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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
反董卓連合軍編
13/155

第四幕:姫への送り物

何やら良い香りが鼻を擽り夜姫は目を覚ました。


眼を開けているのに視界は暗い。


最初こそ深い絶望に見舞われたが、今はもうそれを覚えない。


寝台に寝かされていると知った夜姫は上半身を起こした。


「私・・・・・・・・」


夜姫は袁紹の天幕で自分が何を・・・どんな事をしたのか思い出した。


曹操の本心と思われる声を聞いて恐怖に駆られたのだ。


そして取り乱した。


・・・あの気は曹操の気だ、と夜姫は思った。


まるで燃えるように熱い気だった・・・自分を燃やし尽くすほど熱い気で思い出すと頭が痛くなった。


「頭、痛い・・・・・」


夜姫は額に手を当て、曹操の事を考えるのを止めた。


すると頭痛は止み元に戻った。


「・・・曹孟徳・・・・・・」


夜姫は、出来る限り曹操と会わないようにしようと思った。


「おぉ、目が覚めましたか。夜姫様」


天幕を開け典医が入って来るのを夜姫は気付いた。


「はい。あの、私・・・・・・・」


「それは後でお話しましょう。ですが、今はどうぞ外へ」


典医は夜姫の質問を保留にし、夜姫の手を取った。


「外に何かあるのですか?」


「えぇ。夜姫様が喜ぶ物です」


『私が喜ぶ物?』


夜姫は典医の言葉に首を傾げるしかなかった。


典医に連れて行かれて外に出た夜姫を太陽の光が照らす。


その光で夜姫の紫が少し掛った銀髪が怪しい光を放ち遠い所まで照らす気がした。


「典医様。一体何処へ?」


天幕からかなり離れた場所に連れて行かれる気がしたので夜姫は不安になり始めた。


「もう直ぐ着きますからご安心を」


典医は夜姫を安心させるように言いながら歩き続けた。


どれくらい歩いたのかは不明だが、だんだん心落ち着く香りが強くなってきた。


『何の匂いかな?花の香りに似ているけど・・・・・・・・』


夜姫はまったく分からずにいた。


こんな時に眼がみえれば、と思うが・・・・・・・・


「夜姫様。ご気分は如何ですか?」


思考している夜姫に劉備の声がした。


「劉備様・・・・・・・・」


夜姫は劉備の声を聞くと心が落ち着くのを感じた。


「ご気分は如何ですか?」


もう一度、彼は訊ねた。


「あの、私・・・・・」


「昨夜の事なら大丈夫ですよ」


些か驚きましたが、と劉備は言い夜姫の言葉を遮った。


「すいません・・・・どうしてかは分からないんですが、急に怖くなって・・・・・・・・」


「それは・・・曹操殿が話して来てから、ですか?」


「・・・はい」


夜姫は劉備が出した人物の名に頷いた。


「あの人の声が聞こえたんです。頭の中に・・・・・・・・・」


外では安心させようとしていたが、内では自分に何かしようとしている、と夜姫は言った。


「大丈夫ですよ。この劉備がお傍に居りますから」


劉備は夜姫に優しい声で語り掛けて安心させようとした。


「それより湯の準備が出来ましたよ。夜姫様」


「湯の準備?」


夜姫は首を傾げた。


この時代、湯に浸かるのは極稀の筈だ。


何よりここは戦場だ。


そんな所で湯など用意できるのか?と疑問を抱かずにはいられない。


「あのどうやって湯を?」


「雨が昨夜、降り始めたんです」


自分に湯に浸かせようと思い風呂を作っていた矢先に雨が降り急いで作り上げて溜めた、と劉備は答えた。


これに嘘は無い。


昨夜、風呂を作っていた途中に雨が降った。


