第七幕:長い御別れ
皆様、御久し振りです!!
長くなりましたが、漸く1話を再構成したので投稿し直します。
今回は些か映画の台詞や題名を2~3つほど引用しましたが、物語に支障はないようにしたつもりです。
とはいえ今後は増えるかもしれません。(汗)
一先ず夜姫を義勇軍の陣から4人いる総大将の陣営へ移す話は保留という形で終わった。
しかし、話が終わったので帰れると言えば・・・・そうではない。
劉備としては夜姫の事も考えて早く帰るべきと考えていた。
ところが・・・・直ぐに総大将の一人が馬鹿な真似をしたから皆は揃って「またか」と言わんばかりに視線を送る。
その人物とは言わなくても判るだろうが敢えて言おう。
袁術である。
「夜姫様、先ほどは誠に失礼しました。ですが、こう言っては何ですが・・・・先ずは御座り下さい」
「・・・・袁術様。こう言っては何ですがと言いましたが・・・・何か、また劉備様に失礼な事を言うつもりですか?」
「え?あ、いえ、その・・・・誤解されるような言い方をして申し訳ありません」
袁術としては先程の事もあってか今の内に夜姫が自分に抱く印象を少しでも良くしようと考えたのだろうが・・・・余りにも行動が早過ぎる。
しかも言葉の使い方が誤解を招きかねない言い方だったのだろう。
案の定と言うべきか夜姫の声が硬くなった。
「では何でしょうか?私は椅子に座らなくても結構です」
「しかし、女子である貴女様が座らず男である私共が座るのは、些か・・・・・・・・」
「なら諸葛亮様を始めとした方々はどうなのですか?何より私は劉備様の陣で暮らさせてもらっている女です」
「そうですが、いえ、所詮・・・・・・・・」
「夜姫様、貴女様は劉備の陣営で世話になっている仰られましたが・・・・ここは私の陣営です。だから私の椅子に座って下さい」
ここで袁紹は提案を持ちかける事で・・・・また墓穴を掘って夜姫の逆鱗に触れそうな発言をする手前だった腹違いの愚弟の行動を阻止する。
「・・・・お気遣いが上手ですね」
「夜姫様、そのような言葉は」
「いや、良いのだ。劉備」
夜姫の皮肉とも言える台詞を劉備は咎めようとしたが袁紹はやんわりと制する事で器の大きさを見せつけるが・・・・そういう所も実に血を半分は分けた兄弟らしいと思わずにはいられない。
「では、御言葉に甘えます」
夜姫は柱から背を離し典医に導かれて袁紹の座っていた椅子に腰かける。
それを袁紹は見てホッとするが・・・・直ぐに袁術を睨み据えた。
『貴様は行動を慎め。良いな?』
釘を直ぐに袁紹は刺すが・・・・この認めたくもないが血を半分は分けた腹違いの弟が素直に慎む訳がなかった。
「時に夜姫様。貴女様は黄巾の乱を如何に考えておりますか?」
「・・・・いきなり話題を振るのは貴方の性格ですか?」
いきなり黄巾の乱を話に出されて夜姫と皆は呆れ果てたが袁術としては精一杯の努力だったから悲しいかな?
とはいえ・・・・そんな話題だろうと夜姫は誠意を持って答えた。
「黄巾の乱は・・・・ある意味では漢王朝の力が衰えたと見ております」
国が力を衰えさせる時は必ず大きな事が起こるのは歴史が幾度も証明している。
「だから私は必然と捉えておりますが袁術様としては?」
「私としては教祖たる張角の”妖しげな奇跡”に民衆が惑わされたと考えております」
「奇跡・・・・奇跡ですか?」
夜姫は小さく笑った。
いや笑わずには・・・・いられなかった。
「どう・・・・されました?」
話題を振った袁術だが夜姫の唐突な笑いに戸惑い問い掛ける。
「いえ・・・・昔の話を思い出したのです」
「昔の話・・・・ですか?それは」
「それより夜姫様。茶を飲まれてはどうですか?」
袁紹は袁術が言うのを遮って茶を勧める。
それは・・・・夜姫の笑みを見て触れてはいけない話題と敏感に察したからであるが、そんな腹違いの義兄の気持ちを踏み躙るように袁術は・・・・負けじと夜姫に問い掛けた。
「夜姫様、昔・・・・奇跡にあわれたのですか?」
『貴様は!!』
今にも剣を抜いて袁術を斬りたい衝動を袁紹は覚えたが、夜姫の場合は・・・・別の事で剣があれば抜いていた。
それは彼女には・・・・光景が見えたのだ。
あの若き名も知らぬ兵士が敵兵にやられ、止めを刺そうと敵兵は近付くが躊躇った姿を。
これに対し夜姫自身は・・・・躊躇わなかった。
敵兵の首を一刀で切断し瀕死の兵士に・・・・平和を求めるが故に頭が呆け・・・・敵が目の前に迫った際に漸く我へ返った・・・・かつて自ら命を懸けて守護した民草にこう告げたのである。
「・・・・N'attendez pas des miracles et soyez là・・・・Si Vis Pacem, Para Bellum」
流れるような口調で言葉を発したが、その言葉を理解できる者は誰も居ない。
「あ、あの夜姫様。その言葉は・・・・・・・・」
「・・・・貴方の質問に対する答えです」
夜姫は戸惑う袁術を突き放すように言うと再び煙草を銜えた。
「あの・・・・どういう意味・・・・・・・・」
「・・・・2度も問うのですか?2度も・・・・この私の喉を嗄れさせるのですか?褥の中でもないのに」
