シャーリーの誕生日④
ーーオータム王国、王都貴族街。
街の中心部から離れて立つ、ひっそりとした家。
およそ貴族の家には思えないこじんまりとした玄関扉にワタシは立っていた。
「すぅーー……はぁ……」
胸に手を当てるけど、ドキドキが落ち着かない。
ローガンズ家を嵌めるときですらここまで緊張はしなかったのだけど。
……いいえ、臆することないわカレン。
あなたは悪女でしょう。夜であろうと堂々と訪ねればいいのよ。
指で空中に魔術陣を描いて準備する。
さぁ、女は度胸!
「ご、ごめんください」
コンコン、と扉をノックする。
しばらくして、ランタンを持った妙齢の淑女が扉を開けた。
「誰だい、こんな夜更けに……って、あんた」
「こうして会うのは二度目でしょうか。ゲルダ・サリウス様」
「……そうだね」
ゲルダ様は複雑そうな顔でワタシを見下ろしている。
まぁその反応は当然だ。
ワタシだってどう接すればいいのか分からないのだから。
「こんな夜更けになんだい?」
「その……お願いがあって参りました」
「お願い?」
怪訝そうなゲルダ様に頷いて。
「こんなババアに何をお願いしようって……」
ワタシは勢いよく頭を下げた。
「どうかワタシに、ケーキの作り方を教えてもらえないでしょうか!」
「………………は? ケーキ? あんたが?」
「~~~~っ」
ワタシは顔を上げて、熱くなった顔を逸らした。
口元を隠す扇がないのが恨めしい。
ワタシだって柄にもないことを言ってるのは分かってる。
「あんたが……ケーキ?」
「そ、そうよ! ケーキの作り方を教えてなさいって言ってるのよ!」
あぁもう、ワタシの馬鹿!
頼み事をするのにこんな言い方ないでしょ 馬鹿なの死ぬの!?
こんなの、ゲルダ様も断るに決まって……。
「なんでアタシに頼むんだい」
ゲルダ様はすぐに断らなかった。
少しだけホッとして、ワタシは続きを話す。
「シャーリーの……誕生日の贈り物にどうかと思って」
「誕生日にケーキ? そりゃまたなんで。買えばいいだろう」
「だ、だって」
ガゼルはペンダントを、エリザベス王女はカトラリーセットをあげると言っていた。二人とも趣味がいいと思う。きっとシャーリーは喜ぶだろう。
でも、ワタシは。
「形があるものより……記憶に残るものを、あげたくて」
「……」
ローガンズ家で贅沢三昧を過ごしてきた悪女のワタシは、形あるものがいつか無くなることを知っている。贅を極めれば贅に溺れるというけれど、いくら高価なものをあげてもそれが本当に価値のあるものか分からない。いつ、どこでなくすか分からないのなら、ずっと心に残るものをあげたいと思ったのだ。
シャーリーがワタシに、ローガンズ家で生きる意味をくれたように──
「わ、分かってるわよ。似合わないことは。ワタシ、ケーキなんか作ったことないし、本職の人が作ったほうが美味しいに決まってる……だけど」
二人で初めて食べた、あのケーキの味が忘れられなくて。
あの味をもう一度再現出来たなら、きっと喜んでくれると思うから。
「ケーキをあげる理由はわかった。それをなんでアタシに」
「シャーリー、ゲルダ様と作ったケーキが1番美味しかったって言ったから……」
「それで、わざわざ縁の薄いアタシに会いに来たのかい」
「……うん」
「似合わない頭を下げて。妹のために」
「そ、そうよ。悪い?」
ワタシは髪をかき上げて鼻を鳴らす。
いや、違うわ。こうじゃない。
悪女にだって通すべき筋があるでしょ。
ワタシは姿勢を正して、もう一度頭を下げた。
「おねがいします。ワタシに……ケーキの作り方を教えてください」
「分かった」
「謝礼ならいくらでも……え?」
「分かったって言ってるんだ。聞こえなかったかい?」
ゲルダ様は右手を腰に当てている。
ワタシはおずおずと尋ねた。
「……いいの? ワタシ、ローガンズなのに」
「確かにアタシはローガンズが嫌いだ。でも、あんたはシャーリーの姉だろう」
「姉、だけど」
「なら、アタシの孫だ」
「え?」
何が起きたのか分からなかった。
だってワタシは悪女。周りから忌み嫌われて当然のことをしてきた罪人だ。
それなのに……ゲルダ様は、ワタシを抱きしめている。
「カレン。もういいんだ」
「な、にが」
「もう自分を許してやってもいいんだよ」
思わずゲルダ様を突き飛ばしそうになった。
でも、ゲルダ様はすごい力で抱きしめて、ワタシを離そうとしない。
──許す? ワタシが、ワタシを?
「~~~~っ、ば、馬鹿じゃないの。ワタシはっ」
「確かにあんたは過去に罪を犯した。妹のためとはいえ人を殺し、罠にかけた。それは罪だろう」
だが、とゲルダ様はさらにワタシを抱きしめる。
強く、強く、決して離してなるものかと。
「あんたが行動しなかったらこの国に住まう何万人という人間が死んでいた。シャーリーとガゼルに並ぶ英雄なんだよ……あんたは」
「違う。ワタシは……!」
「それに、あんたはもう十分罰を受けたじゃないか。孤独という名の、きつーい罰をさ」
「……っ」
ワタシは言葉が出なかった。
孤独なんて慣れてる。だってずっと一人だった。
頼れる人も居なかった。唯一手助けしてくれていたアニタは自ら手放した。
ただ一つ、シャーリーのために。
あの子の笑顔だけを思い浮かべて生きてきた。
この身の穢れと共に、死ぬつもりだった。
それはすべて、ワタシのエゴだ。
ワタシは寂しくなんてないし、傷ついてもいない。
罰なんて、受けてないのに。
──なんで、こんなに温かいの?
「今はまだ分からないかもしれないね」
ゲルダ様は身体を離し、ワタシと視線を合わせた。
「でも覚えておきな。アタシの身体が冷えないように、訪ねる前に結界を張る、あんたの優しさを……顔も見せずに何度も妹の様子を見に行く健気さを……このアタシは、ちゃーんと知ってるからね」
俯いて、ぎゅっと瞼を閉じた。
ここでこの胸に抱かれたらどんなにいいだろう。
おばあさま、って抱きしめ返せたらどれだけ救われるだろう。
でもやっぱりワタシは悪女。
シャーリーみたいに甘えられるほど、素直じゃない。
ワタシはゲルダ様から距離を取り、「ふん」と鼻を鳴らして肘を抱いた。
「……何よ。結局、ケーキ作りを教えてくれるの? くれないの?」
「もちろん、教えるさ。さぁおいで。アタシは厳しいけど大丈夫かい?」
「ハッ、望むところよ。一瞬でモノにしてやるわ」
他ならぬシャーリーのためだ。
最高の素材で、最高の手順で、最高のケーキを作る。
「……シャーリー、喜んでくれるかしら」
「あぁ、きっとね」
「…………そっか。ふふ」
正直、どうすればいいのか分からなかったけど。
誕生日パーティー、少しだけ楽しみだわ。
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