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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
19/155

第九幕:励ましの言葉

董卓が呂布、胡軫、華雄の3人を陽人から出撃させた情報は早朝の内に連合軍の陣内に広まった。


呂布だけでなく胡軫さらに華雄まで出撃するのだから皆は恐れ戦く。


しかし、彼等を倒せば・・・そうでなくとも1人でも倒せば名が天下に轟く事は間違いない。


恐怖と巧妙という2つの心が混ざり合いながら皆は戦闘準備に掛った。


袁術の陣もまた同じ事だった。


兵たちは鎧の結び目をきつく縛りげきや槍、弓、弩、盾などの点検をしている。


誰もが恐怖と巧妙の心が入り混ざり合っているが、やはり恐怖の方が強いのだろう。


天に向かって祈りを捧げる者・・・家族から渡された物を握り締める者・・・など様々だった。


義勇軍の方を見れば全員が無言で武器などの手入れをしていた。


彼等は怖くないのか?と訊きたいが、彼等も人間だ。


怖いに決まっている。


しかし、恐怖に打ち勝とうとしているように見えた。


自分達は義勇軍だが、天の姫が降り立ちそれを二度に渡り敵から護り抜いた実績がある。


今回も必ず何があろうと天の姫を護り通す。


そんな気持ちが彼らにはあり無言で居るのだ。


彼等は無言で天幕に眼をやった。


そこは夜姫が眠る天幕だった。


その天幕には夜姫以外の者達が居る。


夜姫を上座に据えて将達が集まっている最中だった。


袁術と孫堅は勿論だが劉備達も居る。


ただし、居るのは劉備、関羽、張飛、諸葛亮の4名だけでどうしても袁術や孫堅に比べれば全てにおいて見劣りしてしまう。


将たちの中にはなぜ義勇軍が?と目くじらを立てる者も居たが、袁術が咳払いをすると慌てて夜姫に視線を戻した。


「夜姫様。今日の戦は呂布が出ます」


袁術は夜姫に呂布の存在を伝えた。


「飛将と言われる呂布ですよね?あの一日を千里で走り切ると言われる駿馬“赤兎馬”に乗っているのですよね?」


夜姫の言葉にはそんな人物を相手に勝てるのか?と暗に問い掛けているのを袁術ならびに劉備は知っていたが敢えて言わなかった。


彼女の言いたい事は解かる・・・だが、ここで逃げる訳にはいかないのだ。


「呂布だけでなく更に胡軫と華雄も出撃しています」


答える代わりに更に2人追加する袁術に・・・・・・・


「・・・・・・」


夜姫は何も言わなかった・・・言えなかったのだ。


3人とも董卓の配下である将で腕利きの猛者だ。


特に呂布は三国の中でも一番強いと言われる程の実力者で愛馬の赤兎馬もまた名馬として知られている。


「董卓の狙いは・・・貴方様です」


袁術は無言の夜姫に対して董卓の狙いを伝えた。


「私が、天の姫だから・・・ですよね?」


もう嫌になったと夜姫の声には含まれていた。


誰だって天の姫という理由で近付き、気に入られようとしている。


それを夜姫は嫌というほどここに来てから体験しているから董卓が狙っていると言われても驚かなかった。


寧ろ諦めているように感じる。


「夜姫様。お辛いでしょうが我慢して下さい。そして願わくば・・・我々に貴方様の加護を」


「私の加護?」


夜姫は袁術の言った言葉が理解できなかった。


「はい。天の姫である貴方様の加護を・・・そうでなくとも励ましの言葉を言って下されば我々は全力で・・・いえ、それ以上の力を発揮します」


袁術の言葉にその場に居た将達は頷いた。


「・・・・・・・・」


無言になる夜姫だが、内心では疑問を覚えていた。


『私なんかが励ましの言葉で良いの?』


自分はただの大学生で天の姫などではない。


だが、それを言った所で目の前に座る者達は信じないだろう。


それよりも自分が励ましたからと言って必ず生きる訳ではない。


殺される可能性だってある。


それなのに励ましの言葉など掛けた所で焼け石に水だ。


寧ろ・・・彼等を失望させるのでは?という気持ちが強かった。


『どうすれば良いの・・・・・・・・・?』


誰か教えてくれ、と夜姫は助けを乞いたかった。


そこへ・・・また夢で見た光景が頭の中に浮かんだ。


自分の前には大勢の兵たちが直立不動で立ち、自分の言葉を待っていた。


総大将である自分は迷っていた・・・・・・・・


自分が何かを言った所で彼等の内・・・誰かは確実に死んでしまう・・・無論自分だって死ぬかもしれないが彼等の方が確率的には高い。


死神の手に持たれる鎌で殺されてしまうのだ。


そんな彼等に励ましの言葉など掛けて何になる?


だからと言って何も言わないでおけない。


何を言えば良い?


