第18話 Curse(2)
忍ぶどころか、暴れるぜ!
街中を疾走するアニムスは、ほんのわずかではあるが、怒っていた。
(やれやれね。またしても、妹の危機に駆け付けられずに…)
自分にである。
(情報は確かじゃなかったのかしら。
花屋を装って生活しているというから、店舗まで行ったのに…)
ジュデッカはそこには居なかった。
(偽装のために花屋をやっているのなら、可能な限り休まず開店するハズ。
野暮用があって休みます、なんて怪しまれるものね)
という事は…
(標的は何らかの方法で暗殺を予知していて、対抗策を講じてきた…?
例えば…殺される前に殺すとか。
だとしたら、あの子たちが危ないわね)
故に、アニムスは今全速力で戻っていた。
そして、通行人にぶつかる。
「あ…」
「あら、ごめんなさいね」
急いでいても優雅であった。
「……」
ぶつかられた相手は、唖然とそれを見送る。
縮れ髪の小柄な少女である。
「どうした?」
同行者の、尊大そうな顔つきの男が聞く。
「い、今の子、アニマさんに似てませんでしたか?」
「ああ、髪と眼の色な…珍しいとは思ったが。
…というか、仕事に行くのではないのか?人を付き合わせておいて…」
「あっ、す、すいません!行きましょう行きましょう」
「な、何なの、コイツ…?」
「ま、魔物とか…ですかね?」
2人が待機していた室内に響いた、追っ手らしきノック音。
2人はやむを得ず、既に敵が待ち受けている窓から一か八か逃げることにする。
が、そこにいた敵は、頭が壺になっている怪人だった。
「ね、逃げた方がよくない?」
「そ、そうですね…」
2人が後ずさるにつれ、怪人もじりじりと距離を詰めてくる。
「と、ところでさぁ、『それ』何?」
「へ?そ、『それ』って、何が…」
ふと見て気づく。アニマの左手から赤い糸のようなものが伸び、壺の中に繋がっている。
「こ、これは…血!?
血が、あの壺に吸い込まれている!!」
窓から飛び出す時、敵を怯ませるためパンチを放ったが、掴まれてしまった。
怪人の指先には棘が付いているので、その時拳に傷をつけられたのだろう。
「ねえ、大丈夫なの?そのままじゃ…」
「こ、このくらいなら再生能力で何とかなると思います」
その言葉通り、すぐに傷が塞がって血の糸が途切れた。
「もし、私が怪我してたらと思うと、ゾッとするわね」
小さな傷から血を吸われ続け、失血死もありうる。
それでようやく、敵の壺男の攻撃法が分かった。
手の棘で相手に傷をつけ、その血を吸い取って殺すのだろう。
「オレで良かったですね…あ、でも、もっと大きい傷だとオレでも厳しいかな」
「そうね、逃げよう」
天眼通は懐から拳銃を抜いて、撃った。
壺男の胸に直撃する。
「わっ!そ、そんなん持ってたんです!?」
「まあね!行こう!」
アニマの手を引き、走り出した。
「……」
壺男は平然と追いかけてくる。
「き、効いてないみたいですけど!」
「ん~、これもう人間じゃないな。どう見ても防弾装備じゃないし」
さすがに、銃弾を素肌で弾ける種族はほとんど存在しない。
(魔族ならありえるかな…いや、無理あるよね)
走りつつ振り返って、もう1発撃つ。
直撃した弾丸は体表で押し返され、アスファルトに転がった。
「まさか、オレと同じ…」
「再生能力?でも血すら出てないし…まさか魔法で呼ばれた化け物なのか?」
確かに召喚魔法なら、異界の怪物を使役できる。
中には、この世界の常識が通用しない桁違いのモンスターもいるという。
「うわ!走ってきますよ!」
「おかしい…何かが違う…」
先ほどまでアニマの手を引いていたハズの天眼通は、逆に引かれていた。
「す、スピード上げないと追いつかれちゃいますって!」
「…え?あっやべっ!」
既に背後まで迫っている。
壺男が、棘のついた指で掴もうとしてくる。
「ハイヤーッ!」
棘に触れないように手を払い、肘打ちを鳩尾に喰らわせる。
カンフーは全てを解決するのだ。
「うわッ!お…お強いんですね?」
「健康のために、武術をちょっとね。
それよりコイツ、変なのよ!」
「変、ですか?」
「今殴った感触、気持ち悪いくらい柔らかかった。
とても銃弾なんて弾けそうにない感じ」
壺男は少しだけよろめくと、また姿勢を戻す。
天眼通はその隙に、先を行くアニマに追いついた。
「ごめん、ちょっとボーっとした!
でもおかげで分かった。この不条理な感じは、『呪い』だ!」
「呪いって…お祈りしたりする…」
「そう、その呪術で、あの変な生き物を具現化したみたいね」
「そんな事が?」
可能なのである!
