人はそれに押される形で逃げ去ったのだが。


だから厳密に言えば連合軍が撃退した訳ではない。


所が何人かは愚かにもこれを忘れ勢いに飲まれている。


このまま一気に攻め込もうという意見さえ出る程だ。


だが油断は禁物と釘を刺す者も居た。


勢いに任せて行くのは良い半面で後先考えずに行くのは危険すぎる。


それを面白く思う筈もなく軍内では不穏な空気が流れ始めて行く。


釘を刺したのは江東の虎と勇ましい異名を持つ孫文台と上司の袁術だ。


この二人は総大将であるが連合軍内で最近は浮いていた。


義勇軍を懐に入れたのも理由とされている。


義勇軍には天の姫が居る。


しかも宴を共にしたばかりか寵愛まで受けているというではないか。


他の将達から見れば一人占めしていると見える。


否・・・一人占めしているではないか!!


明らかに妬みという類いだが、戦場に女が居ない以上は嫌でもそういう類いの感情が否応なく表だって出るものだ。


現に今がそうだ・・・・・・・


「夜姫様を宴に出せだと?」


袁術は自身の天幕で険しい顔を浮かべたまま目の前に立つ人物を睨み据えた。


「出せとは言っていない。出るように頼んでくれと言っているのだ」


目の前に立つ人物は袁術と似た容姿をしており険しい顔など非常に似ている。


彼の名は袁紹。


袁術とは腹違いの兄弟だが性格が似ているのか果ては腹違いなのかは不明だが非常に仲は悪い。


この会話からも互いに棘が剥き出しになっているのが良い証拠だ。


「行き成り来て言われても困る。理由を言え」


袁術としてはこの腹違いの兄弟が非常に憎らしかった。


自身は名家である袁家の嫡男なのだが、袁紹の方が当主としての器があり更に人望に関しても上であるため総大将同士ではあるが袁紹の方が立場的には上だ。


そこが気に入らなかった。


今はそのような事は小さな事だと割り切れるようになったが、こうもあからさまに命令に近い言葉で言われると昔のように腹が立つ。


「理由か。貴様のような男でも解かる筈だ」


袁紹はさも馬鹿にしたような笑みを浮かべ袁術は眉間に皺を寄せた。


周囲の者は一触即発とも言える雰囲気にハラハラしている。


この二人が顔を合わせて喧嘩が起きなかった日など今まで無かったからハラハラするのも無理はない。


「夜姫様を宴に出して自分を売り込む気か?」


「売り込むとは失礼な言い方だな」


「ふんっ。言い方を変えようと中身は変わらないだろ」


「黙れ。貴様は夜姫様を自分の陣へと入れて自慢気だろうが、私を含めその他の者達は憤っているのだ」


袁術と劉備は天の姫を一人占めしている。


そう連合軍内では言われているらしい。


「劉備への悪評は特に酷い。義勇軍でありながら天の姫から寵愛されている、とな」


他にも数え切れないほど妬みの声が出ていると袁紹は言った。


「・・・それを貴様はどう思っているのだ?」


「正直に言えば妬ましい。だが、あの男には徳があるし実力もある」


それを考えれば仕方ないと割り切れる所もあると付け足した。


「貴様は劉備を高く評価しているな」


前の自分は劉備を軽んじていたがこの腹違いの兄弟は最初から劉備に眼を掛けていた。


恐らく同じ苦労人である事も一理ある筈だが、他にもあると袁術は思っているがそれは分からない。


夜姫に助けられてから袁術も劉備に対して評価は変えているが、最初から劉備を評価している慧眼においてはやはりこちらの方が上だと思わざる得ない。


「で、劉備は?」


最早この男と話すのを直ぐにでも終わらせたいと考えているのか袁紹は自分が評価している劉備玄徳の行方を訊ねた。


「夜姫様を連れて散歩中だ」


董卓軍を撃退してから夜姫は眠りに着いたが直ぐに目覚め今の所は問題なく日常を送っている。


そんな夜姫の日課とも言える行動は散歩だ。


何処を行くかはその日によって違うが、散歩をして少しでも外の空気を味わいたいらしい。


だが、女一人で出歩いては危険という事もあり必ず付き添い役が居る。


何か遭った時の為に典医は常に傍に居るが、護衛役として今回は劉備と関羽が共に居るらしい。


