幕間:興味がある
今度は董卓軍の回想と言えば良いでしょうか?そちらを載せます。
それから、また私の悪い趣味もとい銃器を近い内に出そうと思います。(爆)
彼女と一緒の創作なのでもちろん許しは得ましたよ。
ただ「また出すの?」とまぁ愚痴はこぼされましたが。www
戦場から戻った華雄は身支度を整えないまま首都の洛陽にある城へと入り、出来るだけ早足である部屋へと向かった。
本来ならば自分ではない呂布か胡軫のどちらかが行うべきなのだが、生憎と2人揃って機嫌が恐ろしいほど悪い。
その状態に自分が報告しに行って下さいなんて言おうものなら自分の首が刎ねるのは明白。
それを解かっていたからこそ、自分が行くのだ。
呂布ならびに胡軫は機嫌が悪いまま自分達の部屋へと戻って行った。
戦いで疲労した兵たちなどは各々の時間を潰し始める。
「くそっ・・・こんな浅傷で俺が退却など・・・・・・・・」
呂布は鎧を脱ぎ抑えていた部分を手で退かした。
その部分からは血が出ている。
しかし、見た目ほど深くはない。
「あの小娘・・・何者だ」
誰かに答えを訊く訳でもなく呂布は独白した。
あの弓の腕前・・・・・・
騎馬に乗りながら弓を射るのは自分の産まれた場所では極当たり前の事だった。
馬を走らせながら矢も射れば立ったまま矢も射る。
しかし、使う弓は極端なほど短くて小さい。
それは騎馬で移動する民族だったから下手に大きな物では邪魔になるという合理的な理由からだ。
ただし馬の骨や皮で作った弓だから威力は申し分ない。
だが、あの弓は自分達が使っている弓より遥かに大きかった。
しかも狙いも素早く射る速さも半端ではない。
おまけに自分の方天画戟を素手で・・・片手一本で止めるなど女の身では到底できる筈が無い。
それなのにあの娘はいとも容易くやってのけ、あまつさえ自分を赤兎馬から落馬させ平手打ちまでお見舞してきた。
「・・・・胸糞悪い」
呂布はギリッと唇を噛んだ。
それを見て手当てをする者は僅かに怯えたが誰も助けてはくれない。
誰もが呂布の怒りに触れたくないのだ。
『あの女は何者だ・・・・・・・・・』
銀と紫の髪に月色の瞳などこの世の者とは思えない容姿だ。
その上で自分の武器を素手で止めるなど・・・・・・・・
「あの娘が、天の姫・・・なのか?」
もし、そうなら・・・・・・・・・・
「・・・興味があるな」
自分に対して行った事は許せるものではない。
だが、同時に自分を打ち負かしたという事実は認めざる得ない。
彼は傲慢で他者を見下すくせもあるが、個人の武に関して言うなら文句は無い。
あの娘を個人の武として興味がある。
「・・・貴様が何者か興味がある」
呂布は誰に言う訳でもなく一人傷の手当てを受けながらほくそ笑んだ。
その一方で華雄の方はと言うと・・・・・・・・・
「・・・孫堅も討ち取れず天の姫も手に入れる事が出来なかった、か」
臣下の礼を取ったまま自分より遥かに高い席に座る壮年の男の言葉に頷いた。
「はっ。孫堅に致しまして・・・後一歩でした」
言い訳だと自分で思いながらも華雄は口に出した。
「そこを邪魔されたというのだな?」
「はい。鋭い矢で大きな弓を持っておりました」
「大きな弓?」
「はい。私たちが使用している弓より遥かに巨大な弓です」
ここで初めて彼は伏せていた顔を上げて報告している人物を見上げた。
ガッシリとした体格は明らかに戦場を駆け巡った証だ。
顎鬚と口髭もまた立派な物だが、声はドスが効いておりまるで無頼の輩と思わせるような声色だった。
また瞳もまた虎のように獰猛な色が惜し気もなく出ているから更にその思いは強まる事だろう・・・・・
「はっ。それ所か・・・呂布殿が手傷を負いました」
「呂布が?」
男は一瞬だけ驚いた声を上げ周囲の者も同様の声を上げた。
しかし、直ぐに収まる。
「で、呂布はどうした」
「はっ。幸い傷は浅かったのですが、気が荒れて誰も寄せ付けないです」
「そうか・・・まぁ、仕方の無い事であろうな」
「どういう事、ですか?」
「そのままの意味よ。あの男は自分の腕に絶対とも言える自信を持っている」
