第一幕:三国志の英雄
えー、長らくお待たせしました。
とは言っても、何だか自信がありません。(汗)
傭兵の国盗り物語もやっと書き始めたのですが、こちらが先に出来たので載せて置きます。
しかし・・・急展開過ぎたかな?
劇団の事務所で光に包まれて意識を失った夜姫だったが額に感じる冷たい感触で目を覚ました。
「あれ?」
眼を開けたのだが、周りは見えずに暗い。
「・・・・どういうこと?」
眼が見えない事に疑問を感じながら下から来る感覚でベッドに寝ていると理解できた。
そしてまた幼い頃から見ていた夢をみたな、と思い出す。
何処かの戦場と思わしき場所に自分は立っていた。
姿形はボヤけて見えなかったが、言葉だけは覚えている。
『我は神々にも名を知られる者。
行く手を阻む者は何人たりとも殲滅し灰も残さず焼き払う。
その眼に、その耳に、我が名を刻め。
死に逝く者よ。
我が名をその胸に刻み、死出へと旅立つが良い。
我が名は・・・・・・・・。
月国の主にして、月国の舞姫なり。
さぁ、参れ。死に逝く者達よ。
一撃で骨も残さず楽にして進ぜよう』
この言葉を夢の中で自分は口ずさんだ。
まるで台本を暗記したかのようにスラスラ口にしていた。
だが、ただ台本を暗記して言うのは簡単とも言える。
台本の内容の場面に応じて感情を露わにしたりする事が難しいのだ。
時には唾を吐き、時には涙を流して台本に書かれた言葉を言い相手に訴える。
それが演劇をする者なのだ。
あの台詞を言っている自分は威厳を持ち、相手に自分の事を知らせるように言っていたのだ。
正しく演劇をする者だった。
しかし、そこからは覚えていない。
名前の部分も覚えていない。
だが、今回もハッキリと見えたのだ。
それだけは言える事だった。
『何て名乗ったんだろう?いや、その前にどうして目の前が暗いの?眼は開いているのに・・・・・』
一度に二つの事を考えて夜姫は混乱し始めた。
「おぉ。気が付いたのですか?」
そこへかなり歳をとった男の老人の声が聞こえた。
夜姫は声がする方向を振り向く。
「御気分はどうですか?“天の姫”」
「天の姫?」
夜姫は理解できずに首を傾げた。
「はい。ん?眼をどうかしましたか?」
老人が歩み寄る気配を感じ夜姫は身を構えた。
誰だって目も見えない状況で誰かが近づけば、それこそ男なら身構えをする。
「何もしません。儂は典医です」
安心させるように言いながら老人は夜姫の両眼を見て、完全に視覚が無い事を瞬時に悟った。
「・・・・少し待っていて下さい。直ぐに戻って来ますから」
夜姫に言うと老人---典医は部屋を出て行った。
一人となった夜姫は耳を澄ませた。
外の様子が聞こえてくる。
何やら騒がしく男たちだけの声だった。
『どうしたんだろう?』
自分の眼もそうだが、この騒がしい状況は何なのだろうか?
劇団の事務所は都内から離れているからそんなに騒々しくはないし、夜姫が仕事を終えた時間は既に皆、寝ている時間帯だ。
こんなに騒々しかったら近所迷惑だと誰かが怒鳴るだろう。
『というか急いで帰って衣装を戻さないと団長に怒られちゃう』
夜姫が所属する劇団の団長は劇に対しての情熱は半端ではない。
だが、お世辞にも演技が上手いのか?と問われると・・・・・・・・
それを本人も解っている事だ。
それでも演劇に対する情熱は冷めないから性質が悪いと言えば良いだろうか?
