第23話 airplane(下)
機内での激闘から10時間後、個室で寝ていたアニマはふと目覚める。
「…腹減った」
のそのそと部屋から出ると、冷蔵庫のある客室ではなく貨物室へ向かった。
「そういや1週間以上メシ食ってなかったからな…。
さすがにエネルギー切れか」
動かない状態なら1か月以上何も食べずに生存できるアニマだが、空港で待ち受けているであろう敵との戦いに備え、とりあえず何か食べる事にした。
「クソ、見た目だけじゃ分からんなぁ」
固定ベルトを引きちぎり、積み上げられた箱を降ろして中身を確認する。
「おっいきなりビンゴ!さっすがオレ冴えてるゥ」
中に詰め込まれていた缶詰を2・3個取り出し、粗雑に開ける。
そして大した味付けもされていない豆やトマトを飲むように流し込んだ。
「う゛ぇっぷ」
そしてさらに缶詰を取り出そうとした所で、突然激しい揺れに襲われる。
「おおおっ?…うわわわっ!」
固定ベルトを破壊したせいで、積まれた箱が倒れてくる。
「なんだよっ…もう到着か?」
缶詰を両手いっぱいに抱えて貨物室を飛び出すと、ちょうどレルムが現れた。
「貴様ッ…こんな所にいたのか!」
「おお、腹減っちゃってよ。
んで、何?もう到着?」
「それどころではないッ!…いや、確かにもう空港は目の前なんだが。
その空港からたった今攻撃された」
「…へ?」
さすがのアニマも、理解が追い付かずフリーズする。
「右エンジンにミサイルのようなものを受けた。
今は空港に向かって滑空している」
「え?墜ちてんの?この飛行機?」
アニマは唖然としていたが、落ち着いてもいた。
「…そっか、頑張れな!」
それだけ言って客室へ向かう。
「頑張れって…そんな事を言ってる場合か!
おい待て、何をしている!」
「何って…飲み物探してんだよ。
食い物だけあっても喉乾くだろーが!」
「なんだとっ…」
レルムはその時初めてアニマが抱えている缶詰に気付いた様子だった。
「…客室の冷蔵庫にある」
「あ、やっぱそっちか」
去りゆくアニマの猫背を見つめ、舌打ちをする。
「いくら再生能力があるとはいえ…信じられん奴だ」
「レルムさん、こっちは準備できました!
あれ?アニマさんは?」
その時個室から出てきたのは、アビゲイルだ。
「…後から来るそうだ」
「はあ、そうですか。
あ、早くパラシュート着けた方がいいですよ」
「分かっている。行くぞ」
「はい!」
2人は手にもったパラシュートパックを背負い、客室に行く。
客室ではアニマが壊れたソファにもたれかかり、ジュースを飲んでいた。
「お~、お前らもう行くの?」
「…ああ。お先に失礼するとしよう。
ハッチを開けるぞ」
激しい風が吹き込み、その前にしゃがんでいるレルムとアビゲイルの髪が暴れる。
「こ、怖いですね。さすがに」
「降りなければ死ぬだけだ。
確認するぞ!着地目標は、滑走路南部の森だ」
「でも、流される事もありますよね?」
「ああ、同じ場所に着地できるとは思わん方がいい…」
「お~ま~え~ら~!早く降りろよ~!
さみィじゃんかよ~!」
アニマが背後から茶々を入れてくる。
「分かっている!お前は少し黙っていろッ!
…アビゲイル、貴様は私が降りた5秒後に降りろ」
「あっ、はい」
頷くアビゲイルの頭を軽く叩き、ハッチの真ん前に陣取る。
「では行くとしよう。
ところでアニマ、この機は空港の滑走路に墜落する予定だ」
「え、何?オレに言った?」
「お前に決まってるだろ、よく聞け!
さっきも言ったが、攻撃は空港から来ている。
空港そのものが買収されたか、敵に占拠されたか…」
「…そこに墜ちるの?オレ1人で?」
「飛行機に残るならな。
もちろん私は脱出する、またな!」
飛び降りた。
「おい待てッ…マジかよ!