魔法は学問であり、技術だ。
確かな理論と法則に基づいて再現できる自然の『理』なのだ。
対して、呪いは情念の力であり、『理』を捻じ曲げる。
相手にルールを強制したり、現実ではありえないハズの事を実現する、脅威の秘儀なのだ。
「いわゆる式神ってやつね…それもかなり手練れの術者が使役してる」
「や、ヤバい敵に襲われてるってことですか!?」
壺男がまた追ってくる。
「多分、自動操縦の式神でしょうね…だとすれば対処法は1つ。
この追跡を止めるには、術者を仕留めるしかない!」
2人が逃げ出したホテルの一室。
その扉の前で、耳を澄ます者がいた。
ジュデッカである。
(窓から逃げたか…式神による追跡は既に始まっているハズだ。
私はどこかに隠れた方がよかろう)
この呪いの術者は、彼であった。
その腹部には、短刀が突き刺さっている。
だが不思議なことに、血液は一滴もこぼれていない。
(く…相変わらずよく吸いやがる…!)
この短刀が、術者の血を吸い上げて式神に送っているのだ。
あの式神、『血壺人獣』はそうやって育つ。
術の発動から人間大まで約3分で成長し、次に標的の血を求める。
(早く仕留めろよ…貧血になっちまう)
式神を動かすには、短刀を介して血を吸わせ続けなければならない。
(あのジジイは3人と言っていたが…部屋の中の声は、2人だった。
と、なると…少々厄介だな。
とりあえずこのままホテルの外に出て、どこに逃げるか…)
他の客とすれ違う瞬間、コートの裾を引っ張って腹部を隠す。
腹に短刀が突き刺さっている所など見られたら、とんでもない騒ぎになってしまう。
(クソ、この術は外で使うと目立つから嫌になる…!)
「待機?待機だと!?
幹部2人を殺されておいて、更に1人を無力化されておいて!
そういうことを言うのか、頭領ともあろうお人が!」
『怒るな、奴らゼパル学園に渡りやがった。
となりゃあ、うかつに手は出せんだろう!』
激しい無線のやり取り。
アマツガルド某所上空、魔導飛行船の中での会話である。
「だがな、この船があれば、島には入れるだろう!」
『入るだけならな。
…お前な、少し落ち着けよ?
実験部隊の隊長は幹部相当の地位だからって、ちと張り切り過ぎだぞ』
「そう、実験部隊なんですよ。
忍びは時代に合わせて常に新たな技術を取り入れるものだから、こういう部隊を編成したんでしょうが!
その我々をほったらかしにしておけば、不満も出るでしょう!」
実験部隊は最も死に近い部隊である。
ありとあらゆる技術を試すためにたびたび戦場に送られる彼らは、常に死の危険に晒されてきた。
それでもなお生還してデータを持ち帰る、強靭な生命力が求められる部隊なのだ。
当然、血気盛んな兵が集められる。
「いいですか、これ以上待機させておくつもりなら…待って、何だ?」
『どうした?』
「すみません、部下が異常を捉えたと…」
男は瑞々しい金髪を掻き上げ、眉をひそめる。
「小型の飛行物体が1体、こちらに高速で接近しています」
「飛行物体?映像は!」
「分かりません、小さすぎます!
戦闘機ではないようです、船列の最後尾についてきます!」
「レーダーにも映らんのか!」
『仕事が出来たようだな』
「!」
男はハッとする。
『領分を超えた戯言を抜かす前に、実験部隊としての責務を果たせ』
通話は切れた。
「…チッ、まあいい。
高速戦闘パックを3基用意!啜、羅之丞、宋鬼!準備しておけよ!」
「「「承知!」」」
現在実験中の技術は、『飛行』。
巨大な物体を空に浮かべる『飛行船』と、逆に小型化された『高速戦闘パック』。
空を飛ぶための2つの技術が、試験運用されていた。
3人の部下は、全身をくまなく覆うその装備を既に装着している。
「これで飛ぶのは4回目ですよ。戦果は期待せんでください!」
「構わん、ともかく飛行物体の姿を記録しろ!」
部下たちが降下ブロックへと降りていく。
その数秒後、モニターに3人の姿が映った。
青い光を噴出させながら飛ぶ、男たちの姿が。
「どうだ、見えるか!」
「…いいや」
船列の後方を凝視するが、ヘルメット越しでは見えない。
「小さいって、どのぐらいなんだ?」
「レーダーにも映らんらしい。これで野鳥だったら笑うぞ」
「…待て、何だ!?」
船列の奥、4番船が煙を吹いた。所々が爆ぜる。
「嘘だろ、落とされたのか!?」
「下は市街地でないとはいえ、やり方が大胆過ぎる。
政府の差し金ではないな!」
「それ以前に、どうやって船を…」
続いて3番船も煙と共に爆発に呑まれた。
「…マズい!大将の船を落とされる前に仕留めるぞ!」
「分かってらぁな!」
背中から噴出する青い光を強め、加速する。
「く…キッツいな…!」
スーツ内に充填されたガスによって、加速のGはかなり緩衝されているものの、それでも試作段階のこの装備では厳しいものがある。
その重みに5秒耐えると、敵の姿がくっきり見えてきた。
「…捕捉した、人間だ!」
「人間だと!?人間が空を飛んでるって言うのか⁉
バカな、我々と同じ装備でなければ出来る訳が…」
「待て、1人じゃない!」
ちょうどタンデムのスカイダイビングのように2人の人間が重なり、腰のハーネスで繋がれている。
両者とも、高高度降下用の装備をしていた。
上の人間から黒い翼が生えており、下の人間は右手に長い棒のようなものを持っている。
「上の奴が魔法で飛んでるんだ!」
「ならそいつを殺せばもう1人も一緒に落ちるな!」
「警戒しろバカが!そいつは巨大な飛行船を落としたんだぞ…」
そう忠告した直後、視界が赤く染まった。
「!!?」
「何だ…クソッ!啜がやられた!」
その言葉で理解する。
前方で殺された啜の血が、ヘルメットに付着したらしい。
「ああ…取れねぇ、クソが!
