表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

訓練と使命

 コンクリート打ちっぱなしの室内に、4人が長机の向こうに座っている。明かりは俺だけに向けられていて、どんな奴等が座っているのかはよく見えない。


「鈴木 悠里(ゆうり)、君の使命はテロリスト・ハリスの遺体を確保する事だ」


──何だこの夢?


 翌日からは本格的に訓練が始まった。起床したら限られた時間で身仕度。ベッドシーツも綺麗に畳むように言われ、ベッドが少しでも乱れていると所持品を改められた上でシーツや私物をぐしゃぐしゃに放り出されて、綺麗に片付け整理するように言われる。30秒で。その間、他の奴は腕立て。連帯責任という奴だ。


 朝食を終えたら昨日の体力テストと同じ内容を30リットルの水を背負ってやらされる。絶対に溢すなという命令だが、蓋が付いているので普通は溢れない。そして飲むのもアリらしい。

だが、飲み干す前に確実に水中毒になる量だ。血中ナトリウム濃度が下がってショックを起こしたら最悪死ぬし、それ以前に大量の水を胃に溜めた状態で長距離走れるのか?と脅される。


 次は当番制で5つのグループに分かれて基地建築手伝い、入荷した資材の運搬手伝い、炊事、清掃、その他の雑務もしくは訓練の延長を日替わりのローテーションで行う。

 俺の初日は建築手伝いで建築資材を運ぶだけだったが、そこで新装備を渡された。炭素繊維と合金を組み合わせて造られた背骨のようなその装備は、パッシブ式アシスト・パワースーツだ。戦闘服のジャケットの内側に装着しジャケットの上のサスペンダーとベルトを通して身体に固定できる造りで、身体の動きは不自由しないが、中にスプリングでも入っているのか、物を持ち上げたりする動作にアシストが掛かる。御陰で重い資材も楽々運べた。握力は自前だが……。


 その後は昼休みまでひたすら行軍演習だ。歩調も歩幅も強制的に合わせられ、整列やら方向転換やら……一人でやれば簡単で単純な動きを、40人弱で一糸乱れぬ行動を求められる。


 昼食を挟んで午後は座学。ヴァステート帝国の言語で兵士としての知識や数学、理科や地理等を教えられる。俺は教わった覚えも無いのに不思議と知っている事が多く、逆に眠いが、眠ったら文字通り叩き起こされ、腕立て伏せを50回やらされる。


 あのブラベツって奴は相変わらず何かにつけて文句を言っているが、それも上官が居ないところでだけだ。貴族だからなのだろうか?目上の者に対しては一切文句を言わないが、俺達に対してだけ見下してくるから小物臭いったらありゃしない。まぁ、内心こんな文句を言いつつ、関わらないようにしている俺も同じ穴の狢だろうが……。


 その度にブラベツを宥めたり、俺達の間に入って来るグスタフ・カフカは、エリアーシュ・ブラベツの友人ではなくブラベツ家に仕える騎士らしい。グスタフは人当たりも良いし、いつも礼儀正しくて好感が持てるし気が利く奴だ。グスタフのおかげで俺達のクラスは駐屯地の新兵の中では比較的早くまとまりつつあると言って良い。

 ある日グスタフが誰かのベッドの乱れを正すのを手伝うと言い出すと、それを上官は咎めなかったし、それだけ腕立ての時間が減るので俺達は助かった。

そして俺達も気付いた。誰かのミスを助ける事が自分の利益になるという事に。


 1週間後、午後の座学がある程度進むとそこに武器の取り扱いが加わる。勿論、銃だ。しかも後装式の連発銃で、前装式の銃しか見た事が無い皆は、その取扱い方法に驚く。


 レバーアクション式と呼ばれる、西部劇等でよく見られる手動連発式のライフル銃で、弾倉に残弾があればレバーを操作するだけで次弾が装填されて射撃準備が整う。

弾倉交換も容易だし、仮に弾倉が無くてもレバーを操作して機関部を開放し、そこへ直接弾薬を装填した後にレバーを元の位置に戻して機関部を閉鎖させれば準備が整ってしまう。つまり、手元の操作だけで終ってしまうのだ。


 一方で前装式の銃は、銃口から火薬と弾丸を装填して槊杖(ラムロッド)で軽く突き固め、引き金の近くにある発火機構を用意して初めて射撃が可能になる。

発火機構は火縄だったり、火打石の火花だったりするが、どちらにしろそっちにも手間がかかるし、その一連の動きは、引き金回りの発火機構を操作したり、銃口から火薬や弾丸を装填したりと、大きく銃の前後を行ったり来たりする動きになるし、銃口の前に手を出す必要があるという事は、手順を間違えたりして暴発させれば自分の手を撃ち抜いてしまう可能性もある。混乱が予想される戦場においてこの差は非常に大きいはずだ。


