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シャーリーの誕生日⑩

 

『対多人数戦において魔術師が取るべき選択肢は一つ、撤退だ』


 ここに来て、ワタシはローガンズの教えを思い出していた。

 魔術師は詠唱に時間がかかり、魔力にも限りがあるため、多人数で来られると前衛に魔術を防がれてその間に接近される恐れがある。魔獣戦においても同様のことが言えるため、この言葉は不変の真理としてローガンズ家のみならず魔術師協会にも浸透している。


 ワタシの意見は違った。


「《天翔ける光(ルクス・)の煌めき(アーケディア)顕現する(ラ・)(ゼクス)森羅万象を切り開く(ドゥルーム)》」


 最短最速の超戦術級魔術。

 もちうるほぼすべての魔力を使い、一気呵成に片をつける。

 魔術師が無防備になる? 防がれたら終わり?

 なら話は簡単だ。

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「……っ」


 とはいえ──たった一つの魔術じゃダメだ。

 禁術で命と引き換えにした術なんて論外。

 確実に倒せたとしても、シャーリーを悲しませたら意味がない。


 だからワタシは人差し指と中指でそれぞれ魔術文字を描いた。

 右手と左手同時に。これで四つ。さらに口で五つ。


 そして、両目(・・)の視線で二つ。

 合わせて七つの魔術文字を重ね合わせる。


《血潮は灰に(ブラッド・ソーン)枯れ果てる生命(モルス・ディナス)混沌の王女(カオス・)が命じる(レイシェ)新たに生まれ(ゴーディア)蹂躙せよ(ブリューナク)》!」


 超戦略級魔術の七重詠唱。

 特級魔術のさらに先、このワタシだけが到達した魔術の極致。


 それは星が生まれた頃に起きた。

 それは生命を滅ぼし、新たな螺旋を導く星の宴である。

 魔術界の歴史の名を刻むであろう、その魔術の名は──


「『星生む開闢の光カオスティック・ユグドラシル』!!」


 天が割け、星が降ってくる(・・・・・・・)

 数十、いや、数百を超える巨大な隕石が、魔獣の津波に直撃した。


「~~~~~~~~~~っ!」


 目を開けていられないほどの爆風。

 風が渦を巻き、きのこ雲が立ち上り、衝撃波が大陸を揺るがす(・・・・・・・)


「これで、ぜぇ、ぜぇ、終わりよ──!」


 さすがのワタシも立っていられず、地面に膝をついた。

 杖を取り落とすけど、拾いに行く元気もない。


「ぜぇ、ぜぇ……ゲホ、ゲホッ!」


 べちゃべちゃ、と血の塊を吐き出す。

 視界が朦朧とし始めて、ぐらぐらと頭が揺れ始めた。


「七重詠唱なんて、ハァ、ハァ、やるもんじゃ、ないわね……」


 身体に負担が大きすぎる。

 ほぼすべての魔力を一気に解放する術だから、それもやむを得ないが。


 でも、これで──

 ワタシは顔を上げ、巨大なクレーター状になった地面を見た。


「…………………………うそでしょ」


 一匹、残っていた。

 ボロボロ、ボロボロと、折り重なった魔獣の死体が消えていく。

 三千体以上の仲間に守られて、一匹だけ助かったのだろう。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 鼓膜が破れそうになる雄叫びだった。

 たった一つ残されていた心の支えが折れた瞬間でもあった。

 ドスン、と。

 クレーターから飛び出して、目の前に魔獣が降り立つ。


「ぁ……」


 絶望で目の前が暗くなった。

 大型の黒い魔獣。まるで人狼のような、巨大かつ強靭な身体だ。

 普段のワタシなら小指一本で殺せるけど、今のワタシじゃ無理。

 コイツを殺すには、少なく見積もって中級以上の魔術がいる。


 魔獣が腕を振りかぶった。

 視界がスローモーションに流れる。走馬灯が脳裏を駆け巡る。

 悪女として過ごした記憶、シャーリーと過ごした幼い頃の思い出が。


 ──あぁ、ここまでか。


 とても、とても頑張ったけれど。


「ごめんね、シャーリー……」


 あなたの誕生日パーティー、行きたかったけど。


「お姉ちゃん、また約束破っちゃった……」


 風が鳴る。

 血潮が飛ぶ。視界が反転する。

 くるくる、くるくると、ワタシの首は宙を回って──







「間に、合ったぁああああああああああ!」






 は?

