悪役聖女による平和記念式典スピーチ
国外追放、ですか。
それはびっくりですね。驚きました。
え? 驚いているように見えない、ですか?
そうですね。正直に申し上げれば、こうなることは予想していました。
ただ、よりにもよってこのタイミングで、というのに驚いただけです。
なにせ今はとても大事な平和式典の最中。
ちょうどこれから第一王子様の平和記念スピーチが始まるところだったのですから。
王子様は昨夜遅くまでスピーチ内容について考えていらっしゃったようですし、さぞかし素晴らしい名文を思いつかれたことでしょう。
せっかくそれを披露するのですから、場の雰囲気を悪くする知らせは、人のいないところでこっそり言い渡されるものと思っておりました。
それなのにわざわざ大勢の人の前で見せつけるように……
私の評判を少しでも貶めたいという意図があってのことでしょうか?
私はセインスブルク家の長女として生を受けました。
代々聖女を輩出してきた家系です。僭越ながら私も聖女の称号を頂きました。
頂いたからにはその名に恥じぬよう、微力ながらも平和に貢献してきたつもりです。
それを道半ばで閉ざされるというのは心苦しくあります。
私を信じて家を継がせてくださったお父様にも、これまで家を守り続けてきたご先祖さまたちにも、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
追放される理由は聞かないのか、ですか。
もしかして聞いて欲しいのでしょうか?
理由はきっとあの件でしょう。
私が為したとされる数々の悪行について、この平和記念パーティーで公表したいのでしょう。
ですが、この大切な記念式典の最中にそのような話など皆様も……おや、意外と皆様ご興味がおありな様子ですね。
はあ。確かに貴族というのはそういうものかもしれません。
世界が平和になって刺激が減ったため、娯楽に飢えているということでしょうか。
平和。
そう、平和です。
勇者様が魔王を倒し、この世界が平和となって一年が経ちました。
でも平和とはなんでしょう。
魔王がいなくなればそれで全てが解決したのですか?
魔物に家族を殺された人たちは、悲しみを抱えたまま生き続けなければなりません。
とてもこんな場に出席することは難しいでしょう。
この王宮は最優先で再建されましたが、破壊された街は未だ復興が進まず、今日を食べるものにさえ困っている人たちはたくさんいます。
汚染された魔物の話は、皆様の耳にも入っていることでしょう。
魔王が死んだことにより、その恐るべき怨念が世界中に広がり、すべての魔物に呪詛汚染を引き起こしました。
それは感染した魔物を凶暴化させる恐るべきものでしたが、真の恐ろしさは別にありました。
感染した魔物の攻撃を受けると、人間もまた呪詛に感染します。
そして人を魔物に変えてしまうのです。
ほんのかすり傷でも呪詛は人間に感染します。
竜種や幻獣種はおろか、ゴブリンやコボルトといった下級の魔物までが、即死性の猛毒を持ったようなもの。
魔王は本当に厄介なものを残してくれたものですね。
魔物化を元に戻す薬も開発が進んでいますが、実用化はまだ先のことでしょう。
いまも多くの人々が呪詛によって命を落とすか、あるいは魔物化して退治されています。
一体誰が悪いのでしょう。
魔物に変えた魔王でしょうか。
魔物となった家族を殺した兵士でしょうか。
日夜研究に勤しむのに未だ特効薬の実用化に至らない魔術師たちでしょうか。
それとも、魔王を倒した勇者様が?
この記念パーティーにはたくさんの人がいらっしゃいます。
王族、貴族の方達に、使用人の方まで呼ばれているそうですね。ずいぶん盛大な催し物です。
ですがここに日々戦い続ける人たちはいません。
王都の壁を一枚越えた向こう側では、いまも残った魔物を退治してる人たちがいます。
壊れた街を復興し、荒れた農地を耕し、剣を取る人たちはこの場にはいません。
この場にはいないのです。
魔王はいなくなりました。
ですが傷は未だ残されたまま。
平和とはなんなのでしょう。
これから不幸になる人が減る?
そうですね。その通りです。それはとても喜ばしいことでしょう。ならやはり祝うべきなのでしょうね。
ですが知っておいて欲しかったのです。
この世界にはまだ痛みを抱えたままの人がいるということを。
そんなことは知っている?
