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第30話 Dark(3)

アルスティアのとある山中に存在する秘密の暗殺教団。

恐怖と血で支配されるその領域に、警察から送り込まれた傭兵部隊が突入した。

指示を仰ぐ部下に対し、教団の長アッサルは告げる。


「好きにせよ」


「…と、おっしゃいますと、いつもの…?」


「そうだ。己の力を示したければ、好きに挑むがいい。

幹部が到着する前に敵を全滅させれば、その中から新たな幹部を選ぶ」


「か、かしこまりました!」


ほとんどの団員がこの報せを聞けば、部屋に籠って出てこないだろう。

だがごく少数の野心ある団員たちが動く。

アッサルにとっては、その少数から優れた才能が現れるのならそれでいいのだ。


「さて、猶予は何分がいい?」


アッサルが虚空に問いかけると、彼の影が四つに分かれた。


影の中から、声が立ち上る。


「猶予など不要。聖地を侵す冒涜者に迅速なる裁きを!」


「えー?そんな事言って、幹部の座を奪われちゃうのが怖いんでしょー?」


「くすくすっ…グングニルは臆病だもんね!」


「…ボスが聞いてるんだから答えようよキミたち…。

あっ、猶予は5分くらいあげればいいんじゃないですかね?」


最後の幹部の言葉に頷き、部屋の時計に目を遣る。


「5分だ。猶予は5分。その後はお前たちの好きにしろ」


「あの…」


冷や汗まみれの少年が、遠慮がちに口を挟む。


「ほう?レオナルドよ。お前も行くか?」


渡りに船とばかり、表情を明るくして頷く。


「はいっ!ぜ、ぜひ行かせてください!」


「それはいい事だ!もし1人でも倒せたら、幹部候補にしてやろう」


「あ…は、はい!で、では失礼します!」


「待て!」


そそくさと去ろうとするレオナルドの背に、アッサルの声が刺さる。


「っは、はい!?」


「何度も言うが、私はお前の事を気に入っている。

この戦いで、己の価値を示してみせろ」


「か…かしこまりました!!」


背中に更なる冷や汗が湧き出て、歩くのもやっとの足取りで部屋を出た。


(あの場にいたら殺されてた…!

でも、逃げればもっと確実に殺される…!!

まさかバレていたとは…さすがはアッサル様…!)


確かに彼は、家族が脱走した痕跡を消し、団長に嘘をついた。

しかしながら教団長アッサルへの崇敬。その思いには嘘は無い。


(なら、結果を出してみせる!)


彼は常に弱者であった。

それ故に、己の力だけで周囲を支配するアッサルには尊敬の念を抱いている。


家族が自分を置いて逃げるのは分かっていたが、あえて見逃した。

そして家族へのわずかな心残りを断ち切るため、死を偽装してやった。


全ては、強くなるために。


「現場は…まだ森の中で侵攻を食い止めてるのか」


魔法の地図には、赤と青の光点が表示されている。

味方を示す青の点群が、今にも敵対する赤の点と接触しようとしていた。


「俺も早く合流を…しまった!

武器と道具を用意しないと…クソッ!」


レオナルドが出遅れた焦燥感に苛まれている頃、森で最初の衝突が発生していた―


「止まれ!ここがスカアハ教団の敷地と知っての狼藉か?」


5人の侵入者が入ってきた所に、10人ほどの団員が立ちふさがる。


統一された服装の教団員とは対照的に、侵入者は服装も武器もそれぞれだ。


先頭の男が答える。


「俺たちは地元の警察に雇われてる傭兵だ。

一応『カラティン隊』という名で来ている」


「そんな事は聞いていない!出ていくか、殺されるか選べ!

…まぁ本音を言うと、逃げないでくれるとありがたいが?」


1人の団員が、変形機構を持つ槍を突き付ける。


「この『影蛇王(サーペンタイン)』でアンタら全員殺せば、一足跳びで幹部になれ…」


「こっちもそんな事ぁ聞いてねぇよ」


傭兵の掌から爆炎が噴き出し、団員たちを焼いた。


「ぐぎゃぁああああああッ!!?」


「うああああああッ!!」


「依頼内容は『全員殺せ』だそうだ。

お前ら好き勝手やりすぎたな」


2、3人まとめて殺された事で、団員もヒートアップする。


「貴様らァ!!」


「影の技に沈むがいい!!」


乱戦が始まる。

炎や光が飛び交い、足元から闇の棘が突き上がる。


「ザコはさっさと突破して進め!