オレだけに相手させるつもりかァ!?」
アビゲイルは気の毒そうな顔で問う。
「…一緒に逃げます?」
アニマは深いため息をついてから、手をちょいちょいと動かす。
「もういい、早く行けよ」
「あ、は、はい…失礼します…」
最後まで申し訳なさそうな表情で飛び降りていった。
残ったアニマはハッチを閉め、静かになった客室で独りごちる。
「…ったくもう。
まあ戦うこと自体は別に嫌じゃないけどさ…面倒くさい事になりそうだ」
ソファの横に積んだ缶詰を1つ手に取り、開ける。
「……」
中身のスイートコーンを一息で腹に納めると、ジュースで流す。
「意外とヒマなんだな…墜落するまで」
更にもう一缶開けようとしたところで、前方奥の操縦室から燕尾服の老紳士が出てきた。
「…誰?」
「一応、当機の機長でございます」
「そのカッコで?執事じゃなくて?」
「執事でもあります。
ところで坊ちゃま方はもう脱出なさったようですが…アニマ様は脱出されないのですか?」
「え?ああ、ずっとここにいるつもりだけど」
「差し出がましい事を申し上げたようですね。
ではアニマ様、私も失礼いたします」
「あ、はい。お疲れ様…」
老紳士は恭しく一礼すると、そのままパラシュートを背負ってハッチを開ける。
「ハッチをそのままにして飛び降りる事、どうかお許しください」
「え、ああ…大丈夫っす。こっちで閉めとくんで」
「恐れ入ります」
そう言い残して脱出していった。
「なんか緊張してきたな…オレ墜落したことないから…」
急に落ち着かない感覚を覚え、しばらく立ち上がったり座ったりを繰り返す。
「あ、缶詰!そうだ腹減ってたんだ」
妖精瓜のピクルスを一気に流し込んだ。
「すっぺ!なんか甘いのねぇのかよ!
なんかフルーツの缶詰とかで口直し…」
突然機内が大きく傾き、尻もちをつく。
「おお?すごいすごい…もう来たか」
激しいGがかかり、機体が悲鳴を上げ始める。
「うえっ、吐きそ…」
続いて、全身が砕け散るような凄まじい衝撃と轟音。
視界がすべて赤色に覆われ、腹部に何かが突き刺さるのを感じた。
(あ~あ、さっき食ったもん全部出ちゃうよ…)
全身が激しく打ち付けられ、灼熱に包まれていくのが分かる。
手足は動かず、爆炎で呼吸もままならない。
が、生きている。
(まあ、この程度じゃ死ねないか…)
揺れる感覚が収まるまで待つ。
(よし、そろそろいいかな…ああ?)
立ち上がろうとして、自分が巨大な何かに押しつぶされている事に気付いた。
「ぼぼがっ!」
火だるまになっているのでうまく発音できないが、とにかく何か叫んで障害物を蹴り飛ばす。
そのままフラフラと起き上がり、目の前を占める赤いものを払いのけようと暴れる。
しばらくそうしていると、炎の中から出られたようで再生力が追い付き始める。
やがて体表を覆う炎は駆逐され、白い肌が戻ってきた。
「あ~、やっとスッキリした…ふぅ~あちぃ~」
清々した気分で辺りを見渡すと、そこは確かに滑走路のようだった。
ここのどこかに、自分を攻撃してきた人間がいるのか?
そう考えたアニマだが、これだけ開けた場所にも関わらず、敵影は見当たらない。
「なんだよ、誰もいねえじゃねーか…」
彼女がそう笑った時、何かが右肩に勢いよくぶつかった。
肩を見れば、肉がごっそりと削げ落ちている。
撃たれたのだと気づくのに、数秒かかった。
「…いるじゃん!いるんじゃん敵!
オラァ、出てこいよ!オレとお喋りしようぜェ!」
高揚した気分のままに叫ぶアニマ。
すると遠方に停まっている飛行機の陰から、人影が現れた。
「おっ、素直なとこあんじゃ~ん?
ホラ、はやくこっち来い…よ…」
1人、2人、3人。
作業車の陰からも、管制塔の裏からも、空港の建物からも。
ぞろぞろと騎士の兜と甲冑を着けた男たちが銃を向けながら現れた。
「あら、あらあら~…ずいぶん大所帯でいらっしゃってまあ」
振り向けば、背後も敵に囲まれていた。
「おっ、いいのかァ?
オレがちょいと躱したら後ろの奴に流れ弾当たっちゃうよォ?」
男たちは何も喋らない。
そしてある程度まで包囲を狭めると、一斉に引き金を引いた!
「バカ共がァ!!」
アニマはそれと同時に高く跳躍!
男たちは互いに放った弾丸を受け、無様に同士討ちか!
…いや、しかし見よ!