 ぐるぐると、宙を回転して。

 ワタシの身体を持ち上げた誰かは地面に着地する。


「アーサー、ナイス!」

「ベルナール、そいつ(魔獣)抑えといてよね!」


 ワタシは目を丸くする。

 目の前にいたのは、ワタシが率いる魔術師部隊の面子だった。


「あんたたち、なんで……」

「なんで、じゃないでしょうが!!」


 少年顔のアーサーがまくしたてる。


「カレン隊長、馬鹿じゃないですか!?」

「ば……!?」

「たった一人で大災厄を止めるために、誰にも言わずに戦うことが馬鹿じゃなくてなんですか!? 無理無茶無謀を通り越して、ただの馬鹿です!」

「いや、ワタシは」

「あなたの戯言を信じたやつなんて、誰一人としていないんだよ!!」


 ぽたり、と頬の雫が落ちた。


「………………アーサー。あなた泣いてるの?」

「ラドムも、ムドラも、あなたに逆らえなかった自分を悔いてたけど」


 ぐす、と鼻をかんで、


「あなたの演技を信じた人は、誰一人いません。だってあなたはこの一ヶ月、僕たちに示してきた。妹を守る姉の気高き誇りを。誰よりも優しい騎士の在り方を! そんなあなたの背中に憧れて、僕たちはついて来た!! 知っていますか……僕たちみんな、自分からこの部隊に志願したんですよ」

「──え?」


 頭がこんがらかって何を言えばいいのか分からなかった。

 だってワタシは悪女で、ローガンズで、シャーリーの姉で。

 他の誰かから必要とされる意味が分からなくて。


「もっと僕たちを頼れよ、カレン・ローガンズ!!」


 あぁ、でも。

 そうか、そうだったんだ。


 心の奥底に、一滴の雫が落ちた気がした。

 波紋はゆっくりと広がり、世界を明るく染め上げていく。


「ワタシは……一人じゃなかったのね」


 シャーリーだけじゃない。

 ガゼルがいた。エリザベスがいた。ゲルダがいた。

 そしてこの──魔術師部隊のみんながワタシの周りに立っていた。


「ほら、立ってくださいよ隊長。あなたの晴れ舞台は、終わっちゃいないですよ」

「……生意気ね、アーサー」


 差し出された手を取り、ワタシは立ち上がる。

 突然現れた部隊に動揺したのか、魔獣は警戒したように下がっている。

 ニィ、とワタシは口の端を吊り上げた。


「いい度胸よ。総員、ワタシに続きなさい!」

「「「「応!」」」」


 ワタシはもう中級魔術を練れる魔力がない。

 でも、初歩にして奥義。

 身体強化の魔術なら使うことが出来る。

 腰に差していた剣を抜き放ち、ワタシは叫んだ。


「五秒後、炎系統中級魔術、一斉掃射!」

「「「《揺らめく炎の蛇(イグニス・ラース)とぐろを巻きて顕れよ(ディア・スニーク)」」」


 全員が待ち構えていたかのように魔術を唱え始める。

 かつては出来なかった速度の詠唱に、ワタシは頬を緩めた。

 地面を蹴る。

 とぐろ巻いた蛇が焔の光線を吐き出し、魔獣に直撃。

 なんとか魔術に耐えた魔獣の上空から、ワタシは剣を振り上げた。


「ハァァァァァアアアアアア!」

「「「いっけぇええええええええええ!!」」」


 一刀両断。

 魔獣の身体に縦の線が走り、二つに分かれた。

 どすん……と魔獣が倒れると同時に、ワタシは着地する。

 無言で拳を突き上げた。


 静寂。

 そして怒号。


「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 魔術師部隊の歓声が荒野に響きわたる。


「す、大災厄(スタンピード)を一人で食い止めた……とんでもないですね隊長!」

「やばいよすごいよ、歴史に残る天才だよ! 僕たち、すごい人の下についてるんだ……!」

「おいおい隊長、俺たちに何か一言あるんじゃねぇの?」

「……何が?」

「何がってよぉ」


 ベルナールは二ヒヒ、と笑いながら、


「あんだけ出来なかった中級魔術を成功させたんだぜ? 一言あって当然だろうが」

「ふん。調子に乗らないで。ワタシの部下ならあれくらい出来て当然よ」

「素直じゃねぇなぁもう! ってあれ? 今、部下って……」

「それより……」


 ワタシは部下たちから視線を外し、前線基地の方角を見やる。

 超戦略級魔術を一つでほとんど片付いたとはいえ、かなりの時間を食ってしまった。元々ぎりぎりに行く予定だったのだ。

 転移魔術を練る魔力はもうない。

 おそらく、誕生日パーティーにはもう……。


「隊長、急いでください! 基地の外に馬車を用意してあります!」

「え?」


 慌てて顔を戻せば、部下のアーサーがワタシの背中を押し始めた。

 他の部下たちも次々と頷いて、


「シャーリー様の誕生日なんだろ? 早く行けって!」

「自分たちは後処理をしておきますから。どうぞ行ってください」

「あとで一緒に怒られましょーね!」

「あんたたち……」


 不覚にも、胸の中が温かくなってしまった。

 シャーリーの言葉を借りるなら、ぽかぽかするというべきか。


「……ありがとう」

「え? 今隊長がお礼を……」

「身体が動かないから連れて行けと言ったのよ、叩かれたいの?」

「素直じゃねぇ隊長だなぁーおい!」

「うるさい。大至急よ」

「人使いが荒い! やっぱ悪女か!?」


 ワタシは部下たちに運ばれながら、ほっと息をつく。

 生きていることへの驚きと、感謝と、他の色んな感情がごちゃ混ぜだ。

 もう、自分がどういう気持ちなのかもわからない。


 ただ。

 星々の広がる夜空が、いつもよりきれいに見えた。



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