底辺妖怪異世界へ行く
ぽん。と浮かんだネタをノリと勢いで書いただけなので、ふんわか設定糖度薄めです。
「はい! 今日はここまで!」
聞こえてきた鐘の音に本を置くと、大人しく座っていた子供達が歓声を上げた。
「明日は精霊たちの事覚えてるかテストするからねー!」
「えー!」
そう予告すれば不満げな声も上がるけど、テストと言っても今日読んだ所を止まらずに読めるかとかだから、殆どの子供は元気よく返事をしている。
「それじゃ、気を付けて帰ってねー!」
「はーい! 妖怪先生もお疲れ様でしたー!」
色とりどりの髪の子供たちを見送るのは艶やかな黒髪に赤い目の妖怪先生こと鬼月美緒。
彼女がここフィディルゼア国にやってきて、半年が経とうとしていた。
***
初めは彼女もわけが分からなかった。
確か昨日の晩も嫌味を言ってくる一族の定めた婚約者に、婚約者に想いを寄せる女の嫌がらせからのストレスを発散させるために人間の書いた小説――しかも権力者が身分の低い女性に冤罪を着せて婚約破棄をするつもりが逆に罪人になる、ざまぁと呼ばれる展開のもの――を肴に酒盛りをしたはずだ。
そのまま寝落ちたのだとしても、起きたら自分の部屋にいる筈であって、ただっぴろい草原ではない筈だ。現に着ている物も色気のない紺のスウェットに着古して少し伸びた黒のトレーナー。額につけたままの太いタイプのヘアバンドもそのまま。
「え、ナニコレ……。人間の小説で読んだ異世界転生って奴……?」
呆然としたままの美緒が近づいてくる音と気配に気づいて後ろを振り向くと、遠くから真っすぐ美緒のいる方に向かってくるものが見えた。
「馬?」
別に馬そのものは珍しくはない。美緒のいた世界にもいたのだから。問題は馬の背中に乗っているキラキラと眩しい金色のものだった。
「反応があったから見に来たら、今度の異世界人はお前か……」
馬の上から美緒を見て呟いたのは男で、キラキラと眩しいのは男の髪だった。
「私はカーディル。ここはフィディルゼア国のレディカ。お前のような異世界人は偶にやってくるから保護しに来た。お前の名前は?」
カーディルは金の髪に緑の目と、小説に出てくる王子様のような色合いに整った顔立ちだが、先ほどから表情が変わっていない。無表情だ。
「鬼月美緒ですけど……」
「キヅキミオか。私の事はカーディルと呼べ」
当然の事に理解しきれない美緒に対して、カーディルは淡々と話しを進めていく。
「あ、美緒が名前です! 鬼月は、苗字と言うか、種族名……」
徐々に小さくなっていく美緒の言葉に、カーディルは無言で美緒を馬の上に乗せた。それはもう、流れるような動作で。
気が付くと馬に乗っていた美緒は、一瞬何が起きたのかわからず目を大きく見開いたが、間を置かずにカーディルも馬に乗って来たのでもっと見開くことになった。
「お互い詳しい話は町についてからだ。後舌をかまないように口を閉じていろ」
そう言い終わらないうちにカーディルは馬の腹を蹴り、馬が動き出した。
「なにこれぇー!?」
初めは方向転換のために緩やかな動きだったが、方向転換を終えると、馬は速度を上げて走り出した。その為美緒は慌てて口を閉じ、落とされないためにカーディルの服を強く握りしめるのだった。
町が見えてくるとカーディルは馬を制して速度を落とし、一番近くに見えら建物に向かった。
「お帰りなさいませ!」
「あぁ。異世界人を連れてきた。女だからミシェルとフォルツを呼んでくれ」
「はい!」
そこにいたのは12、3歳の少年で、カーディルの言葉を聞くとすぐに走り出した。
「今のは……」
「あれは下働きのセンレスだ。主に馬の面倒を見ている」
「はぁ……」
何が何だか分からない美緒は気の抜けた返事しか出来ないが、カーディルが気にした様子はない。
馬から下され近くにあった椅子に座らされると、すぐにセンレスとまだ若い緑の髪に青い目の男性と、中年に見える栗色の髪と男性と同じ青い目の女性がやって来た。ちなみにセンレスは女性と同じ栗色の髪に青い目をしている。
「まぁまぁ! 可愛らしいお嬢さんね! お名前をお聞きしても良いかしら?」
「え、あ、はい。鬼月美緒です。美緒が名前で、鬼月は、種族名です……」
「ミオ様ね! 私はミシェル。この子はフォルツ。そっちの子はセンレスです」