俺たちの狙いはもっと上級の団員とボスだ!」


「クソがッ!!コイツら寄せ集めのくせに強い…ッ!?」


教団の『強い者が更に強くなればいい』という訓練方針ゆえ、団員たちの質はまちまちだ。

だが現地警察が威信を懸けて招集した『カラティン隊』は、現時点で集められる最大の戦力である。

数で劣っていようと、突破できぬ道理はない。


「発光する魔法を使える奴が前衛!影を消しながら進め!」


「おうッ!」


そもそも影は、光の角度や周囲の物体の形状などによって、常に姿を変えていくものだ。

闇魔法の術師は、その変化を常に把握しなければならない。

光を当てられて急激に影の形が変わると、術が維持できなくなるのだ。


もちろん一般団員レベルでは、という話だが。


「これ以上先に進めさせるなァッ!」


「邪魔だ」


黒い触手刃を無数に伸ばすが、炎の輝きで掻き消されてそのまま押し負ける。


「コイツらは大した事ないな。

問題はボスだが…情報はまだか…?」


カラティン隊28名で5つのチームに分かれた彼らは、多少戦況に差はあれど有利に戦闘を進め、防衛線を突破しつつあった。


そして合流を目指しながら、ある報せを待っていた。


「…見ろ!」


あるチームのメンバーの1人が、空を指差す。


「マズいな…!」


遥か上空のヘリコプターが、巨大な黒い触手に捕らえられている。


空路で侵入すれば影結界によって迎撃されると分かっていたが、どうしてもヘリを飛ばさねばならない理由があった。


それは、教団長の位置を特定する事だ。

特殊な波長の光魔法を照射し、光がより吸収される場所…つまり闇の魔力が濃い場所に教団長がいると特定できる。


そのために、命がけで空路から接近した警察ヘリだったが…


「ああ…手遅れか…!」


触手に握りつぶされ、ヘリが爆散した。


「やむを得ん。施設中を虱潰しに探し回るしか…」


「いいや、その必要は無さそうだ」


傭兵の1人が地図を広げる。山の中心部で、黒い点が明滅していた。

破壊される寸前、ヘリから送られてきたデータだ。


「ギリギリでやってのけたか…!警察の連中もやるもんだ」


「犠牲は無駄にせんぞ…行こう!」


傭兵たちは団員の死体を越えて森を抜け、施設地帯へと踏み込んだ。

カラティン隊の犠牲はまだ0人である。


「…だらしのない連中だ。

猶予など要らなかったな」


団長室にて呟くはアッサル。


その四つに分かれた影が立体化していく。


「しかし敵もそれなりに良い兵を揃えてきたらしい。

お前たちで存分に蹂躙するがよいぞ」


1人は長髪に巨躯の戦士。


「このグングニルにお任せあれ」


あるいは見かけ15歳ほどの双子。


「は~い。行こっかジャルグ」

「そうだね、ボウ」


そして線の細い青年。


「トリシューラ、出撃します」


四つの影が黒い風となって消えた。


「フッ…出遅れたおかげで生き延びたな、レオ。

いいさ、弱くとも生き続ければやがては私の域に到達できるハズだ」


地図上で蠢く青と赤の点には目もくれず、一つだけ輝く金色の点を見つめていた。


「フフフ…お前は死なせんぞ、私のレオ。

もっとお前の足掻きが見たいからな…!」





「嘘だろ…!?」


レオナルドは現場に向かう途中、繰り返し見返してはその度に青い点が消えていくのを見て、思わず震えた。


だが内なる野心が、足を止めさせない。


(敵は防衛線を突破してどんどん近づいてきてる…俺が迎え撃つんだ!)


地図上に表示された赤点の侵攻ルートに着いた所でやっと立ち止まり、付近の草むらに隠れた。


(1人殺して隠れる。これを繰り返すだけだ…!