どうやって殺された!?」
「分からねえ、いきなり血塗れになって落ちた!
やべえ、こっちに来る!」
高速で上昇しつつ、すれ違いざまに下方の敵へ射撃!
と言っても銃ではなく、手裏剣射出機である。
「…!」
敵は素早く回転し、棒のような武器で弾いた。
「ああ、ちくしょう…嘘だろ」
「どうしたァ!」
「野郎の持ってる武器…すれ違った時に見えた…。
刀だァ!あの野郎、刀1本で船を落としやがったんだァ!」
「んな、バカな…」
視界を塞ぐ血をやっとの事で拭い去る。
「よし、視界が戻っ…」
目撃してしまった。
敵の持っている武器は、恐ろしく長大な大太刀であった。
「あんな竿みてえな刀でどうやって船落としたんだよッ!?」
「…とりあえず落ち着いて距離を取れ!
リーチの外から撃てばどうという事はない!」
高速で軌道を変えつつ、手裏剣を撃ち込み続ける。
敵も素早く動いて時に躱し、時に弾く。
「何やってんだ、魔力粒子が尽きるぞ!
既に今までの試験記録の活動限界を超えている!
いつ壊れるか分からんのだぞ!」
「分かってる、でもここまで無茶苦茶な動きしたことねえからよ!」
この飛行用装備は、背中のユニットで生み出された魔力を粒子として物質化し、噴射している。
これはまだ試験段階の技術であり、限界は早い。
「しゃあねえ、こっちが引き付けるから…」
「分かった、一撃で仕留める!」
1人が敵を球状の軌道で囲み、四方から手裏剣を放つ。
その少し遠方から、その場にとどまって、もう1人が狙う。
「よ~し、よしよし…いいぞ。
ヘルメットがロックオンまでやってくれたら楽なんだがな…」
サイトの中央に敵を捉える。
刀のリーチギリギリまで接近している。
この距離ならば弾かれる事はない。
「発っ…
射…?」
撃とうとした姿勢のまま、縦に真っ二つになって落下した。
「宋鬼ッ!野郎、どうやって斬った!?」
1人生き残った羅之丞は、空中の残光を見る。
青と紫の輝く軌跡を。
「青い光はジェットパックの魔力粒子…こっちの紫がかった光は!?」
その淡い光は、敵の刀身から放たれていた。
「魔力粒子を斬撃として飛ばしたのか…!
このジェットパックと同じような原理か!」
魔力粒子を弾にして発射する、マジックミサイルという魔法がある。
だがこの謎の剣士は、弾ではなく切断エネルギーにして発射したのだ。
「こんな単純な魔法で飛行船を落とすとはな!
…だがァ!」
背後に回り、追い立てる。
「後ろを取ればさして怖いものではない!」
飛行魔法の使い手さえ殺せば、ハーネスで繋がれた剣士もまとめて落ちる。
もちろんパラシュートくらいは装備しているだろうが、ジェットパックで飛行している羅之丞にとってはいい的だ。
「何ッ!?」
だが見よ!
敵は速度を維持したまま、180度回転!縦にUターンし、羅之丞の真上を通って背後を取った!
インメルマン・ターンである!
(嘘だろッ!?
生身であんな動きをしたら、どれだけの負荷が掛かるか分かってんのか⁉)
紫色の斬撃が、尻から頭へ抜けた。
「あ」
羅之丞の身体は両断されて、はるか下へと落下していった。
「…これで全員ですかね?そろそろ翼が疲れてきたんですけど…」
襲撃者の内、飛行能力の使い手が言う。
「ついでに飛行船も1つ貰っていこうぜ!」
下の男が納刀し、2番船を指差す。
「ええ~、乗り込むんですかぁ?
派手にやり過ぎですって、王殲さん!」
「うるせえ、いいからあの船につけろ!」
「はいはい!」
上の男が翼を加速させ、船へと向かっていった。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.74【封魔忍軍実験部隊】
常に最新技術を取り込み続けるために、各国の企業から
盗んできた技術を研究する重要な部隊。
時には大企業と組み、公にできない危険な実験を代行して
金と技術を貰う事もある。
ある程度指揮下から離れた独立行動も許されているが、
そのせいで頭領の命令を無視する事がある。