その雨は普通の雨と違い劉備達が作った風呂にだけ降っている。


これには茫然としていたが道化と名乗る者の声がした。


『雨を降らせてるだろ?』


劉備は直ぐに良く出来るな、と言ったが道化はそれを鼻で嗤いこう言った。


『湯を沸かす時間が惜しいから温めておいたぞ。姫さんが好む温度だ』


そこまでするとは、しかも夜姫が好む湯の熱さまで知っているのだから些か引いてしまうのは言うまでも無い。


話を戻すと、あっというまに温かい湯が風呂に溜まったので典医が夜姫を呼びに行ったという訳だ。


「私のような娘の為に・・・・ありがとうございます」


夜姫はここまでしてくれる劉備に感謝の念を伝えた。


「いえ。これも皆、夜姫様の人徳が成した事です。それから生憎と女性は居ないので不便だとは思いますが、お一人でお願いします」


劉備は申し訳なさそうに言ったが夜姫は少なからずそれに安堵した。


羞恥心もあったが・・・それ以上に見られたくない理由があったから・・・・・


「さぁ、どうぞ。夜姫様」


そんな夜姫に気付かず劉備は彼女を風呂へと案内した。


「周りを布で隠しておりますからご安心ください」


布を上にあげる音で確認しながら夜姫は言葉に頷いた。


布を潜り、中に入ると適度な熱さの湯気を感じた。


「では、ゆっくりと身体を癒して下さい」


「ありがとうございます」


夜姫は劉備に礼を述べて、彼が出て行くのを音で確認してから服を手探りで脱ぎ始めた。


と言っても夜姫がデザインした服は脱ぎ易いようにしてある。


演劇では常に同じ服を着て演技するとは限らない。


時には直ぐに着替えたりする事だってある。


今回の演劇に関してもそうだ。


だから、直ぐに脱げるように帯一枚で直ぐに脱げるようにした上に直ぐに着替えられるようにもした。


『我ながら良い出来だと思うわ』


自分で言うのもなんだが、それなりに出来ているなと夜姫は感心した。


帯を解き、服を脱いだ夜姫は手探りで丁寧に畳んで左腕に巻いていた包帯を解いた。


それから首に掛けていたネックレスを取り手探りで風呂を探した。


直ぐに手に堅い木の部分が当たって、風呂だと判った。


足を上げて中に入ると温かい・・・夜姫が好きな温度だった。


「はー・・・・・・・」


肩まで浸かり夜姫は軽く息を吐いた。


「夜姫様。湯加減はどうですか?」


劉備の声が布越しに聞こえてきた。


「・・・ちょうど良いです。おまけに香水みたいに綺麗な香りがして・・・気持ち良いです」


劉備の質問に答えながら夜姫はまた息を吐いた。


「気持ち良い・・・・・・」


夜姫は湯の中で身体を洗いながら空虚な眼差しを閉じた。


風呂に入れるなど夢にも思っていなかった。


実際、風呂に7日間も入れなかった夜姫としては嬉しかった。


『・・・眠くなってきたな』


このまま寝てしまいたい、と夜姫が思った時だ。


「劉備!何だ?この布は?!」


聞き覚えのある声がした。


この声は・・・・・・・・・・・


『袁術様ね』


彼に対する夜姫の第一印象は一言で表すなら「傲慢」だった。


誰振り構わず侮蔑するきらいがある。


実際、名家の血筋を自慢していたし色々と腹黒い話にも事欠かない人物だったから何とも言えないが。


「袁術殿。あまり近づかないで下さい」


劉備が袁術を押し留めるように言った。


諸葛亮、関羽、張飛の3人は生憎と出払っており典医は用事が出来たので居ない。


『不味い時に来たな』


劉備は内心で舌打ちを漏らした。


彼等が居れば何とかなったが、今は一人だけ。


この男を一人で相手にするには些か荷が重い。


「黙れ!!昨夜は夜姫様にお願いをされたから謝ったが、私は貴様を・・・貴様等を認めんぞ!!」


