プロローグ
「開けろ!おい!開けてくれ!!」
叩き起こされるというのはまさにこの事だろうか?初仕事を終えて寝付いたと思ったら外が騒がしい。ドンドンと叩かれているのは、紛れもなく家みたいだ。
上体を起こすと、兄貴が圧気発火器で燃やした綿でランプに火を点け、親父がハンマーを手にしている所だった。兄貴は俺や御袋が起きた事に気付くと、口元で人差し指を立てて寝室に残るようにジェスチャーをすると、親父と一緒に寝室を出て階段を降りて行った。
「こんな時間に誰だ!?ウチにゃ施し出来るもんなんて無ぇぞ!」
階下から親父の野太い声が聞こえる。俺はベッドから出て階段の踊り場から工房の出入り口を覗いた。
「怪しい者じゃない!私は王国騎士のフェルディナンド・ルセク!ここは鍛冶屋だろう?!何でもいい!今すぐ武器が欲しい!」
ドアの向こうから聞こえる声に兄貴は親父の方を見ると、親父は兄貴にその場で待つ様に手を挙げて手にしていたスレッジハンマーで閂を押し開ける。
「ほら、ルセク家の印章だ」
ドアが少し開き、左手だけが入って来る。その小指には指輪が鈍く光っていた。
「中に入れてくれるな?」
親父はハンマーを下ろしてゆっくりとドアを開けると、赤い服の騎士が2人の部下を引き連れて入って来た。
「おいルミール、水を持ってきてやれ」
「解った!」
兄貴がこっちへ来て俺に気付いたらしい。
「ユーリ、お前も手伝え」
「うん」
俺は階段を下りて兄貴に付いて行って水差しからコップへ注いだ水をトレーに乗せて工房へ運ぶ。
「……それじゃあ、王都から?」
親父は騎士様から事情を聴いてたらしい。昨日、領主様も派兵するって話を聞いてたけど、王都は大きな戦になってるんだ……。
「どうぞ」
騎士達の前のテーブルにコップを置く。近くで騎士達を見ると外套の端々はボロボロで、顔や手も傷ついており、その顔にも疲れが見えた。
「ありがとう。それで急で悪いんだが、今すぐ武器が必要なんだ。何かあるか?剣や槍、飛び道具何でもいい。防具も足りてない……持ち合わせは無いが、私が買い取り契約をした事を一筆書こう」
騎士は帽子の装飾の羽根を取ると短刀で羽根の根に切れ込みを入れ、親父が用意したインクに浸して契約書を書き始めた。
「ユーリ、ルセク様が契約書を書き終えたら呼んでくれ」
「うん、分かったよ」
親父は兄貴と共に裏の倉庫へと向かった。
程なくして契約書が書き終わったので、親父を呼んで来ると、親父は契約書に明細……とは言ってもどんぶり勘定の大雑把な数だが、数字を書き込み、契約書に帯を結ぶと、ランプで溶かした蝋を帯の上に垂らして印章を捺した。
「恩に着る」
騎士は礼を言って椅子から立ち上がると、不意に出入り口のドアを見詰め、その後視線を部下に走らせた。
「何です?」
「シッ!」
親父の問いに騎士は口元で人差し指を立てると、部下の2人はサーベルを抜いて出入り口の両脇に立ち、騎士もサーベルを抜いてランプの灯を消すとドアの方を向いた。俺は親父に引き寄せられる。
「この家に逃げ込んだ騎士に告ぐ」
ドアの向こうから聞こえたのは、やや発音やイントネーションがおかしいセコ語。外国人?こんな郊外の町に敵軍がやって来たっていうのか?!
「大人しく出てきなさい。我々はヴァステート軍のものだ。王都は陥落した」
王都が陥落だって!?!
「抵抗しなければ危害は加えないと約束する。大人しくその家から出てきなさい」
動揺しているのか、騎士達も暗がりで互いに顔を見合わせているのが解るが、一体どうなるんだ……?
無言のまま、時間だけが過ぎていく。
「“出てきませんね”」
「“突入”」
「“仕方ない……ライトセーバーを寄越せ”」
ドアの向こうの会話は……ドイツ語?いや、英語か??――あれ?何だドイツ語や英語って??
――俺は何で奴等の言葉が解るんだ?!
直後ドアの閂が焼き切れ、ドアが蹴り開けられたと思ったら視界が真っ白になった。鋭くもくぐもった金属音が2~3連続で3回鳴り響く。
気付けば騎士達は倒れ、入り口には漆黒の甲冑に身を包み、消音器やライトが装備された自動小銃を構えた兵士達が立っていた。
「“下がれ!下がれ!”」
「“奥の方を向かせろ!こっちを見せるな!”」
正面の兵士は親父を壁際に押しやり、親父の後ろに居た俺達も下がる。正面の兵士に続く兵士が倒れた騎士の腕を踏みつけてサーベルを蹴り飛ばしていた。
「“クリア!”」
入り口に、新たな足音がする。
「“死体を片付けろ”」
新たな足音は兵士達にそう命令すると、俺達の前に回り込んできた。思ったより小柄なそいつは兵士達とは異なり革製の外套を着ていて、バラクラバではなく包帯で顔を隠し、髑髏の帽章が付いた制帽を被っていた……見た目で判断するのもアレだが、なんか凄くナチっぽい将校だな!?
「お騒がせしてすまない」
将校は先程ドア越しに聞こえたセコ語より流暢に話し始めた。
「明日、この町でも正式に発表があるのだが、戦争は終結したのでセコ軍の残党に帰投命令を出して回っているんだ。彼等のように信じずにレジスタンスとなる者が後を絶たなくて困っているよ。聞いた事あるかな?」
「い、いえ……初耳です」
将校は物腰柔らかだが、このシチュエーションとその姿も相まって、正直なところ不気味でとても恐ろしい。親父もすっかり気圧されているみたいだ。
将校は親父の返答を聞くと「フッ」と笑う(包帯越しなのにそう見えた)。
「それはそうだろう。貴方のような真面目な職人がレジスタンスに関わりあるはずが無い。そうだな?」
「勿論です」
親父は将校と共に笑い合う。
「よし!“家を焼き払うぞ”」
「“な、何でだよ!?”」
将校は機械的とも言えるような動作で声を上げた俺を見る。
「ひっ……?!」
しまった……初めて聞いたはずの言語に思わず返しちまった!兵士達も俺を見てるし、これじゃあかえってレジスタンスとやらとの繋がりを疑われる……!
将校は親父に向き直る。
「利発なお子さんだ。是非とも我が軍で働いてほしいですな」
え、いきなり軍の勧誘?!いやいやいや、これは俺を誘い出す罠だろ!
「ユーリウスはまだ昨日働き始めたばかりで……」
良かった、親父は俺を軍に差し出すつもりは無いみたいだ。
「なら良かった、若者には色んな経験をさせておいた方が良い。それにユーリウス君は次男で家を継がせるのは兄の方だけで十分でしょう?」
駄目だ、この将校こっちの意見に全く取り合うつもりが無い……!
「それはそうですが……」
何か丸め込まれてるぞ親父!
「勿論、それなりに給料は出ますのでご心配なく」
将校は制帽を取ってお辞儀すると背を向ける。
「“明日、第89大隊に合流するまであの餓鬼をA3と4に見張らせろ。変な行動をしたらすぐに報告するんだ。いつでも始末できるようにな”」
聞こえてる!っつーか、完全に脅しじゃねーか!!
遅筆ですが、エタらないように頑張ります。
感想等大歓迎ですが、豆腐メンタルなのでお手柔らかにお願いします。