第二十六幕:民達の暴動・・・・・・・
項羽の紹介を軽く載せます。
で、次が長安脱出に入ります。
項羽・・・・・この名前を知らぬ者は恐らく居ないだろう。
それだけ彼の名は誰よりも知られており、同時に実力が凄かったのだ。
姓は項、名は籍、字が羽・・・・・一般人には項羽という名で知られているが、別の名でも知られている。
“西楚の覇王”というのが別名である。
この西楚だが淮水の北から沛、陳、汝南、南郡までを西楚、彭城より東の海岸地帯を東楚と呼んでいた、と“史記貨殖列伝”には書かれている。
項羽の出身地は下相---現在の宿遷市南西部であり、項羽の生きていた時代は西楚の範囲だったから故郷に自らを封じた。
そこから西楚の覇王と言われているのだ。
項羽は秦の始皇帝が中華を統一した際に滅ぼされた楚の将軍---“項燕の孫に当たり、両親が早くに亡くなり、叔父の項梁に養われていたらしい。
所が、学問や剣術よりも兵法に力を入れたり、始皇帝の行列を見て「何時か、奴のようになる」と幼い頃に言うなどの逸話が残されている。
紀元前210年に始皇帝が死に、各地で反乱が勃発するや項羽と育ての親でもある項梁も反乱を起こした。
秦の将軍が率いる20万の大軍を寡兵で破った後は連戦連勝を重ねたが、咸陽は別同隊を率いていた劉邦に占領されていたのだ。
この劉邦こそ初代漢王朝の皇帝である“高皇帝”であった。
二人の出会いは半ば必然であり、その時点で・・・・・・項羽の死は確実であったと言える。
劉邦が人の言葉に耳を傾けて、自分より優れていれば、その者に仕事を任せるのに対して・・・・・・
項羽は他人を信用せず、また公平さなどにも欠けており政治には不向きだった。
故に懐刀と言える“范増”などを離反させるなどして行き、とうとう・・・・・周囲を敵だらけにされた。
一度は劉邦と講和を結んだが、その劉邦に不意打ちされて、垓下という場所に追い詰められて、劉邦の軍に包囲されたのである。
ここで劉邦軍は楚の歌を歌い項羽は「楚の歌を敵が歌うとは・・・・・・・・・」と驚くと同時に嘆いた、と言われている。
自分の領土なのに敵が歌っている、と言う事は即ち周囲は敵だらけという事だ。
この事から周囲が敵だらけなどを意味する“四面楚歌”は出来た、と言われている。
話を戻すと、項羽は垓下から討って出るや獅子奮迅して包囲網を突破して、長安の眼前である烏江という所まで逃げたが・・・・・・そこで自害した。
この戦いで項羽は自ら数百人の敵兵を討ち取った、と言われているが、それ以前の戦いでも彼が出れば必ず勝利した、と言われている。
つまり戦術的な面で言うなら・・・・・彼は間違いなく最強と言う名を欲しいままにしているのだ。
後漢となった今でも、彼を越える武将は未だに出て来ていない。
それだけ彼は強いと同時に人々の脳裏に焼き付いているのだ。
そんな男が眼前に立っている・・・・・・・・・・・・・・
「貴様が、項羽などと・・・・信じるものか!!」
脇腹を抑えながら飛将の名を持つ男---呂布は怒鳴った。
項羽は既に過去の人物であり、生きている訳が無い。
同時に死体は無残な状態で、見れた物でないから・・・・・眼前の男が項羽だと信じれる訳がない。
「別に貴様に信じろ、とは言わん」
呂布と向き合う形で立つ男---項羽は冷めた眼で呂布を見て告げた。
「私にとって他人など、どうでも良い。私が忠誠を誓い、心の底から気にするのは姫様のみだ」
「ふんっ。そのように地べたに転がり、尚も下らん意地を張る女の何処が良いんだ?」
項羽の言葉に怒りを覚えながら、呂布は皮肉を込めて言った。
「姫様を手籠めにしようとしている貴様が言うか?小僧」
しかし、皮肉を逆に言い返されて呂布は口を閉ざす。
「下らん意地と言うが、姫様は意地ではない。矜持ないし誇りだ。仮に貴様に手籠めにされようと、姫様を物にする事は出来ん」
何故なら・・・・・・・・
「この方は何人にも膝を屈さん。それすら理解出来んようでは・・・・姫様を手籠めにするなど出来ん」
いや、それ以前に・・・・・・・・