 しかもこのレバーアクションライフルは、西部劇に出てくるものよりかなり近代化されていて、照準器の交換が出来るように銃身の上側にレールが付いているし、銃身に手を触れないようにしているハンドガードもオプション装備を取り付ける事が可能なMLOK機構となっていて、更に短機関銃(SMG)と弾倉が共用である事にも気付いた。


 射撃訓練を始める前にその構造を理解できるように、座学の後に分解・清掃・組立を何度もやる。


 そして、いざ射撃訓練……となる前に、地獄の訓練がやってきた。“ガスマスク装着訓練”である。

 ガスマスク装着訓練。単なる付け外しなら説明を受ければ誰でも出来る。だが、戦場で説明を聞きながら等といった悠長な事はしていられない。一応有毒ガスの使用は正規戦では使用できない決まりらしいが、敵が正規の軍隊でなければ使うという事の裏返しだろう。


 ガスマスクの装着方法を教わった俺達は、弾薬以外フル装備で訓練を実施するコンテナ前に集合した。途端に、中から別のクラスの訓練生達が飛び出してきた。全員見事な泣きっ面で、涙どころか鼻水も止まる事無く、くしゃみを連発している者も少なくはなかった。

 そして、さっきから何だか俺も鼻がムズムズするし、目も刺すような謎の刺激に襲われている。


「入れ。隊列は崩すな」


 教官に従い、コンテナの中に入ると目と鼻の神経を突き刺されているような感覚が強くなり、涙が滲む。

全員がコンテナに入るとドアが閉められ、換気扇の電源も切れて静かになる。


「よし、これから諸君が体験するのが催涙ガスだ。これからこの中にガスが充満する。俺が命じたらガスマスクを装着しろ。命じる前にガスマスクを着け始めた者は居残りで次のクラスともう一度訓練をやってもらうからな。いいか?」

「「はい、教官」……ックシュン!」


 教官の隣には俺達がコンテナに入る前から兵士が居るが、マスクは着けていない。教官の説明の間にも目と鼻の痛みは強くなる。


「おい、まだ早いぞ!それじゃあ頼む」


 教官の隣の奴は湯を張った弾薬箱の下のバーナーに火を点けると、湯気と共に刺激がまた増してきた気がする。


「この催涙剤は固形物だが、水に溶ける性質がある」


 教官の隣の奴は、袋を破って錠剤を弾薬箱にばら蒔く。錠剤は入浴剤みたいに泡立ちながら湯に溶ける。途端にさっきまでとは比べ物にならない刺激が目と鼻を襲ってきた。


「こうして熱した水に溶かせば湯気にのって催涙剤が拡散する」


 何もしてないのに涙が滲む。


「まだ被るなー。そして湯気が冷えて服や体に付着して、そのまま放っておくとどうなると思う?」


 くしゃみや咽び声がどんどん多くなってくる。俺もさっきから目を開けていられないし、鼻水も止まらず、呼吸が苦しくなってくる。


「水分が蒸発して乾くと、催涙剤だけが残るんだ。だからこの訓練の後はよーく服を洗って、シャワーも丹念に浴びておけよ!」

「もう嫌だ!出してくれッ!!」


 誰かが泣き叫び、走り出した足音が聞こえたかと思ったら、俺は床に倒れた。痛ぇ……後ろでコンテナのドアノブを必死に捻る金属音がする。


「開けてくれ!ここから出ッぐわぁっ?!!」

「列に戻れ!」


 逃げ出そうとした奴は教官に引き摺られているらしい。


「お前もいつまで寝てる!さっさと立て!」


 倒れている俺も軽く蹴りを食らい、必死に立ち上がると、ようやくガスマスクの装着命令が下された。

事前の説明通り、ガスマスクをケースから出して装着するのだが、目も開けられずにくしゃみをしながらなので何度も落としそうになった。寝転んだままの方がまだ早く装着できた気がする。


 その後マスクを装着しても視界が白くぼやけてろくに前が見えなかったりで不安だが、呼吸は確かに楽になった。


「よし、ガスを排気するがまだマスクを取るなよ!」


 換気扇のスイッチが入り、若干だが徐々に視界が戻りかける。


「これがガス検知器だ。今回は催涙ガスを検知するように設定してあるが、当然使用されているガスが特定されない場合はほとんど役に立たん!」


 教官はそう言ってガス検知器を仕舞ってしまったようだ。俺からはよく見えなかったが……。


「その場合、確かめるにはマスクを取るしか方法は無い!」


 信じられない言葉に、皆どよめく。これだけハイテク機器揃えてて、結局そんな方法しか無いとは……。


「よしイサク、マスクを取れ。早くしろ命令だぞ!」


 イサクがいそいそとマスクを取る。


「……」

「さっさと報告しろ!」


 教官が黙って立っていたイサクの腹をひっ叩くと、その拍子にイサクは大きく息を吐き、吸って()せた。どうやら叩かれるまで息を止めていたらしい。


「イサクは死んだ!もう少し待つぞ」


 そうして待つ事約3分、イサクの次に指名されたのは俺だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