「そうか。貴様に言った所で埒が明かない以上・・・夜姫様自身に頼むぞ」


「それで夜姫様が断れば諦めるのか?」


「あの方の意思を無視して参加させるなど天に弓を引くも同然だ」


諦めると確かな言葉は言っていないが、言葉から察するに諦めるのだろう。


「・・・・・・・・・」


袁術は無言で腹違いの兄弟を見た。


この男は自分より遥かに当主として優れている。


恐らく孫堅を抜かせば曹操と同格の男で天下を争う事になる筈だ。


そんな男もまた夜姫の事に関しては器が小さいとつい思ってしまうのは自分の陣に夜姫が居るからだろう。


『・・・夜姫様は我らにとっては毒でもあるな』


元々連合軍は一枚岩ではなく亀裂が入れば直ぐにでも空中分解するような組織だ。


それを夜姫が現れた事で何とか保ったが、亀裂が入るのも時間の問題かもしれない。


もし、連合軍が分裂したとしても夜姫を護る事に変わりはないのだが、目の前の敵を倒すには周りとの協調も必要と痛感される。


『・・・この男の言い分を聞くのは癪だが仕方ないな』


それに夜姫の意思を第一に考えるのだから仮に夜姫が断ればそこで終わりだという甘い考えもまた浮かんだ。


袁術本人としては夜姫を他の将達と会わせたくない。


それは彼女を利用しようとする下種な考えを持っているからであり指摘された通り一人占めしたいからだ。


「・・・失礼します」


天幕が開き主箔の閻象が入って来た。


「どうした?」


袁術は閻象を見て訊ねる。


「はっ。夜姫様がお帰りになられました」


「そうか」


袁術は座っていた椅子から立ち上がった。


「では、これから訊きに行くか?」


どうせ答えは分かっている事だが。


「あぁ。そうする」


袁紹は険しい顔を一変させて穏やかな顔を浮かべた。


『・・・・私もこの男と同じだったのだな』


今の袁紹は以前の自分と瓜二つだ。


以前の自分も夜姫に気に入られようとしていた。


今も変わらないが、純粋な気持ちか不純な気持ちかの違いだ。


閻象も混ぜて三人で天幕を出て散歩から戻った夜姫を迎えた。


だが、ふと足元に視線を送る。


「その犬・・・狼は?」


夜姫の足元には子供より大きな黒毛の狼が寄り添っていた。


狼は袁術達を見て微かに眼を細めて警戒するように夜姫の前に出た。


「この子、とつぜん現れたんです」


現れると直ぐに自分の所へ来て擦り寄って来たという。


「離れようとすると追い掛けて裾を引っ張るんです」


そしてこのまま付いて来たと説明された三人は改めて狼を見る。


狼もまた三人を見上げるが、明らかに警戒心剥き出しで夜姫を護るようにして立っているのが興味深い。


「・・・・・・・」


ずっと三人を見続けた狼だがふいに視線を逸らすと夜姫の所へと戻り顔を擦り寄せる。


それに対して夜姫は顔を撫で狼は気持ち良さそうに尻尾を振った。


何とも愛らしい光景だが、狼をここまで懐かせるとは・・・・・・


「やはり夜姫様は凄いですね」


袁術は本心からそれを述べた後で・・・・・・・


「お帰りなさいませ。夜姫様」


迎えの言葉を投げた。


「ただいま帰りました。袁術様」


夜姫は迎えの言葉に花が咲いたように笑った。


こんな言葉と笑顔を見れるのだから一人占めしていると思われても仕方ない。


現に袁紹などは内心で嫉妬していたのだから。


「誰か、一緒に居るんですか?」


夜姫は狼を撫でる手を止めて微かに気配で袁術以外に誰か居ると感じたのか訊ねた。


「はい。袁紹と閻象が一緒に」


「袁紹様が?」


閻象は分かるがなぜ袁紹が?という風な表情を夜姫は浮かべたがそこから袁紹が話し掛けた。


「こんにちは。夜姫様。相変わらず美しく何よりで」


歯に衣を着せた世辞ではなく本心から美しいと袁紹は言いながら要件を口にした。


「宴へ・・・・・・」


夜姫は戸惑った表情を浮かべている。


「こんな非常時と思うでしょうが呂布と戦ったため些か兵たちの息抜きも必要かと思いまして・・・・」


口ではこんな事を言っているが、本心では夜姫と近付きたいだけだろうと袁術は決め付けた。