ええ。もちろんその通りでしょう。心優しい第一王子様なのですから。当然です。
であれば。
あなたに国外追放を言い渡され、聖女の身分まで奪われた私のことを少しでも哀れだと感じていただけるのであれば。
最後に私の話を聞いてもらってもよろしいでしょうか。
……寛大なお心、誠に感謝いたします。
それではお耳汚しではありますが、私の拙い話をお聞きくださいませ。
世界は平和になりました。
だけど私に平和は訪れませんでした。
私の愛する人たちはもう一人も残っていないからです。
世界中で今も人々は戦い続けています。
世界を救ったはずの勇者様もこの場にはいません。
今どこにいるか王子様はご存知ですか?
ご存知ない?
そうですか。世界のためにその身を捧げたのに、もうご興味を失われてしまったのですね。
もちろん、荒廃した国の復興で多忙な毎日を過ごしていることでしょうから、そのような些事に構っている暇はないのかもしれません。
とはいえ、やはり少し寂しく感じてしまいます。
魔王を倒すという偉業も、一年も経てば風化してしまう程度のことなのでしょう。
おや、どうされましたか王女様。
そのように悲しげに目を伏せて。
ああ、忙しさを理由に、最大の功労者である勇者様を忘れてしまったご自分を責めておられる、ということでしょうか。
素晴らしいお心だと思います。
私に責めるような意図はなかったのですが、確かにそのように聞こえてしまったかもしれません。
であれば謝罪いたします。
私としては、ただ事実を述べているだけなのですが。
昔からこの話し方のせいで嫁の貰い手が見つからないのだとお父様からもよく小言を言われたものです。
懐かしいですね。当時はいささか煩わしく思っていたものですが、もう聞けないと思うと途端に寂しく感じるものです。
……ああ、また話が脱線しておりました。こういうところが良くないのでしょうか。
それでは簡潔にお伝えしましょう。
勇者様は死にました。
魔王にではありません。
この場にいる誰かに殺されたのです。
皆様もご存知の通り、聖女である私は勇者様と共に魔王討伐の旅に出ました。
もう五年も前の話です。
当時はこの世界を守ろうと、私も使命に燃えていました。
魔物に苦しめられている人々。
明日の食べ物にさえ苦しんでいる人々。
そのせいで犯罪に手を染める人々。
何もかもが悪い方に進んでいました。
一刻も早くこの負の連鎖を止めなければ、人類は滅んでしまう。
そう思っていたのです。
ですが、世界のすべての苦しみは本当に魔王が原因なのでしょうか?
王都は常に万を超える聖衛兵に守られています。
しかし、人類生存圏の最奥に位置する聖王都が魔物に襲われることなど、歴史上でも数えるほどしかありません。
その兵を人々の窮状を救うために振り向けていたら。
魔王討伐に向かわせていたら。
世界はもっと早く平和になったのではないでしょうか。
聖王都には結界を張る術式がある? それを壊されたら人類が絶滅する? だから万が一に備えて守りを厚くしている?
なるほど。もっともですね。
実際、過去に数度とはいえ、魔物の大群に襲われているのですから。
万が一に備えることは大切でしょう。
とはいえ、常々思っていたのですが、冒険をするのにどうして4人パーティーが最適だなんて言われているのでしょう。
観光目的の旅ならいいでしょう。
しかし私たちの目的は魔王の討伐。
決して失敗が許されない旅です。
4人ではいかにも心許ない。
100人くらいで挑むべきではないでしょうか。
私たちのパーティーも初めは10人もいたためそれなりの大所帯といえるものでしたが、魔王の元にたどり着く頃には私と勇者様の二人だけとなっていました。
誰もが皆、その道を極めた実力者ばかりであり、苦楽を共にした大切な仲間でした。
万を超える聖衛兵のほんの一部でも貸していただけたのなら、今頃はきっと……。
今となっては過ぎた話ですが。
私と勇者様のたった二人で魔王に挑むこととなりましたが、誰よりも深い絆で繋がれた私たちには、無限の力がありました。
ええ。私たちは愛し合っていたんです。
一人ではできないことも、二人でならできるようになる。
もうダメだと諦めそうになっても、愛する人をそばに感じるだけで、失われたはずの力が無限に湧き上がってくる。
なるほど、少人数のパーティーにもメリットはあるのかもしれないですね。
100人単位のパーティーでは、これほど深い絆は生まれないでしょうから。
愛こそが私たち人間にだけ使える奇跡の力。
それは神の奇跡ではありません。
