どうしてオレが聖剣に⁉
皆様、はじめまして。
昔、お題を与えられて、その範囲内で文章のような物を書いていたこともあったのですが、独自の設定で一本の作品を作ったのはこれが初めてです。
果たして、皆様の肥え尽くした眼に神苅の駄文はどのように映るのでしょうか……。
――なんだこの感覚?
気がついたらオレは動けなかった。
真っ暗で何も見えない。匂いも感じない。だけど、頭から首まで何かに埋まっているような、ほんのり暖かい感覚はあった。
「お目覚めになられましたか、〝魔皇〟シトゥリイ陛下」
年老いた男の声が聞こえる。……ひょっとして、オレを呼んだのか?
「……マクァーヴよ、与が眠りについてから何年経った?」
次に、若い女性……中学生くらいの少女のような声が聞こえた。シトゥリイ陛下って、オレじゃなくてこの声の主のことか。
声の大きさや響き方からすると、なんと言うか……シトゥリイ陛下と呼ばれた少女の胸に顔を埋めてるくらいの距離感。近すぎるんじゃねぇか?
「二百五十年にございます、陛下」
マクァーヴと呼ばれた老人は、少し離れた場所からシトゥリイ陛下に話しかけているようだ。そして、マクァーヴの答えを確認したかのようなタイミングでオレの身体がグルッと回転するような感覚に襲われる。
「クソっ、どうしてこの忌々しい〝聖剣〟を抜くのが罷りならんのか。魔皇軍も弱体化甚だしく、人間どもに鉄槌を下すも困難な事態だというのに」
「しかしながら、〝聖剣〟を抜こうものなら陛下は身罷られてしまいます。それから、魔皇軍は壊滅し、この魔皇宮とその周辺を除き領地は人族に制圧されてしまっております」
視覚がまったくない状態なのでよくわからないが、オレはシトゥリイとかいう少女魔皇の間近にいて、従者のマクァーヴと話をしているところに居合わせているらしい。
シトゥリイ陛下は声色だけならオレより年下っぽいけど、二百五十年も眠っていたくらいだから実際の年齢なんてわからない。うん、シトゥリイちゃん呼ばわりはやめておこう。わざわざ死ににいくような真似をしない方が良さそうだ。
「与が不在であった故、魔皇軍壊滅も領地制圧も責任は不問としよう。どうせ、責任を負える者は既に皆冥府におるのであろう?」
さすがは魔皇陛下といったところか、現状認識が早い様子で淡々とマクァーヴに答える。
「……それにしても忌々しい。一介の人族に不覚をとって鈍らバスタードソードを心臓に突き立てられたところまでなら納得もしよう。与はその程度で死ぬことなどないし、刺されたその場で不逞の輩は縊り殺した故。しかし、鈍らが心臓に突き立てられた後になってから〝聖剣〟に変化するとはどういった仕打ちなのか⁉」
『シトゥリイ……って言ったっけ、あんたにある程度以上の大ダメージを一撃で与えることが、〝聖剣〟の生まれる条件なんじゃないかなって気がする。……多分』
シトゥリイ陛下の状況をなんとなく把握したオレは、つい声を漏らした。
――ん? 口は思うように開かないけど喋ることはできるのか。いよいよ意味わかんねぇな。
「なるほど。二百五十年眠りながらも悩み続けていたが、ようやく合点がいった気がするぞ。……って、な、何事だ⁉ 〝聖剣〟が喋ったぞ⁉」
オレが何気なく発した言葉にシトゥリイ陛下は一瞬納得した後、身体をブンブン振るわせて動揺したようだ。……って、オレも巻き添えで振り回されちゃってる?
――ひょっとして、オレが〝聖剣〟ってことか? しかも、魔皇を名乗ってるシトゥリイ陛下の胸にブッ刺さっちゃってるのか⁉
「はて……、爺には何も聞こえませぬ」
シトゥリイ陛下がうろたえる一方で、マクァーヴ爺は落ち着き払った様子で呟く。
オレの言葉はシトゥリイ陛下にしか聞こえないらしい。うん、間違いなくオレが〝聖剣〟だな。……オレ、どうしてこんな状態になっちまったんだろ。
「〝聖剣〟よ。貴様、与と話ができるからには名も持っているのであろう。名乗りを許すぞ。何なら、与の喉と口を貸そう。さあ、名乗るが良い」
シトゥリイ陛下に促されるままオレは名乗ろうとした。……けど、
――あれ?
