ガタンッ
とある電車の帰り道。
いつもと同じ、平和な日常。
その日常が、ずるりと崩れる--
よく電車に乗っている時、空いているのに、誰も座らない席があったりします。
誰もいないにも関わらず、空いていたりするその席。
今宵は、そんな席にまつわる、電車の帰り道でのお話--。
今から、15年ほど前の体験です。
当時高校生だった白川さんは、学校まで、電車に乗って通っていました。
帰宅部だったので、人が混み合う時間、その少し前に電車に乗り、座って音楽を聴きながら帰る。それが、いつもの通学風景でした。
だが、ある日--
「--その日は、いつもより多く人が乗っていたんです。ホームにもたくさん人がいて……台風が近づいていてる影響で、ダイヤが乱れてたみたいなんですけど」
『うっわぁ、これ、座れるかなぁ……』
不安に思いながらも電車に乗り込むと、案の定、席はどこも満席です。
しかたなく白川さんは、つり革に掴まり、立って窓を見ていた。
そうこうしているうちに電車は、途中から地下に入っていきます。
「その時……なんとなく窓を見ていて、気づいたんです。窓に映った自分の後ろ……席が一人分、空いてるんです」
振り返ってみて見れば、同じく立っている人たちの肩越しに、誰も座っていない席がちらりと見える。
『空いてるんだから、座ればいいのになぁ……』
そう思ったそうですが、ちょうどその時、電車が駅に着いて、白川さんの前の座席が空きました。
『お、ラッキー』
これ幸いとばかりに、白川さんは目の前の座席に座り込んだ。
そして、音楽を聴きながら、ボーッと携帯をいじっていると、しばらくして、またある事に気がついた。
『例の正面の席……まだ空いてて、誰も座ってないみたいなんです。みんな結構ぎゅう詰めで、混雑しているのに……』
白川さんが不思議に思い見ていると、ふいに電車が、
ガタンッ、
と揺れて、目の前に立っている人がよろけた。
『ッ!?』
その瞬間、白川さんは思わず息を飲んだ。
『立っている人の間から……逆さになった女の顔がヌッと出て、こちらを覗いてたんです……』
背筋がゾッとするのと同時に、白川さんは咄嗟に手に持っている携帯に視線を移し、気づいていない振りをした。
見てはいけない。
頭でそう思いつつも、視界の片隅では、女の顔はとらえたままでした。
ぐりっ、ぐりんっ、
女は、逆さになったまま、目玉だけを動かして、あちこち何かを探しているようでした。
やがて、その視線が白川さんの方へと向きかけた。
その時、
ガタンッ、
また電車が揺れて、立っていた人が動くのと同時に、女の顔は消えてなくなっていました。
「次の駅で、慌てて電車から降りました……本当は降りるの、次の、次くらいだったんですけど……」
電車から降りた白川さん、震える肩をさすりながら、駅のホームから窓越しに、その席を見たんだそうです。
「やっぱりあの席だけ……だれも座ろうとしてませんでした。気のせいなんかじゃない。やっぱりあそこには、何かがいたんだなと実感して、鳥肌が立ちました……」