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隼人とキリのセカンドコンタクト

 ふざけるな。

 三田村隼人は、憤る。

 いきなり現れた女に告げられた言葉は、荒唐無稽で有りながら説得力を持っていた。

 俺の今までの人生は変えられていた?

 これまでの35年の人生が!


 9月19日。

 いつもの様に残業続きで夜遅くまで残り、やっと帰れたいつもの夜。

 係長という名ばかりの役職を押し付けられ、社内の後始末に走ってばかり。

 年相応の風貌で中肉中背、一部同僚からは「黙ってたら渋いと勘違いする時がある」という、よく分からない評価を受けているが、客観的に見れば風采の上がらないサラリーマンである。

 結婚するタイミングも意思もなく、恋人も作る暇もない。

 そんな訳で、帰宅のついでに独りでちょっと引っかけ、ほろ酔いのまま日付が変わろうかという時間に、彼は自宅のワンルームマンションに着いたのである。

 そんな、誰も居ないはずの彼の自宅に、美女が居座っていたのだから驚いた。

 しかも、彼女はビール片手にゲームに興じていた。


「な、なんだお前は!?」

「いやあ、ごめんごめん。御当()ビールや御当()ゲームに目が無くてね。特に、このエイトナイトってゲームは、今じゃないと遊べないんだよ。当時代のネットが無いと遊べない仕様で……」


 良く分からない言い訳を続ける女は、妙な出で立ちをしている。

 そもそも、髪の色がおかしい。アニメや特撮でしか見ない様な、輝くエメラルド色のショートカット。

 着ているのは銀色に輝くワンピース。黄色や水色の直線や幾何学模様が走っている。

 こんな女性は、彼の過去の交友録には居ない。

 それ故に、馴れ馴れしさと、そもそも勝手に家の備品に手を付けられている現実に、戸惑っていた。


「あ、ごめんなさい。会うのは今日が初めてだったんだ」


 澄んだ高い声であっけらかんと語る。これもまた、良く分からない言い訳である。

 恰好はともかく、美人ではあった。

 丸顔がキュートであり大きな瞳は輝いている。ぷくっとした涙袋もかわいいし、鼻筋もしっかりしている。

 全体的に幼い印象だが、ぼってりとした厚い唇からは艶っぽさを感じさせた。

 ただ、年齢は分からない。隼人は酒を飲んでいる事もあり、二十歳あたりだと感じたが、流石に聞くわけにもいかない。


「じゃあ、自己紹介からするよ。私はキリ。限定A級タイムリーパー。識別番号は928374……」

「ちょっと待ってくれ。何を言っているのか分からない」

「何だよ、何から話せばいいのさ?」

「いやいや、まず何で俺の部屋に居るんだよ。鍵は閉めていたはずだぞ」

「まあ、タイムリープは時間と共に座標も指定できるので」

「そもそも、タイムリープって何だよ」

「時間を繰り返せるってこと。簡単に言うと、現在と過去を行ったり来たり出来る」

「そんなもの、信じられるか?」

「うーんじゃあ、証明するから待っててよ。今から三ヶ月前に戻るから」


 キリと名乗ったその女性は、立ち上がると左手の甲に右手を触れた。

 さっきまで座っていたので分からなかったが、着ているワンピースはタイトなミニスカートだった。

 少し控えめだが胸の形は良く腰もしまっている。

 少し太い脚は、白いタイツらしきもので覆われているが、それはそれで艶かしい。

 と、キリの身体が急に光に覆われた。

 その瞬間、ささやかながら歴史が変わった。



 9月19日。

 仕事に疲れた隼人は、帰りにどこにも寄らず家に帰った。この日は何かが有ると、彼の心の中で確信があった。

 果たして、ワンルームマンションの自宅の扉を開くと、誰も居ない筈の部屋の中に女性の人影を認めた。

 一瞬、驚くも、すぐに三ヶ月前の出来事を思い出し、声を掛けた。


「ああ!キリか。タイムリープって本当だったんだな!」

「わかってくれて嬉しい」


 キリは、ビールを飲みながら、ニコリと笑った。

 それは小悪魔っぽくもあり無邪気でもあり、親しみやすい笑顔だった。


 隼人とキリは三ヶ月前6月15日に、仕事場で出会った。

 最初はキリの出で立ちから、コスプレイヤー辺りがが迷い込んで来たかと思ったが、彼女の「私はキリ。三ヶ月後から来たタイムリーパーだよ」なんて一言で、パニックになってしまった。

 そして、そんな彼の混乱を尻目に、キリは続けてこう言った。


「6月23日は、季節外れの台風が来る。7月1日は、豊中財務大臣が急死する。8月7日は、エイトナイトの新キャラが配信開始される。9月2日に、ユウヒビールの新作ビールが発表される。9月19日、私がもう一度会いに来る」

「お、おい、どういう事だよ」

「もう一度言うから、メモしていて」


 もう一度同じ予言を繰り返し返すキリ。隼人は急いで手帳にメモをしたその瞬間、彼女は闇に包まれ消えた。

 それが三ヶ月前の出来事。

 最初は夢かと思ったが、メモした内容は残っていた。そして、8日後の6月23日に台風が日本列島を直撃した事で、信憑性が上がった。

 その他の予言も全て当たった事、言うまでもない。


「しかし、何で俺のビールを飲みながら、俺のゲーム機でゲームをしてるんだよ!」

「いやあ、ごめんごめん。御当()ビールや御当()ゲームに目が無くてね。特に、このエイトナイトってゲームは、今じゃないと遊べないんだよ。当時代のネットが無いと遊べない仕様で……」