「別に貴方様に認められたいとは思っておりません」


劉備は袁術の言葉を涼しい声で受け流してみせた。


「ふんっ。夜姫様を自分の懐に入れて強気か?まったく夜姫様も憐れな方だ。そなたのような男の陣に来たのだからな」


「・・・・・・・」


夜姫は改めて袁術に怒りを覚えた。


昨夜の事もそうだが、この男は言う事が人の神経を逆撫でにする。


「私を悪く言うのは勝手ですが、夜姫様を憐れむのは止めて下さい」


劉備は布を背中にして袁術に言った。


夜姫は憐みを何よりも嫌う。


それは7日間と言う短い付き合いで学んだ事だ。


直ぐ後ろに彼女が居る。


聞いている事は間違いない。


なら、ここは早々に帰ってもらい何も無かった事にするのが一番だ。


そう思って何とか送り帰そうとするが、お坊ちゃん育ちの彼にはその真意など分かる訳も無い。


「眼も見えない上にそなたのような貧乏武将の下へ来たのだ。憐れと言わず何と言う?それはそうとこの布は何だ?何の意味があってこれを四角に囲んでいる?」


「それは・・・・・・・」


劉備が答えようとした時だ。


「・・・袁術様」


布越しに夜姫は声を掛けた。


「や、夜姫様ッ。そこに居られたのですか?」


袁術は夜姫の声を聞いて不味い、とばかりに慌てた声を出した。


「昨夜に続いて・・・また劉備様を侮辱しましたね」


「あ、いや、これには・・・・・・・・・」


「もう謝って下さい、とは言いません。貴方と言う人物がどんな方なのか改めて認識しました」


名家と言う事を鼻に掛け相手を見下す嫌な男。


「や、夜姫様・・・・・・」


「私・・・そういう方は一番嫌いなんです」


これに袁術は言葉が言えなかった。


劉備はここまでハッキリと嫌い、と言われた袁術に少なからず男として同情を禁じずにはいられなかった。


『ま、不味い・・・・・・・・』


袁術は心の中で何とかこの状況を打開しなくては、と焦りを覚えた。


今日ここに来たのは、夜姫に会う為だ。


昨夜の件について改めて謝り印象を良くしようと浅い考えを持ち来たが、当の夜姫が居ない。


探し歩いていると布に囲まれた部分が見えた。


そこには自分に屈辱を与えた劉備玄徳が居たので昨夜の意趣返しとばかりに言い掛かりを付けたのだが・・・・・・


運の尽きと言えた。


「夜姫様・・・・・・」


袁術は跪き、布越しに謝罪した。


心からの謝罪だ。


「この袁術。貴方様の御心を汚す積りは毛頭ございません。ですから、どうかお許し下さい」


「・・・嫌、と言ったら?」


夜姫はここは強く出るべきと思い、敢えて冷たい口調で言ってみせた。


「夜姫様ッ」


「私は、劉備様を恩人と思っております。その恩人を侮辱する方を許せるほど寛大な心は持ち合せておりません」


「ど、どうか、この袁術に寛大な御心を!そのお姿を見せて下さい!!」


お願いします、と言い立ち上がって近づこうとしたが石に躓いてしまった。


そして盛大に転んだ。


劉備がそれを抑えようとしたが、重い鎧を着ている方は袁術だから重さに負けて後ろに倒れて行く。


“あーあ、やっちゃった”


誰かの声がしたが誰にも聞こえない。


布が夜姫の居る風呂に倒れた。


「きゃっ」


夜姫は頭に何か掛るのを覚えて軽く悲鳴を上げた。


「夜姫様!!」


袁術は押し倒す形となった劉備には眼も向けず布を退かそうとした。


そして・・・・・・


「ん?これは・・・・・・・」


布越しに掴んだ手に柔らかい感覚が来る。


もしや・・・・・・


「き・・・きゃあああ!!」


夜姫の悲鳴がすると同時にパチンッと乾いた音が木霊した。


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