その自信の通り戦場を風のように疾走し敵将を討ち取る。
「だが、その自信の大きさが傲慢を生むのだ」
華雄はその通りだと思わずにはいられなかった。
しかし、と思う。
「その自信が目の前で・・・しかも20を越えたか越えない位の娘に負けたとあっては・・・・・・・」
華雄が最後まで言う前に男は頷いた。
「自信も傲慢もそれ所か今まで積み上げてきた全てを破壊される」
だからこの目の前の男が言った事に華雄は納得した。
「それでこれからどうなさいますか?」
「ここは護りに向いていない。だが、このままでは呂布の気も収まるまい」
「仰る通りです。帰る途中で何度も言っておりました・・・・・・・」
必ずあいつの首を刎ねると・・・・・・・・
「そこよ。正直言ってわしであろうと今の奴に言えば殺されるだろう」
「何をそのような・・・・・・・」
言葉ではこう言っておきながらも華雄自身そうなる恐れがあるとは思っていた。
呂布は目の前の男---養父に対しても遠慮が無い。
彼自身強い。
だが、その強さには傲慢が含まれていると同時に容易く人を裏切るという事も含まれている。
目の前の男に懐柔されて自分を可愛がってくれた前の主を殺したのが良い例だ。
そんな呂布が怒り狂って復讐を決意している所へ撤退だと言おうものなら命の保証は養父だろうと無い。
「ですが、ここに籠るより長安へ逃げて態勢を立ち直すのが良策だと思いますが?」
「その通りだ。しかし、連合軍の方も何やら色々と大変な眼に遭っているようだぞ」
「というと?」
華雄は意味あり気な言葉に首を傾げたが、自分で考えてみる事にした。
『連合軍は孫堅軍、曹操軍、そして義勇軍しかまともに戦っていない。だが、天の姫が現れてからはどうだ?』
誰もが必死に戦っている。
それはどういう訳か?
安直ながらも答えは直ぐに見つかった。
「天の姫自身の存在が向こうにとっては活力剤とも言えますが同時に毒でもあるのですね?」
「その通りだ」
華雄の言葉に男は満足気に頷いた。
「華雄。天の姫は美しかったか?」
「はい。とても・・・流石は天の姫と納得できます」
「そうか。では訊くが、その様な女子が貴様の前に居たらどうする?」
「やはり男として凛々しく逞しく見せているでしょう・・・・・・・」
華雄自身もし彼女がこちらに居れば恐怖など忘れて戦うだろう。
ここを連合軍側に視点を変えるなら、向こうも天の姫を前に自分の格好良い所を見せる筈。
そうすれば近付けるし彼女を娶れるかもしれない・・・という下種な考え---ある意味では男として当然とも言える気持ちを抱くだろう。
「所が天の姫が降り立ったのは何故か義勇軍だ」
男の発言に華雄は頷く。
「義勇軍は孫堅軍、曹操軍と比べても勇敢です。ハッキリ言えば他の将達より勇敢とも言えます」
「だろうな。だが、世間体に言えばお荷物としか言えない存在だ」
「はい。そんな所へ天の姫が降りた・・・となれば・・・・・・」
「嫌でも義勇軍への眼差しは厳しくなる。しかし、移動したのだろ?」
「はい。袁術の陣に居ました。しかし何故か義勇軍も袁術の軍と共に居りました」
「となれば袁術の下へ身を寄せていると考えるべきだな」
「そうなりますね。理由は分かりませんが、どうお考えですか?」
「袁術は袁家の嫡男だ。だが、器は袁紹に比べれば劣る。しかし孫堅が部下に居る以上は侮れん」
袁術自身より孫堅の方が侮れないのが本当ではあるような響きだが実際そうなのだ。
「さて、話を戻すと義勇軍の下へ降りた天の姫だが周りから見ればなぜ義勇軍の下へ?と思うだろう」
「確かに。私が立場なら怒りを抑えるのに必死ですね」
華雄自身もし連合軍の一将としてその立場に立ったらそう思うだろうと想像した。
そしてこうも思った。
「・・・在らぬ噂を流したり中には協力を惜しむ者も出るでしょう」
連合軍は一枚岩でない。
誰もがこの乱世で名を上げたいと考えている。
今回の戦も建て前こそ立派だ。
しかし纏まりが無い上に自分勝手だ。
名前こそ連合軍だが実際は烏合の衆に“等しかった”・・・・・・
だが天の姫が現れた事から事態は急変した。