狼もまた袁紹の言葉が表向きと感づいたのか僅かに牙を見せている。


『動物は敏感、か』


狼などを始め野生動物は極めて本能的だ。


しかし、その本能が自分達のように仮面を被らずに生きていられるから何かと勘が鋭い。


これを見る限り何かあると狼は感じたのだろう。


ふと狼が自分を見て何か言えと眼で言ってきたように見えた。


だが、それは自分も思う所があったので口にする。


「夜姫様。口を挟む形になりますが、嫌ならば嫌とハッキリ申した方が宜しいです。この男に遠慮することなどありません」


「貴様・・・・・」


袁術の言葉に袁紹は怒りを剥き出しにしたが、そこを閻象が止めた。


「ここは我が殿の陣です。その陣で下手な真似はしないで下さい」


とても平静な声だが逆にそれが余計な事をするなと暗に言っている。


閻象に視線で礼を述べてから袁術は腹違いの兄弟にこう言った。


「私は夜姫様の事を考えて言っただけだ。この方は我々の荷物と思っている。こんな誘いが出れば無理を通して出る性格だ」


だから自分は夜姫の事を想って言っただけだと強調した。


「劉備よ。夜姫様の様子はどうなのだ?」


袁紹はこの胸糞悪い腹違いの兄弟から劉備へ視線を移した。


「はっ。特に問題ありませんが、典医殿にここは訊くのが一番かと・・・・・・・・・」


「典医。どうなのだ?」


劉備に言われ袁紹は典医に訊ねた。


「まぁ、特に問題はありません。ですが“前の事”も考えるとどうかと思ってしまいます」


前の事を言われ夜姫は顔を伏せた。


「・・・・・・・・」


袁紹はそれを見て前の事を気にしているのだなと思う。


前の事とは彼を含め総大将全員と会った時だ。


あの時、夜姫はどういう訳か何かに怯えて取り乱した。


これは恥と言えば恥だ。


今回の宴には総大将全員を呼び出す。


本来なら袁術と劉備は除外したい所だが、それでは夜姫が怯えると判断して呼び出す予定なのだが・・・・・・・・


『それを言われてはどうしようも出来ないな』


何に怯えていたのかは不明だが、もしまたあんな事が起きれば夜姫自身の立つ瀬が無い。


それに宴に招待した自分達も恥を掻く。


それは好ましくない。


しかし、このまま諦めるのは嫌だ。


『どうするべき、か・・・・・・・』


袁紹は夜姫が無言で居るため自分も答えを見つけようと考えた。


「あの、宴は何時やるのですか?」


唐突に夜姫は宴の日を訊ねた。


「え?」


袁紹は夜姫の言葉に一瞬だが戸惑いを覚えてしまう。


「ですから、宴は何時やるのですか?」


二度同じ事を訊ねる夜姫に袁紹は慌てて答えた。


「え、あ・・・明日の予定ですが」


「そう、ですか・・・出ても良いです」


「夜姫様ッ」


袁術は思わず夜姫に駆け寄って少しきつい声で言った。


狼の方は無言で夜姫に寄り添っている。


「大丈夫なのですか?また前のような・・・・・・・」


夜姫の肩に手が届きそうな距離で袁術は訊ねる。


「大丈夫ですよ。大丈夫です」


「・・・・・・・・」


袁術は二度も大丈夫と口にした夜姫を心配そうな眼差しで見て劉備達も同じように夜姫を見た。


狼もまた夜姫を下から見上げる・・・・・・・


そして袁紹は宴に出てくれるのは有り難いと思う反面で無理やり出させた感が否めないのか複雑な気分だった。


「あの、袁紹様。劉備様と袁術様も出るのですよね?」


「え、えぇ。勿論です」


「なら、大丈夫です」


また大丈夫と夜姫は言ったが、何処か声が震えている。


「・・・では、明日迎えに参ります」


袁紹は痛々しい視線を感じたのか又は自分の行動に嫌気が差したのか早々に立ち去った。


“・・・相変わらず『愚かな』程に優しいな。姫さん”


誰かの声がした。


しかし、誰にもその声は聞こえない。


“まったく。どうしてそこまで愚かな程に優しいんだ?理解できないぜ”


言葉からは本当に愚かだと思っている節があった。


“何を言うか。そこが姫君の良い所でもあるのではないか”


先ほどの声に対して反論する声がした。


だが、これもまた誰にも聞こえない。


“何でてめぇが居るんだ?”