「あァ?」
アニマは空中で驚くべきものを目にした。
無数の弾丸を全身に浴びた男たちは、微動だにせずアニマに向かって銃を乱射してきたのだ。
「うわっ!?」
思わず着地に失敗したアニマは、追い打ちの銃撃を転がって躱す。
「んだよ、フレンドリーファイアの心配はねーって訳かァ!」
被弾箇所から硝煙が立ち上っているが、穴どころかへこみすら残っていない。
この通り、魔法強化された軍用の甲冑は銃弾など物ともしないのだ。
「さて、この人数相手だ。どうする…?」
こうしている間にも、空港の中からは刺客たちがわらわら湧き出てくる。
滑走路の外の森に逃げるか、人数の少ない管制塔方面を突っ切って行くか。
「…よし。空港の中へ行こうか。
そっちの方が面白そうだ」
そう呟くと、いきなり手近な2名を殴り飛ばした。
「ぐおっ」
「ごばッ」
更に群れに突っ込むと、手当たり次第に暴れまくる。
「…!?」
まさか一番人数の多い所に突っ込んでくると予想していなかった敵は、一瞬動きが遅れる。
それはアニマの前では致命的だ。
「ボーっとしてんなや、お兄さん方!
注意一秒怪我一生って言うだろォ!?」
1人の喉輪を掴んで投げ飛ばし、敵をなぎ倒していく。
「死にたくなきゃどいてろや無能共が!一発で死ぬのは怖ぇだろォ!?
…うぐぶッ!」
背中に激しい衝撃と痛みを感じる。
「お、おお!?」
先ほど殴り倒したはずの敵が、起き上がって銃を向けている。
決して手加減した訳ではない。
アニマの拳に、1度は耐えたという事だ。
「面白ぇ、その鎧のおかげかァ?
いいねぇ、オレもちょうど…」
敵の1人を無造作に蹴り倒し、足を掴んで片手で持ち上げる。
「うわああああッ…」
「丈夫な武器が欲しかったところだァ!!」
そして鎧を身に着けた人間を、まるでヌンチャクのように軽々と振り回し始めた。
速度を伴う大質量が敵を襲い、容易く散らされていく。
鎧のおかげで比較的軽傷の者たちが立ち上がろうとするが、アニマのストンピングを受けて惨死する。
「ホホーッ!ホアチャア!」
奇声を上げながら人間ヌンチャクを振り回して敵中を突破。
ガラスを蹴破って空港内部に飛び込む。
「とおーっ!…ん?」
甲冑を着ている人間が所々にいて、アニマに銃を向けてくる。
だがアニマの目に留まったのはそれらではない。
辺りに散らばるバッグやキャリーケース。
敵の側でうずくまって震えている人々。
おそらく空港スタッフと旅行者であろう。
(コイツらまさか、オレたちを迎え撃つためだけにこの空港を占拠したのか?
ずいぶん気前がいいこって…)
考えを巡らせていると、近くでうずくまっていた者の1人がアニマに向かって叫ぶ。
「あ、あんたっ…頼む!助けてくっ」
頭を吹き飛ばされ、絶命した。
が、その一瞬…銃口がアニマから外れている。
その隙を逃すアニマではない。
「この状況でオレより人質の方を気にしちゃうから…」
人間ヌンチャクを放り捨て、その手で男の頭部を鷲掴みにする。
「こうしてあっさり死ぬんでしょうが!」
首を一回転に捻り、殺す。
強固な鎧も首を折られては意味がない。
「…てぇーッ!」
指揮官らしき男が指示を飛ばすと、一斉射でアニマを浴びせかける。
だがアニマは、殺した男を盾にして悠然と進む。
男の着ている魔法鎧が、銃弾を易々と弾いてくれる。
「お前らいい奴だなァ~!
武器だけじゃなくて最高の盾にもなってくれるんだからよ!」
群がる敵を撥ね飛ばしながら、アニマは暴走車のごとく空港内を駆け回る。
どこへ行こうというのか?
(とりあえず出入口を探さなきゃ…)
律儀に出入口から脱出しようとしていた。
ムスペール共和国有数の空港『イルンヴァキ空港』の正面には、大量のパトカーと装甲車が集まっていた。
「これだけの事が起きていながら、なぜ通報が遅れた?
飛行機のダイヤはメチャクチャに乱れまくっているハズだが…」
ムスペール警察のエルッキ警部が部下に問う。
「認識阻害の術式です。
おかげで今も空港内の様子がさっぱりつかめません」
「突入は?」
「対抗術式が構築できるまでたっぷり30分以上はかかるかと」
「長い!」
魔術工房車に乗り込み、今まさに術式を構築しているスタッフをどやしつける。
「何をモタモタやってる!
今空港の中で何人死んでるかも分からないんだぞ!」
「それだけ強力な術式って事です!
破るにはちゃんとした準備がいるんですよ!」
警部は溜め息をついて、隣のスタッフに話しかけた。
「敵はかなりの金持ちみたいだな?
