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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
14/155

第五幕:姫君の言葉

「・・・・申し訳ありません!!」


劉備が指揮する義勇軍の天幕の中では袁術が地面に頭を擦りつけて何度も謝っていた。


謝っている相手は言わずとも分かるが夜姫だ。


夜姫本人は典医に背中を撫でられながら俯いていた。


その傍らに劉備と諸葛亮が控え、夜姫を護るように関羽と張飛が仁王立ちで土下座する袁術を睨んでいる。


「や、夜姫様が、風呂に入っているとは知らず・・・・・・・・」


袁術は土下座していた顔を上げた。


その顔には・・・赤い紅葉が咲いていた。


それを見て張飛は笑いそうになったが、それを必死に抑え我慢した。


先ほどの出来事は不可抗力と言えば不可抗力だ。


だが、物事そんなのは言い訳に過ぎないと断罪されるのが世の常と言える。


夜姫の悲鳴は陣内に広がり、皆が一斉に駆け付け泣く夜姫と赤い紅葉を咲かす袁術が居るのを見た。


それで直ぐに皆は袁術を吊るし上げようとしたのは言うまでも無い。


しかし、仮にも総大将である袁術を吊るし上げにするのは不味いという事で、この事は他言無用と劉備が緘口令を敷き陣内で事を治めた。


だからと言ってそれで袁術が何の罪も問われないというとそうではない。


現在、袁術は夜姫に平謝りをしている。


袁術としては人生最大の失態と言えた。


あろう事か天の姫の胸を掴むなど布越しとは言え言語道断だ。


本来な極刑と言われても文句一つ言えない。


「夜姫様ッ。誠に申し訳ありません。で、ですが、誓ってこの袁術。決して貴方様の・・・その、あの・・・・・・」


「もう・・・良いです」


夜姫は静かに袁術の謝罪を遮った。


「あれは・・・・・・不可抗力だと割り切ります。袁術様も・・・反省しているようですし、私も・・・お返しをしましたから・・・・・・・・」


これには皆が驚いた。


普通こんな真似を幾ら不可抗力とは言え、怒り浸透で極刑を与えても良い筈なのに。


「や、夜姫様・・・・・・・・」


袁術はまるで罪を許す聖母を前にした罪人のように夜姫を見上げた。


「・・・今度からは気を付けて下さい。それから他の人たちと協調性を持って下さい」


さもないと何れその性格が仇となり誰も助けてくれない、と夜姫は断言した。


「私の知り合いも貴方のような性格で身を滅ぼしました」


それが嫌なら改めろ、と夜姫は続けた。


「それに私はその性格が嫌いです」


袁術は罪を許されたとばかり思っていたが、性格を改めろと説教をされて頭を垂れた。


「・・・努力します」


「そうして下さい。そうすれば、貴方自身の為になります」


そう言った夜姫の声には厳しく接し成長させようとする母親のような温かさがあると彼は知った。


彼の母親は自分をこの世に産み落とした存在で俗に母親と言える立場にある。


だが、愛情という物は何一つ与えられていない。。


だから、どんな物が愛情なのか?と幼い頃は考えたものだ。


もし、夜姫のこの温かさが愛情と言うのなら・・・・・・・・


『貴方様は・・・・女神です』


皆を産み、その広い心で優しく抱き締めてくれる地母神という名の女神だ。


母親の愛情を得ずに育ち、何一つ困らずに生きて来れたが愛情には飢えていた。


人一倍。


だからこそ、ああいう性格になったのか?と問いたくなるが。


袁術はたった一言の言葉で夜姫に心奪われた。


初めこそ天の姫であり外見も申し分ない夜姫に心奪われたが、それは利用価値があるからというだけの事。


ただ美しいから心奪われただけ。


一時の感情で、だ。


しかし、今は違う。


堪らなくこの娘が愛おしくなった。


この娘の為ならば、どんな事も成し遂げようとさえ袁術は想っていた。


たった一言の言葉で・・・・・・・


「夜姫様・・・私は・・・・・・・・・」


袁術は何かを言おうとした。


その時・・・・・・・・・・


「敵襲!!」


兵の一人の叫び声がした。


「!!」


この叫び声に誰もが気を張り巡らせた。


「夜姫様ッ。ここに居て下さい」


劉備は夜姫に天幕から出ないように言うと急いで天幕から出て行った。


袁術はどうするべきか迷った末に夜姫の傍に居る事にした。


