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第16話 Amnesia(6)

ぐえー

突然の闖入者。


黒い能面…本来顔を覆い隠す物が、正体を示していた。


すなわち、記憶を失ったアニマを狙う『封魔忍軍』の、親玉自らが現れたのだ。


対抗するのはアニムス。


(さて…ここに来たのは勝算あってのことでしょうけれど…)


一度はリスクを鑑みて退却したはずの怨勒が、どうしてまた襲撃してきたのか。


(私の実力を見抜き、戦えば時間がかかり過ぎると理解したからこそ、あえて逃走を選んだのだから…)


拳銃を怨勒に向けて、引き金を引く。


「…!」


窓から跳躍し、弾丸を躱すと同時に斬りかかる。


だがアニムスには、これを身を逸らすことで回避し、反撃に一発撃ち込む余裕すらあった。


「あら?」


弾丸は胴体に直撃した。


…にも関わらず、怨勒は一切怯むことなく斬り込んでくる。


「全く、この世界の鎧は頑丈でいけないわ」


よく見れば、装束のあちこちに装甲が付けられている。着弾部には一切の傷なし。


皆さんもこの防御力を見れば、銃が廃れた事実に納得するはずだ。


「だけど、全身を覆っている訳じゃあないでしょう?


なら、私にとっては裸も同然よ!」


そう、アニムスの技術をもってすれば、装甲の無い所を撃ち抜くのは容易。


「…カァッ!」


だがそれを防ぐのも、また技術。


装甲のある部分で受け、あるいは躱しつつ、じりじりと距離を詰めていく。


「器用ね、関心するわ」


その驚くべき技量を、退屈そうに評するアニムス。


(だけど防御は、同時に自身の行動を制限することになる。


予想通りの体勢になったわね)


怨勒が間合いに入る。


装甲のついた右肩を突き出し、近づいて刀を振り抜くための前傾姿勢。


だが頭上の警戒が甘い。


「ほら危ない」


銃を捨て、脳天めがけて肘を振り下ろす。


打撃が当たる直前、怨勒の姿が揺らいだ。


「!」


「…摩利支天流」


手応えで分かる。直撃を逸らされた。


「梵天聖歩」


煙のような残像が現れては消えつつ、アニムスの背後に回った。


「ッ!後ろに…ッ!?」


だがアニムスは振り向かず、前方の虚空に向かって拳を繰り出す。


「…なんちゃって!」


背後の怨勒の姿が消え、逆に何もない空間に、『本物の』怨勒が現れた。


刀の柄尻で拳を受け止めている。


「…気づいていたのか」


「まあね。私、幻は苦手だから、幻を扱う流派はある程度勉強しているの」


皆さんお気付きの事だろうが、摩利支天流はツォンの使っていた流派で、幻影魔法の使い手のみが修得できるという格闘術である。


本来この武術はアマツガルドのものであり、ツォンに教えたのもこの男なのだ。


「そういう事だから、もう少し相手してもらうわ」


「…好きにしろ」


むしろそうでなくては困る、と怨勒は内心独りごちた。


大将自らによる足止めである。


本命の部隊は今頃逃げた天眼通とアニマを捕まえた所だろう。


(早く連絡を寄越せ…この女の相手はしたくないんだよ…)


後は、武装もしていない女を部下が制圧するのを待つだけ。


「どうせ足止めが目的なのでしょう、あなたは?」


「む…」


顔をしかめる。


(まあ、分かった所でどうなることでもないのだけれど)


そしてアニムスもまた、心の中で皮肉な笑みを浮かべた。


(あの子たちを助けようとすれば、私には隙が生まれる。


それを見逃してくれるほど、呑気な忍者さんはいないわよね…)