私たち人間には、それだけの力が眠っている。不可能さえ可能にする力があるんです。
そうして私たちは魔王を倒しました。
しかし魔王は強大でした。
死してなおその力は強く、討伐した私たちは恐ろしい呪いを受けました。
この腕の傷痕がその時の呪いです。
おや皆様、そんなに私から離れてどうしたのですか。
これは魔王を倒した際に受けた呪いです。
確かに腐った魔物のような醜悪な見た目をしていますが、れっきとした名誉の負傷というやつです。
神の加護で進行を抑えていますが、全身に回るまであと一年というところでしょう。
人に見せられるような物ではないので、普段は幻術で姿を変えておりますが。
ああ、感染はしないから平気ですよ。
これは魔王の亡骸から産まれた毒。自身を殺した者に復讐するための呪いです。
直接手を下していない人には無害ですからご安心ください。
なにせ神の加護で進行を抑え、常に癒しの魔法を使い続けていますが、それでも体を引き裂くような激痛が消えないのです。
今では治すことは諦めて、腕の神経を焼き切ってしまいました。
痛覚がなければ痛くもありませんからね。
ちなみに、傷つけすぎないのがコツです。
例えば腕をこうやって切り落としたとしても……ほら、このとおり。
自動で再生してしまうのです。
せっかく切った神経も復活してしまいますから、それはもうとてつもない激痛に襲われます。ですから再生しない手前で止めることがコツですね。
おや、どうしました王女様、そんなに青ざめて……
もしかして血を見慣れていないのでしょうか。
王女様に限ってそのようなことはないと思いますが……
そうですね。
貴族の皆様にはショッキングな光景でしたかもしれません。
私などはもう見慣れてしまったので気にしておりませんでしたが……配慮が足りませんでしたね。申し訳ありません。
神経を焼き切ったせいで手の感覚までなくなったのが難点でしょうか。
なにせ手に物を持っているのかどうかがまるでわからないのです。
おかげでナイフやフォークはおろか、グラスを持つことさえ叶いません。
皆様と共にこの式典を祝えないことがとても心苦しいです。
どうしました王子様。そのように険しい表情をなされて。
祝いの場での無作法がそれほどまでに気に障りましたでしょうか。
その醜い物をすぐにしまえ、ですか。
……まあ、そうですよね。
これは皆様が享受している平和の代償なのですが、確かにこのような場でわざわざ見せるようなものでもありませんでした。
気分を害された方もいることでしょう。
謹んでお詫びいたします。
すぐに幻術をかけ直すといたしましょう。
さて。また話が脱線してしまいました。
続きを話すといたしましょう。
魔王を倒し、呪いをかけられた、その後のことです。
魔王を倒した勇者様は、国に帰れば英雄となります。
貴族待遇となり、第一王女様との婚姻も約束されていました。
とすれば貴族の一員となります。大変な出世ですね。
もちろん私は構いませんでした。
勇者様を愛していましたが、貴族が多くの妻を娶るのは普通のこと。
私一人だけを妻にしてくれとは言いませんし、妻とする必要もありません。
ただ私を一番に思ってさえくれれば、勇者様の心が私にあれば、それだけで良かったのです。
ですがその願いは叶いませんでした。
皆様は勇者様のことをお忘れになってしまったようですが、それもある意味では当然のことでした。
勇者様は、国に帰る前に殺されたのですから。
皆様、その犯人が誰なのか知りたいようですね。
私はその場にいましたが、相手の顔はわかりませんでした。
認識を阻害する魔法をかけていたのでしょう。
それでも普段の私たちならやられることもなかったのですが、魔王との戦いで疲れ切り、全身に呪いを受けた状態とあっては、抵抗もままならなかったのです。
……おや、皆様明らかにがっかりされていますね。
ですが最後までどうかお聞きください。
かならずや皆様のご期待に応えることをお約束しましょう。
その前に、皆様にひとつお尋ねします。
貴族の役目とはなんでしょうか。
民を守ること。国を守ること。それもあるでしょう。大切な役目です。
ですがもっと大切なことがあります。
それは子を生み、家を存続させることです。
時には国の平和よりも自分たちの地位を優先することすらあるほどです。
王子様は嫌そうな顔をされていますね。
民を守ることよりも大切なことがあるはずはないと、そう表情に書かれています。
ですが反論もないようです。
ええ、心当たりがおありなのでしょう。
