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悪役令嬢は笑わない

作者: シオン
掲載日:2026/09/10


第一章 断罪の夜


王都グランチェスターの王宮では、今宵も華やかな舞踏会が開かれていた。


巨大なシャンデリアの光が降り注ぐ大広間で、侯爵令嬢アリシア・フォン・ローゼンベルクは静かにワイングラスを傾けていた。


彼女は絶世の美女として知られていた。


しかし同時に、


「冷酷な悪役令嬢」


とも呼ばれていた。


誰もが彼女を恐れ、陰で噂した。


婚約者である第一王子レオンハルトにさえ、好かれてはいない。


それでもアリシアは気にしなかった。


侯爵家の跡取りとして幼少から教育されてきた彼女にとって、感情よりも責務の方が大切だったからだ。


だがその夜。


運命は突然牙を剥いた。


「アリシア・フォン・ローゼンベルク!」


王子の声が響く。


会場が静まり返る。


アリシアはゆっくり振り返った。


レオンハルト王子の隣には、一人の少女が立っている。


平民出身の男爵令嬢。


ミリア・ベルフォード。


王立学園で王子の心を掴んだ少女だった。


「貴様の罪をここで裁く!」


ざわめきが広がる。


アリシアは眉一つ動かさない。


「罪、ですか」


「惚けるな! ミリアへの嫌がらせ、教科書の破損、階段からの突き落とし未遂、毒殺計画!」


次々と罪状が並べられた。


周囲の貴族たちも頷いている。


だがアリシアは知っていた。


全て事実無根であることを。


「証拠はございますか?」


「証言がある!」


「証言だけで有罪を決めると?」


王子は顔を歪めた。


「貴様のような悪女に相応しい結末だ!」


そして王子は高らかに宣言する。


「婚約を破棄する!」


会場が沸いた。


ミリアは勝ち誇った笑みを浮かべる。


大勢がアリシアの破滅を期待していた。


ところが。


アリシアは静かに笑った。


「そうですか」


ただそれだけ。


泣きも喚きもしない。


むしろ安堵したように見えた。


その反応に王子は戸惑う。


「な、何がおかしい!」


「いえ。ようやくですので」


「何?」


アリシアは優雅に一礼した。


「では婚約破棄を受理いたします」


会場が凍り付いた。


普通なら侯爵令嬢は破滅する。


だがアリシアは平然としていた。


それはまるで、


何かを待っていたかのようだった。


第二章 女狐の正体


翌日。


王都は噂で持ちきりだった。


悪役令嬢の没落。


王子と平民令嬢の真実の愛。


誰もがそう信じていた。


だが三日後。


王国中を激震が襲う。


ローゼンベルク侯爵家が莫大な資産を国外へ移したのである。


さらに。


軍需、農業、流通。


侯爵家が管理する事業の多くが停止した。


王国経済が急速に混乱へ向かう。


国王は慌ててアリシアを呼び出した。


「何をした!」


執務室で国王が怒鳴る。


アリシアは冷静だった。


「契約通りでございます」


「契約?」


彼女は一冊の書類を差し出した。


そこには王家が侯爵家の資金や人材に大きく依存している事実が記されている。


現王家は十五年前の内乱で財政基盤を失っていた。


王国を支えていたのは、


実質的にローゼンベルク侯爵家だった。


「婚約がなくなりましたので、支援義務も終了です」


国王の顔が青くなる。


「そんな……」


「王子殿下はご存じありませんでしたか?」


もちろん知らない。


政治など興味がなかったからだ。


真の権力者が誰なのかも。


第三章 証拠


アリシアには有能な部下がいた。


執事セバスチャン。


寡黙な男だったが情報収集能力は異常だった。


「お嬢様。全て揃いました」


机に山のような資料が並ぶ。


ミリアの不正記録である。


虚偽証言。


賄賂。


偽造手紙。


さらには複数貴族子息との二重三重の関係。


王子は完全に騙されていた。


アリシアは資料を閉じる。


「まだ公表しません」


「よろしいので?」


「ええ」


今暴いても軽い打撃で終わる。


彼女が欲しいのは、


完全な崩壊だった。


第四章 崩れる王国


数か月後。


王国経済は悲惨だった。


物価高騰。