ここは自分の陣ではないから部下は誰も居ない。


そしてここには誰も居なくなったのだ・・・夜姫だけを除いて。


「夜姫様・・・この袁術が傍に居ります」


袁術は夜姫に近付き、安心させるように語り掛けた。


「袁術様・・・・」


夜姫は袁術の名を口にした。


先ほどまでの態度とは打って変わり怯え切っている。


「貴方様は私がお護りします」


「でも、私は、貴方を・・・・」


「貴方様に対する償いとも取れますし、天の姫であるからとも取れる事でしょう」


夜姫が言いたい事は分かる。


自分を嫌っているし、そんな自分に酷い台詞を投げた。


そんな自分を護ってなどと言える訳が無い。


袁術自身も夜姫を利用しようと言う後ろめたさの気持ちがあったのは否定できない。


事実、夜姫には自分を助けて株を上げようとしているのでは?という疑惑の色が僅かに込められていた。


「・・・今はこの袁術に何も言わず、その手を差し出してもらえませんか?」


私を嫌っていても構わない。


利用しようとしていると思っても構わない。


しかし、この場だけはどうかその嫌っている男に手を委ねて下さい。


そうしなければ貴方を護る事は叶わない。


「お願いします」


袁術は彼女に頼んだ。


懇願に近い頼み方だった。


「・・・私を護って下さい」


夜姫は袁術の言葉に動かされる形で右手を差し出した。


「命を掛けて貴方様をお護りすると約束します」


夜姫の手を握り袁術は堅い声で告げた。


『・・・貴方様を護り死ねるのであれば、それもまた本望と言えます。最後になってからですが・・・貴方は私に、温もりという物を・・・愛情という物を教えて下さった』


その貴方を護り死ねるのなら価値はある。


戦う価値はある。


この娘を護り討ち死にすれば死後は英雄として祀られるだろう・・・などという下種な考えは思い浮かばなかった。


天幕の外では槍などが交わる音と悲鳴と叫び・・・血の臭いがする。


『・・・・本当に戦場、なんだ』


改めて自分の来た世界に戦慄を覚えた。


だが・・・何故か懐かしい気持ちも覚えた。


『・・・わたしは、この場を・・・知っている・・・感じている・・・・・』


幼い頃から見る夢。


そこは戦場だった。


そこに自分は居た。


それを懐かしんでいる。


『私は、一体・・・・・・・・・・』


天幕が引き裂かれる音と共に大勢がなだれ込む音がした。


「夜姫様ッ」


袁術が夜姫を背に隠し剣を抜く音がする。


一斉に襲い掛かる気配を感じると同時に刃がぶつかる音がする。


眼が見えない夜姫は誰が敵で味方なのかも判らずただそこに居るしか出来ない。


だが・・・・・・・・・・・


「ぐわっ」


聞き覚えのある声がした。


斬られる音と共に・・・・・


・・・“頃合いだな”


誰かの声がすると同時に夜姫は目の前の光景が見えた。


ここに来てから初めて眼に入ったのは血を流し倒れる男の姿・・・・・・・・


「や、夜姫、様・・・・お逃げ、下さい・・・・・・」


男は鎧から血を流しながらも夜姫に逃げるように言った。


「袁術様・・・・・・・」


声で袁術だと判り夜姫は彼に近付き、血で濡れた鎧に手を当てた。


かなり深く斬られており息も荒い。


血で手が、服が汚れるのも構わず夜姫は袁術の血を止めようと必死になった。


「ほぉう・・・上玉じゃねぇか」


下種のように薄汚い笑い声が聞こえて振り返れば兵士が一人いた。


手には血を吸った剣が握られている。


「・・・貴方が、袁術様を・・・・・・」


「あぁ。そいつの首とあんたを持ち帰れば報酬は思いのままだ」


兵士はケタケタと笑いながら夜姫に近付いた。


身体が熱くなるのを夜姫は感じると同時に頭に幾つもの光景が浮かんでは消えて行く。


『・・・様ッ』


男が自分の名を叫ぶと同時に槍で貫かれた。


背後を見せていた自分の不手際で・・・・・・・


それでも彼は自分の名を呼び、逃げるように言った。


自分はそれに対して逃げずに彼を傷付けた敵を睨み据えた。


その光景が今の光景と重なる。


「よくも・・・さない・・・・さない・・・さない・・・」


夜姫は聞き取れない声を発しながら立ち上がった。


「ん?どうした?今度はお前さんが相手でもするのかい?」


兵士は夜姫に向かって左手を伸ばした。


“己が犯した罪を知らないまま死ね”