自分の名前が思い出せない……。えっと……、なんだっけ……。
『そ、そうだ。苗字だけ思い出した。じゃあお言葉に甘えて、できるかどうかわからないけど陛下の口を借りて話してみるよ』
「オレは〝十束〟」
やべっ、他人の口を借りて話すなんて絶対にない経験だったせいか、大事なところで噛んじまった。本当は十束なのに……。
「ふむ、つまり貴様は〝聖剣・トゥツカ〟ということだな」
あー、はい。もうそういうことでいいです。
『……機会があっても、二度と陛下の口を借りたりはしません、はい』
『貴様、とことん失礼な奴よの』
名前はともかく、オレは陛下の機嫌を損ねてしまったようだ。
「まあよい。与はこの〝聖剣・トゥツカ〟に俄然興味が湧いてきた。マクァーヴ、下がって良いぞ。与が呼ぶまで控えておるが良い」
「かしこまりました」
マクァーヴ爺は陛下の指示に従って部屋を出ていった。扉の音から察するに、爺はかなりデカい。多分、何十段もある階段の上に玉座があって、その脇に巨大な爺が控えていたのだろう。
「さて、単刀直入に訊こう。貴様、与を何時でも屠ることができる状況にあるわけだが、どうする心算だ?」
『オレは魔皇陛下を殺したいとかそんなこと考えてもいなかったんだけど』
「……ほう?」
『仮にそう思っていたとしても簡単には身動きできそうもないし、オレ自身こんな事になってることを知ったのも陛下が目覚めるのとほぼ同時だったわけで』
「それで、今はどうなのだ? 〝聖剣の使命〟に覚醒しそうだとか、そのようなことはないのか?」
『いや……。仮に〝聖剣の使命〟とやらがあったとしても、オレは誰かを死なせちゃうような後味の悪いことなんてしたくないんで』
「……それが、魔皇であってもか?」
『もちろん、魔皇であっても変わらない。むしろ、オレの命運も魔皇陛下次第って気がするから、陛下の都合が悪いような振る舞いはしないつもりだ。万が一〝聖剣の使命〟とやらに覚醒して陛下への殺意とかそういうものを植え付けられたとしても、オレは最後まで抗いたいと思ってる』
「与が魔皇ということを理解した上で、しかも与の心臓をいつでも握り潰せる状況にあるというにその心構え、気に入ったぞ。貴様には与の名を直接呼ぶこと、そして貴様の粗雑な物言いも許そう」
『実際、一心同体みたいなもんなのに陛下呼びとか敬語なんてよそよそしいよな。まあ、オレのことは貴様呼ばわりのままでいいし、新しい変な友達のようなものとでも思ってくれればいいよ』
オレがそう言った途端、なんだか急に顔の周りが熱くなってきた気がする。陛下に何かあったのか?
❖ ❖ ❖
それから、オレとシトゥリイは二人きり(?)でお互いの身の上を語り合った。
オレは名前を含めて記憶が殆ど抜け落ちてしまったのか多くを語ることはできなかったけど、シトゥリイはこの世界のことから自分自身のことまで詳しくオレに教えてくれた。
シトゥリイは今は亡き先代魔皇の一人娘で、長い眠りにつく前から歳が近く親しい間柄の者は誰もいなかったこと。
元々、この世界では人族と魔族が共に助け合いながら暮らしていたこと。
人族は魔力が弱く限られた魔術しか使えない代わりに全体的に身体能力が高く金属を扱うことができ、魔族は絶大な魔力と魔術を持つ一方身体能力が極端で金属を扱えないこと。
魔族は人族との共存を望んでいたが、魔族を敵視して殲滅まで謳う人族の宗教が蔓延し、今の状況に陥ったこと。
最後に、亡き父皇の意向もあってシトゥリイは魔族の領地を守ると同時に人族との和平をも望んでいるが、人族が送り込む勇者とその取り巻き達の粗暴な行動に耐えかねて、〝勇者が求める魔皇〟のように振る舞っていること。
――人族、たいがいひでぇな。
魔族って宗教戦争で滅ぼされかけてるワケなんだけど、裏の理由もわかった気がする。要は金と権力。魔族の強大すぎる魔力が宗教権威にとって邪魔ってこと。宗教が金と権力を意識するとロクなことをしないのって、どの世界も同じってことか。
ともかく、そうやってシトゥリイと奇妙な一心同体風の生活を続けるうち、いつしかオレは、
〝シトゥリイを守る盾になって、彼女が望む人族との和平を実現させたい〟
なんて思うようになっていた。たった数日で。
《いや、あんた剣でしょ。しかも、よりによって守りたいとか言ってる当のシトゥリイの心臓にぶっ刺さってる危険要素》
そうツッコまれたら返す言葉もないけど、それがオレの本心。
しかし、そんな安穏とした短い日々は突然終わりを迎えた。
「魔皇シトゥリイ、てめぇももう終わりだ! その貧相な胸を貫く〝聖剣・トゥツカ〟を抜き、てめぇを冥府送りにしてくれる‼」
うわ、勇者来ちゃったよ。勇者なのに言葉遣いがチンピラっぽいのは気にしないことにしとく。……って、なんで勇者がオレの名前知ってんの⁉ しかもシトゥリイについて知りたくもなかった余計な情報まで知らされちゃったし‼
マクァーヴ爺さんもいつの間にか玉座の間の前室で倒されちゃったみたいだし、きっと勇者がオレの足……じゃなかった、柄に手をかけたらシトゥリイは一巻の終わりなんだろうな。
『厭だ……。与は勇者の手にかかって死にたくなどない』
初めてだった。オレが知る限り、と言ってもまるっきり何も知らないも同然だけど、それでもシトゥリイが初めて泣き言を言った。でも、それはほんの一瞬のこと。
「〝聖剣・トゥツカ〟により弱体化しているとは言え、与は魔皇シトゥリイなるぞ! 貴様如きがトゥツカに触れることなど叶わぬことと知るが良い‼」
シトゥリイは勇者の方に向き直ってタンカを切る。
――〝聖剣〟が胸にぶっ刺さったまま魔皇陛下が勇者にタンカを切っても、いまいち決まらねぇんじゃ?