これだけの術式を張っておいて身代金の要求もまだないとは」
「実際、かなり金掛かってますよこの術式。
テロにしてもかなり用意周到な…」
車両に新たな警官が飛び込んでくる。
「警部!つい数分前、この空港に降りようとした飛行機が墜とされたそうです!
犯人は恐らく空港内の犯行グループと思われます!」
「…用意周到というには、随分と派手なやり方だな」
「い、いったい何が目的なんでしょう?」
警部は頭を抱えながら車両を出て、部下の1人を呼びつける。
「突入部隊は?」
「準備はさせております」
「よし、それでいい…」
黒い甲冑を着た兵士たちがゾロゾロと入口付近に集まっている。
「我々は指示があるまで待機だ」
「了解」
窓ガラス1枚隔てた向こう側では血みどろの殺戮が繰り広げられているが、認識阻害によってまったく伝わっていない。
「マジで全く見えないな、空港の中」
「おいッ…不用意に覗き込むな!」
「分かってますよ隊長…」
突然、窓ガラスが吹き飛んで誰かが飛び出てくる。
「どわっ!?」
覗いていた兵士は驚きながらも地面を転がって距離を取った。
「動くな!手を上げろ!」
突然現れたその人間に、兵士たちは一斉に銃やボウガンを向ける。
「手を上げて地面に伏せるんだ!」
女である。
窓ガラスを突き破ったのは、白い髪と赤い目を持つ背の高い女だった。
その両手は血に塗れている。
「え?あ~…アンタら誰?」
女は間延びした口調で問いかけながら歩き始める。
「動くなと言っている!
ムスペール警察だ!」
「ああ…警察の方。遅いって」
言いながら地面に倒れ込む。
頭から倒れたので警官らはどよめく。
「お、おい!大丈夫か!?」
「…いや、言われた通り伏せてるんだけど」
女はよく見ると震えていた。
「逃げてきたのか、君は」
「け、警部!あまり近づいては…」
警部は女に歩み寄りながら、首を振る。
「どうやら、犯行グループとは関係ないようだな。
立たせてやれ」
警官が肩を貸して立たせ、パトカーの方へ誘導する。
「…来るのが遅いんだよっ」
「ああ、もう大丈夫だ。署で保護しよう。
…突入部隊、空港内への突入を許可する!」
女に優しく声をかけておき、続いて部隊に命令する。
「カメラで映像を送れ、状況判断で次の指示を出す」
「了解!」
「…いつまで経っても助け来ないし、これはもうダメだなって。
で、オレ、腕には自信あったからさ。1人で逃げてきたんだ」
アニマは、署内で温かい茶を飲みながらデタラメを語っていた。
「なんか、逃げてる時は全然怖くなかったのに…今になって震えてきちゃった」
狡猾にも『恐怖を押し隠す気丈な女』を演じてみせるアニマ。
「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」
警察側も気を使ったのか、女の警官が事情聴取している。
「ええと…ムスペール語がお上手ですね。
お住まいはどちらですか?」
「えっ!?お、お住まいってアンタ…んなこと言われても…」
さすがに警察組織と敵対するのは面倒だったので被害者のふりをしてみたが、早くも苛立ちを隠せなくなっていた。
(ダリィな…やっぱ殺すか)
さりげない動作で手を伸ばし、婦警の襟を掴む。
「え?」
そして天井へ叩きつけようと力を込めた瞬間、後ろから声が掛かる。
「アールネ、その人の家族が迎えに来……何してるんですか?」
予想外の言葉に気をとられ、襟を掴んだまま固まる。
「え?ああいや…襟にゴミついてて!
すいませんね、余計な事気にしちゃって」
アールネと呼ばれた婦警が、安心させるために優しい笑みで応える。
「わざわざありがとうございます。
でもよかったですね、ご家族が迎えに来てくれましたよ」
「か、家族…?」
当然ながらアニマに血の繋がった人間はいない。
生物として同種であるアニムスが辛うじて家族と呼べるくらいだ。
(普通に考えたらレルムとかかな?
でもアイツ、こっちじゃVIP待遇だって言ってたよな。
もうちっと騒ぎになってもおかしくないような…?)
「じゃあ、ご家族の方をお連れして」
「分かったわ。…どうぞ、こっちですよ」
誰が来るものか考えを巡らせていたアニマの前に、『家族』が現れた。
「無事でよかった、怪我はないかね!」
「ええと…お祖父様という事でよろしいでしょうか?」
その質問に頷きで応えたのは、初老の紳士であった。
〈おわり〉
どうしようもない名鑑No.115【エルッキ警部】
ムスペール警察の警部であり、ここぞという時の勘働きと
戦闘部隊の指揮に定評がある。
警察組織の裏切り者となったかつての相棒を逮捕する事に
人生を掛けている。