皆が勇敢に戦う様になり始めた。
それは天の姫が居るから。
天の姫に立派な・・・勇敢な自分の姿を見てもらう。
そうする事で自分という存在に気付いてほしいと願うと同時に自分を売り込む。
だが、それ以前に何故?と思うだろう。
なぜ義勇軍の下へ降りたのだ?と・・・・・・・・
降りた以上は仕方が無いと思うしかないが・・・やはり嫉妬する。
自分達より格下の分際である義勇軍に取られたのだから。
心穏やかではない。
つまり彼女の存在は連合軍にとって活力剤であると同時に毒でもあるのだ。
しかも強力で時間を掛けて浸透する毒だ。
この状況---天の姫が義勇軍の下に居続ければ否応なく連合軍には亀裂が入るだろう。
それも取り返しのつかないほど大きな亀裂が入る。
「天の姫を利用し内部を崩壊させるのですね」
確信を得たように華雄が言えば男は首を横に振った。
「いや違う」
「違う?」
華雄はどういう事か分からない顔で男を見た。
「我々は何もしない。何もしなくても向こうから勝手に自滅する」
「自滅?しかし、向こうは我々を撃退して勢いに乗っていると思いますが」
「そこよ。勢いに乗る。これは良い事だが、時と場合によっては悪い方角へと行く」
悪い方向へ?
華雄はその言葉が何を意味しているのか考えてみた。
勢いに乗ってこのままここを攻める。
自分ならそうする。
だが、誰が先陣を切るのか、どんな配置をするのか・・・など考えれば色々と問題が発生するのは明白だ。
何より義勇軍を何処まで連れて行くかも考えようによっては出て来るだろう。
連合軍から言わせれば義勇軍は力も何もないくせに天の姫の寵愛を受けていると映る筈だ。
そしてこのまま勢いに任せて進軍し手柄を立てたらどうなる?
腐敗していようと漢王朝は未だに健在だ。
天の姫の寵愛を受け更に手柄まで立てた義勇軍・・・どう考えても称賛するし新しい手駒として使えると思う筈だ。
ならば、ここいらで彼等を追い出すかもしれない。
しかし、そうなれば天の姫もまたどうなるか分からない。
なるほど・・・・・・・
「向こうから自滅する可能性が極めて高いですね」
今やっと目の前に座る男の言っている事が理解できた。
何もこちらが手を打たずとも向こうから勝手に自滅してくれる。
ならばここは腰を据えて待つべきだ。
下手に焦ってここを出て行けば、余計に向こうの勢いを良くするだけなのだから。
「だが、何もしないという訳にもいかんな」
「どうなさいますか?」
「そうだな・・・暫し嫌がらせ程度に陣を襲い続け奴等の逆鱗に触れるような真似をしろ」
特に義勇軍を称賛するような事をするのが効果的だろうと彼は語ってみせた。
「義勇軍を称賛すれば諸々の将達は余計に怒り義勇軍を嫉妬する」
敵からも称賛されるという行為はある意味、味方にとっては悔しいものだ。
それが義勇軍ともなれば尚更と言える。
これを聞いた華雄はこう思わずにはいられなかった。
『我が主ながら何と悪知恵が回る方なのか・・・・・・・・』
この目の前で腕を組む男は元々辺境の地に居た武将だ。
更に言えば異民族とも交流を深めもしたし戦もしてその度に戦果を上げて行き、やがては都でも顔が効くようになった。
辺境の役人からやがては都でも顔が効くようになった者が考える事は大抵だが一つの答えに導かれるのは道理と言える。
天下を物にする。
これは何も都に居る者だけが考えているだけではない。
漢王朝は既に名前だけの存在となり威信が辛うじて残っているという感じだが、それもやがては無くすだろう。
何せ王朝は腐敗に腐敗を重ね最早・・・立ち直る事など万に一つも有り得ないのだから。
この男自身も漢王朝の臣下をしている訳だが実際の所は幼い帝の背に隠れて政を行っているに過ぎない。
だからと言って全て悪いという訳ではない。
先の帝---霊帝には2人の男子が居た。
少帝と献帝という二人の皇子だが、少帝は屠殺家という卑しい出自を持つ何皇后の産み落とした子供である。
対して献帝は霊帝と先妻である王美人との間に産まれた子だ。
血で全てが決まるとは言わないが世間体の事や将来性などを考えると献帝を擁立した理由も頷ける。