その苛立ちを劇団員にぶつけるのだ。
特に夜姫は格好の的らしく何かしら理由を付けては怒って来る。
仕立てた服を着るのだって本来ならご法度だ。
もし、知られたらどんな事を言われるか分かった物じゃない。
最悪の場合・・・・劇団を追い出される可能性だってある。
それは避けたい。
そのため夜姫が慌てるのも無理は無かった。
そんな事を考えている内に天幕が開けられて誰かが入って来る気配を感じた。
気配は2人で、その誰かは夜姫に近づいてきた。
「目が覚めましたか?天の姫」
先ほどの典医と名乗った老人より20から30は声が若い声だった。
「あの、どちら様でしょうか?」
夜姫は戸惑いながらも男に名を訊ねた。
「これは失礼いたしました。私の名前は劉備。字は元徳です」
劉備元徳と言う名前を聞いて夜姫は驚愕した。
『三国志の英雄じゃない!!』
幼い頃から蜀の劉備を尊敬していた夜姫は驚いた。
蜀の劉備と言えば演技では主役だ。
滅亡した漢王朝を復興させる為に立ち上がり魏・呉に比べれば国力が遥かに劣る蜀を守り続けた英雄中の英雄だ。
そして義理などにも厚い人物だからこそ、彼の下に関羽を始めとした者達が集まったのだ。
「どうかなさいましたか?天の姫」
劉備が夜姫の驚いた表情にどうしたのだと尋ねてきた。
「あ、い、いえ。あの、天の姫とは・・・・・・?」
「貴方の事です。空から落ちて来たので」
「空から落ちて来た?」
夜姫は首を傾げた。
「えぇ。我らの陣まで迫った敵を追い払って戻ろうとした時です。突然、光が周りを囲みました。何の事か分かりませんでしたが、光が消えると空から貴方が落ちて来たのです」
「・・・・・・」
どういう事だと夜姫は思うが劉備は話を続けた。
「空から落ちて来た貴方を受け止めると、見た事も無い生地で作られた宮廷衣装を着ていました」
きっと天の姫が我々を応援に来たのだと諸葛亮が言い手厚く看病するようにと言ったそうだ。
今いる場所は「反董卓連合軍」の陣にある劉備達が居る陣だと説明を受ける。
反董卓連合軍・・・・三国志の中では稀代の悪人と称される董卓を討伐する為に組織された連合軍だ。
董卓は字---実名以外の名前は仲穎と言い、辺境の将軍でしかなかった。
だが後に軍事力を強め政治混乱に乗じて漢王朝第12代目の「霊帝」の息子である「少帝」を排除し少帝の異母兄弟である「献帝」を擁護し政治を牛耳った男だ。
中国では最大の罪である墓荒らしをしたと歴史書には書かれているが・・・・それは魏を建国した曹操もやった事だ。
少帝を排除し献帝を擁護したのも彼なりの考えがあったからだろうと夜姫は推測している。
だからと言って彼が清廉潔白だったとは言い難い。
捕虜を皆殺しにした、長安の女中を陵辱した、村一つを焼き打ちにした・・・・など数えたら切りが無い悪行を彼はして来た。
演技でも正史でもボロクソのように蔑まされている・・・・されるだけの事はして来たし野心もあっただろう。
しかし、彼だけがまるで悪者のように書かれるのは余り良い気持ちではない。
話を戻すと、稀代の悪人として後世では知られている董卓を討伐する為に組織されたのが反董卓連合軍だ。
董卓の非道ぶりに反発した橋瑁が各地に兵を起こすように手紙を出して集まったのが始まりとされている。
袁紹、袁術、曹操、孫堅などを始めとした者達が軍を率いてその数は正確には不明だが十数万はあったとされている。
「本来なら総大将の陣が良いと思ったのですが、まだ気絶している貴方様を動かすのはどうかと思いまして・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
劉備の説明を夜姫は無言だったが、その間考えていたのだ。
顔が見れないし、声だけで全て判断しなければならない。
劇団の悪戯かと思ったが、夜姫が知る限りこんな声の持ち主は劇団員には居ない。
それにどうも雰囲気が違う。
ハッキリとは言えないが・・・・何かが違うのだ。
それに反董卓連合軍には目の前の人物---劉備玄徳は参加していない。
しかし、目の前の人物は嘘を吐いているような口調ではない。
となれば・・・・短い思考の末、一つの答えに導かれた。
『タイムスリップ・・・・じゃなくてパラレル・ワールドに来たの?』
小説や映画でよく地球とは違う別の世界に主人公が行く設定がある。
それが自分に起きたと夜姫は思った。
それとも夢に見た事が現実と化したのか?
