シャーリーの誕生日②
「はぁ~ぁ……眠い」
耳がつんざくような魔獣の雄叫びと戦場にひびきわたる野太い声。
血で血を洗うような場所のただなかを見下ろしながら、ワタシは欠伸を噛み殺した。
「カレン隊長! 合図です!」
後ろに控えていた魔術師部隊員の一人がせっついてくる。
真面目なことは分かるけど、いちいち言われなくても見てるわよ。
「うるさいわね。じゃ、五秒後。炎系統中級魔術、一斉掃射」
「ご……!? おい隊長無理過ぎるだろ! 中級魔術は詠唱に時間が」
「出来ないなら結構。ワタシ一人でやる」
「無理です隊長。威力が足りません! それに距離が……」
ワタシに任された魔術師部隊員の人数は五人。
ガゼルから優秀だと聞いていたけれど……まぁワタシと比べるのも酷な話か。
まぁいいや。一人でやったほうが早い。
「《揺らめく炎の蛇、とぐろを巻きて顕れよ」
ワタシが詠唱を唱えると、炎の蛇が周囲を取り巻いた。
炎の大きさは大体十メートル。城壁を舐めるように空を這う。
「で、か……」
「これが中級……特級の間違いじゃ……」
「でも詠唱は中級です。魔力と術式精度がケタ違いだ……」
「い、《揺らめく炎の蛇》……!」
お、ワタシの詠唱に続こうとする奴がいるじゃない。
なかなかに根性があるけど、魔力の練り上げが遅いし術式に安定性がない。
他の子たちも詠唱を始めたけど……まだまだお子様ね。
お先に失礼するわよ、坊やたち。
「《放て》」
炎の蛇が空中を滑空し、その口から火焔を吐き出した。
空気中の水分をゼロにしながら、遊撃部隊の頭を越えて前へ。
戦線になだれこんできた五十体以上の魔獣がいなくなった。
「~~~っ、遊撃部隊! 魔術師部隊に負けるな! 行くぞぉ!」
「「「応!」」」
あら。この調子じゃもう魔術は必要なさそうね。
まだ私はいけるけど……モーゼスの顔を立ててやるか。
「あの、隊長」
「仕事は終わった。あんたたち、戻るわよ」
「あのよぉ、隊長、前から言いたかったんだが、あんた──」
「それと、アーサー・ジャダル」
ワタシはピタリと足を止めて振り向く。
めんどうだけど、隊長としての責務は果たさなきゃね。
「は、はい!」
ワタシが呼んだのは少年のような顔立ちをした金髪の男だ。
「あんた、術式への理解が足りなさすぎる。もっと勉強しなさい。まずはマナの構成要素と属性分解、それから魔力の循環速度を高めなさい。ハッキリ言ってお話にならないわ」
「は、はひ」
続いてこの子の隣にいる隊員たちを一人ずつ指差す。
「ベルナール、ワタシに口出す前にやることあるでしょ。詠唱が苦手なら前衛の動きを察知して魔術の準備をしときなさい。あんたは魔術語が下手すぎ。モロー、周りに合わせるのはやめなさい。無意識に魔力抑えてるでしょ。それ悪癖よ。アンリ、炎魔術の適性なし。事前に申告するべきでしょ。ブリュー、あんたは魔力が低い。人の百倍は魔力上昇訓練することね」
「「「ぐ……!」」」
ワタシの言ったことに心当たりがあるのだろう。
隊員たちは痛そうに胸を抑えたけれど、そんなことをする暇があるなら勉強してほしい。自然と、ワタシの口元は三日月に吊り上がった。
胸をそらし、見下すように告げる。
「キャハッ、まぁ、凡才のあんたたちには無理な話だったかしら」
「……っ」
「ワタシの下につくならそれくらいはこなしなさい。じゃ、お先に」
悪しざまに罵ってから、ワタシは空間魔術で自室に帰った。
男装の騎士服を脱いで、ベッドに横たわる。
…………
……………………。
………………………………。
ごろごろ。ごろごろ。
ベッドの上を転がって、枕に頭を埋める。
「はぁ──……またやっちゃった」
ため息が出てくる。
どうしてもっとこう……なに、優しく? 言えないのかしら。
あいつらが悪い奴らじゃないのは分かってるのに……。
なにあの態度。まるっきり嫌なやつじゃない。
シャーリーみたいに言えたら、もっと──。
でも、ねぇ。
仕方ないじゃない。ワタシは悪女なんだから。
十数年間こうして生きてきたんだから、今さら戻れないわよ。
「……なんでワタシが隊長なんか」
これもそれも、全部ガゼルのやつが悪い。
ワタシは向いてないって言ったのに、大罪人に隊長なんて押し付けるから。
「とりあえず各人の対策と改善案、努力項目を書きださないと……はぁ、めんどい……」
起き上がり、ワタシは棚に飾ったシャーリーの似顔絵を見た。
「……最近、話してないわね」
転移魔術で顔を見に行ってはいるんだけど。
今さらどんな顔して姉貴面すればいいのか分からない。
あの子のお姉ちゃんとして生きていきたいと、あの時言ったことは本音なんだけどね……。
「ワタシ、本当に死ななくてよかったのかしら」
◆
──その頃。魔術師部隊では。
「だーもうッ! 今日も散々だったな……」
「カレン隊長、すごかったね……憧れるなぁ」
「憧れてる場合じゃねぇだろクソが! あの女、ただじゃおかねぇ」
「ベルナールくん、口が悪いですよ」
「仕方ねぇだろ。あの女、なんでもかんでも一人でやりやがって」
「頼られたいんだよねぇ、分かるよ、うん」
「ぶっちゃけカレン様ってめちゃくちゃ優しいよね。横暴なように見えて僕たちの弱点とかちゃんと見えてるし、一人一人に毎回宿題くれるんだよ? こんな上司ほかにいる? 僕たちがあの人の強さについていけてないのが問題なわけで」
「分ぁってるよ。あの人の凄さはよ! けど、もうちょっと言い方ってもんがよ……」
「よし。今日も居残り訓練がんばろう!」
「そういえばさっきガゼル様がカレン隊長のこと探してたような」
「あ、僕見てきます!」
「あ、おい……ったく。アーサーの奴、隊長にくびったけだな……」
「面白い」「カレン幸せになってほしい」と思ってくださいましたら、
↓の☆☆☆☆☆評価やブクマ等で応援していただけると執筆の励みになります……!