これまでの歴史上、王子様のお相手が庶民から選ばれたことが一度もないことが、何よりの証左でしょうから。
そうです。
私たち貴族の女は、子を生むことが何よりも重要なのです。
時には意にそぐわない相手ともまぐわらねばなりません。
いえ、意中の相手と結ばれることの方が稀と言えるでしょう。
でも、貴族同士ですからそこまで変わった人はおりません。
ほとんどは幼少期から交流がありますから、人となりはわかっておりますし、嫌な相手でも付き合い方、心の殺し方は心得ています。
貴族の女は、恋愛と結婚は別に行うものだと幼少期から教育されております。異論を持つこともないでしょう。
恋愛は心でするものですが、結婚は家柄でするものなのです。
だから不満はありません。
どんな相手であったとしても、そういうものだと受け入れることができます。
そのように教育されてきましたから。
どれほど嫌な相手でも、どれほど醜い相手でも、耐えることができます。
ですが。
相手が魔物であったらどうでしょう。
全身が呪詛に汚染されていたとしたら。
体の半分が腐り、ゾンビのようにただれた相手であったとしたら。
見るだけで吐き気がする。
触れることすらおぞましい。
そんな相手と、裸で触れ合い、愛し合うなんて。
とても耐えられない。
貴族というのは、元来とてもわがままなものです。
家やしきたりに縛られる分、裕福な生活を保障されているのですから。
望めば大抵のことは叶う。
戦時下であっても自分たちだけはパンとワインを手に入れることができますし、服なんて洗ったこともないでしょう。
おや、何をそんなに驚いているのでしょうか。
服とは本来洗って何度も着るものなのですよ。多くの方々は、一度来たら捨てるものと思っているようですが。
ちり紙を何度も使い回すことがないように、ドレスは一度来たら捨てるもの。そう考えているのです。
いらないものは捨てる。
気に入らないものは作り直す。
耐えられない相手は殺す。
そう考えた誰かが暗殺者を送ってきたのでしょう。
それどころか、国に帰ると勇者様の家族も、私の家族も、みな殺されておりました。
魔物による襲撃があったそうです。
万を超える聖鋭兵に守られた王都の中で、私と勇者様の家族だけが、なぜか。
先ほども述べましたが、魔物化を治す薬が研究されています。
もしあの時犯人が思いとどまっていれば、今ごろ勇者様は元の姿に戻っていたことでしょう。
いえ、そこまで望まなくとも、もう少しだけ思いとどまってくれればよかった。
私は、幸か不幸か呪いによって一命を取り留めましたが、勇者様は違いました。
神に愛され、神の恩寵を受けていたために、呪いの進行が遅かったのです。
呪いが完全に進行していれば、私のように殺しても死ぬことはなかったでしょう。
ああ、そう考えると、神に愛されなかった私はやはり聖女などではなかったのですね。
この国の聖女は才能ではなく、家柄で選ぶのですから、それも当然ではあるのですが。
いずれにせよ、犯人にはほんの少しだけ躊躇して欲しかった。
そうすれば、今頃は誰も不幸になることなく、この記念式典も無事に終えることができたでしょうに。
呪いをかけた魔王を恨めばいいのか、勇者様を殺した相手を恨めばいいのか。余計なことをしてくれた神を恨めばいいのか。
私が恨むべきは誰なのでしょうか。
一年かかりましたが、私は答えを見つけました。
最初に述べましたとおり、犯人はここにいます。
何食わぬ顔で、私を目の前にしても表情を変えることなく、いまもこの場にいるのです。
本当に同じ人間なのか私はいま少し疑っています。
ここまでなのかと。
ここまで理解できないものなのかと。
泣いて許しをこうとか、怒り出すとか、演技でもいいから何か反応があるものと思っていました。
まさか、私の話を微笑みさえ浮かべて聞いておられるとは。
自分は何も悪いことをしていないと、当然のことをしたまでだと、本気でそう思っているのでしょう。
なるほど。私と皆様はやはり違うようです。
私が魔物なのか、皆様が魔物なのか。
私には判断する術を持ちませんが。
どうしました皆様。剣など抜いて私を取り囲んで。
ああ、犯人に復讐するのではと、そう危惧しておられるのですね。
確かに話の流れからそう考えてもおかしくはありませんでした。
ですが勇者様は言いました。
罪を憎んで人を憎まず。
復讐など望んでいないと。
これもすべて、魔物による心の荒廃が引き起こしたもの。
魔王を倒した今、やがて心も元に戻るはず。
だから恨んではいけないと。
死ぬ間際に、微笑みながらそう言ったのです。
なんと素晴らしいお方なのでしょう。