どこまでやれるか分からないが…やらなきゃどっちみち殺される!)


前方の森から足音が聞こえ、槍を握る手が汗ばむ。


(…今だ!!)


草むらの脇を通り抜けようとする1人目を目の端で捉え、飛び出す。


と同時に後悔する。


「ッ…!!」


明らかに自身以外の血に塗れた装束。

目前の障害を排除する事しか考えていない視線。


「接敵、俺が片付ける」


「了解」


傭兵は手をかざし、魔法の爆炎を打ち込む。


「うおおおお…ッ!」


レオナルドは段取りも忘れ、ただ逃げ惑うのみ。


(勝てない!俺じゃ勝てない…っ!)


炎と光の矢を必死で避けている…つもりだが、彼らにとっては『当たらなくてもいい』のだ。


レオナルドは『相手にする必要も無い』程度の敵であり、まるで犬でも追い払うかのようにあしらわれるだけだった。


(なんだよクソッ…これが実戦か!)


敵の足元に広がる団員たちの死体。

彼らがどれほど強かったのか、レオナルドは知っている。


思わず口の端から漏れる。


「……ただ山奥に籠って修行してるだけじゃ、足りないのか?」


「やっとその段階か」


「え?」


自分の影から男の声がして、思わず足を止める。


「そ、その声は…」


「幹部4人の内、外部から入ったのが2人。

そして積極的に教団の外から戦力を引き入れているのを見れば分かるだろう。

あの方はもはや一般の団員に期待してはおらぬ」


影が立ち上がり、巨漢に変わる。


その手には、見るからに強烈な神気を帯びた槍が握られている。


「グ、グングニル様…!」


「下がって大人しくしていろ。

団長からお前を守れと言われたのでな」


傭兵たちも存在に気づき、構える。


「おい、敵だ。強いぞ」


「幹部か…?なら、無視はできんな」


今まで自分に向けられた敵意など非にもならない凄まじい殺意を感じ、その恐怖をごまかそうと言葉を絞り出す。


「あ、あの…グングニル様。さっきの話はどういう事です?

団長が俺を…?」


「私に聞くな。知った事ではない」


「でも、あの…団長は一般団員には期待していないと…」


「あの方の意図は知らん。

貴様にできるのは、団長によって生かされた事実をどう受け止めるかだけだ」


自分は特別に期待されているのだ、と。

レオナルドの頭にそんな都合のいい解釈が浮かぶ。


「…はい!グングニル様の戦いを見て、学びを得てみせます!」


「ああ、それはやめておけ」


「え?」


グングニルが、自分の呼び名の元になった神槍を振るう。

するとその場に小型の竜巻めいた暴風が出現する。


「私のやり方は真似できぬ」


穂先で暴風を弾き飛ばすと、ソレはコマのように地を滑っていく。


「うっ?」


そして前方の傭兵に暴風が直撃し、人体を肉塊と血の雨に変えて撒き散らした。


「……!!?」


「風魔法かッ…だがこの速度と威力は…!?」


他の傭兵がとっさに距離を取る。


「遅いな、貴様らは。一手も二手も」


グングニルは躊躇いもなく己の槍を投げつけた。


槍は疾風を纏って高速で飛翔するが、さすがに傭兵たちにも油断はない。


「前方並べッ!」


防御系の魔法を使える者たちが多重の防壁を張って前方に配置する。


防ぎきれるとも思っていない。

ただ一瞬でも槍を食い止められれば破壊範囲から逃げられるし、威力も減退する。

風魔法の特性や彼我の戦闘力の差を理解している者たちによる、即席の連携だった。


「あ…」


「がッ」


しかし、彼らの最善をもってしても、神槍を阻むにはまるで足りなかった。

防壁は1秒も槍を留められず、紙屑のように裂かれて術者もろとも爆散させた。


「だから遅いと言ったのだ。

貴様らごとき弱卒が、よくも聖域に…」


光の矢が、グングニルの頭部を貫いた。


「何が聖域だカルト共が!!

テメェらのせいで大勢が迷惑被ってんだ!自覚しろボケが!!」


「……迷惑だと?」


男の頭は影の鎧で覆われ、実体を消していた。

貫いたと見えた光の矢はそのまますり抜けて、あらぬ方向へ飛んで行く。


「馬鹿な…光魔法だぞ…!

