シャーリーの誕生日⑨
ぼう、と魔術の火が散る。
さらさら、さらさらと。
灰となって散る魔道具を、ラドムとムドラは呆然と見つめて、
「な、なにしてるんだよ!?」
「そそそ、それがなきゃ基地へ報告が……!」
「キャハッ」
ワタシは笑う。嗤う。哂う。
悪女のように、ローガンズのように、陰惨に哂う。
「何って、決まってるでしょう?」
掴みかかってくるムドラの手を振り払い、ワタシは口元を三日月に吊り上げる。
「ようやく計画通りに進んだんだから、邪魔をしてもらったら困るわ」
「計画、通り……?」
「そうよラドム。おかしいと思わなかった?」
ワタシは胸に手を当て、傲慢な悪女の声で続けた。
「ワタシはあの悪名高きローガンズよ? なんで義妹なんかのために命を懸けるのよ?」
「テメェ、じゃあ今までのは全部──!?」
「えぇそう、演技よ。妹思いの姉を演じていただけなの。キャハハハ! 簡単に騙されてくれちゃって、お腹が痛かったわぁ。ローガンズ家のすべてを囮にしてこの国を滅ぼす。それがワタシたちの計画だったの……残念だったわね?」
ワタシがムドラと話をしている間にラドムは駆け出していた。
風の魔術でラドムを拘束し、飛び掛かって来たムドラを蹴り飛ばす。
「ぐ……っ」
「ラドム! あぁクソ、テメェ、一人で、勝手に……!」
「キャハハ! そうよ、怒りなさい、憎みなさい! それこそがワタシの喜びなのだから!」
ワタシはムドラを土の魔術で拘束し、ラドムの腹に足を乗せた。
指先で魔術陣を描くと、ラドムの額に星形の魔術陣が刻まれていく。
「ぐ、ぐあっぁああああああああ!」
「ラドム……! やめろ、やめろ、テメェええええ!」
「今、こいつに刻み込んだ魔術陣はワタシ独自の術式よ」
ニヤァ、と哂いながら、ワタシは術式を完成させる。
「ワタシの命令に背けば身体がパンパンに膨れて破裂する」
「そ、そんな魔術、見たことも聞いたこともッ」
「あら。ワタシの魔術の腕はあんたたちがよく知っているでしょう?」
サァ、とムドラの顔が蒼褪めた。
「や、やめ……やめてくれ」
「無理。だってもうやっちゃったんだもの♪」
うふふ。と笑ってみせる。
この笑顔を見せたら、令嬢たちは引きつった笑みで応えてくれたっけ。
縋るようにワタシを見上げるムドラの前で膝をつき、ワタシは頬を優しく撫でた。
「ワタシの命令はこうよ。あんたたちは基地に帰投してこう続けるの。『何も異常はなかった。カレン隊長は転移術で先に帰った』ってね」
立ち上がり、ヒステリックに叫ぶ。
「分かったら返事をしなさい、この愚図がッ! ぶち殺すわよ!?」
「ひいいいッ……!」
ムドラとラドムは蒼白な顔でコクコクと頷いた。
ワタシはにっこりと笑って、
「分かってくれたならいいの。じゃあいってらっしゃい」
パチン、と指を鳴らす。
次の瞬間、彼らの姿は霞のように消えた。
転移魔術で移動した彼らは、今頃基地についているだろう。
そしてワタシの命令に従い異常はないと報告するはずだ。
──もちろん、あんな魔術は存在しない。
ラドムには痛みを感じる幻覚魔術を施した。
あの絵はただの魔力紋で、一時間もすれば消えるだろう。
それでも、騎士団を動員させるわけにはいかなかった。
今、魔獣大発生の知らせが行けばガゼルが飛んでくる。
そうなれば、シャーリーの誕生日パーティーが台無しだ。
ゲルダ様も、エリザベスの馬鹿も、ガゼルも……。
そしてなにより、シャーリーが悲しむことになる。
許してなるものか、そんなこと。
『私、お姉さまに来てほしいんです』
『ほんとですか!? 約束ですよお姉さま!』
不意に、シャーリーの言葉が頭をよぎった。