税収減。


商人の撤退。


貴族たちは口々に言う。


「あの侯爵令嬢を怒らせたせいだ」


王子は焦った。


だがプライドが邪魔をする。


謝罪できない。


一方のミリアは相変わらず王妃気取りだった。


「大丈夫ですわ」


そう言いながら豪遊を続ける。


莫大な支出。


無数の優遇。


王家の財政はさらに悪化した。


そしてついに。


隣国が動いた。


国力低下を察知したのである。


国境紛争が発生した。


王国は窮地に陥った。


第五章 新たな出会い


その頃。


アリシアは隣国アルヴェインにいた。


そこで一人の男と再会する。


皇太子ルシアン。


銀髪の美青年であり、冷徹な天才として有名だった。


「久しぶりだな」


「三年ぶりですね」


実は二人は以前から交流があった。


そしてルシアンはずっと知っていた。


アリシアの価値を。


「私の妃にならないか」


突然の求婚。


普通なら驚く。


だがアリシアは静かだった。


「メリットをお聞きしても?」


「愛している」


即答だった。


今度はさすがにアリシアも目を見開く。


ルシアンが笑う。


「それでは理由にならないか」


「少々」


「では国益も示そう」


二人は夜遅くまで語り合った。


初めてだった。


彼女が心から安心できたのは。


第六章 公開処刑


一年後。


王国は財政破綻寸前だった。


ついに国王はアリシアへ助力を求める。


そして王宮会議。


大勢の前でアリシアが現れた。


王子とミリアもいる。


アリシアは静かに言った。


「ではまず、不正を清算しましょう」


資料が配られる。


会場がざわついた。


全ての証拠。


全ての真実。


全ての嘘。


ミリアの顔色が消える。


「う、嘘よ!」


「嘘ではありません」


証人が現れる。


元侍女。


元教師。


元貴族。


次々と証言する。


逃げ場はなかった。


王子は震える。


「そんな……ミリア……」


「違うの! レオン様!」


しかし。


録音魔道具まで提出された。


終わりだった。


王子は現実を理解する。


利用されていたのは自分だったと。


「僕は……何を」


膝をついた。


会場中から軽蔑の視線が向けられる。


かつてアリシアを見ていた目と同じだった。


第七章 ざまぁ


ミリアは逮捕された。


不正、詐欺、国家転覆未遂。


無数の罪が確定する。


彼女を庇った貴族たちも失脚。


処刑こそ免れたが、


全員が没落した。


一方。


王子にはさらに過酷な運命が待っていた。


王位継承権剥奪。


地方への追放。


そして歴史に残る愚王子として教科書に記される。


出発の日。


彼はアリシアを訪ねた。


「謝って許されることじゃない」


「はい」


「でも言わせてほしい」


王子は頭を下げた。


「すまなかった」


長い沈黙。


そしてアリシアは答える。


「許しません」


王子が顔を上げる。


「ですが、もう恨んでもいません」


それだけだった。


彼女にとって彼は、


すでに過去だった。


最終章 幸福な結末


一年後。


アルヴェイン帝国。


壮大な結婚式が開かれていた。


花嫁はアリシア。


花婿はルシアン。


帝国中が祝福している。


「緊張しているか?」


「少しだけ」


「珍しいな」


「あなたのせいです」


二人は笑った。


かつて悪役令嬢と呼ばれた少女。


誰にも理解されなかった侯爵令嬢。


だが彼女は折れなかった。


泣かなかった。


諦めなかった。


だからこそ最後に勝った。


式典の最中。


遠くの空を見上げながらアリシアは思う。


冤罪も。


裏切りも。


孤独も。


全てが過去になった。


もう悪役令嬢ではない。


愛する人に愛される、


一人の女性だ。


ルシアンが手を握る。


「アリシア」


「はい」


「これからも共に歩こう」


「喜んで」


大歓声が響く。


祝福の鐘が鳴る。


そして誰もが知る。


真に勝ったのは、


他人を陥れた者ではない。


誇りを失わなかった者だったのだ。


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