「私が殺す。貴様を裏で操っている者も一緒に、な」
ギュッ、と項羽は剣を握り締めた。
「ふんっ。その言葉、果たして何処まで持つかな?!」
呂布は地を蹴り、一気に項羽と間合いを詰めた。
そのまま間を置かずに鋭く剣で突いたが、項羽は慌てずに剣で受け流した。
「ぬぅぅん!!」
空いている左手で拳を作り、項羽に打ち込むが項羽は打ち込まれた拳を難なく受け止めてみせる。
グググググッ、と剣と手同士で二人は攻防を始めたが・・・・・・呂布の身体が後ろへ押し遣られて行く。
「この程度が力、か・・・・・情けない。所詮この程度か」
鼻で項羽は笑い呂布の左手に力を込める。
「ぐああああ!!」
ミシミシ、と骨が悲鳴を上げて呂布の顔が歪み始めたも剣は手放さず、また膝も屈していない。
飛将と謳われた彼なりの意地であろう。
「どうした?先ほどまでの強がりは?私は力の一部も発揮しておらんぞ」
つまり今の時点で、項羽は夜姫から与えられた力は出していないのだ。
「この程度で天将になると言うのだから・・・・・つくづく貴様は浅はかだ。そして愚かだ」
グイッ、と項羽は呂布の剣を弾き飛ばし、剣を振り上げる。
月夜に白刃が光って、呂布の頭上に振り下ろされんとした。
だが・・・・・・・・・
突如として項羽は呂布から離れた。
先ほどまで居た場所には幾つもの矢が突き刺さっている。
「あら・・・・男を助けに来たの?」
夜姫が項羽を押し退けて、矢が飛来した方角へ眼をやる。
「誰が男と言ったのかしら?私にとっては駒の一つですよ。姉上」
音も無く一人の娘が現れて、夜姫を冷たく睨み据える。
年齢は夜姫と同じだが、真紅の髪に氷みたいに冷たい瞳は似ていない。
「あらそう。私は貴方が諦めて、呂布みたいな下種に乗り換えたと期待したわ」
「・・・・・何れ彼は取り戻すわ。そして姉上、今度こそ貴女を殺すわ。この私に泥を塗ったんだからね」
夜姫を姉上と称した女---妹に対して、姉である夜姫は薄く笑った。
「なら・・・・私も殺すわ。いえ、今度こそ貴女を完膚なきまで叩きのめして上げる。姉に逆らう妹には罰が必要だもの」
『・・・・・・・・』
二人は暫し睨み合っていたが、不意に真紅の髪を持つ娘が呂布の所まで行った。
「呂布、ここは引くわよ」
「何を言うか!これは俺の勝負だぞ!!」
突然現れて、自分に引けと言うのだから呂布が怒るのも無理ない。
「だったら聞くけど・・・・・勝てるの?」
「・・・・・・・・」
呂布は無言で夜姫の妹を見た。
最初に会った時、確信したではないか。
自分では勝てない、と・・・・・・・・
もし、抗えば力付くで娘は従わせるだろう。
そうなれば、夜姫を物にする事も出来ない。
「・・・・・分かった。貴様の命に従う」
「ありがとう。安心しなさい・・・・・ただで姉上達を連合軍に行かせたりしないわ」
夜姫の妹は薄らと笑い、耳を澄ませろと言った。
皆が耳を澄ませると・・・・・・・・・・
『董卓を殺せ!一族を根絶やしにしろ!!』
『偽の天の姫を殺せ!我らの手で殺すんだ!!』
長安中から民達の声が聞こえるではないか。
松明と農機具などの音も聞こえるから武装している・・・・・・・・・
「どうかしら?姉上。かつて民達の為に戦い、その民達に裏切られた時と同じ気分ですか?」
夜姫の妹は残酷な笑みを浮かべて、姉である夜姫を見たが呂布と一緒に下半身から消え始めている。
「やっぱり・・・・・貴女って嫌味な女ね。あんな糞共を民と称するんだから。でも、中々の策士でもあるわ。民達を煽って呂布の軍団と共に長安を飲み込むんでしょ?」
夜姫は妹に月色の瞳を向けて尋ねたが、感情は込められていない。
ただ、事実を確認しようとしている感じだった。
「えぇ。民達に董卓軍は負けて、長安は王允達が支配する。そして天の姫を騙った偽者は・・・・・弄ばれて死ぬ。それが私の考えた筋書きですよ。姉上」
「・・・・・・・・」
無言で夜姫は消える二人を見つめたが、妹は何処までも笑みを浮かべていた。
「じゃあ、ゆっくりと・・・・・貴女の死に様を高い所から見物させてもらいますよ」
そう言い残して、二人は消えてしまった。