占領翌日
帝国兵が去り、改めて床に就く。騎士の遺体は帝国兵が回収していったらしく、作業場を片付けた時の血痕が無ければ、あんな騒ぎがあったのは夢なんじゃないかと思えてくる。
何故、俺は帝国兵達の言葉が解ったのだろう?
何故、帝国兵の装備に疑問を持っていないのだろう?
あれは、明らかに俺が今まで見た事の無かったはずの装備だ。銃にしても、戦闘服にしても、携帯式の照明器具にしたってそうだ。
服は……そう、セコ王国の軍服は礼服と戦闘服は別れていないが、帝国兵の服は明らかに礼服とは異なるデザインだった。
暗かったし、迷彩模様だった事もあってディテールは解らないが、頑丈なだけでなく伸縮性のある生地に多数の収納ポケットがある服の上に、各々が各種ポーチを好みの位置に取り付けた軽そうなボディアーマー。
耳栓を兼ねたヘッドセットやアイプロテクターの上に被ったヘルメット。そんなヘルメットの額の上部分に装備された暗視装置……。
銃もよく見えなかったが、銃身周りには各種オプション装備が装着可能な設計のハンドガードを備え、そこにライトやレーザー照準器が装着され、銃口には消音器、レシーバー上のレールには光学照準器がマウントされ、弾倉は明らかに着脱式だったし、銃を構えた際に保持を容易にする銃床は、レシーバー後部からまっすぐ伸びた直銃床が採用されていた事から、自動式の連発銃なのはほぼ間違い無い。
明らかに俺の暮らしてる世界より進んだ技術だ……何故こんな事が解る?
何故……??
────
気付けば、俺はどこかの都市の通りに立っていた。王都より広い道、その両脇に並ぶ高層建築、建物同士を結ぶペデストリアンデッキ……だが、美しかったはずのその都市はそこかしこで火の手が上がり、怒号と悲鳴、そして銃声が木霊していた。
見覚えが無い光景のはずなのに、酷く懐かしい感じがする。俺の身体も子供になっている。
「危ない!」
突然俺は宙を舞ったような感覚になり、気付けば若い東洋人の女性に抱かれてアスファルトに転がっていた。
「大丈夫?」
起き上がって俺を立たせた彼女は、それはもう息を呑むような美人で、黒曜石のような、黒く澄んだ瞳に吸い寄せられるようだった。
「ごめんね、今は時間がないから兎に角どこかに隠れてて!」
彼女はそう言ってポリカーボネートの盾を拾うと、通りへと駆け出す。その先には赤黒いコートを着た髑髏のような白い顔の男が拳銃を発砲していたが、彼女はその銃撃をかわしたり盾で防いだりしつつも着実に髑髏男との距離を詰めると、髑髏男はナイフを抜いて彼女との戦いを続ける。
髑髏顔の男の動きは意外にも素早く、対する彼女の方はというと、ゆっくりというか……優雅とでも言えばいいのか?その攻防は激しいのに、まるでジャンルの違うダンスで同じ曲を踊っているような、物凄い格闘映画の殺陣を見ているような感じで見入ってしまう。
「おい!こんなところに居ちゃ危険だ!あっちへ逃げろ!!」
いきなり声を掛けられて振り返ると、帝国兵が立っている。
「おい!早く逃げろって!!……クソッ!!」
帝国兵は俺を担ぎ上げて走り出した。すると、逆様の視界の上に手榴弾が転がる。
「グレネード!!」
俺は帝国兵の背中を叩いて叫ぶと、目の前が真っ白になって──。
「おい!いつまで寝てるんだ!?」
午前の日差しが眩しい。いつの間に眠っていたのか、さっきのは夢だったようだ。
────
目が覚めてからは荷造りを急かされ、朝食もそこそこに親父と一緒に役場前の広場に連れていかれた。途中何度か振り返ったが、昨夜あいつが言っていたように、本当に見張られているんだろうか?それらしき人影や気配は全く無い。
「……という訳で、以後ヴァステート帝国が統治する事となった。町内の者は1カ月以内に役場に出頭し、住民票を作成するので……」
広場の中央では、領主のヘイダが帝国による占領統治の概要を説明している。その腕には、[弁務官代理]とヴァステート語で書かれた金色の腕章が付けられている。
「……そして、鍛冶屋のユーリ!帝国軍入隊を志願しているそうだな?」
志願してねーよ……そういう事にされちまったみたいだけど……。
「役場の裏にこの紋章の馬車が止まっているから、それに乗って待っていなさい」
ヘイダが腕章を回すと、白地に黒の風車のような紋章が描かれていた。
「他に志願したい者は?この場で受け付けるぞ!」
更に徴兵を呼び掛けているヘイダを後に役場の裏に回り込むと、確かにその馬車はあった。所謂、幌馬車で車輪は木製ではなく鉄製のホイールにゴムタイヤ。完全に帝国の技術のものという事だろう。
20分程待つと馬車にもう1人、茶髪でボディービルダーとは違うが頑丈そうな体形の若い男が乗り込んできた。彼は小作人の息子のホンザだ。体形は農作業によって培われたものだろう。
「よ、ユーリ。俺も志願する事にした」
「へぇ、意外……でもないか。都に行きたかったって言ってたもんな」
ホンザは俺と同年代で、町はそんなに大きいわけじゃないので、互いに親の手伝いが出来るようになる前はよく一緒に遊んでいた。
「ああ、こんな田舎で農業なんてやってられっかってんだ!それより、お前は何で?親父さんの店を手伝うんじゃなかったのか?」
志願したって事になってるからな……正直に答えるべきだろうか?
「……ちょっと成り行きで」
都会エンジョイ気分に水を差すのも悪いし、嘘を吐かない範囲で濁しておこう。
「何だよそれ?」
「出発しまーす」
外から御者の声が上がり、馬車が動き出した。