「え?!し、褥!?や、夜姫様は・・・・モガッ!?」
「申し訳ありません、夜姫様。この愚弟は、少しばかり頭がおかしい所がありまして」
袁紹は袁術の口を兵に命じて閉じさせると取り繕うように笑いながら弁解した。
「・・・・そうですか。なら仕方ありませんね」
シュボッ・・・・・・・・
ライターで煙草に火を点けた夜姫は紫煙を吐いたが・・・・気は余り良くない。
いや男から見れば怒っていた。
それは苛立ちそうに煙草を噛んでいる事が証明している。
しかし何を思ったのか・・・・煙草を右手の薬指と人差し指で挟み口から遠ざけると紫煙と共に小さな声で言葉を発した。
「・・・・・・・・」
ただし、その言葉は実に小さく誰も聞き取る事は出来なかったが・・・・唯一人は行動に出た。
「・・・・夜姫様、そろそろ帰りましょう」
ここで劉備が静かに夜姫の方へ近付くと片膝をついて告げた。
「宜しいの・・・・ですか?」
「はい。既に話は終わりました。そうですよね?袁紹様」
「あ、あぁ・・・・そうだ。話は終わりだ」
袁紹は話を振られて一瞬だけ戸惑ったが劉備の眼を見て頷いた。
それは「一先ず夜姫様を連れて帰らせて下さい」と劉備が目線で頼んだのである。
考えてみれば一番良い答えだ。
何せ袁術の馬鹿な言動によって雰囲気は滅茶苦茶になった挙句に夜姫の気分も最悪になっている。
こんな状態で出せる答えは決して袁紹達が望んでいる物ではないし・・・・まだ時間はあるのだ。
そう袁紹は結論し、残りの2人にも視線を向けるが・・・・2人も同じだったように頷く。
「夜姫様、今日は誠に申し訳ありませんでした。我が愚弟の言動・・・・改めて義兄として御詫びの言葉を申し上げます」
袁紹は夜姫の前まで行くと片膝をついて頭を下げた。
「貴方が悪いとは思いません。寧ろ私を気遣ってくれて感謝しております。問題は袁術様自身でしょう」
良い年した大人が・・・・こんな子供みたいな言動で周囲に迷惑を掛けたのだから。
「その点で言うなら袁紹様は気遣いが上手い方ですわ」
「有り難き御言葉を・・・・・・・・」
「では、袁紹様・・・・ロング・グッドバイ」
「え?」
袁紹はまたしても聞き慣れない言葉を言われて困惑したが直ぐに夜姫は言い直した。
「いえ・・・・また御会い致しましょう。ただ・・・・他の方々にも一言ですが・・・・言わせて頂きます」
ここで夜姫の空虚な眼が僅かに光を灯した。
その僅かだが灯された光に皆は魅了されたように「何でしょうか?」と問い掛けた。
「皆様の生い立ちや今の立場を鑑みれば偉そうな事は言えませんが・・・・武人として生を受け・・・・こうして戦場に立ったのなら・・・・武人として・・・・無意味で愚かな死を迎えず・・・・意味のある死を求めるべきかと」
意味のある死・・・・・・・・
この意味を誰もが如何なるものか自問自答するように沈黙したが、夜姫は「嗚呼、失礼しました」と謝罪した。
「私が・・・・私が言いたいのは・・・・仮初めの栄誉を求めず・・・・己が死を迎える前に・・・・己が為すべき事を為したが上で・・・・死を迎える事ではないかと意見したに過ぎません」
まるで自分達の心を見透かしたような釘と評せる言葉を語る夜姫に誰もが沈黙した。
しかし、夜姫は「そのように悩む姿こそ望ましい」と続けた。
「人は成功も失敗も繰り返し、そして限られた生を与えられた身。その限られた生の中で思い悩んだ末に・・・・答えを導き出し・・・・その最期に見えた光景によって・・・・意味のある死へと・・・・そして・・・・言い過ぎました」
夜姫は途中で自嘲したが、その表情からは複雑な感情が入り混じっていた。
ただし、ここでも袁術が全てを「破壊」するように問いを投げた。
「失礼ながら・・・・夜姫様は・・・・我々に戦場で死ぬことを望んでおられるのですか?」
袁術の問いは的を射ている面もあるが、夜姫が口ずさんだ上記の台詞を全て破壊するに等しい威力を誇った。
その証拠に誰もが・・・・・・・・
『・・・・・・・・』
無言で袁術を責めるように見た。
もっとも夜姫は袁術の人柄を理解した上で・・・・結論付けたのだろう。
「袁術様・・・・貴方様にこそロング・グッドバイという言葉を送らせて頂きますわ」
「あの・・・・その言葉の意味は・・・・・・・・」
袁術は夜姫の口調に冷気が宿った事を敏感に感じ取りつつ言葉の意味を問い掛けた。
対して夜姫は冷笑を浮かべながら答えた。
「ロング・グッドバイの意味は"長い御別れ"です。つまり・・・・もう会わないという意味ですわ」
「!?」
夜姫が素直に言った言葉の真意を知ったのだろう。
袁術が愕然とする。
しかし反対に袁紹達はまた近い内にと・・・・夜姫の方から約束を申し込んで来たので嬉しい。
「では、夜姫様。また近い内に」
代表するように袁紹が夜姫に言うと夜姫は「では」と言い劉備達に促されて天幕を出る。
その後ろ姿を袁紹達は見ていたが・・・・袁術は違う。
「や、夜姫様・・・・夜姫様っ!お、御待ち下さい!!」
暫し茫然としていたが直ぐに我を取り戻したように袁術は慌てて天幕を飛び出したが・・・・夜姫は既に遠くへと行っていた。