人は死の直前にその本性が現れると言いますが、勇者様は勇者様のまま、何も変わらなかった。
その高潔なお人柄のままだったのです。
ならば私もその意思を継ぎましょう。
この手で犯人を八つ裂きにしてやりたいという思いを封じ込め、神が下す裁きに任せることとしたのです。
とはいえ、私もすっかり人間らしい感情が消えてしまいました。
いえ、もともと感情は薄い方ではありましたが、より摩耗されてしまったと言いますか。
体だけでなく心すらも、多少の痛みでは感じなくなってしまったのです。
復讐するつもりはありません。
ですが、もはやなにが復讐なのか、私自身なのをしたいのか、自分でもわからないのです。
殴っても痛くない、殴られても痛くない。
復讐したいと思う心がない一方で、復讐してはいけないと思う心もない。
私はどうしたらいいのでしょう。
わかりません。
ですがわかっていることもあります。
かつての私には心があり、そして何かを望んでいたということです。
勇者様を愛していたときの私には間違いなく人の心があり、そして願いがあった。
かつて愛した心はもう残っていなくても、その時に作り上げた「計画」だけは残り続けていたんです。
ならば私にできることは。
その「計画」を完遂させること。
そうは言えないでしょうか。
ところで話は変わりますが、呪いには2種類あります。
相手に害を与えるための魔術による呪いと、言葉によって相手の思考に魔を刺すものです。
後者はわかりにくいかもしれませんね。
では、これはどうでしょうか。
ここにはたくさんの食事が用意されています。
どれも美味しかったでしょう。
そこで私がこう言ったとします。「この中の食事の一部に毒を盛った」と。
予想通りざわめき始めましたね。
私の言葉が嘘かどうかわからないのに、もう前のように食事を口にすることはできないでしょう。
これが言葉による呪いです。
言葉によって相手の思考に余計な疑念を抱かせるのです。
私の長い言葉をここまで聞いてくださり誠に感謝いたします。
お前の話は長いのが欠点だと勇者様にもよく言われたものです。
ですから、もうしばらくだけお付き合いください。
私の話はこれで最後です。
最初に私はこう述べました。
この呪いは感染しないと。
あれは嘘です。
触れれば感染します。
呪詛も呪いも、本質は同じものですから。
私と距離をとって正解でしたね。
……まあ、人が話している時に矢を射掛けるとは礼儀がなっていませんね。
人が話している時に攻撃してはいけないと教わらなかったのですか。私でなければ死んでいましたよ。
そんなことは教わっていない?
なるほど、そうかもしれません。
人の話を遮ってはいけないと教えることはあっても、人が話してる時に矢を射てはいけないとは教えないでしょうからね。
では私が教えましょう。
この呪いの発動条件は、相手を殺すこと。うっかり私を殺してしまうと……。
ふふっ、わかってもらえましたか?
とはいえ心配はいりません。
私はこの通り死ぬことはありませんから。
ですが、勇者様は違いました。
勇者様は神に愛され、神の恩寵を受けていたがために、呪いの進行が遅かったのです。
勇者様を殺した方にも、やがて同じ呪いが発現するでしょう。
全身が腐り、人目に出ることも叶わない醜悪な姿となり、想像も絶するほどの苦痛に永遠に襲われます。
死のうとしても再生してしまうため、死ぬこともできません。
ところで、私は犯人の顔を知りません。
ですが思うのです。
犯人はどこで私たちが呪われていると知ったのでしょう。
知ることはできなかったはずです。
当時はまだ魔王の呪詛が溢れたばかりであり、呪いの存在すら皆様は知らなかったでしょうから。
おそらく当初の目的は、帰路につく勇者様を直接出迎えることだったのでしょう。
私と勇者様が愛し合っていたことは、一部ではよく知られていました。
感動的な再会を演出して私から勇者様の愛を奪い取るはずが、おぞましい現実を目の当たりにしてしまったのです。
ならばあれは、暗殺者などではなく、本人だったのでは……。
おや、王女様、どうなされました。
お顔が真っ青ですよ。
ああ、地面に座り込むなんて、はしたない。
せっかくのドレスが汚れて、その綺麗なお脚にも傷がついてしまうではないですか。
ドレスは捨てるものとお思いかもしれませんが、その宝石のようなお体に万が一でも傷が残ってしまったら国にとっても大変な損失です。
ところで王女様。
先ほど地面に座り込んだ際、おみ足に傷がつきましたが、すでに治っているみたいですよ?