どうしたものかと、互いにため息をついて睨み合う。


「……」


「……」


その均衡を崩したのは、遠い玄関先付近から聞こえる、着信音であった。


初期設定のままであろうそれは、2人の戦う寝室へと、少しずつ近づいていた。


「…お前ら?」


「す、すいません頭領!捕まえました!」


部屋に入ってきたのは、まず両手を上げたアニマと天眼通。そしてその2人に向かって武器を突きつけた、怨勒の部下5人。


「…まず聞こう。この音はなんだ」


「は、この家から出てきた所でこの2人を捕まえたのですが…」


「そこにそのスマホが落ちており、着信音が鳴ったのです」


「そしたらこの女、急に落ちていたスマホを拾いやがって」


アニマの方を目で示す。


「貴様…なぜこの窮地に、落ちていたスマホを拾った?」


武器を突きつけられたアニマは、恐怖と混乱で顔をぐしゃぐしゃにしながら、


「わ、分がんないでずぅ~!なんか、拾わなぎゃいげない気がじで~!!」


半狂乱で答える。


「…そういえば貴様は記憶喪失だったな。ならば偶然にも、自分のスマホを拾ったということか?」


首を振る。


「わがっ、わがんないでず!許してぐだざい!」


「…それを奪え。電話に出てみろ」


「はッ!」


5人の部下のうち1人が、アニマの手からスマホを奪い取った。


「もしもし、アンタは誰だ?この携帯は誰のものだ?」


『…あの、神ですけども~、そちらは?』


その声を聞いた瞬間、電話に出た部下は倒れた。


「!!?」


「へっ!?」


「何だ…」


「貴様、何を!」


「ど、どうしたんですか!?」


「何?どうなってんの!?」


その状況を完全に理解していたのは、アニムスただ1人であった。


「アニマッ!!電話を取って、スピーカーにッ!!」


「へっ!?」


そして冷静さを保っていた怨勒はその直後、


「バカ共が!その女を…アニマを殺せッ!!」


と命令する。


この2つの命令に、それぞれが反応した速度は…


「は、はいっ!!」


いち早く命令を受けた、アニマだった。


床からスマホを拾い上げると、スピーカーモードにする。


「私よ!聞こえる、神さま!?『何か言いなさい』!!」


今度は、怨勒が最も素早く行動した。


窓から飛び出して逃げたのだ。


一方天眼通も、混乱しつつ頭を抱えた。


無防備なのは、スマホを持つアニマ、命令したアニムス、そして残る4人の部下たちだ。


『アニムスちゃんですかぁ?何か言えって…何をです?』


神の声が、部屋全体に響いた。


その瞬間、4人の部下たちは一斉に転倒した。そしてそのまま起き上がらなかった。


無事なのは、頭を抱えていたので声を聞かなかった天眼通。


そして神の遣いである2人だった。


「な、なんでこんな…?」


「いやあ、ラッキーだったわ。ほら神さま、説明してあげて」


『ええっ?…ああ、そういう事でしたか!


私たち神の声は、人間にとって情報量が多すぎるのです。


特別にチューニングされたあなたたちの肉体でないと、会話どころか言葉を聞くことさえできないんです』


神の声を1秒聞く事は、脳内に銀河1つ分の情報を流し込まれるに等しい。


当然、聞いた者はただちに脳が焼けて即死する。


「…へ?何の話?訳分かんないんですけど!」


「気にすることは無いのよ。記憶を取り戻せば、何もかも分かる事だから。


それより、天眼通さん?もう頭を上げていいのよ」


「ふえっ?あ、そう…。


ていうか今の何?音響兵器?」


混乱する2人に向かって、アニムスはたおやかに微笑んだ。




その頃怨勒は、夜の街を全力で逃走していた。


(何だ?何で俺は逃げた!?


…だが逃げなきゃやばかった、間違いなく死んでた!)


怨勒は考えを改めた。


(リスクを恐れて、俺は自ら出撃した。だがそれはあまりに危険だと分かった!


確実性は下がるが、大軍を動かすことにしよう!


何としても、あの女が記憶喪失の内に始末してしまわなくてはッ!)


仮面に仕込まれた通信機能を起動する。


「帰る!!」


『え?もう殺したのぉ?』


艶めかしい声、気安い口調。


「違ェよバカ!退却だ退却!


次は幹部に出てもらうことになる、備えとけ!」


『あらぁ、自ら出ておいてみっともないねぇ~』


「俺がこう言う意味を考えてみろ!」


『分かっているわよ。


…あくまで秘密裡に、ってことなら、気を使うのは仕方ないけれど。


しかもその、何とかいう女が記憶を取り戻す前に…』


「そういうことだ!」


正体不明の脅威、いつ来るとも知れぬリミット。


封魔忍軍もまた、挑戦者であった。




「それで、どうしてかけてきたの?」


アニムスは、アニマの携帯にかかってきた電話を問いただしている。


『ええと、仕事があったんですけど…その様子じゃ、無理そうですね』


「いいわ、私が代わりにやる」


『え…まあ、いいですけど。ちゃんと仕事してくれるなら』


アニムスは妹をチラリと見た。


アニマは不安げな目つきで目線を返してくる。


「…仕方ないでしょう、この子は今使い物にならないんだから。


それにしても、本当に戻ってきたわね、スマホ」


『紛失されたらコトですから。


絶対に戻ってくるようにした、と言ったでしょう?』


神は世界にあまり干渉することができない。


だがそれでも『絶対に無くさず、絶対に電波の切れないスマホ』を作る程度は造作もない。


「で、仕事の方は?」


『あ、はい。ジュデッカ・コカイトスという男を殺してください』


「……」


『……』


「情報!足りないでしょう!」


『あっそうか!すいません、つい…。


一応、組織に所属する人物らしいです』


休む暇無く溜め息を吐かされるアニムス。


「そりゃあ、属しているでしょう、大抵の人間は!」


『そ、そうではなくて!名前の無い組織なんですよ!


なんか、組織間の仲を取り持つ組織とか…』


「要領を得ないわね…他には?」


『他…あっ、場所は言ってなかったですよね?


ジュデッカは、ある島にいます』


継いだ言葉は、読者の皆さんのみが驚くものだろう。


『ゼパル学園、というんです』


「へえ、私も知ってるわ。そこに行けばいいのね?