「だからと言って、勝手に家の備品を触るなんて」

「良いじゃないか。私とあなたの仲なのだから!」


 元の世界線の隼人と違って、納得はいっていないものの、理解は出来た様だ。

 ただ、隼人は三ヶ月前に会った時の清純知的美女なイメージを勝手に抱いていたので、今日()()()()()ビールを飲んでゲームに興じる姿は最大級の興醒めにもほどがあり、正直ガッカリしていた。

 そもそも、数分程度しか会っていないのに、何の仲なのか。


「まあ、そんな女性も嫌いではないけども。ともかく、何か俺に用事があるのかよ」

「じゃあ、自己紹介からするよ。私はキリ。限定A級タイムリーパー。識別番号は928374……」

「ああ!待って待って。また、謎の符号をメモしないといけないのか。

「あ、いや、そういうわけじゃ、無いんだけども」

「じゃあ、何なんだよ」

「じゃあ、ご希望通り、自己紹介は省くよ。簡単に言うよ。君は、タイムリーパーによって運命を変えられ、不幸な人生を歩んでしまった人間だ。その事を伝えに、君に会いに来たんだ」

「え、不幸な人生?」

「そうだよ。もし、タイムリーパーによる干渉が無ければ、今頃奥さんも居て、子供も二人居たんだ。会社も今の会社の様な低給の忙しいだけの会社ではなく、きちんとした会社に就職できてたんだ」

「えっ!何でそうなるんだ?」

「色々とあるけど、今の君は自らに対する無力感から、実力以上のものを出せなくなっているんだ。それは、勉強や仕事や人間関係においてもね」


 隼人は押し黙ってしまった。

 過去の自分の行業を思い浮かべ、確かにそういう部分を否定できない。

 会社の件はともかく、異性関係に関しては心当たりがある。

 あの時、あの娘に心を打ち明けていれば、今頃は違う運命だったかも。そんな経験が、何度も何度も頭に浮かぶ。

 隼人は頭の中で状況を整理し、口を開いた。


「まあ、確かにそうかも知れないけども。しかし、いつの話だ?その、タイムリーパーとやらに会った事は無いんだが」

「丁度十年前かな。山岸峰子って女の子居たでしょ」

「うーん。確かにそんな娘がクラスメイトにいた様な……」

「彼女に惚れたタイムリーパーが、その娘を助けるために、君の運命を変えたんだ」

「…….何で?」

「そのタイムリーパーの好みだったんじゃないかな?彼女、可愛かったし」


 確かに、地味だが可愛かった覚えがある。

 ただ、彼女とはほぼ接戦はなく、話した記憶も無い。名前を言われて思い出したくらいだし。


「そもそも、何でタイムリーパーが彼女を助けようとしたんだ?」

「さあ?かわいそうになったか、一発ヤリ……こほん、付き合いたかったんじゃないか?運命をコチョコチョと変えて、その皺寄せが君に行ったんだけど。そうやって彼女に恩を売って、ニャンニャンと……」

「……ヤリ?コチョコチョ?ニャンニャン……ふ、ふざけるな!」


 何で、タイムリーパーの下半身的関心で、自分の人生を狂わされなくてはいけないのか。と言うか、キリの話し方も軽すぎて、何だか煽られている気分だ。


「理不尽じゃないか!そもそも意味がわからない。俺の運命を変える事で、彼女が救われるって」

「犠牲になるクラスメイトなら誰でも良かったんだよ、そいつにとって。君は単純に運が悪かったんだよ」

「そんな理不尽な!」

「まあ、タイムリーパーにとって、有象無象の男の運命なんてどうでも良いんだよ。例えば、今日はここに行けば良いよと伝えるだけで、そいつの運命を狂わせる事が出来る。その行動によって、意中の相手が助かり近付く事が出来るなら、躊躇なく実行する。女狂いのタイムリーパーならね」

「……」

「有能なタイムリーパーは、バタフライエフェクトを計算し、最小限の行動で、最大級の歴史修正を行える。例えば、石ころの場所を変えるだけで、それに躓いた女性が流産するかも知れない。もし、その赤ちゃんが後に偉人になるはずだったら?逆にヒトラーみたいな独裁者になっていたら?こういう風に、歴史は変える事が出来る」

「……理屈としては分かるけど。そいつはそんなに山岸って女の子に惚れていたのか?」

「惚れてたって言っても、ちょっと可愛い女の子とエッチしたかっただけじゃないかな?そういうやつだよ、そいつは」


 ビール片手に語るキリ。酔っ払って少し色っぽくなっているが、オヤジ化も進んでおり、下ネタも平気で口にしている。

 隼人の中で、キリのクールイメージが崩れていったが、それ以上にその男に対する殺意が芽生えてきた。


「ああ、何となく状況は分かった。だったら、そいつの所に連れて行け!今すぐ殺してやる!」

「待って待って!そんな簡単にはいかないんだから。落ち着いて!」



 これが、後にタイムリーパー殺し(キラー)と呼ばれる三田村隼人と彼のパートナーとなるタイムリーパー、キリとの出会いであった。

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