再生されたのでしょうか。
だとしたらすごい再生速度ですね。
それとも、こっそり私が回復魔法を使った?
ふふ、どちらなのでしょう。
おや、王子様もずいぶん離れていらっしゃいますね。
何しろこの国を背負う身。そのお体に何かあったら大変ですからね。
愛よりも国を選ぶ。素晴らしいお考えだと思います。
ああ、王女様、自ら命を断とうとなさってはいけません。
なぜなら呪いが本当に王女様にも発現するかどうかは、まだわからないのですから。
もし発現していないのに自死なさったら、ただの無駄死になってしまいます。
そんなこと、耐えられないでしょう。
呪われていないのに、呪われたと思い込んで自ら命を捨てるなんて、こんなに愚かなことはありません。
ですからどうか、思いとどまってください。
……ああ、よかった。
わかってくださいましたか。
呪いが本当に発現するまで、王女様には生きていただかねば困りますから。
え? 助けて欲しい? もちろんお断りします。
王子と王女、両方の権限で命令する?
そうですね。
これでもセインスブルク家の長女として王家に仕える身。
王の命令は絶対です。私に言うことを聞かせられるとしたら、それしかなかったでしょう。
ですがもう遅い。
私はつい先ほど国外追放を言い渡された身。
王の命令に従う責務はないのです。
ですから、追放を言い渡された時は本当に驚きました。
よりにもよってこのタイミングなのかと。
式典の最中ではなく、終わってからであれば、助かる道もありましたのに……
自ら唯一の可能性を潰すのですから、その愚かさには本当に驚いたものです。
ま、そうなるように言葉の呪いを流布しておいたのも私ではありますが。
おや、いつのまにか城中の衛兵が集まっていますね。
部屋の外には使用人たちまでいるようです。
いったいどのような催し物でしょう。
私が呪いを解くまで逃さない?
なるほど。実力行使というやつですね。
確かにそれも有効な手段でしょう。
死ぬことのない私に、死が脅しの材料になるのかはやや疑問が残りますが……
とはいえ、やはり皆様はお忘れになっているようです。
勇者様とたった二人で魔王を倒したのが、いったい誰だったのかということを。
……まあ、こんなものでしょう。
王宮の中で平和ボケした兵にしては、よくやった方ではないでしょうか。
日々の訓練の成果が伺えますね。素晴らしいことです。
そろそろ時間のようです。
では最後に、皆様にも呪いを残していきましょう。
既にお伝えしました通り、この呪いは私に触れたもの全てに感染します。
もちろん、空気にも。
以上をもって、平和記念スピーチの結びの言葉とさせていただきます。
皆様のご静聴、誠にありがとうございました。
呪詛に感染した魔物は世界中に広がっている。
自分の罪を隠すため、私を追放する裏工作に必死だった王女様のおかげでずっと冷遇されてきたが、魔物化を元に戻す私の研究は、今の世界で最も価値のある研究だ。
その成果を持ち出せばどの国でも国賓待遇で受け入れてもらえる。
おかげで研究を完成させた私は、世界を救った救世の聖女として有名になった。
使い切れないほどの潤沢な資金と、禁書とされる魔術書さえ閲覧できる王級特権も手に入れることができた。
これだけの条件が揃えば、死者を蘇らせる神の奇跡を再現するのに必要なのは、あとは時間だけ。
そして呪いを克服し不死だけが残された私には、無限の時間がある。
これでようやく私の「計画」は完了した。
今は首都を離れ、山奥の小さな村で慎ましく暮らしている。
いったいどうやって調べたのか、私を「永遠の魔女」と呼ぶ人たちがたまに来るけど……。
永遠を生き、魔術を極めた神域の賢者として崇められているらしい。
もう俗世と関わるつもりはないんだけど……まあ、ずっと同じ毎日じゃマンネリ化するし、たまにならいいアクセントになるからちょうどいいか。
どこかの国が呪いによって滅んだというが、関係ないことだ。
私は今、愛する人との幸せな毎日を過ごしているんだから。
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