頭の中に浮かんでくる“昔の自分”と今の自分は同じだった。


ただじっと前を見つめ考えている。


何かを迷っている時は髪を右手で撫でる仕草は瓜二つだ。


考えに考えた末・・・放った言葉は・・・・・・・・


「・・・私が貴方達の魂を抱き締めて上げます。獅子奮迅をした者には私から口付けを差し上げましょう」


ずっと考えて考え抜いて放った言葉はこれだった。


励ましの言葉など彼等に言った所で無意味。


ならば、彼等が勇敢に戦えるように・・・死んでも悔いが残らないような気持ちになれる言葉を放とう。


そう想いあの言葉を言った。


言葉を放つと夜姫の空虚な眼差しが・・・金色へと・・・“月”の色へと変貌し纏っていた気が急激に変化した。


声も先ほどまで怯えていたのが嘘のように凛としており、同時にとても重みがあり説得力があり聞く者を魅了した。


『この気は・・・・・』


袁術はこの気に覚えがあった。


敵に斬られ死にそうな自分へ夜姫が手を差し出して言葉を放った時の気だ。


月の瞳もまた同じだった。


劉備達もまた夜姫の様子が可笑しい事に気付いて近づこうとしたが、夜姫は更に言葉を紡ぎ続けた。


「貴方達の内何人かは・・・兵達も幾人・・・幾万と死んでしまうでしょう。それが戦争と言葉では簡単に言えますが、現実はそんな簡単な物ではありません」


言葉では戦争なのだから人が死ぬのは当たり前、と簡単に言える・・・表せる。


しかし、現実はこんな簡単な事ではない。


剣で、槍で、矛で、弓で、斧で、メイスで、ハルバートで、フランベルジュで、銃で、手で、足で、馬の蹄で・・・・・・・肉片と化すのだ。


身体から血が溢れ出て大地を赤く汚し、親しい者達の眼からは留め無く涙が溢れる。


そして互いに憎しみ合う。


どちらかが倒れるまで・・・どちらかを倒すまで戦い続ける。


それが戦争なのだ。


「死んでしまえば肉体は滅び何れは消滅してしまいます。親しい者たちは泣き崩れます。そして何れは名すら忘れ去られてしまうでしょう・・・・・ですが、魂は何時までも残ります」


肉体は滅ぶが魂は永遠に不滅。


ならば・・・・・・


「私が戦場で散って逝った魂---“エインヘリャル”たちは全て抱き締めましょう。そして私の治める都---“グラズヘイムのヴァルハラ”に勝るとも劣らぬ都へと連れて行きましょう」


戦場で死んでしまい不幸と言う者も居れば本望という者も居るだろう。


そんな者達も全て・・・全員を自分が抱き締め都へと連れて行く。


それが自分に出来る償いだ。


「誓って言います。貴方達が戦死したら・・・その将としての魂は私が抱き締めて上げます」


恐れても良い・・・寧ろ怖がりなさい。


生きたいと思いなさい。


故郷に愛しい者が帰りを待っているというのならその為に戦いなさい。


それでも・・・死んでしまったのなら私が責任を持ち都へと連れて行きます。


それが私に出来る貴方達への恩返しであり罪滅ぼしだから・・・・・・・・・


『おぉぉぉぉ!我らが姫君の為に!我らが舞姫の為に!我らが主の為に!!』


最後まで言い終えた夜姫の頭には兵たちの雄叫びが木霊していた。


兵たちは武器を掲げ自分に対して声を上げて叫んでいる。


・・・そして戦場へと向かったのだ。


「お・・・おぉ・・・・・・・」


誰かが掠れた声で口を開くと連鎖反応の如く他の者たちも口を開いた。


『お・・・おぉ・・・おぉぉぉぉ!!』


皆は口を揃えて手を高々と掲げて雄叫びを上げる。


その雄叫びは出撃した敵軍の最奥にまで聞こえるほど凄まじい雄叫びだった。


敵の最奥にまで聞こえるほど凄まじい雄叫びだから味方の方は大地震でも起きたかのような錯覚した。


「皆の者、聞いたか?我々は例え死んでも夜姫様に抱き締められ都へと誘われるのだ。例え死んでも悔いはあるまい?何を恐れる?」


袁術は腰を上げ将達に向かって問い掛けた。


「否!何も恐れる物は無い!!」


『何も恐れる物は無い!何も恐れる物は無い!!』


将達は袁術の言葉に叫び返す。


「出陣だ!!」


袁術が剣を抜き入口を指すと将達は勢いよく出て行った。


天幕に残ったのは袁術と劉備だけだった。


「・・・夜姫様」


上座に座り些か顔を紅潮させる夜姫に袁術は声を掛けた。


「わ、私・・・・・」


夜姫は自分が何を言ったのかよく理解できていない顔をしていた。


月の瞳も元へ戻り雰囲気も戻っている。


その様子を見て2人は安堵した。


「何も言わないで下さい。貴方様の言葉で将達は奮い立ちました。それで良いのです」


例え彼等が死んだとしても彼等はそれを本望とするだろう。


貴方様が抱き締め都へと誘うのだから。


「でも・・・・・・・・」


「夜姫様。袁術殿の言う通りです。貴方様は将達を叱咤激励しました。それに自信を持って下さい」


そして・・・待っていて下さい。


「私は貴方様を護ります。義勇軍もまた同じです。彼等もまた貴方様の言葉を聞き奮い立っております」


相手が呂布だろうと彼らなら倒せる・・・討ち破れるだろう。


「夜姫様はここでお待ち下さい。必ず帰って来ますから」


そう言って劉備は天幕を後にし袁術もまた劉備と同じ言葉を述べて天幕を出て行った。


一人残された夜姫は一体なんであんな言葉を言ったのか?


