癒しの闇
心配で仕方がなかった私の頭をつついたのは、ドアのノック音だった。
警戒しながらも、私達はドアの方を見つめる。
ドアが開くと、そこから、新鮮な空気が流れると同時に、腹に傷を負ったユウリの姿があった。
「ユウリ...!どうしたのそんな怪我して!」
私はユウリに駆け寄る。
そして、私の後ろにいた少女はこう尋ねた。
「特効薬は?」
するとユウリは何も言うことなく、瓶をこちらに差し出した。
少女はそれを見ると、少し安心した表情でこう言った。
「あいつが作る薬はよく見てきたんだ、これで合っているさ」
私はその発言に少し疑問を持った。
質問したい気持ちを抑えて、ユウリを医者へ連れていくことにした。
「ユウリ、おんぶするからおいで」
そういうと、ユウリは顔を赤らめたあと、俯きながら、
「大丈夫だよ、歩けるから」
と言った。
病院に着いてユウリを見せるなり、医者はまたか..といった表情をした。
そして、ユウリの治療をすることになった。
「まぁ、この程度ならすぐ治るでしょう」
医者の言葉に、私はほっとした。
そして私はポケットから、特効薬を取り出した。
「これ...特効薬です。ミツキに塗布して貰えませんか?」
医者はその薬を眺めると、こう言った。
「効果があるものだということは分かる。だが、副作用は私も分からない。それでもいいんだね?」
緊張と迷いで汗が出る。
「構いません。お願いします」
不安混じりの言葉を発した。
医者は、軽く頷くと、服用の準備をし始めた。
私はこれをどう見ていればいのか分からなかった。
暫くしたあと、組み立てが終わったのか、医者が疲れたように息を吐く。
「準備は出来た。ミツキさんに服用しに行きます」
私は緊張した面持ちで頷いた。
ミツキが居る病室に着いた。
彼女の顔は、いつもとなんら変わらない様子であったが、生きていないことは確かに分かった。
そして、医者が服用を始めた。
私は固唾を飲んだ。
心臓がいつもより、早く鼓動し、冷や汗が止まらなかった。
もし失敗したら...とネガティブな思考が頭を埋め尽くす。
できることなら、こんな時間を1秒でも過ごしたくなかった。
そして、見守ることしか出来ない自分に腹が立った。
もしあの時、戦えたらと思うと自分はどれだけ弱いか思い知らされる。
どうしてもっと速く走らなかったんだろう。
どうして私は人を助けれなかったんだろう。
もういっそ私なんて...
こんな考えを巡らせていた頭を刺激したのは、ミツキの唸り声だった。
非常に弱い声であった。だが、息を吹き返したことにとても安心していた。
そして、ミツキの瞼が、そっと開いたのだ。
私はその様子を見て、膝から崩れ落ちた。
安心からなのか、感動からなのか、分からない。
ただ流した涙に気づいたのは、自分が、無意識に目を擦った時だった。
「ミツキィ...!!」
私はミツキに抱きついた。
暖かく、アザミの匂いがした。
「こら...やめてよエリ」
ミツキは普段よりも優しい声で私を制止した。
彼女の衣服は、私の涙で、小さくシミを作った。
ミツキに宥められ、落ち着きを取り戻した私は、感動の余韻に浸りながらも、話をする。
ミツキはクォーモロスの戦いで酷く損傷したこと、
ユウリが特効薬をクォーモロスから取ったこと、
暗い話をすると、ミツキは顔を顰める。
可愛い顔ではあるが、あまり見たくない。
なので、この話はやめる事にした。
特に、クォーモロスの薬で救われたことにミツキは悔しさを感じているらしく、短くなった髪を触りながら、歯ぎしりをした。
その影響からか、ミツキは私と医者に鎌を振らせろと小さい子供の様に駄々をこねた。
少し呆れた表情をしながら医者は
「ダメです」
と言い放った。
ピシャンという音を立てて医者は扉を閉めた。
そして少したったあと、ミツキが私に抱きついてきた。
「なーなー...鎌振らせろよ〜」
「ダメだよ。医者にも言われたでしょ?」
呆れた声を出す。
「なら...!このナイフで!」
「どこから出したのそんなもの!?」
「あ、あと言い忘れたんだけど〜...」
その時、医者が扉を開けた。
医者は私達の様子を見ると、何かを察したのか、また扉を閉めた。
そして走るような音が聞こえたあと、また扉が開き、
「ミツキさん...この鎌...」
医者が差し出したのは、ミツキの鎌だった。
寄越せ!とミツキが飛びかかるも、腹にパンチを入れられて悶絶していた。
「ミツキさん...この鎌をこの病室に置きます。ですが、"絶対に"部屋で振り回さないでくださいね」
ミツキは聞いているのか聞いていないのか分からないがとても頷いていた。
「エリさんもそろそろ帰っては?光が沈みますよ」
少女も待っているだろうし、私は帰ることを選択した。
そして、ミツキを残し、病室を後にした。
廊下で、医者がこう言った。
「あの子...大変でしょう?」
「そうですね〜...でも頼りになるんですよ」
私はそう言った。
「ミツキは強くてかっこいいです。私もあんな風に強くなりたい、と思っています。だからミツキは...」
パリーン!!