にこにこと微笑みながらそう言ったかと思うと、次の瞬間ミシェルはカーディルをねめつけていた。
「若い女の子をこんな格好のまま放っておくなんて何を考えているのですか!」
「お前が来るのを待っていた」
「なら服も用意するように伝えてください! ミオ様。私のもので悪いけど着替えましょう。その恰好は目立ってしまうわ」
笑顔なのに押しが強いミシェルに押されて、美緒は説明を聞く前に着替えることになるのだった。
美緒がスウェット姿から分厚い生地で作られたワンピース姿になると、ようやくこの状況の説明を聞くことが出来た。
ここはフィディルゼア国。国に数か所、異世界と繋がりやすい場があり、数十年に一度異世界人が落ちてくる。
精霊がいて魔法がある。そんなファンタジー小説のような世界。
カーディルの一族は代々レディカにある場の管理をしており、カーディルが当代。ミシェルはカーディルの乳母で、フォルツはその息子でカーディルの片腕。センレスはフォルツの従弟だと言う。
「異世界人は皆弱いが、この世界にはない知識を持っている。それを提供してもらう代わりにこの世界での生活を保障することになっている。勿論本人の意思を優先することになるが、ミオも一度は王都へ行って貰うことになる」
淡々としたカーディルの言葉を自分の中で咀嚼した美緒は即答した。
「権力者の近くとかもう嫌です」
笑顔でそう即答した美緒に、カーディルの動きが止まり、フォルツとミシェルはぽかんとした表情になった。
「ミオ様は権力者に嫌なことをされたのですか?」
センレスだけが良く分からないままに首を傾げている。
「そうねー……。ちょーっと面倒と言うかややこしい話だけど、今度はわたしの話聞いて貰えます?」
「はい!」
元気よくセンレスが返事をすると、美緒はつけっぱなしにしていたヘアバンドを外した。
「何だそれは」
その下にあったものを見て、カーディルが眉根を寄せた。
「角です」
あっさりと言う美緒の言葉通り、美緒の額には二本の角があった。ただし、ヘアバンドと髪で誤魔化せるほど小さな角だ。
「まず言っておきますけど、わたしは人間じゃありません。鬼です」
「オニ」
「はい。鬼って言うのは妖とか妖怪とか言われるものの一種で、種族的には結構強い種族です」
「強い」
オウム返しになっているカーディルに頷きながら美緒は話を進める。
「鬼は謎の美形率と額から生えた角が特徴で、角が大きいほど力が強い種族です。で、妖怪の中では結構上位に位置するんですけど、鬼同士の中でも上下関係とか権力争いはあって……さっくり言えば、わたしほぼほぼカーストの一番下だったんですよ……」
淀んだ目で言う美緒の表情は無だった。
妖怪同士では鬼は上位に位置するとしても、美緒はその一番下。
鬼にとっての一番下は、他の鬼からは当然ながら、鬼より下に位置する種族にとっても鬼に対するうっ憤をぶつける良い対象だった。
「勝手に決められた婚約者とその愛人からは毎日飽きもせず嫌味言われて嫌がらせられて、他の鬼たちからもゴミ扱いされてもうね……権力者なんて全員消えろって毎日思ってます」
力強く言い切る美緒に、誰も何も言えなかった。ただ、美緒を王都に連れて行くのは危険かもしれないと思った。
「……王都に行くのが嫌ならレディカで過ごして貰うことになるが、ここは安全とは言い難い。それでも良いのか?」
なんとか立て直したカーディルが聞くと、美緒は考え始めた。
「鬼だから結構頑丈ですし、わたしでも出来ることがあれば全然問題ないです。でもわたしの鬼火、ランタン代わりにしかならないんですよねー」
「そのオニビ、と言うのを見せて貰っても?」
「あ、はい。こんな感じです」
人差し指をたててその先に妖力で炎を作り出す。鬼が作り出す炎は一人の例外もなく青い炎で、美緒の炎も弱いながら青かった。
マッチの炎程度のそれを見ながら、美緒はため息を吐く。
「もっと大きい炎だったら、バカにされなくて済んだのに……」
そう呟いた瞬間、鬼火が急に大きくなった。
「ふぁ!?」
驚きのあまり思わず鬼火を消すと、ふわりと後ろから何かに抱き着かれた。
「何!?」
『なんで消しちゃうの!? 折角大きくしてあげたのに!』
「誰!?」