あたりの緊迫した状況とは無関係にそんな事をぼんやり考えていたその時、オレは不意に気付いた。
――たった一つだけ、シトゥリイが勇者に倒されることなく助かる手段がある。
その手段はあまりにも危険で、オレはもちろんシトゥリイにも到底納得できるものではないだろう。でも、シトゥリイが救われる可能性はこれしかないのだから、オレはこの手段に賭けるしかない。
『シトゥリイ、ごめん。今の今まで気付いてなかったけど、どうやらオレはシトゥリイに嘘を吐いていたらしい。……それと、シトゥリイを救うという目的のためとは言え、今からオレはシトゥリイを殺してしまうかもしれない』
オレが泣けるものなら、きっと泣いていたと思う。だけど、そんなオレの言葉にもシトゥリイは毅然とした口調で答える。
『よかろう、好きにするが良い。愚昧なる勇者に〝聖剣〟を抜かれて死ぬより与の唯一の友たる貴様に殺される方が納得もできよう』
〝唯一の友〟だったはずのオレにそんなコトを言われたシトゥリイなんて、オレなんかよりずっと泣きたいはずなのに……。
ともかく、こうしてオレはシトゥリイと運命をともにする覚悟を決めた。
❖ ❖ ❖
『まさか、あのような手段があったとは思わなんだ』
宵闇の中、シトゥリイは魔術で空を飛びながらオレに語りかけてくる。オレはもう彼女の胸に刺さってはいない。
あの戦いの後、シトゥリイは自分の感覚をオレに共有してくれた。彼女の都合で一方的に共有を切られることもあるみたいだけど、まあその時はその時。ともかく、感覚共有によって視覚を取り戻したおかげでオレはやっとシトゥリイや世界の姿を認識することができるようになった。
そして、あの戦いの際にオレが執った手段はあまりにもエグいのでちょっと言いたくないが、結果としてオレは勇者一味を秒で惨殺し、シトゥリイを死なせてしまいそうになりながらも間一髪で命を繋ぎ留め、今の状況に至っている。
簡単に言えば、オレは〝シトゥリイの心臓をむさぼり喰って魔剣となった〟のだ。
『こうなったからには、貴様の名も〝魔皇の心臓〟と変えねばならぬな』
『トゥツカのままでいいです……』
『えぇ~っ、与は一度でいいから《与が命に従い、与が内なる虚無界より出よ〝魔皇の心臓〟‼》なんて口上を以って魔剣たる貴様を召喚してみたいぞ。それが〝トゥツカ〟ではいまいち格好がつかぬではないか』
『トゥツカがいいですッ‼』
今やオレは〝魔皇シトゥリイの心臓に突き刺さった聖剣〟ではなく、シトゥリイの心臓そのものになった。文字通りの意味で〝鋼の心臓〟ってヤツだ。
いつかシトゥリイの身に危機が迫った時、オレは魔剣に変化して彼女に振るわれることになるだろう。
……まあ、シトゥリイが望むなら、あの痛々しい口上で呼び出されたっていいんだけどさ。一度くらいなら。
『オレの名前はともかく、シトゥリイは領地を守って欲しいって父皇陛下の遺言を破って逃走中の身になっちまったワケなんだけど、これからどうするんだ?』
『先祖代々受け継いだ領地はいずれ取り戻せばよい。時間だけはいくらでもあるからな。与が目指すは〝勇者の手の及ばぬ新たな領地〟よ』
そういや、シトゥリイが認識している〝世界〟は本当の世界のごく一部で、本当の世界ってのは巨大な球状の星だって話したんだっけ。
『同胞が支配する世界があれば最善であるが、せめて与が産まれるより遥か昔のように人族と魔族が共存している世界があれば、そこに根を張っても良いかと思っておる』
『根を張ったら帰れねぇんじゃねぇかな』
『当座の話であるぞ、この痴れ者が』
いつか、勇者は新たな土地にもやってくるに違いない。そして、その時こそシトゥリイもろともオレが死ぬ時だろう。
それがわかっているからこそ、オレはシトゥリイのために全力を尽くそうと覚悟を改めたのだった……。
こうやって書き上げこそしたものの、さっぱり自信はありません。
作品の登場人物へのファンレターをもらったことはありますが、文章に関しては苦言はもらっても評価されたことなんてなかったもので(苦笑)
では、感想・ご意見などお待ちしております。