シャーリーの誕生日⑤
シャーリーとは最近話していないカレンだが、顔だけは頻繁に見ていた。
彼女には転移魔術があるため、物理的な距離など関係がないのだ。
それこそ三日に一回、公爵城に転移しては顔だけ見て帰っている。
カレンは今日もそのつもりだった。
「……よし、誰も居ないわね」
公爵城の薄暗い物置部屋、そこにカレンは転移した。
自分にしか使えない転移魔術陣を書いてあるから、ひと気の有無も確認できるのだ。めったに人が来ない場所にこの陣を作った自分にカレンはご満悦。
だが、勤勉なメイドがこれを見つけていることをカレンは知らない。
実のところカレンが公爵城に無断で出入りしていることは確認されている。
それは公爵城で働く者たちにとって周知の事実で、だからこそお茶会の席でお姉さまに会えるかと聞いたシャーリーに、イリスやイザベラ、ゲルダは顔を見合わせていたのだ。まさか顔だけ見てシャーリーに会っていないなどとは誰が思うだろう。
「あの子の魔力は……あそこか」
公爵城全体に魔力感知をめぐらせシャーリーの位置を察知する。
既に夕暮れに差し掛かっているが、珍しくこの時間はお茶会部屋にいるようだった。
(この時間にお菓子でも食べてるのかしら。さすがに控えさせないと健康に悪いわ)
今まで辛い思いをしてきたのだからちょっとぐらいは構わない。
ただ、何事も過ぎることはよくないとカレンは知っている。どうせ自分は悪女。たとえ嫌われてもシャーリーのためなら一言言わねばと、お姉ちゃん心を働かせてカレンは行く。そういうきっかけがなければ何を話せばいいか分からないのだ。
お茶会部屋から光が漏れている。
まずは様子を見るところからだ。カレンは扉の裏に隠れて部屋の中を覗き見た。
金髪の淑女と向かい合う、シャーリーの後ろ姿があった。
「──それにしても、味もさることながら綺麗なお菓子ね。まるで星空を包んでいるようだわ」
「そうでしょう? アリアさまが感じた通り、このお菓子はカンテンという素材が使われていて、ゼリーとは似て非なる不思議な食感を楽しめるんです。公爵領で加工しているんですが、いかんせん、原料となる海藻の輸送コストが高くて……もしルーンベルク領で海藻を加工していただけるなら、こちらとしてもある程度の融通は効くのですが」
どうやらお菓子の製造に関する交渉を行っているようだ。
金髪淑女の目が、ぎらりと光った。
「融通、ね。それはどの程度かしら?」
「月が満ちて欠けるくらいには」
つまり一割ということだ。ならば関税のことだろう。
(シャーリー、こんな迂遠な言葉が使えるようになったのね)
扉の影に隠れながらそっと涙を拭うカレン。
だが敵もさるもの、シャーリーに負けじと扇で口元を隠した。
「……少し物足りないわね。絵画のない美術館のようだわ」
(は? 肝心なところを寄こせって……あの女なにさま?)
ふつふつと怒りを滾らせたカレンだが、金髪淑女の顔には見覚えがある。
(あいつどこかで……ぁっ!!)
何様というか、王妃様だった。
アリア・フォン・ルーンベルク・ウル・オータムだ。
(王妃様と交渉を……しかも公爵城で!?)
王族との取引では王妃側から王城に招いて交渉を行うのが普通だ。
だが、話を聞くかぎり今回の交渉はこの国ではなく、隣国のベルクシュタインに関することだろう。だからシャーリーは王妃としてのアリアではなく、ベルクシュタイン出身の、力あるルーンベルク家としての彼女を招いたのだ。そんなことまで考えられるなんて、うちの妹はなんて賢いのか!
(シャーリー……大きくなって)
感涙でむせび泣きそうになるカレンだった。
思わず浮かんできた涙を拭うと、床を歩いていた黄金の双眸と目があった。
「にゃ~ぉ」
シャーリーの飼い猫、ジルである。
しぃ、と唇に指を当てるカレンだが、ジルは甘えるようにすり寄ってくる。
(こら、離れなさい!)
「にゃぁ」
これ以上ジルに鳴かれるとシャーリーにバレる可能性がある。
地下牢で暮らしていたことで音に敏感になったのか、シャーリーは耳が良いのだ。
(傷つけるわけにはいかないから、こうなったら魔術で転移を……)
カレンが指先で魔術陣を描こうとしたその時だった。
「ぁ」
声が聞こえて、目の前の顔を見たカレンは「げぇ」とおのれの失態を悟る。
華やぐような金髪の美女。いま、カレンが最も苦手とする女だ。
(エリザベス第三王女……!)