ぷんぷんと怒っているのは炎のように赤い髪をした少年で、抱き着かれているのに重さは全く感じない。それどころか気配もないが、妖怪である美緒にとっては驚くこともないのでそこは気にしていない。
『そこのカーディルと契約してる炎の精霊だよ! お姉さんが大きい炎が良いって言うからお手伝いしてあげたのに!』
「そ、そうだったの!? 有難う。でも急に大きくなったからびっくりしたの」
マッチの炎サイズが急に天井まで届くサイズになれば普通は驚く。
『じゃぁ今度は声かけてからにするね。お姉さんの炎、青くて綺麗だからもっと見たくなったんだ』
にこにこと笑う精霊にカーディルは驚きを隠せなかった。
異世界人は今まで誰一人精霊を見ることも出来ず、声を聴いて話すことも出来なかった。なのに美緒は当たり前のように見て話している。
「君は、精霊が見えるし声も聞こえるんだな……」
「へ? こんなにはっきり見えるのに?」
美緒からすれば、半透明な亡霊族よりはっきり見えて意志の疎通もしやすい。
「なるほど……これが妖怪と言うのもなのか……」
感心するような考え込むようなカーディルを余所に、天井を確認していたミシェルは精霊に説教を始めた。
「ミオ様がすぐにオニビを消してくれたから良かったものの、一歩間違えたら家も私たちも燃えていましたよ!」
『ご、ごめんなさい!』
精霊もミシェルには敵わないのか、素直に謝っている。
「とりあえず、ミオさんは王都には行かずレディカで過ごすという事で宜しいでしょうか?」
「それでお願いします!」
フォルツの問いかけに勢いよく返事をすると、何故か精霊とセンレスが喜び、フォルツは王都へ送る書類を用意するために部屋を出た。
『やったー! 今度外でもっと大きい火を出そうね!』
「ミオ様ここで暮らすんですか!?」
喜ぶ少年二人に首を傾げていると、カーディルが二人が喜んでいるわけを教えてくれた。
「青い炎なんて出せる者はいない。それを間近で見られることが嬉しいんだろう」
淡々とした説明に、炎と言えば青い鬼火な美緒ははぁ。としか言えない。
それでもいい意味で歓迎されているようなのでほっとした。
「まずはここのこと教えて貰えますか?」
真っすぐにカーディルを見て言うと、カーディルはすぐに頷いた。
「勿論だ。まずはこの世界、この国のことを勉強して貰いたい。今後どうするかはその後決めて貰えば良い」
「今後……」
したいことを選べるなら、美緒にはあちらでは叶えることが出来なかった夢を叶えたかった。
「あの……わたし、子どもたちの先生になりたいです!」
鬼族は強さが全て。
弱い鬼である美緒には選択肢も自由もなく、他の鬼族が嫌がって押し付けてきたことしが出来なかったが、この世界では強さに関係なく、したいことを頑張れば出来る可能性がある。素晴らしいことだ。
「学校の先生か……。後五か月で新しい年になる。そうなると子どもも先生も入れ替わる時期だ。それまでに知識面をクリアしていればなれる可能性はある」
「それまでに頑張ります!」
目を輝かせて生き生きと返事をする美緒に、カーディルは何度か目を瞬かせた後小さく微笑んだ。
「頑張ると良い」
正面からその微笑みを見た美緒は、「敵意も蔑みもないイケメンの笑顔やばい!」と叫ぶのだった。
***
時にカーディル、時にフォルツ、たまにミシェルに教えて貰いながら知識をため込んでいった美緒は、五か月後、見事レディカにある子供用の学校で先生になることが出来た。
それから一か月、異世界人であることを隠していないので子供達からは妖怪先生と慕われ、青い鬼火を見せて欲しいと大人からも期待の眼差しで見つめられながら、美緒はレディカで自分の居場所を作って行った。
『ミーオ! 今日は今まで一番大きな炎作ろうよ!』
「危ないから却下!」
すっかり馴染んだ家に帰ると、精霊がいつものように背中に抱き着いてくる。
危ないからと即座に却下されるまでがお約束のような流れだ。
「今日の授業は終わったのか」
「カーディル」
家の中が賑やかになったせいか、カーディルが仕事部屋から出てきた。
「学校はどうだ?」
「癖はあるけどみんな明るくて良い子だし楽しいよ!」
「そうか。ミオも楽しく過ごせているなら良かった」
口調は淡々としているが、どこか甘やかさを感じる声音に美緒は背中がむず痒くなる。
それでも、美緒は心から思うのだ。
「わたし、この世界に来て良かったわ!」