献帝なら先帝の血をより濃く受け継いでいる筈だし、何皇后のような後ろ盾もまた居ないからこちらが付け入る隙もある。
この男が漢王朝を復興させるなどという無理に等しい夢を持っているとは考えられない。
もし、そんな馬鹿げた夢を持っているとすれば宮廷で狼藉の限りを尽くしたりなどしないのだから。
と言っても学者などを呼んではその話に耳を傾けるなどただの乱暴者とは言い切れない節がある。
つまる所・・・未だにこの男の本心という者が華雄自身見えないのだ。
「どうした?華雄」
「いえ。それでは態勢が整い次第・・・始めるとしましょう」
「うむ。それから天の姫の事だが何か分かり次第報告しろ」
興味があると彼は養子と同じ言葉を吐いたが二人はそれを知る由も無い。
「御意に」
華雄はそれだけ言うと主である男---董卓に一礼し部屋を辞した。
残された董卓は一人だけとなった。
「・・・孫文台、天の姫、義勇軍、か」
董卓は3つを口にし溜め息を吐いた。
孫文台---江東の虎という異名を持つ通り非常に勇猛果敢な男だ。
義勇軍は黄巾の乱で出会ったが、一目で出来る人物だと彼自身は思っていた。
『劉備玄徳・・・噂では王朝の血を引く男と聞いているが良い眼をしている男だ』
この乱世であれほどまでに腐り切った漢王朝を復興させようと心から思っている男など劉備くらいしか居ないだろう。
自分自身は別に漢王朝を復興させようなどという誇大妄想とも取れる考えは微塵も無い。
寧ろ頭からそれを否定する立場に居る。
腐った物は全て根絶やしにしなければ他に類が及ぶ。
これを董卓は知っていた。
仮に劉備が漢王朝を復興させたとしても結果は恐らく変わらないだろう。
最初こそ機能しつつも直ぐに前と同じくなり乱世に逆戻りだ。
宦官もまたこんな状況へと導いた事に対して係わっているが、根元を言えば・・・・・・・・・・・・
「・・・全ては権力と時代という計り知れない“化物”に操られているだけかもしれんな」
権力も時代も自分達では到底操り切れない代物だ。
いや、それ以前に時代がもう漢王朝を必要とせず次世代の王朝を必要としているのかもしれない。
自分自身がその次世代の王朝を築く者になれるかどうかは彼自身・・・分からない。
ただ一つだけ言える事は今の状況を打破し少しでも暴れるだけという事だ。
献帝を擁立し邪魔な者達も排除したが、それだけでは直ぐに滅んでしまう。
だからこそ彼は今を時めく名士などを呼び政を任せている。
自分の役割はあくまで戦う事であり政を行う役割は出来ないからこそ彼等に任せているのだが、やはり武官上がりの人間と蔑まされている点は否めない。
ではどうするべきか?
「天の姫を献帝と同じく擁立するしかないな・・・・・・」
天の姫は名の通り天から来た姫だ。
その姫をこちらに入れてしまえば皆、従う筈だ。
しかし、天の姫は果たして自分に従うだろうか?と思う。
「・・・わしの手は血まみれだからな」
自分の両手を見て董卓は自嘲した。
産まれてこの方・・・血を見ない日は終ぞ無かった。
来る日も来る日も喧嘩や戦で血を流してきた身だ。
そんな自分が天の姫に触れて従わせる事が出来るのか?と弱気にも思ってしまう。
「わしも歳か?」
若い奴には負ける気がまだしないと自負しているが時節こう思ってしまう時点でもう歳かもしれないと感じるのは否定できない。
「・・・まだだ」
彼は自嘲した顔を一変させた。
「まだ死ぬには早い」
人間は必ず死ぬ。
それが何時、何処で、どんな風にかの違いだ。
死というのは誰にも平等に訪れるのだが、彼自身はまだ死ぬには早いと言った。
「この戦にも完全に負けた訳じゃない。何よりあ奴等の力量を計り切っていない」
それが終わるまでは死ねない。
自分の悪逆非道は恐らく後世に残り批判され墓も暴かれてしまうかもしれない。
それは覚悟の上だ。
そんな自分をあの連合軍が・・・劉備玄徳が・・・孫文台がどう打ち倒すのか、それを見極めていない。
それを見極めてからでないと死ねない。
そう董卓は思いながらも天の姫が如何なる人物か興味は更に強まった。