眼が見えない以上、信じられない。
しかし、もしも本当だとしたら大変な事だ。
「如何なされたのですか?天の姫。先ほどから黙っておりますが?」
劉備は心配そうに夜姫に話し掛けてきた。
「い、いえ。私も突然の事で気が動顚してしまいまして・・・・・・・・」
夜姫は咄嗟に言い訳をした。
言い訳をした所で事態が回復したり打開できる訳など無い。
「左様ですか。先ほど会いました典医から眼が見えないと聞きました。大丈夫ですか?」
「眼が見えていたのに突然、見えないので少し不便です」
正直に夜姫は答えた。
何故、眼が見えないのかは不明だが何れは戻るだろうと楽観的に考えていた。
「お察し致します。ですが、安心して下さい。きっと眼は見えるようになります」
『この人は本当に優しい人ね。だから、色々な人たちが集まったのも理解できるわ』
目の前の人物が本物かどうかはさておき、とても心が優しい人物と言う事は確信できた。
恐らく目の前の人物の下には色々な人物が集まるだろうと夜姫は思いながら暖かい言葉に礼を言った。
「ありがとうございます。劉備様」
「天の姫から礼を言われるとは・・・・この上ない名誉です」
劉備が笑った気がした。
「まだ、自己紹介がまだでしたので名乗らせて頂きます。私は織星夜姫と言います。劉備様。次からは夜姫と呼んで下さい」
尊敬している劉備から名前を呼ばれたいと夜姫は思い自分の名を口にした。
「・・・・織星夜姫。良い名ですね。分かりました。恐れ多い事ではありますが、夜姫様と呼ばせて頂きます」
「はい。劉備様」
夜姫は笑って見せた。
上手く笑えたか分からない。
それに欲を言えば様付けで呼ばれたくはなかったが・・・・・・・・
劉備は夜姫の純粋な笑みに心が癒されるような気持ちになった。
今は乱世だ。
誰もが己の名を、地位を、高めようと躍起になり戦争を引き起こして民達を苦しめている。
劉備自身、この乱世を利用して名を上げたいという気持ちはある。
しかし、それ以上に滅亡した漢王朝を復活させて民達を護りたいという気持ちの方が遥かに強い。
だが、現実はかくも厳しい物だ。
黄巾の乱の時も義勇軍として自分は参加したが、何処に行っても蔑まされた。
ここへ来てもそれは変わらなかったが諸葛亮の機転が働き追い返される所を、やっとの思いで一陣を任せられた。
そうは言っても陣とは名ばかりで大して価値の無い場所を任されただけだ。
それが劉備には悔しくて我慢ならなかったが、それを兵達に悟られては士気に係わる事を懸念して必死に押し隠した。
それが原因で心が荒んで行ったが、夜姫の純粋な笑顔を見ると・・・・不思議と胸の中で燻っていた物が綺麗に洗い流された気がした。
『・・・・この方の笑顔は不思議な力があるな』
劉備は眼が見えない夜姫を見ながらそう思った。
「おぉ。玄徳殿。居たのですか?」
そこへ先ほどの声の主、典医が入って来た。
「はい。いけませんでしたか?」
「とんでもない。貴方様なら天の姫に不埒な真似はしないと確信しておりますから。それはそうと先ほど諸葛亮様に天の姫が目覚めた事を伝えました」
時期に各々くると典医は劉備に告げた。
「そうですか。夜姫様。もう直ぐ、私の仲間が来ます」
「と言うと・・・・諸葛亮孔明様達ですか?」
「えぇ。皆、心優しい人物達ですので安心して下さい」
劉備は安心させるように優しい声で言ったが、ドスドスと大きな音を立て近づく音が無数に聞こえて来ると・・・・やはり不安になって来る。
「あ、あの劉備様」
「如何しました?」
「あ、あの、手を・・・・・」
劉備は夜姫に言われるままに手を出す。
夜姫は勘を頼りに劉備の手を握った。
「そ、傍に居て下さい」
大勢の者が来ると聞いて怖がっていると思った劉備は優しく夜姫の手を握ってやった。
「ご安心ください。誰も夜姫様を傷つける者はおりませんから」
「殿は天の姫に気に入られたようですね」
典医が笑う声が聞こえた。
その時、バサッと大風が吹いたように夜姫の髪が靡いた。
「天の姫が眼を覚ましたって本当か?兄者!!」
大きな声がして夜姫は思わず劉備の手を強く握った。
「益徳っ。大声を出すな!!」
劉備は夜姫の様子を見て来た人物に厳しい声で叱咤した。
『益徳は張飛の字だったから・・・・張飛様か』
夜姫は劉備の手を握り背中に隠れながら、来た人物の字を聞いて張飛と推測した。
劉備の義兄弟の一人である張飛。
義兄として慕う関羽と並び名立たる武将として有名ではあるが酒癖が悪い上に部下の扱いも些か不慣れな事もあり最後は部下に寝首を掛れて殺された。
「わ、悪りぃ。兄者」
益徳と呼ばれた声の主は怯んだ声を出して謝罪した。
「兄者の言う通りだ。少しは声を抑えろ」