ガラスが割れた音がした。
私と医者はまさかと思いミツキの病室に駆け込んだ。
すると、そこには、やっちまった...というドヤ顔のミツキと、無数のガラスの破片が散らばっていた。
「エリさん...帰って貰えますか...?ミツキと2人で話がしたいのです」
そういい、医者は私を見るが、顔が笑っていなかった。
本気の顔をしていた。
私はその威圧に押されて、帰った。
病院を出る時まで、医者の怒号が病院内に響いていたことは、みんなには内緒だ。
そして、少女の家を尋ねた。
少女はドアを開けると、入っていいよと無愛想に言った。
私が椅子に腰掛けると、少女はこう言った。
「今日の夜飯...ないからね」
「食材がないの?」
そういうと彼女が恥ずかしそうにこう言った。
「いや...私料理できないの...いつも不味い料理しかできなくて...」
「なんだ、そんなこと。ある程度は私できるからいいよ。女の子同士なんだから、もっと甘えていいのに」
そういうと、少女は困惑した表情を浮かべ、
「女の子同士..?私...男だけど...」
私達は目を見つめ合う。
両者困惑していた。
肩甲骨辺りまで伸びた髪、整った顔立ち、声の高さ。
それぞれを見ても、女性にしか見えなかった。
私は信じられず、
「ほんとう..?」
と質問した。
すると少女は、
私の手を掴み、自分の胸に当てた。
「ふぇ!」
驚く私をよそに少女は冷静に、
「胸がないでしょ?そういうこと。貧乳で割り切っても小さすぎよ」
衝撃の事実...今まで女の子だと思ってたのに。
「ま、見た目だけなら女の子に見えるよね。それより、私お腹すいてるの。料理作ってよ」
「あ...了解です...」
そして、昨日の余りの食材を使って、少ないながらも、料理を作った。
「どう..?美味しい?」
なんせユウリの料理を見よう見まねで作っただけなのだ。
そして少女が料理を口に運ぶ。
そして、咀嚼したあと、嚥下した。
「....美味しい、けど少ししょっぱいかな」
「そう、良かった。なら私も」
そして、私も口に運んだ。
うっ....しょっぱい。
少しというレベルではなかった。どちらかと言えば"かなり"だ。
舌の痺れを感じながら嚥下した。
「うぇ...よく食べれるねこんなの」
私はそう言う。
「でも私が作るとブラックホールできちゃうから」
と笑いながら返された。
そして暖かい空気に包まれ、そろそろ就寝の時間になった。
そして、少女と共に寝室へ足を運んだ。
少女は大人しく布団に入ると、暫く天井を見つめた。
その様子を見て、私も布団に入ろうとした。
その時、グイッと何かに袖が引っ張られている感覚があった。
伸びている手は、少女のものだった。
「...どうしたの?」
と聞いてみると少女は言った。
「私、隣に誰かいないと眠れないの。ほら、"女の子同士"なら甘えてもいいんでしょう?」
冷静に、だが顔は赤かった。
私は、仕方ないなぁ、という顔をしながら隣の布団に入った。
すると、少女は、私を抱きしめた。
やはり男の子なんだと感じた。
いや...おとこの娘か...?
だが、彼女の体からは、いい匂いがして、深い闇に、ずずずず...と吸い込まれていくように感じた
それに安心したからか、私は眠気に襲われた。
彼女はまだ起きていたようだが、私は先に眠ってしまった。
「.....しは..うな......られない....」
何を言ったか分からなかったが、私は眠気が限界だった。
おやすみ、いい夢を。