闇魔法を打ち消せるハズだ…!」


「光が闇を打ち消すなら、逆もまた然り。

より強い方が勝つのは道理であろうが」


グングニルが手をかざすと、神槍が意志をもったように戻ってきた。


「警察の使いだったか?貴様らは。

無価値な弱者を守る雑魚の集まりが、何ゆえ我らに意見できると思ったか?」


槍を振る。

残る兵たちも肉塊となって飛び散った。


「な、な…なんて…」


一部始終を見届けたレオナルドは、その異常な戦いぶりに絶句した。


(これを『見て学ぶ』!?…出来るハズがない!)


「5人のチームを片付けた!技量から見ておそらく本隊だろう。

…おい、そっちはもう終わったのか?」


グングニルが足元の影に問いかける。

影を通し、声が仲間へと送られていく。




「こっちは2チームも潰したもんねー!」


「余裕だね。ホント弱い奴ばっか」


ボウとジャルグの双子は、わざわざ殺した後に積み上げた死体の山の上で、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


(ボウ)の方は黄色の槍と短剣を、(ジャルグ)の方は赤い槍と長剣を手にしている。


「あたしなんかボウより2人多くぶっ殺して…」


その時死体の山から生き残りの傭兵が飛び出し、少女の首筋目がけて剣を叩き込む。


「…そんでさぁ!」


ジャルグは依然、自慢げに言葉を発している。


「な…」


確実に叩き込んだハズの刃がへし折れ、宙を舞っていた。


「クソッ…防御魔法か…!?いや、だがこの剣技を防ぐなど…」


「どいつもこいつも弱くってさぁ~」


「どうなっている…!?」


必死に仕掛けを見抜こうとする兵の背後に、ボウが立っている。


「おっさん、こっちこっち。

もう死んでいいからね」


そして短剣を振ると、まるで人体が豆腐のように裂けて四散した。


「つかさ、トリシューラは?」




「はい、こちらトリシューラ。

5人組と6人組に接敵しましたが、全滅させました」


優男が、三叉槍を軽々回して構え直す。


辺りには炭化した死骸が散らばって煙を燻らせていた。

これは、槍のたった一撃で実現した地獄絵図だった。


「グングニルくんが5人、僕が11人。

ジャルグちゃんがボウくんより2人多いと言っていたから、たぶん5と7。

これで28名全員倒したと思います」


『…いや、まだ1人残っているぞ』


幹部の影回線に割り込む声。

それが出来るのは、幹部より上位の闇魔導師。


「ボス?どういう事です?

僕数え間違えてました?」


『いや、合っている。カラティン隊とかいうのは全滅した。

しかしどさくさに紛れて入ってきたのが1人いる』


「ん…でも地図には表示されてないですよ」


『速いのでな、私の影結界でも捕捉できん。大した足だ。

おいグングニル、そっちに向かっているぞ』



「…はい、ボス。

たった今目の前に現れたところです」


凄まじい勢いで岩や木々をなぎ倒しながら、グングニルの眼前にソレは現れた。


「な~~~ンだァアアアアア!!

もう祭りが始まっちまってんじゃねぇかよォオオオオ!!」


女だ。


長い白髪の隙間から、真紅の目を覗かせている。


「その髪、その目、あの兄妹に似ているが…」


しかし纏う殺意のオーラがケタ違いだ。


頭上には黒い輪が浮かび、満面の笑みにビキビキと血管を隆起させている。


「楽しそうだなァ、オレも混ぜてくれよォ!!!」

〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.153【グングニル】

魔神オーディンの所持していた槍を扱うため、この名が付けられた。

某所でひたすら修行に勤しんでいた彼は、アッサル団長に見出されて

教団に引き入れられた。

己の暴力性に悩んでいた彼は、それを制御するために鍛えていたが、

そんな自分に目的を与えてくれた団長に忠誠を誓っている。

だが元は片田舎のチンピラに過ぎない彼は、根本的に『忠誠』を

勘違いしており、一切異論を挟まず従順にする事だと思っている。

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