しかも、ヴァルハラに勝るとも劣らぬ都へと誘うとは?


ヴァルハラは北欧神話に出て来る都だ。


地上で一番見事と言われる宮殿であるグラズヘイム---喜びの世界にある。


戦で戦死した者達をヴァルキュリア---戦乙女が連れて来てラグナロク---“神々の黄昏”に備える為に用意されたのがヴァルハラだ。


ヴァルハラとは戦死者の館を意味する。


そんな所に勝るとも劣らぬ都とは一体・・・・・・・


「私は・・・一体・・・・・・・誰なの?」


誰も居なくなった天幕に残された夜姫は自分が何なのか分からなくなった。


“今はそれで良いんだよ。姫さん”


誰かの声がした。


しかし、誰にも聞こえない。


“今は、大いに悩みな。自分が何者なのか?一体どうしてここへ来たのか?”


大いに悩み考えろ。


“何れ答えは自然と出て来る。だが、今はまだその時ではないんだ”


その時が来るまでは大いに悩み考え続ける。


“今回もまた無茶をさせるが・・・姫さんなら大丈夫だ”


彼等が・・・英雄たちが居るのだから。


“俺達はまだここには来れない。だから、あいつ等が俺たちの代わりとなる”


英雄と言われる彼らだが・・・今の彼らでは些か役不足かもしれない。


“だが、姫さんが居ればあいつ等は変われる・・・いや、変わる”


今は2人だが・・・・・・・・・・・・


“後1人・・・いや、後2人は変わる。この時点での話だが”


それはこれからもまた増え続けるという事か?


“あいつらかが変わる鍵は姫さん自身が持っている”


例えて言うと彼等は鍵穴だ。


その閉じられた扉を開くには鍵が必要だ。


“鍵は姫さん自身。少々危ない眼に遭うだろうが姫さんなら大丈夫さ”


理由は・・・・・・・


“賭け事に関してはここぞという所で運に恵まれているからな”


声の主は昔を思い出すかのように懐かしい口調になった。


“俺も含めて皆口を揃えてこう言ったぜ”


『姫様と賭け事をしてはいけない。身包み全て剥がされてしまうから』


“その通り・・・全員を素っ裸にしたからな”


あれは酷かった、と声の主は笑い出した。


“嗚呼・・・懐かしいぜ。また昔のように姫さんと戯れたいぜ”


皆がそれを願っている。


“あの糞餓鬼が余計な事をしてくれたせいで姫さんの覚醒が遅れたが・・・今度は問題ない”


一度目はあの糞餓鬼と称する者が余計な事---愚かな行為をしたせいで無駄に終わったが、今度はその者は居ない。


“姫さんは未だに糞餓鬼を大事に想っているようだが・・・直ぐに忘れるさ”


何故ならここでの戦い---連合軍と董卓軍の戦いが終われば・・・・・・・・・


“三国の時代へと突入するからな。龍の坊ちゃんには契約通り茨の道を歩んでもらうが、それで良いんだ”


しかし、それは既に想定内の事であの契約は言わばそれを確実に歩ませるためであり確認の為でもあった。


“いやはや人間なんて欲の皮が突っ撥ねた獣だと思っていたが龍の坊ちゃんは例外だな。そこを見込んで落ちた姫さんも流石だ”


恐らく未だに力が完全に芽生えていないから無意識だろう。


だが、それでも誰が一番良いかを見極めるその慧眼・・・見事と言える。


“龍の坊ちゃんは蜀を建国する。そこで『坊や』と出会う。そうすればあんな糞餓鬼なんて直ぐに忘れるさ”


仮にこの舞台に入って来ても・・・・・・・・・・・・・


“しかし、分からないな。どうしてあんな何処にでも居るような凡人を好きになるんだ?姫さんがその気になれば世の男共を全員物に出来るというのに”


声からは信じられない又は趣味が悪いと言わんばかりの色が含まれていた。


よくもまぁ、他人の好みに対してこうも口酸っぱく---毒を吐けるものだと聞く者は思うだろう。


“まぁ、他人の好みは解からないが気を付けろよ?あんな凡人の権化みたいな男を好きになったんだ。他の野郎共もとい女も含めて黙ってないぞ?”


過去にもそんな事が起こったのだろう・・・声から察するにかなり苦労したようだ。


“爺なんて『姫様が結婚するなら腹を切る』と言って憚らなかったんだ。今回もそうなるぜ?いやもっと酷くなる可能性があるな”


それを思うと心労で倒れそうだと声は言いながら最後とばかりにこう言った。


“まぁ、頑張ってくれ”


その言葉を最後に声は途絶えた。


それとは別に合戦の合図である太鼓が鳴らされた。


陽人の戦いが始まったのだ。


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