絶対に破らないと誓った、二度目の約束。
だけど。
がんばって作ったあの子のためのケーキは……届けられそうにない。
「あーあ、結局、こうなるのね」
黒い波が押し寄せてくる荒野が、薄い水のヴェールで覆われた。
小指で結んだ約束を思い出す。
もう二度と破らないと誓ったのに、平気で破ろうとする自分に嫌気がさす。
「……ま、ワタシなんてこんなものよ」
ワタシが幸せになる権利なんてない。
まるで、天にそう言われているような気さえした。
どうせワタシは純血のローガンズで、悪女で。
一度約束を破ったんだもの。二度、三度破るのも同じよね。
「三千体くらい……いや、もっとかな」
魔獣の数を数えながら、ワタシは自嘲した。
大災厄と名がつくだけあって、さすがのワタシでも抑えきれない数だ。
それこそ、この命を懸けなければ到底止められないだろう。
「……きっと、ワタシの命はこの時のためにあったんだわ」
神様がいるというなら、きっとこのために生かされたのだ。
妹の誕生日パーティーを守って死ぬ。
罪を犯した女にしては上等な最期じゃないか。
これでいい。
これがいい。
こんな大群、ガゼルを呼んでも焼け石に水だ。
ワタシのすべての力を賭けても、勝てるかどうか。
十中八九死ぬでしょうね。
シャーリーを一人残すのは不安だけど、今のあの子は一人じゃない。
ガゼルがいる。エリザベスがいる。
ゲルダもイリスもイザベラもいる。何も心配なんてない。
大体ね、元から相応しくなかったのよ。
こんな穢れた血の、妹を傷つけた女がシャーリーの姉になんて──
『もう、許しました』
ふさわしく、なんて。
『大好きです、お姉さま』
心が燃え上がった。
「──あぁ、もうッ!」
滲んでいた視界を振り払い、ワタシは前を向く。
妥協しそうになった心を叱りつけたのは、やっぱりシャーリーの言葉だった。
「なにしてんのよ」
涙ながらに語ったあの子の言葉が、想いが、ワタシの心を奮い立たせた。
パチィン、と両の頬を叩き飛ばす。
「簡単に諦めてんじゃないわよ、ワタシ!!」
悪女だから。
自分が許せないから。
そうやって、いつまで甘えているつもりだ?
「みっともない……腑抜けてるわ」
ワタシは何年にも渡りシャーリーを傷つけた。
それは決して許されていいことじゃないし、誰が許してもワタシが許さない。
これからも許せる日が来るかどうかも分からないけれど。
それでも。
今、あの子と居れる喜びを噛みしめないで、何が姉だ。
「許す許さない以前に!! ワタシはシャーリーのお姉ちゃんでしょうが!!」
誓ったのだ。もう二度とシャーリーを泣かせないと。
決めたのだ。健気で無垢なあの子の笑顔を曇らせまいと。
愚かにも願ったのだ。もう一度あの子の姉として生きたいと。
「……ハァ、ハァ。いいわ、やってやるわよ」
ガゼルに知らせず、三千体以上の魔獣を一人で対処する。
無理無茶無謀だ。前線基地の総力を挙げて対処すべきだ。
いくら天才でも魔力が足りるわけがない。
──知ったことか、そんなこと。
「このワタシが、一匹残らず殲滅してやる」
空中に魔術式を描き、複数の魔術陣を浮かび上がらせる。
誰にも気づかれずに一人で魔獣を殲滅。
そしてシャーリーの誕生日パーティーに間に合うために。
悪女である自分と、姉である自分を両立させて、腰の杖を抜く。
死の覚悟? そんなものは捨てなさい。
シャーリーが悲しむでしょ。
必要なのは生きる覚悟
絶対に約束を守るという強い意志。
「あの子を泣かせる奴は、たとえワタシであろうと許さないっ!!」
黒い津波のなかに、ワタシは真っ向から飛び込んだ。
今夜19時、完結!