益徳と呼ばれた男の声より幾分か落ち着きがあり貫禄もある声が聞こえた。
「雲長よ。諸葛亮はどうした?」
『雲長って事は関羽ね』
劉備の義兄弟であり、類い稀なる武勇と義理堅さから曹操など敵側の人間からも称賛された人物だ。
その半面で学問にも精通していた事もあり学問の神としても崇められている。
また髭が立派な事もあり「美髯公」と演技では呼ばれている。
劉備は雲長と名を呼び蜀の軍師、諸葛亮孔明の名を言った。
「あの、劉備様。いま話しているのは、関羽様ですか?」
夜姫は眼が見えない事に苛立ちを少し感じながらも確認する為に訊いた。
「えぇ。今いるのは、私の義弟で張飛と関羽です」
「兄者。天の姫はどうしたのだ?」
関羽が劉備に夜姫の様子に何かを感じ訊いた。
「それは私が説明します」
典医が関羽の質問に答えようと口を開いた。
典医から夜姫の眼が見えない事を聞かされた二人は驚いた。
しかし、夜姫にはその表情も分からない。
「前までは、見れていたんですけどね」
夜姫は小さく苦笑した。
その笑みが何処か儚げであるのを二人は見逃さなかった。
「失礼します。ご気分は如何ですか?天の姫」
部屋の中に、もう一人だれか入って来た。
声は関羽、張飛より弱いが男の声であった。
「来たか。諸葛亮」
劉備が言った人物に夜姫は、諸葛亮孔明が来たと判断できた。
諸葛亮孔明は、劉備亡き後の蜀を支えた人物とされており天才軍師と言われている。
だが、どちらかと言うと後方支援などの官僚的な面で力を発揮していると夜姫は調べた事を思い出した。
「初めまして。天の姫。私は諸葛亮孔明です」
諸葛亮が羽扇を仰ぎながら頭を下げる音が聞こえた。
「は、初めまして。織星夜姫です」
緊張しながら夜姫は声のする方向に頭を下げた。
「夜姫様ですか。良い名前ですね」
諸葛亮が羽扇を仰ぐ音を聞きながら夜姫は顔を上げた。
「っ!!まさか、貴方様、眼が・・・・・・」
「そうだ。諸葛亮。夜姫様は眼が見えない」
劉備の言葉に諸葛亮も二の次が繋げなかった。
「典医殿。失礼ですが夜姫様の眼は」
諸葛亮は典医の方に視線を向けて訊ねた。
否・・・・彼だけでなく、その場に居た者達全員が典医に視線を向けた。
「本人の前では言い難いのですが恐らく・・・・・・・・」
最後まで典医は言わず口を閉じた。
「・・・・・・・・」
夜姫は無言になった。
典医の無言は先が言えないのだ。
つまり・・・・・・・・
「もう、眼が見えないのですね」
夜姫の言葉に典医はまた無言で答えた。
眼が見えない。
それは大好きな劇も見れないし出来ない事を言われたようなものだった。
誰もが口を開けなかった。
特に劉備は必ず眼が見えるようになると励ました。
それなのに眼が見えないと典医が無言で言った以上・・・・哀しみと罪悪感が倍になった。
誰もが何と言えば良いか分からずに無言で居た。
やがて重い空気が場を支配し始めたが、思わぬ人物がその空気を吹き飛ばした。
「大丈夫です。眼が見えなくても、人は生きていけます」
本当は絶望の淵に陥っていたが、敢えて明るい口調で夜姫は言った。
「夜姫様・・・・・・・・」
劉備達は眼が見えないのに明るい声を発した夜姫に視線を向けた。
空虚な瞳でありながらも声は何処までも前向きな声だった。
「劉備様は先ほど言ったではないですか。必ず眼が見えるようになると」
「ですが・・・・・・・・」
「眼は見えるようになります。根拠は、ありませんが見えるようになります」
典医が言ったとしても、この世は不思議な事がある。
奇跡という不思議な事が・・・・・・・・
だから、眼が見える可能性は決して捨てられない。
夜姫はそう言った。
誰もが、その言葉に言葉を失った。
ここまで前向きに生きようとする女性を見た事がない。
眼が見える者が何も言えないのに、眼が見えない者がこんな言葉を言うのだから言葉を失うだろう。
『なんて健気な』
劉備はギュッと夜姫の手を握った。
「そうですね。必ず眼は見えるようになります」
夜姫の手を握り締めながら劉備は自分の心に叱咤し、また夜姫を励ますように言った。
「わしも出来る限り眼が見えるように努力いたしましょう」
典医は己の諦めの速さを恥じながら夜姫の眼を治してみせると誓った。
まだ自分が知らない薬や治療法があるかもしれない。
それを見つけ出して治すのだ。
「・・・・天の姫。この私も及ばずながら力を貸しましょう」
諸葛亮が夜姫に近付き膝を着いた。
「天下に名を轟かす諸葛亮様が力を貸してくれるのは心強いです」
夜姫は頬を綻ばせて笑った。
その笑顔は、儚くて、脆い笑顔だった。
『この娘を汚してはいけない。何があろうと、助けなくてはならない』
誰もがそれを思い、決意した。
ここから、織星夜姫の人生は大きく変わる事になった。