ゼパル学園のジュデッカさんね…顔写真は後で送って」


「ゼパル学園!?」


背後のアニマが、声を上げた。


「…どうしたの?」


「い、いえ。ちょっと聞いたことがあるような気がしたので…」


「そう。行ったことがあるのかもね。


ならちょうどいいじゃない…ねえ?」


天眼通の方を見る。


彼女はPCに向かっていた。


「…分かってる!今島に渡る手筈をつけてる所。


侵入の手引き役が捕まっちゃったから、かなり難しいけど…」


「じゃ、お任せするわ。


はぁ…世界を救う仕事も、ふりかかる火の粉を払うのも、1秒だって遅れさせるわけにはいかない…。


せっかく楽しめそうな相手なのに、こういう時に限って余裕がないのよね…」


次なる殺戮の舞台は、世界最大の学園、ゼパル学園島と決した。










「で、どうする?学園長サマの処遇は?」


生徒会秩序維持部門統括、トルデリーゼ・ドゥーデンヘッファーが言う。


ここは先日彼女が学園長を問い詰めた、あの会議場である。


「どうって…まさかギロチンにでもかけろってか?


どうもしないに決まってんだろバカ!


実質的な自治だの運営だのはともかく、法律上の権利は未だあの爺さんにあるってこと、忘れんな」


法務部門統括、ニザーム・アル=ハイヤートが答える。


「それにねぇ、人を裁くのだってタダじゃないんだよ?


こないだの、『現役生徒が学園内への部外者の侵入を幇助した』事件だって、逮捕にはそりゃあ金がかかったんだ」


経理部門統括、オーギュスト・バルビエが口を差し挟めば、


「いやいやいや、それ以前に!


この島で暮らしてる人の事考えてくんないとさぁ!困るよ!」


運営部門統括、デボラ・エドワーズ女史が反駁する。


「あの、報告が…皆さん、聞いて…あっ、あっあ…」


電子部門統括のインヴィンシブル・ガイなど、うろたえて言葉を失っている。


「だったら、このままにしとくつもりかい!?」


「段階を踏めと言っとるんだバカ!」


「あ~あ…いくらかかるんだろうな~、今度の案件は」


「結局割を食うのは私たち運営部門なんだから…」


「ああ、報告を…」


「シャラァァァァーーップ!!」


その大音声こそ、鶴の一声。


読者の皆様も、知らぬ顔触れに囲まれてさぞ落ち着かなかった事だろう。


ご安心あれ、この声の主はあなた方もよく知る者。


「言いたい事を好き勝手にぶつけ合うのは、会議ではないの。


私は会議を開いたはずでしょ。


君たちは私に逆らうのかな?」


生徒会会長、カシマール・ヴィエトが破顔する。


エルフの高貴な顔立ちに似合わぬ、獰猛な笑みである。


「アンタはいつもそう話をややこしくする…。


じゃあもうトップのアンタがバシッと決断しろや!」


「決断も何も、まだ情報は出揃ってないよ?


でしょ、インヴィンシブル!」


指名され、ビクッと肩を震わす。


「はッ、あ、えー、電子部門からの報告です!


学園内で生活を営む非学生の一部が、怪しい動きを見せています」


「侵入したはいいけど帰れなくなった、哀れな連中でしょ?


まだ全員逮できてないの?」


アニマを狙っていた刺客や、学生たちを付け狙う外部の犯罪者たちは、手引き役が逮捕された事で、今や島から出られずそのまま生活していた。


帰ることなどすっかり諦め、追っ手に日々怯えながら。


「あ、いや…外部から来た人ではなくて!


元々この島で暮らしている、学生以外の人って事です」


「元々?それって飲食店とか、病院で働いてる連中だろう?


審査の上で島に入れたハズじゃねえのか、運営部門がよ!」


トルデリーゼが、運営のデボラを睨みつける。


「ぬうっ!私たちのせいですかぁ!?


こっちだって厳正な基準で判断してるんですから!」


会長が手で制す。


「いいから黙って聞いてろ!!…で、続きは?」


「あ、口座の動きやSNSの書き込みを総合して、違和感を覚えただけなので…。


特定の個人が怪しい、って訳じゃないんですけど」


「だから、学園長の連れてきたっていう『アルビノの女』も大事だけど…。


私たちの学園には、他にも山ほど問題があるわけだ。


あんまり1つの問題にこだわりすぎんなって事、いいね?」


面々は、納得いかないという風で渋々了解する。


その様子を、カシマール会長は満足げに見つめつつ、思う。


(早く帰ってきなさいよ、アニマちゃん!


ようやく面白くなってきた所なんだから!)


〈おわり〉

どうしようもない名鑑No.70【封魔怨勒】

貴族を源流とする忍者の一族『封魔一族』の当主。

生まれつき金に異常な執着を持ち、あらゆる物事を

金で判断する守銭奴だが、金を使うのも好き。

元々当主の座を継ぐつもりは無かったが、当時放送

していた特撮番組『叛逆の忍者アケチ丸』にハマり

忍者として生きる事を決めた。

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