また誰かの声がした。


それと同時に兵士の首が宙を舞い、地面に転がり落ちた。


首を無くした身体からは血が大量に噴き出し夜姫を全身に掛ける・・・・・


まるで赤い雨だ。


袁術は自分を切った敵兵の首を見たが、その顔に驚いた。


自分が死んだ事に気付いていない顔だった・・・・・・


つまり自分が斬られたという感覚を与えない速さで斬ったという事だ。


「夜姫・・・様・・・・・・・・」


袁術は彼女の名を呼んだが、彼女はそれに反応しない。


そんな夜姫の手には大きな両刃の剣が握られていた。


柄は錆ついた銀で鍔の部分は平行に伸ばされただけという極めてシンプルな剣だった。


だが、剣からは炎が出ている上に柄の下には鎖があった。


「・・・さない・・・さない・・・さない・・・許さない」


柄を力強く握り締める夜姫は顔を上げた。


・・・・金色に瞳が輝いていた。


「・・・よぉぉぉぉくぅぅぅぅぅもぉぉぉぉぉぉ“私の家族”を傷付けたなぁぁぁぁぁ!!」


地面を揺らすほどの大声に誰もが戦う事を止めた。


声の方向は夜姫の居る天幕からだった。


『夜姫様ッ』


劉備は敵兵を剣で斬り伏せると急いで向かおうとした。


しかし、その前に天幕が弾け飛んだ。


まるで紙切れのように散り散りとなり宙を舞ったが・・・燃えて無くなった。


消えた天幕には血を流す袁術と炎を宿す剣を握る夜姫が居た。


夜姫の身体は青白い炎に包まれており、瞳には怒りが宿されていた。


誰もが夜姫の姿に眼を奪われ見つめていた。


「貴様ら・・・よくも私の部下を・・・家族を傷付けたな・・・・許さない。何人たりともこの場から生かして帰さん。全員・・・我が剣の錆にしてくれる。さぁ、参れ!我が首を取れば報酬は思いのままぞ!!」


夜姫の声に敵兵はまるで砂糖菓子を見つけた蟻のように走り出した。


それを劉備達は止めようとしたが、皆、一瞬にして消し飛んだ。


たった一振りで全員が塵と化したのだ・・・・・夜姫が剣をたった一振りしただけで・・・・敵だけ綺麗に消滅させたのだ。


「夜姫様・・・・・・・!!」


それに唖然とした劉備だが急いで夜姫の傍へ走り寄ったが、他の者もまた同じだった。


急いで夜姫に近付くと、彼女は袁術に跪いていた。


「・・・どうして、こんな馬鹿な真似をしたのよ・・・・・・」


夜姫は劉備達には眼もくれず袁術に質問を浴びせた。


真っ直ぐに袁術を見つめる夜姫の・・・月の瞳は哀しんでいた。


「や、夜姫、様を、護れるのなら・・・・死んで本望です・・・・・・・・・ご無事で、何よりです」


袁術は血を大量に吐きながらも笑ってみせた。


皆はその笑みを見て、もう長くないと思った。


『美しい・・・・・・・』


袁術は夜姫を見て嘆息した。


己が血で汚れているのに、彼女は美しかった。


剣を一振りしただけで目の前の敵を一掃してみせた夜姫。


その姿は、戦いの女神と言える程までに凄烈にして苛烈・・・しかし、今は自分に手を差し出す慈悲深い女神に見えた。


「馬鹿。何が死んで本望よ・・・死んだら終わりでしょ?・・・生きて、私を護ってこそ本望と言いなさいよ。馬鹿・・・・・・・」


夜姫は袁術の言葉を否定した。


二度も馬鹿と言われた袁術だが・・・それでも嬉しかった。


こんな言葉にも温かさが含まれていたから・・・・・・


「は、ははははは・・・今度、また生まれ変わったら、そのように言いましょう・・・・・」


もし、人間に生まれ変わり夜姫と出会えたら、の話だが。


「貴方が生まれ変わる必要は無いわ・・・私“だけ”で良いのよ」


貴方達を護れなかった私だけが輪廻転生を行い苦しみを味わうので十分。


その言葉に誰もが耳を傾けた。


尚も彼女は語り続けた。


貴方は・・・貴方達は生きて、私の帰りを待っていて・・・・・・・・


「そうすれば、またこうして巡り逢えるのだから。・・・違うわね。私が、貴方に・・・貴方達に逢いに来たのね」


今度は誰も・・・全員を救って幸せになりましょう。


夜姫はそう言うと袁術の傷口に手を伸ばすと何かを流し込んだ。


身体から放たれるそれは・・・・・・・・・


「気だ・・・・・・」


典医は夜姫の行っている所を見て呟いた。


「気ですと?」


諸葛亮が典医に訊ねた。


「はい。気を相手に流し込む事で傷を癒すんです」


しかし、それが出来るのは極僅かな者だけ。


その者達は仙人などと謳われる者達だ。


気を流し込まれた袁術はみるみる傷口を癒し生気が満ちてきた。


反対に夜姫は汗を流し倒れそうだった。


“まだ早過ぎたか”


誰かの声がしたが、誰も聞こえずに終わった。


袁術の傷が癒えると夜姫は倒れた。


剣もまた消え、夜姫の気も消えてしまった。


「夜姫様ッ。しっかりして下さい」


劉備は夜姫を抱き起こし名を呼んだが、夜姫はグッタリとして眼を開けない。


対称に袁術は身体を起こし、傷が癒えている事に驚いた。


「こ、これは・・・・・・・・・」


自分は敵に深く斬られて死のうとしていた。


それを助けたのは目の前で眼を開けようとしない夜姫だ。


「何をしている直ぐに夜姫様を寝かせて薬師を呼べ。私の代理と言って呼べ。速くしろ!!」


袁術は近くに居た義勇軍に向かって命令をすると急いで寝かせられる準備を始めた。


その様子を見て劉備達も倣った。


『夜姫様、どうか眼を開けて下さい・・・・・』


袁術は夜姫に語り掛けながら、夜姫の言葉を思い出した。


今度は・・・・・全員を救い、幸せになりましょう・・・・・・・・・・・


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