“知れた事を。姫君を護る為に来たのだ”


“どうやって・・・なるほど。お前さんにはこちらに幾らでも眷族が居たんだな”


“眷族とは言い方が違う。我の家族だ”


“そうかいそうかい。それで、お前さんとしてはどう思う?”


“あの男もまた英雄の一人として数えられるだろう。しかし、自分で決めた割には優柔不断だな”


“史書にも優柔不断と書かれていたからそうだろうぜ”


“そうか。それで貴様としてはどう出る?”


“そうだな・・・まだそちらには行けないが『黴菌』は近付けないようにしておく”


“黴菌とは豪い例えだな。貴様も耄碌したか?”


“馬鹿言うな。まだ爺になっていない。ただ、例を上げるなら黴菌だろ?”


“確かに。我も出来るだけ手伝うが、生憎とまだ力が出せない。当分はこのままだ”


だから、説明は任せると言った切りその声は途切れた。


“ちっ・・・面倒くさがり屋が”


もう一人の声は舌打ちをしながらも誰かに話し掛けた。


“おい、劉備、それから坊ちゃんこと袁術。聞こえるか?”


『その声は道化か』


『誰だ?貴様は』


劉備と袁術は同時に声を顰めながらも放った。


“姫さんは腹を括ったんだ。お前等も腹括れ”


命令口調で喋る道化に袁術は激しい憤りを覚えた。


『誰だ?貴様は。行き成り話し掛けて来て何者だ?』


“俺は道化。劉備とは前に自己紹介をしている”


袁術は直ぐに劉備に視線を寄こし劉備は視線で答えた。


『本当です。この方とは声だけですが知り合いと言えます』


『誰だ?こいつは』


“だから道化だと言っているだろ。この坊ちゃん親父が”


『貴様・・・・・・』


“怒るな。野郎を怒らせても嬉しくない”


何処までも暢気とも言える言葉に袁術は眉間に皺が寄るのを覚えたが、何とかそれを見られないようにした。


『・・・私と劉備に何をさせたい?』


“やっと俺の話を聞く気になったか。要件は簡単だ。姫さんを護れ”


『元より夜姫様を護る所存だ。今さら何を言う』


鼻で嗤った袁術に対して道化は気にした様子も無く言葉を放った。


“んな事は当たり前だ。姫さんの胸を鷲掴みにしたんだ。責任は取れ”


さもないと爺に八つ裂きにされるぞ、と言われた袁術はその爺とは何者だ?と思ったが敢えて訊かない事にした。


“明日、宴に姫さんとお前等は出る。その時は必ず左右を固めろ。誰の手も触れさせるな”


『しかし、酌をされる時はどうすれば良いのだ?』


自分達が開いた宴の時は皆が挙って夜姫に酌をした。


更に言えば彼女もお返しとばかりに酌をしてくれた。


これは恐らく向こうにも知られているから同じことをすると思われる。


“その時はお前等で酌をして阻止しろ”


『それでは私と劉備は悪役とされるな』


“当たり前だ。お前等二人には悪役になってもらうぞ”


姫さんを護る為に、と道化は言った。


『・・・・・・・・』


袁術はこれに無言になった。


“何だ。怖気づいたのか?”


小馬鹿にしたように道化は訊いてきたが、袁術は鼻で嗤った。


“馬鹿を言うな。この身は一度死んだ身だ。夜姫様に助けられて今を生きている”


その夜姫を護れるのなら喜んで悪役になってやろうと袁術は断言した。


“ほぉう・・・勇ましい言葉だ。劉備はどうだ?”


『この身は漢王朝を復興させる為にあるが、夜姫様を護る身でもある。それに私はそなたと契約を結んだ身だ。今さら悪役になった所で問題ない。それ所か箔が付くというものだ』


“いやはや流石は劉備玄徳だ。姫さんが無意識にだが・・・あんたの下へ降りたのは慧眼の賜物だな”


乾いたような温いような笑い声を上げながら道化は最後とばかりに締めの言葉を放った。


“しっかりと姫さんを護れよ。そうすれば姫さんからご褒美が貰えるかもしれないぜ?”


そう言った切り声は途絶えた。


二人は顔を見合わせて微かに頷き合った。


それは夜姫を護る為に悪役になろうという契約だった・・・・・・


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